カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

文字の大きさ
61 / 140

第六十一話 灯のある家

しおりを挟む
 時刻:一か月後/入居日

 場所:澄心家園(ChengXin Home)一期

F区に、ようやく本当の静けさが来た。今日は第一陣――澄心グループの現場社員たちの入居日だ。美咲は古いスーツケースを引き、恐る恐る自分の部屋へ入る。

これまで住んでいたのは、六平方メートル、窓もなく、雨漏りする木造。雨が降るたび、ノートPCを抱えて隅に縮こまり、原稿が濡れることだけを恐れていた。

カードキーを震える手で当て、ドアを押す。六十平方メートル。独り暮らしの女にとって、これは宮殿だった。大きな窓の向こうに、東京湾の青が一望できる。

吉岡が設計した全館スマートシステムが入室を感知し、橙色の暖かな灯を自動で点し、空調が心地よい風を吐き出す。オープンキッチンの冷蔵庫には、澄心アグリ直送の野菜が詰められていた。浴室には、脚を伸ばせる恒温マッサージバスまである。

「……これ、本当に私のための部屋なの……?」

美咲は壁に触れる。夢でないことを確かめるように。この仕様なら都心で家賃三十万円は下らない。だが会社が課した賃料は八万円。

荷物を置き、柔らかなソファに倒れ、海を見た。涙が勝手に溢れ、止まらない。東京で五年。引っ越し七回。大家の白い目。仲介の嘘。ようやく、“家”と呼べる場所ができた。

彼女はスマホを取り出し、田舎の母に電話をかけた。

「お母さん……もう、お金送らないで……ほんとに、もういい……」
「東京で……私、やっと……家ができた」

同じ時刻。この棟の中で、数百の灯が点った。どの灯の下にも、もう漂わない魂がある。若い恋人は抱き合い、疲れた父は子を洗う。

……

夜。龍立は最上階のテラスに立ち、足元の“灯の海”を見下ろす。橙の小さな光は、千億の時価総額の決算書よりも、ずっと彼を安心させた。

コーヒーを手に、束の間の静寂を味わう。そこへ吉岡が請求書を持って来る。顔は重く、怯えに近い。

「社長……皆、入居できました。でも……大問題が」

「どうした」

「電気代です」
吉岡は紙を指で叩いた。「F区はMegapackで供給してますが、充電は東都電力の工業用系統に繋がないといけない。さっき通達が来て、“工業地区の非工業用途”として懲罰料金を適用、200%値上げです」

「それと……」
声を落とす。「向こうが遠隔でピーク電力を絞ってきました。独立発電設備を申請しても、経産省が『電気事業法』を盾に通さない可能性が高い。特例がないと、発電機一台すら設置できません」

「東都電力……そして官僚どもか」

龍立は目を細める。関東のエネルギーを握る巨大独占企業。背後に絡む利権の根。老朽火力と原発で国民に寄生し、血を吸う。

「首を絞めに来たな」龍立は笑った。「法律と料金で、俺たちが膝をつくと思っている?」

テラスの縁へ歩き、東京湾の強い海風を受けた。風が髪を乱す。だが、眼は一層澄む。

「吉岡、感じるか」

「……何をです?」

「風だ」
龍立は腕を広げ、荒い海風を抱きしめるように言った。「ここは海辺だ。風は止まらない。市電が高いなら、官僚が許可しないなら――“許可せざるを得ない”状況を作る」

振り向いた眼に、新しい、さらに狂った野心が灯った。

「源田に現場の準備をさせろ。俺は今からエロンに電話する。最新の蓄電技術が要る。発電の手段も、政府を黙らせる方法も――見せてやる」

遠く、東都電力の火力発電所が黒煙を吐いている。龍立は口元に微笑を刻んだ。

「次は――エネルギーだ。東都電力は、俺たちに闇の中で頭を下げろと言う。なら俺は、奴らより眩い灯台を点す。――この国のエネルギー革命を、逆に始めさせる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...