96 / 140
第九十六話 「法廷の数学問題」
しおりを挟む
時刻:一週間後・第2回公判日
場所:東京地方裁判所・第1刑事法廷
この日の地裁は、前回以上に張り詰めていた。爆発寸前の圧力鍋だ。
法廷外には数万人。「AIを信じろ」「冤罪を止めろ」「鬼頭を罷免せよ」――プラカードが波となり、裁判所を包囲した。機動隊が鉄柵を並べ、ようやく秩序を保つ。
法廷内。堀田裁判官の顔は青白い。額には汗。配信以降、自宅に臭卵が投げ込まれ、物理の教科書が届いた。門番は恐怖を覚えていた。
検察席の鬼頭は、相変わらずの三つ揃えだが、目の下の青黒さと手指の震えが動揺を暴露している。傍聴席を見ない。紙だけを見る。
「開廷します」堀田が木槌を打つ。声は頼りない。
三上が立つ。その全身から、目を逸らせないほどの光が立っていた。髭は剃り落とされ、髪は整えられ、濃紺のオーダースーツ。胸の金色のひまわりが強く輝く。彼はもう、夜の街の“流れ者”ではない。正義の代行者であり、復讐の修羅だ。
「裁判長。弁護側は、新たな技術鑑定報告の提出を求めます。澄心グループ『テミス(Themis)』が生成した『映像光学および物理環境復元報告書』です。検察の中核証拠――当該監視映像を、法廷で反対尋問します」
鬼頭が即座に立ち上がる。「異議! AIの報告は法的効力を欠く! 疑似科学だ! 企業の宣伝だ!」
三上は冷たく言い放つ。「疑似科学かどうかは、中学数学に聞けばいい」
堀田は逡巡し、傍聴席の“喰らいつく目”を見て、ついに頷いた。「……許可します」
スクリーンが点く。検察提出の映像スチル。その上に吉岡俊介が構築した3D物理モデルが重なる。
「ご覧ください」三上の声が法廷に響く。
「事件当日(10月15日)、東京の緯度経度から算出される14:30の太陽高度角は35度、方位角は西南西。ところが検察映像の影は、投射角50度、方位は北寄り」
リモコンを押すと、赤い補助線が二本引かれ、巨大な角度差を示す。
「これは中学生でも解ける幾何問題です。東京に太陽が二つあったか、地球の自転軸が突然曲がったのでない限り、この影は存在しえない!」
法廷がどよめく。思わず拍手をしかける者すらいる。三上は詰め寄り、検察席の目前で両手を机に突き、鬼頭の目を刺す。
「唯一の科学的説明はこうだ――この映像は午前10時ごろのもの。誰かが“証拠の鎖”を捏造するため、タイムスタンプを改竄し、切り貼りして提出した。刑法104条、証拠偽造――三年以上の懲役。鬼頭検察官! あなたの“鉄証”が、なぜ物理法則に反する?! 説明してください!」
鬼頭の額から汗が噴き、起訴状へ落ちる。口を開き、抵抗する。
「こ、これは……カメラの広角歪み……あるいは周囲建物の反射で……」
「歪み?」三上は嘲笑し、第二資料を投げる。AIが十万回シミュレーションした結果図。
「歪みパラメータも反射モデルもすべて織り込んだ。十万回回して、一度たりともこの影は出ない。認めろ、鬼頭。お前は完璧な“勝率”のために、無関係な映像を証拠にねじ込み、無辜の若者を絞首台へ送ろうとした! お前の正義とは、無実を罪人にすることか?!」
「わ、私は……」
鬼頭が崩れた。彼の論理の城は、数学という絶対真理の前で瓦解する。一歩退き、椅子にぶつかり、倒れる音が鋭く響く。
「……私は……未解決事件にしたくなかった……」
鬼頭は机に縋り、震えた声で吐いた。恐ろしい“真相”を。
「配達員は後ろ盾がない。金もない。捕まえれば終わる。遺族に説明がつく。社会の秩序が守れる……私は……正義のために……」
法廷は沈黙した。それは検察官の自白であり、この腐った司法機構への判決だった。堀田裁判官さえ目を閉じ、台下の怒りを見ることができない。
場所:東京地方裁判所・第1刑事法廷
この日の地裁は、前回以上に張り詰めていた。爆発寸前の圧力鍋だ。
法廷外には数万人。「AIを信じろ」「冤罪を止めろ」「鬼頭を罷免せよ」――プラカードが波となり、裁判所を包囲した。機動隊が鉄柵を並べ、ようやく秩序を保つ。
法廷内。堀田裁判官の顔は青白い。額には汗。配信以降、自宅に臭卵が投げ込まれ、物理の教科書が届いた。門番は恐怖を覚えていた。
検察席の鬼頭は、相変わらずの三つ揃えだが、目の下の青黒さと手指の震えが動揺を暴露している。傍聴席を見ない。紙だけを見る。
「開廷します」堀田が木槌を打つ。声は頼りない。
三上が立つ。その全身から、目を逸らせないほどの光が立っていた。髭は剃り落とされ、髪は整えられ、濃紺のオーダースーツ。胸の金色のひまわりが強く輝く。彼はもう、夜の街の“流れ者”ではない。正義の代行者であり、復讐の修羅だ。
「裁判長。弁護側は、新たな技術鑑定報告の提出を求めます。澄心グループ『テミス(Themis)』が生成した『映像光学および物理環境復元報告書』です。検察の中核証拠――当該監視映像を、法廷で反対尋問します」
鬼頭が即座に立ち上がる。「異議! AIの報告は法的効力を欠く! 疑似科学だ! 企業の宣伝だ!」
三上は冷たく言い放つ。「疑似科学かどうかは、中学数学に聞けばいい」
堀田は逡巡し、傍聴席の“喰らいつく目”を見て、ついに頷いた。「……許可します」
スクリーンが点く。検察提出の映像スチル。その上に吉岡俊介が構築した3D物理モデルが重なる。
「ご覧ください」三上の声が法廷に響く。
「事件当日(10月15日)、東京の緯度経度から算出される14:30の太陽高度角は35度、方位角は西南西。ところが検察映像の影は、投射角50度、方位は北寄り」
リモコンを押すと、赤い補助線が二本引かれ、巨大な角度差を示す。
「これは中学生でも解ける幾何問題です。東京に太陽が二つあったか、地球の自転軸が突然曲がったのでない限り、この影は存在しえない!」
法廷がどよめく。思わず拍手をしかける者すらいる。三上は詰め寄り、検察席の目前で両手を机に突き、鬼頭の目を刺す。
「唯一の科学的説明はこうだ――この映像は午前10時ごろのもの。誰かが“証拠の鎖”を捏造するため、タイムスタンプを改竄し、切り貼りして提出した。刑法104条、証拠偽造――三年以上の懲役。鬼頭検察官! あなたの“鉄証”が、なぜ物理法則に反する?! 説明してください!」
鬼頭の額から汗が噴き、起訴状へ落ちる。口を開き、抵抗する。
「こ、これは……カメラの広角歪み……あるいは周囲建物の反射で……」
「歪み?」三上は嘲笑し、第二資料を投げる。AIが十万回シミュレーションした結果図。
「歪みパラメータも反射モデルもすべて織り込んだ。十万回回して、一度たりともこの影は出ない。認めろ、鬼頭。お前は完璧な“勝率”のために、無関係な映像を証拠にねじ込み、無辜の若者を絞首台へ送ろうとした! お前の正義とは、無実を罪人にすることか?!」
「わ、私は……」
鬼頭が崩れた。彼の論理の城は、数学という絶対真理の前で瓦解する。一歩退き、椅子にぶつかり、倒れる音が鋭く響く。
「……私は……未解決事件にしたくなかった……」
鬼頭は机に縋り、震えた声で吐いた。恐ろしい“真相”を。
「配達員は後ろ盾がない。金もない。捕まえれば終わる。遺族に説明がつく。社会の秩序が守れる……私は……正義のために……」
法廷は沈黙した。それは検察官の自白であり、この腐った司法機構への判決だった。堀田裁判官さえ目を閉じ、台下の怒りを見ることができない。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。
有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。
選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。
涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。
彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。
やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。
あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。
各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。
*☼*――――――――――*☼*
佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳
文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務
仕事人間で料理は苦手
×
各務 尊(かがみ たける) 30歳
実花子の上司で新人研修時代の指導担当
海外勤務から本社の最年少課長になったエリート
*☼*――――――――――*☼*
『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。
――――――――――
※他サイトからの転載
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※無断転載禁止。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる