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第一百二十五話 ネオンの下の狩場
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時間:翌日 深夜 01:00
場所:新宿・歌舞伎町・東横広場(東宝ビル脇)
欲望で築かれた迷宮。ビル屋上の巨大ゴジラがドライアイスを吐き、ネオンが夜空を紫紅色に染める。空気は焼肉の脂、安い香水、古い煙草、吐瀉物、そして説明できない“ホルモンの腐敗臭”が混ざったものだった。
だが光の中心に広がっていたのは、あまりにも残酷な地獄絵図。数百人の少年少女が地面に座り込んでいる。目は虚ろで、化粧は濃く、まるで捨て猫の群れ。彼らは「東横キッズ(Toyoko Kids)」と呼ばれていた。十四、十五の年齢で、煙草も酒も手慣れている。「ストロングゼロ」をあおり、正体不明の錠剤を回し合う。家庭に捨てられ、学校に追放された者たち。ここが唯一の“家”であり、堕落の深淵だった。
龍立と劉立が並んで、そのネオンの森へ入っていく。二人の存在感は異常だった。片方は皇帝のようにスーツを着こなし、片方は殺し屋のように黒を纏う。周囲のチンピラが本能的に怯え、潮が割れるように道を開けた。
案内役は、小鳥遊凛(たかなし りん)。アイドル歌手。帽子とマスクで顔を隠し、二人の後ろをついてくる。かつて彼女も、この深淵に落ちかけた。歩くたび身体が僅かに震える。悪夢の記憶が、今も刺してくる。
「社長……あそこを」凛が小声で指さす。尖った靴、金髪、粘ついた目をした数人の男。「“スカウト”です。あいつらはハゲタカみたいに、上京したばかりの女の子を狙います。“アイドル”“高収入”“モデル”って言葉で、風俗に売るんです」
その通りだった。花柄シャツの男が、まだ十五くらいの少女に絡んでいる。ピンクのスーツケース。涙跡が残り、心細さが顔に滲む。
「なあ妹。家出? 住むとこない?」男は距離を詰め、手を少女の肩へ回す。煙草の臭いが顔にかかる。「“天使の家”に連れてってやるよ。お前みたいな子、いっぱい居る。熱いシャワーもあるし、お菓子もある。それに……俺がアイドルも紹介できるぜ?」
少女の目の警戒が、「温かいシャワー」と「アイドル」という言葉で少しずつ溶ける。寒い東京で、一番欲しいものだった。「……本当に……?」
「行くな」修長で力のある手が、スーツケースの取っ手を押さえた。
劉立が少女の前へ出る。男を見下ろし、無表情で言った。縁なし眼鏡のレンズがネオンを反射し、刃の光になる。
「汚い手をどけろ。……消えろ」たった一語。平坦で、温度がない。なのに背骨が凍る。
「は? てめぇ誰だよ」スカウトは逆上する。「この辺は兵頭の兄貴が仕切ってんだ! 死にたいのか!」
劉立を突き飛ばそうとする――その指が服に触れる寸前。
劉立が動いた。極端に簡潔で、速い。左手で手首を固定し、右手で喉へ切り落とす。「ゴキッ」鈍い音。悲鳴すら出ない。喉の軟骨が潰れ、男は窒息し、膝から崩れ落ちて喉を押さえ、嘔吐だけを繰り返す。顔色が紫色に染まった。
劉立はポケットからハンカチを取り出し、男に触れた手を丁寧に拭いた。まるで雑菌でも移ったみたいに。そしてそのハンカチを、男の顔へ投げ捨てる。
だが――背筋が凍る光景が続いた。周囲の東横キッズが、突如として群がった。感謝ではない。牙を剥くような憎しみ。
「兵頭の兄貴の人間を放せ!」「余計なことするな!」「兵頭の兄貴は飯くれた! 薬くれた!」「お前らみたいなスーツの大人のほうが悪いんだ! 消えろ!」
中にはナイフや割れ瓶を握る者もいる。攻撃しようとする。龍立はその目を見る。虚ろで、狂信的。洗脳された信徒の目だった。
――精神支配(PUA)。兵頭極は、安い寝床と食事と薬で、自分を“救い主”に見せかける。子どもを社会から切断し、自ら進んで奴隷となり、守らせる。肉体の傷より恐ろしい。魂そのものが腐る。
「……言葉じゃ救えないな」龍立はスマホを取り出し、暗号化された番号へ繋ぐ。海外から呼んだ“切り札”だ。「“暗影組(Shadow Team)”を回せ。最高の四人。待機」
通話を切り、龍立は歌舞伎町の奥の、最も黒い影を見る。「源を断たない限り、救っても次が出る。直接、巣へ行く。偽の神を、神壇から引きずり降ろす」
場所:新宿・歌舞伎町・東横広場(東宝ビル脇)
欲望で築かれた迷宮。ビル屋上の巨大ゴジラがドライアイスを吐き、ネオンが夜空を紫紅色に染める。空気は焼肉の脂、安い香水、古い煙草、吐瀉物、そして説明できない“ホルモンの腐敗臭”が混ざったものだった。
だが光の中心に広がっていたのは、あまりにも残酷な地獄絵図。数百人の少年少女が地面に座り込んでいる。目は虚ろで、化粧は濃く、まるで捨て猫の群れ。彼らは「東横キッズ(Toyoko Kids)」と呼ばれていた。十四、十五の年齢で、煙草も酒も手慣れている。「ストロングゼロ」をあおり、正体不明の錠剤を回し合う。家庭に捨てられ、学校に追放された者たち。ここが唯一の“家”であり、堕落の深淵だった。
龍立と劉立が並んで、そのネオンの森へ入っていく。二人の存在感は異常だった。片方は皇帝のようにスーツを着こなし、片方は殺し屋のように黒を纏う。周囲のチンピラが本能的に怯え、潮が割れるように道を開けた。
案内役は、小鳥遊凛(たかなし りん)。アイドル歌手。帽子とマスクで顔を隠し、二人の後ろをついてくる。かつて彼女も、この深淵に落ちかけた。歩くたび身体が僅かに震える。悪夢の記憶が、今も刺してくる。
「社長……あそこを」凛が小声で指さす。尖った靴、金髪、粘ついた目をした数人の男。「“スカウト”です。あいつらはハゲタカみたいに、上京したばかりの女の子を狙います。“アイドル”“高収入”“モデル”って言葉で、風俗に売るんです」
その通りだった。花柄シャツの男が、まだ十五くらいの少女に絡んでいる。ピンクのスーツケース。涙跡が残り、心細さが顔に滲む。
「なあ妹。家出? 住むとこない?」男は距離を詰め、手を少女の肩へ回す。煙草の臭いが顔にかかる。「“天使の家”に連れてってやるよ。お前みたいな子、いっぱい居る。熱いシャワーもあるし、お菓子もある。それに……俺がアイドルも紹介できるぜ?」
少女の目の警戒が、「温かいシャワー」と「アイドル」という言葉で少しずつ溶ける。寒い東京で、一番欲しいものだった。「……本当に……?」
「行くな」修長で力のある手が、スーツケースの取っ手を押さえた。
劉立が少女の前へ出る。男を見下ろし、無表情で言った。縁なし眼鏡のレンズがネオンを反射し、刃の光になる。
「汚い手をどけろ。……消えろ」たった一語。平坦で、温度がない。なのに背骨が凍る。
「は? てめぇ誰だよ」スカウトは逆上する。「この辺は兵頭の兄貴が仕切ってんだ! 死にたいのか!」
劉立を突き飛ばそうとする――その指が服に触れる寸前。
劉立が動いた。極端に簡潔で、速い。左手で手首を固定し、右手で喉へ切り落とす。「ゴキッ」鈍い音。悲鳴すら出ない。喉の軟骨が潰れ、男は窒息し、膝から崩れ落ちて喉を押さえ、嘔吐だけを繰り返す。顔色が紫色に染まった。
劉立はポケットからハンカチを取り出し、男に触れた手を丁寧に拭いた。まるで雑菌でも移ったみたいに。そしてそのハンカチを、男の顔へ投げ捨てる。
だが――背筋が凍る光景が続いた。周囲の東横キッズが、突如として群がった。感謝ではない。牙を剥くような憎しみ。
「兵頭の兄貴の人間を放せ!」「余計なことするな!」「兵頭の兄貴は飯くれた! 薬くれた!」「お前らみたいなスーツの大人のほうが悪いんだ! 消えろ!」
中にはナイフや割れ瓶を握る者もいる。攻撃しようとする。龍立はその目を見る。虚ろで、狂信的。洗脳された信徒の目だった。
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「……言葉じゃ救えないな」龍立はスマホを取り出し、暗号化された番号へ繋ぐ。海外から呼んだ“切り札”だ。「“暗影組(Shadow Team)”を回せ。最高の四人。待機」
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