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第三話・錦市場・影を食べる少年(三)
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午後になると、錦市場はさらに人で膨れ上がる。観光客たちが次々と流れ込み、スマホで写真を撮り、食べ歩きをしながら「かわいい」「おいしそう」とあちこちで声を上げた。
「あの子の親は?」
人の波が少しだけ途切れた場所で、劉立澄が歩きながら尋ねる。
「あそこ。」
綾女が指さしたのは、漬物と味噌を売る古い店だった。入口の前には「自家製」と書かれた札が下がり、木の樽が何列も並んでいる。中からは、男女が言い争う声が漏れ聞こえ、すぐに押し殺されたような、喉の奥にこもった気配に変わった。
「とにかく忙しいの。」
綾女は言う。「卸問屋と値段の相談をして、家賃の値上げに文句を言いに行って、新しい商品アイデアをひねり出して……子どもは、」
彼女はいったん言葉を切る。
「市場に放り出して、そのまま『ついでに』育つのを待ってる。」
彼女は店の人たちから詳しく話を聞いていた。
男の子が小さかったころは、店の中を駆け回り、袋を渡したりテーブルを拭いたりしていた。手が遅いと叱られ、何かをひっくり返せば客の目の前でも容赦なく怒鳴られた。
そのうち、「邪魔だから外で遊んでろ」と市場の反対側に追いやられ、帰ってこなくなった。
誰も、あの子がその日の昼ごはんを食べたかどうか覚えていない日もあった。
「外向きの言い方は、もっときれいよ。」
綾女は皮肉っぽく笑う。「『あの子、賑やかな場所が大好きでね。毎日、市場に行きたいって言うんですよ』。」
二人は、いなり寿司を売る小さな店の前を通る。端整な箱の中に、小さな四角い寿司が並んでいた。甘辛く炊いた油揚げがご飯を包み、その上に照りのあるタレが薄く塗られ、白ごまが少しだけ散らされている。油揚げは出汁をたっぷり含みながらも形は崩れておらず、ひと口かじると甘さが先に広がり、そのあとにほかほかとした米の満足感が押し寄せる。
店主の老婦人は、綾女を見ると自分から話しかけてきた。
「昔はね、あの子、よくここに食べに来てたんだよ。最近はすっかり手を出さなくなっちまって。」
彼女はため息をつく。「この前なんか、向かい側にしゃがんで、人の手に持った食べ物の影ばっかり見ていたよ。目を瞬かせもしないでね。」
「それで影を食べるようになった。」
いなり寿司をひとつ口に運びながら、劉立澄は通りと天井と床を順番に見回した。
ここに流れる「気」は、祇園とは違う。
祇園の夜は、幾層にも重なった仮面と灯りの街だ。笑い声と酒の匂いが空気の中で渦を巻いている。それに対して錦市場の昼は、雑多に混じり合う川のようだった。辛いものも甘いものも、疲れも、ごく当たり前の満足も、すべてが一緒くたになって流れている。
だがその川のずっと上――彼の目には、細い一本の線が見えていた。
アーケードの端から端まで伸びる、ほとんど目に見えない亀裂。誰かが鋭い刃物で空中にすっと切り目を入れ、その中に何かを垂らしたような痕。
残形は、その線に沿って、水草みたいにじわじわと「肥えて」いる。
「本来なら、この子の残形なんて、本人ひとり分で手一杯のはずなんだけどな。」
彼はその場で思考を口にする。「普通なら、せいぜい紙や消しゴム、爪でも齧る程度の、隅っこにいる小さな怪物で終わる。ちょっとお腹を空かせて、ちょっと寂しくて、それでも他人にまでは手を出さない類だ。」
彼は天井の向こうにちらりと見えた脈の裂け目を見上げた。
「今は、通り全体の『光』を食べ始めてる。」
綾女は黙り込む。
振り返ると、少年はまださっきの場所にいた。ただし、彼の足元の床に落ちた影だけが、周囲より一段濃さを増している。少年の背中にぴったり貼りついている膨らんだ黒い塊は、輪郭から細い触手のようなものを伸ばし、通り過ぎる人々の足跡にそっと触れようとしていた。
「あの子の親は?」
人の波が少しだけ途切れた場所で、劉立澄が歩きながら尋ねる。
「あそこ。」
綾女が指さしたのは、漬物と味噌を売る古い店だった。入口の前には「自家製」と書かれた札が下がり、木の樽が何列も並んでいる。中からは、男女が言い争う声が漏れ聞こえ、すぐに押し殺されたような、喉の奥にこもった気配に変わった。
「とにかく忙しいの。」
綾女は言う。「卸問屋と値段の相談をして、家賃の値上げに文句を言いに行って、新しい商品アイデアをひねり出して……子どもは、」
彼女はいったん言葉を切る。
「市場に放り出して、そのまま『ついでに』育つのを待ってる。」
彼女は店の人たちから詳しく話を聞いていた。
男の子が小さかったころは、店の中を駆け回り、袋を渡したりテーブルを拭いたりしていた。手が遅いと叱られ、何かをひっくり返せば客の目の前でも容赦なく怒鳴られた。
そのうち、「邪魔だから外で遊んでろ」と市場の反対側に追いやられ、帰ってこなくなった。
誰も、あの子がその日の昼ごはんを食べたかどうか覚えていない日もあった。
「外向きの言い方は、もっときれいよ。」
綾女は皮肉っぽく笑う。「『あの子、賑やかな場所が大好きでね。毎日、市場に行きたいって言うんですよ』。」
二人は、いなり寿司を売る小さな店の前を通る。端整な箱の中に、小さな四角い寿司が並んでいた。甘辛く炊いた油揚げがご飯を包み、その上に照りのあるタレが薄く塗られ、白ごまが少しだけ散らされている。油揚げは出汁をたっぷり含みながらも形は崩れておらず、ひと口かじると甘さが先に広がり、そのあとにほかほかとした米の満足感が押し寄せる。
店主の老婦人は、綾女を見ると自分から話しかけてきた。
「昔はね、あの子、よくここに食べに来てたんだよ。最近はすっかり手を出さなくなっちまって。」
彼女はため息をつく。「この前なんか、向かい側にしゃがんで、人の手に持った食べ物の影ばっかり見ていたよ。目を瞬かせもしないでね。」
「それで影を食べるようになった。」
いなり寿司をひとつ口に運びながら、劉立澄は通りと天井と床を順番に見回した。
ここに流れる「気」は、祇園とは違う。
祇園の夜は、幾層にも重なった仮面と灯りの街だ。笑い声と酒の匂いが空気の中で渦を巻いている。それに対して錦市場の昼は、雑多に混じり合う川のようだった。辛いものも甘いものも、疲れも、ごく当たり前の満足も、すべてが一緒くたになって流れている。
だがその川のずっと上――彼の目には、細い一本の線が見えていた。
アーケードの端から端まで伸びる、ほとんど目に見えない亀裂。誰かが鋭い刃物で空中にすっと切り目を入れ、その中に何かを垂らしたような痕。
残形は、その線に沿って、水草みたいにじわじわと「肥えて」いる。
「本来なら、この子の残形なんて、本人ひとり分で手一杯のはずなんだけどな。」
彼はその場で思考を口にする。「普通なら、せいぜい紙や消しゴム、爪でも齧る程度の、隅っこにいる小さな怪物で終わる。ちょっとお腹を空かせて、ちょっと寂しくて、それでも他人にまでは手を出さない類だ。」
彼は天井の向こうにちらりと見えた脈の裂け目を見上げた。
「今は、通り全体の『光』を食べ始めてる。」
綾女は黙り込む。
振り返ると、少年はまださっきの場所にいた。ただし、彼の足元の床に落ちた影だけが、周囲より一段濃さを増している。少年の背中にぴったり貼りついている膨らんだ黒い塊は、輪郭から細い触手のようなものを伸ばし、通り過ぎる人々の足跡にそっと触れようとしていた。
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