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第七話・京都駅・ナビゲーションされる人生ルート(一)
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雨は本気で降っていたが、まだ土砂降りというほどではなかった。
京都駅の巨大なガラスのドームは、雨に叩かれて細かな音を立てている。まるで、透明な太鼓を誰かが優しく叩いているようだ。水滴は高い位置からつうっと滑り落ち、鋼の梁とガラスのあいだに斜めの線を描く。遠くから眺めると、駅そのものが一枚の流れる水幕に覆われているように見えた。
中央大階段には、雨の日でもちゃんと灯りが点いている。
両側の階段には、ゆるやかな人の流れが途切れない。新幹線に急ぐスーツ姿の人、楽器ケースを背負った学生、傘を手に「外へ出るべきかどうか」迷っている観光客。エスカレーターの金属製の手すりは、何度も撫でられて鈍く光り、その先には空中回廊が幾層にも重なり、空中に浮かぶ道路のように伸びていた。
劉立澄は、新幹線ホームの簡易立ち食いカウンターに立ち、湯気の立つにしんそばを手にしていた。
出汁の香りが、雨の匂いと混じり合い、湯気となって碗の縁から立ちのぼる。
澄んだ色のつゆには、うっすらと油の輪が浮かび、細かく刻まれた葱が散っている。その上に、真っ黒になるまで炊かれた鰊が一切れ、荞麦の上に横たわっていた。甘じょっぱいタレをまとった魚の身は、端が少しだけくるりと反っている。
彼は麺を一口分だけ箸でつまみ、軽く息を吹きかけた。
熱気が顔に当たり、メガネのレンズに一瞬だけ白い膜が広がる。彼は目を細め、くもりの向こうから、発着する列車の方向へと視線を滑らせ、ゆっくりとホーム全体を見渡した。
――ほとんどの人は、「決められたルートどおり」に動いている。
キャリーケースを引くサラリーマンは、スマホの時刻表示と列車番号を何度も確認する。
家族旅行の両親は、子どもの手をしっかり握ったまま、頭上の電光掲示板から目を離さない。
京都みやげの紙袋をぶら下げたカップルは、雨への文句を言いながらも、帰りの段取りを話し合っている。
足取りはそれぞれに急いでいるが、向かう先ははっきりしている。
一人一人が、目に見えない線の上を歩かされているように見えた。
ただ、ごくわずかな人だけは、どこか様子が違っていた。
向かいのホームの端に、少しへたったバックパックを背負った青年がひとり立っている。
切符を握りしめた手が三度ほど持ち上がり、三度とも、最後の瞬間に引っ込む。視線はホームの縁と自販機のあいだを行ったり来たりし、落ち着かない。
反対側には、「京大」と書かれたパーカーを着て、小さなキャリーケースを引いた女子学生が、「○○方面新幹線」と書かれた標識の下に立っていた。
彼女は長いあいだ、電光掲示板を見上げたままだ。
切符は駅の売店で買った旅行雑誌に挟んであり、その端がほんの少し顔を出している。同じページを、彼女は少なくとも五回はめくった。そのたびに、まるで初めて時刻を確認するみたいな顔をして。
周りの人間にとって、その「ためらい」は、せいぜい出発前にありがちな緊張にしか見えないだろう。
だが劉立澄の目には、そのためらいが、雑踏の中で場違いに点滅する、小さな赤い警告灯のように見えていた。
彼は麺を噛み切り、鰊の身をひとかけら口に運んだ。
甘じょっぱい味が、口の中で素早く広がる。噛み進めると、ほんのかすかな生臭さが立ち上がるが、それも葱の香りがかき消してくれる。
そのとき、ズボンのポケットのスマホが振動した。
【後輩:先輩、今、大学にいますか?】
【後輩:私、京都駅にいるんですけど、自分のホームが全然見つからなくて……】
【後輩:変なんです。案内板をちゃんと見て歩いてるのに、気づいたらまた同じ場所に戻ってきちゃうんです】
送ってきた名前は、数日前、教育学部のディスカッションの授業で顔を合わせたばかりの後輩のものだった。
社交の場ではいつもおとなしく笑っていて、荷物運びを頼まれると断れないタイプ。
話し出す前に、必ず一度、周りの表情を探る癖のある子だ。
劉立澄は、画面の文字を見下ろした。
「全然見つからない」「また戻ってくる」という言葉に、視線が一瞬だけ止まる。
【劉:今、何階?】
【後輩:……地下、みたいです。食べ物屋さんとコスメのお店がいっぱいあって】
【後輩:「八条口」って書いてある方に歩いてるのに、気づいたらまた「中央口」の看板が見えるんです】
「地下街か。」
彼は碗の中のつゆを、最後の数口だけ啜った。
飲み干してしまわず、少しだけ残しておく。
碗を静かに立ち食いカウンターに戻し、駅構内の階段口へと足を向けた。
ホームの縁から運ばれてきた雨水が、床に暗い足跡を残している。
誰かがその上を踏み、さらに別の足跡が重なっていく。外へ向かうもの、駅の奥に戻るもの。幾重にも重なり合って、最後には判別のつかない灰色の影になっていた。
――「出て行きたい人ほど、外へ出られない。」
その考えが、静かに心の中へ沈み込んだ。
京都駅の巨大なガラスのドームは、雨に叩かれて細かな音を立てている。まるで、透明な太鼓を誰かが優しく叩いているようだ。水滴は高い位置からつうっと滑り落ち、鋼の梁とガラスのあいだに斜めの線を描く。遠くから眺めると、駅そのものが一枚の流れる水幕に覆われているように見えた。
中央大階段には、雨の日でもちゃんと灯りが点いている。
両側の階段には、ゆるやかな人の流れが途切れない。新幹線に急ぐスーツ姿の人、楽器ケースを背負った学生、傘を手に「外へ出るべきかどうか」迷っている観光客。エスカレーターの金属製の手すりは、何度も撫でられて鈍く光り、その先には空中回廊が幾層にも重なり、空中に浮かぶ道路のように伸びていた。
劉立澄は、新幹線ホームの簡易立ち食いカウンターに立ち、湯気の立つにしんそばを手にしていた。
出汁の香りが、雨の匂いと混じり合い、湯気となって碗の縁から立ちのぼる。
澄んだ色のつゆには、うっすらと油の輪が浮かび、細かく刻まれた葱が散っている。その上に、真っ黒になるまで炊かれた鰊が一切れ、荞麦の上に横たわっていた。甘じょっぱいタレをまとった魚の身は、端が少しだけくるりと反っている。
彼は麺を一口分だけ箸でつまみ、軽く息を吹きかけた。
熱気が顔に当たり、メガネのレンズに一瞬だけ白い膜が広がる。彼は目を細め、くもりの向こうから、発着する列車の方向へと視線を滑らせ、ゆっくりとホーム全体を見渡した。
――ほとんどの人は、「決められたルートどおり」に動いている。
キャリーケースを引くサラリーマンは、スマホの時刻表示と列車番号を何度も確認する。
家族旅行の両親は、子どもの手をしっかり握ったまま、頭上の電光掲示板から目を離さない。
京都みやげの紙袋をぶら下げたカップルは、雨への文句を言いながらも、帰りの段取りを話し合っている。
足取りはそれぞれに急いでいるが、向かう先ははっきりしている。
一人一人が、目に見えない線の上を歩かされているように見えた。
ただ、ごくわずかな人だけは、どこか様子が違っていた。
向かいのホームの端に、少しへたったバックパックを背負った青年がひとり立っている。
切符を握りしめた手が三度ほど持ち上がり、三度とも、最後の瞬間に引っ込む。視線はホームの縁と自販機のあいだを行ったり来たりし、落ち着かない。
反対側には、「京大」と書かれたパーカーを着て、小さなキャリーケースを引いた女子学生が、「○○方面新幹線」と書かれた標識の下に立っていた。
彼女は長いあいだ、電光掲示板を見上げたままだ。
切符は駅の売店で買った旅行雑誌に挟んであり、その端がほんの少し顔を出している。同じページを、彼女は少なくとも五回はめくった。そのたびに、まるで初めて時刻を確認するみたいな顔をして。
周りの人間にとって、その「ためらい」は、せいぜい出発前にありがちな緊張にしか見えないだろう。
だが劉立澄の目には、そのためらいが、雑踏の中で場違いに点滅する、小さな赤い警告灯のように見えていた。
彼は麺を噛み切り、鰊の身をひとかけら口に運んだ。
甘じょっぱい味が、口の中で素早く広がる。噛み進めると、ほんのかすかな生臭さが立ち上がるが、それも葱の香りがかき消してくれる。
そのとき、ズボンのポケットのスマホが振動した。
【後輩:先輩、今、大学にいますか?】
【後輩:私、京都駅にいるんですけど、自分のホームが全然見つからなくて……】
【後輩:変なんです。案内板をちゃんと見て歩いてるのに、気づいたらまた同じ場所に戻ってきちゃうんです】
送ってきた名前は、数日前、教育学部のディスカッションの授業で顔を合わせたばかりの後輩のものだった。
社交の場ではいつもおとなしく笑っていて、荷物運びを頼まれると断れないタイプ。
話し出す前に、必ず一度、周りの表情を探る癖のある子だ。
劉立澄は、画面の文字を見下ろした。
「全然見つからない」「また戻ってくる」という言葉に、視線が一瞬だけ止まる。
【劉:今、何階?】
【後輩:……地下、みたいです。食べ物屋さんとコスメのお店がいっぱいあって】
【後輩:「八条口」って書いてある方に歩いてるのに、気づいたらまた「中央口」の看板が見えるんです】
「地下街か。」
彼は碗の中のつゆを、最後の数口だけ啜った。
飲み干してしまわず、少しだけ残しておく。
碗を静かに立ち食いカウンターに戻し、駅構内の階段口へと足を向けた。
ホームの縁から運ばれてきた雨水が、床に暗い足跡を残している。
誰かがその上を踏み、さらに別の足跡が重なっていく。外へ向かうもの、駅の奥に戻るもの。幾重にも重なり合って、最後には判別のつかない灰色の影になっていた。
――「出て行きたい人ほど、外へ出られない。」
その考えが、静かに心の中へ沈み込んだ。
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