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第四十三話 手術台の上のクーデター
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時間:翌日 午前10:00
場所:東都大学附属病院・第1手術室 & 最上階観覧ホール
表向きは非公開だが、実態は“政治ショー”そのものの大手術だった。最上階の大会議室には、厚労省の幹部、医学会の重鎮たち、澄原グループの取締役がずらりと並んでいる。巨大スクリーンには、第1手術室の映像が、リアルタイムで映し出されていた。
澄原惟宗は、最前列に腰掛け、盤石の勝利を前に余裕の表情を浮かべている。
手術室。メスを握っているのは、財前院長。ここ数年、彼は政治と人事抗争にばかりかまけ、ほとんど手術台に立っていなかった。だが、この“初例の栄誉”だけは、譲る気がなかった。
「ゼウス・システム、挿入開始」
ガイドワイヤーに乗せられた金属ステントが、ゆっくりと母の大動脈瘤に向かって押し進められる。
「位置、良し。――リリース」
財前がレバーを押し込んだ瞬間、モニターの中で、銀色のメッシュが一気に広がった。その一秒後。悪夢が形をとった。
南方仁の予言通り、母のねじれた血管は、ゼウスを受け入れるにはあまりにいびつだった。硬いステントの先端は、大動脈瘤の薄い壁に沿って寝てくれるどころか、鋭いナイフのように、もろい外側へと食い込んでいく。
――ブチッ。
血管が裂ける音が、画面越しに聞こえたような気がした。
「ピピピピピ――!!」
モニターが真っ赤に染まり、警報音が鳴り響く。
「血圧急降下! 60/40! 心拍数140!!」
「造影剤が血管外に漏出! 大動脈破裂です!」
麻酔科医が絶叫した。
「し、止血だ! バルーンにもっと注水しろ!」
財前の手が震え始める。なんとかバルーンで破綻部を押さえ込もうとするが、ステントは押すほどにずれ、裂け目は逆に大きくなっていく。
「制御不能! 腹腔内の出血量が2000ml超! ショック状態!」
観覧ホールは騒然となる。
「無茶苦茶だ! これ以上は殺人だ!」
「すぐに開胸コンバージョンをしろ!」
老教授たちが口々に叫ぶ。
「し、しかし……財前院長、ここ五年は開胸なんて……」
助手の声は絶望に染まっていた。最前列の惟宗は、手にしていた湯呑みを床に叩きつけた。――賭けは、完全に裏目に出た。
そのとき。「ドンッ!」
分厚い鉛入りの手術室の扉が、轟音とともに歪んだ。電子ロックなど、油圧カッターの前には紙同然だった。龍立が南方仁を伴い、澄心警備の武装チームを従えて手術室になだれ込む。
「どけ、このヤブ医者が!!」
龍立は、呆然と立ち尽くす財前の襟首をつかみ、ゴミ袋を放り投げるように、壁際へ叩きつけた。
「き、君は何をする気だ! 警備はどこだ、私は院長だぞ――」
財前は床にへたり込み、マスクをずり落としたまま、みっともなく叫ぶ。
龍立は、内ポケットから一通の書類を取り出し、血で汚れた無影灯の支柱に叩きつけるように貼りつけた。
「よく見ろ。これは、ブルーホエール・キャピタルによる“債権の株式化通知書”だ。さっきちょうど一分前――俺は、東都医療グループの発行する可転債と短期債務をすべて買い取り、51%の株式に転換した。今この瞬間から、この病院の理事長は俺だ」
龍立は、床に尻もちをつく財前を指さす。
「財前。お前は解雇だ。ここから、俺の手術室から、今すぐ失せろ」
そして、隣に立つ南方仁へと向き直る。声には、押し殺した焦りと祈りがにじんでいた。
「南方教授……。どうか、母を――助けてください」
場所:東都大学附属病院・第1手術室 & 最上階観覧ホール
表向きは非公開だが、実態は“政治ショー”そのものの大手術だった。最上階の大会議室には、厚労省の幹部、医学会の重鎮たち、澄原グループの取締役がずらりと並んでいる。巨大スクリーンには、第1手術室の映像が、リアルタイムで映し出されていた。
澄原惟宗は、最前列に腰掛け、盤石の勝利を前に余裕の表情を浮かべている。
手術室。メスを握っているのは、財前院長。ここ数年、彼は政治と人事抗争にばかりかまけ、ほとんど手術台に立っていなかった。だが、この“初例の栄誉”だけは、譲る気がなかった。
「ゼウス・システム、挿入開始」
ガイドワイヤーに乗せられた金属ステントが、ゆっくりと母の大動脈瘤に向かって押し進められる。
「位置、良し。――リリース」
財前がレバーを押し込んだ瞬間、モニターの中で、銀色のメッシュが一気に広がった。その一秒後。悪夢が形をとった。
南方仁の予言通り、母のねじれた血管は、ゼウスを受け入れるにはあまりにいびつだった。硬いステントの先端は、大動脈瘤の薄い壁に沿って寝てくれるどころか、鋭いナイフのように、もろい外側へと食い込んでいく。
――ブチッ。
血管が裂ける音が、画面越しに聞こえたような気がした。
「ピピピピピ――!!」
モニターが真っ赤に染まり、警報音が鳴り響く。
「血圧急降下! 60/40! 心拍数140!!」
「造影剤が血管外に漏出! 大動脈破裂です!」
麻酔科医が絶叫した。
「し、止血だ! バルーンにもっと注水しろ!」
財前の手が震え始める。なんとかバルーンで破綻部を押さえ込もうとするが、ステントは押すほどにずれ、裂け目は逆に大きくなっていく。
「制御不能! 腹腔内の出血量が2000ml超! ショック状態!」
観覧ホールは騒然となる。
「無茶苦茶だ! これ以上は殺人だ!」
「すぐに開胸コンバージョンをしろ!」
老教授たちが口々に叫ぶ。
「し、しかし……財前院長、ここ五年は開胸なんて……」
助手の声は絶望に染まっていた。最前列の惟宗は、手にしていた湯呑みを床に叩きつけた。――賭けは、完全に裏目に出た。
そのとき。「ドンッ!」
分厚い鉛入りの手術室の扉が、轟音とともに歪んだ。電子ロックなど、油圧カッターの前には紙同然だった。龍立が南方仁を伴い、澄心警備の武装チームを従えて手術室になだれ込む。
「どけ、このヤブ医者が!!」
龍立は、呆然と立ち尽くす財前の襟首をつかみ、ゴミ袋を放り投げるように、壁際へ叩きつけた。
「き、君は何をする気だ! 警備はどこだ、私は院長だぞ――」
財前は床にへたり込み、マスクをずり落としたまま、みっともなく叫ぶ。
龍立は、内ポケットから一通の書類を取り出し、血で汚れた無影灯の支柱に叩きつけるように貼りつけた。
「よく見ろ。これは、ブルーホエール・キャピタルによる“債権の株式化通知書”だ。さっきちょうど一分前――俺は、東都医療グループの発行する可転債と短期債務をすべて買い取り、51%の株式に転換した。今この瞬間から、この病院の理事長は俺だ」
龍立は、床に尻もちをつく財前を指さす。
「財前。お前は解雇だ。ここから、俺の手術室から、今すぐ失せろ」
そして、隣に立つ南方仁へと向き直る。声には、押し殺した焦りと祈りがにじんでいた。
「南方教授……。どうか、母を――助けてください」
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