京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第七話・京都駅・ナビゲーションされる人生ルート(二)

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 京都駅の地下街は、いつもどこか時間の感覚を狂わせる。

 窓もなく、外の雨音も届かない。ただ昼夜の区別なく灯る照明と、BGM、そして磨き上げられ過ぎた床。

 一列に並んだ店は、テンプレートをコピー&ペーストしたように似通っている。スイーツ、コスメ、服、文具、軽食。ガラスのショーウィンドウは徹底的に磨き込まれ、季節限定の商品が整然と並び、値引きの札が所狭しと吊るされている。

 人はその間を行き来しているのに、ふと気づくと、自分がどの出口に向かっているのか分からなくなる。

 劉立澄は、地下街の中央にある十字路に立っていた。

 頭上の案内板には、「中央口・八条口・近鉄・地下鉄」と書かれ、矢印が四方へ向かっている。

 彼は一度、静かに目を閉じた。

 一般の人間の目には、ここはせいぜい「ちょっと複雑な分岐点」にしか映らないだろう。

 彼の目には、床と天井のあいだに、一枚の透明な網が見えていた。

 各出口は、その網の縁にあたる点。

 そこへ向かう通路は、一本一本の線。

 人の群れは、その網の中を動き回る砂粒のように見える。

 ほとんどの線は、柔らかく自然に伸びていた。

 ただ、ごく数本だけが――

 真っ直ぐすぎた。

 人が自分の足で刻んだ軌跡というよりは、何か外側の力で「補正された」線のように。

 そして、その数本の線は、みな同じ方向へ集中している。

 「中央口へ戻る」「インフォメーション」の表示がぶら下がる、その下の一点へ。

 劉立澄が目を開けると、見覚えのある姿が人波の中から抜け出してくるところだった。

「先輩。」

 後輩の女子学生がキャリーケースを提げて立っていた。

 目の縁は、少し赤い。

 彼女は彼の姿を見た途端、顔に張りついていた緊張の半分を、ふっと手放したように見えた。

 「さっき、『八条口』の看板をちゃんと追いかけてたんです。」

 天井の案内を指さして、彼女は震え気味の声で言う。

 「なのに、一周して、またここに戻ってきちゃって。」

 「三周目です。」

 彼は顔を上げた。

 「八条口→」

 矢印だけ見れば、どこもおかしいところはない。

 だが、彼の視界には、その矢印のあとに、極細の糸のような線が一筋伸びているのが見えた。

 その細線は、あるところでくるりと折り返し、そっと「中央口」の方角に繋ぎ直されている。

 一般の人には、存在しない線だ。

 「ここから出ていきたい」と本気で考えている人にとってだけ、足元をそっと押し戻す見えない手として働く線。

 「切符はもう買った?」

 「……はい。」

 彼女はバッグから切符を取り出し、彼に差し出した。

 終点には、彼女の実家がある県の名が印字されている。

 「ひとまず帰省するだけ? それとも……」

 「いっそ、退学しようかと思って。」

 彼女はうつむき、声をうんと落とす。

 「家族には、『そんなもの勉強しても何の役にも立たない』って言われます。」

 「先生にも、『研究者になるつもりがないなら、時間の無駄だ』って。」

 そこで一度、彼女は自嘲気味に笑った。

 「だから、切符さえ買えば、駅まで来さえすれば、あとはそのまま出て行けると思ってたんです。」

 「でも、どうもこの駅そのものが、あんまり私を外に出したがってないみたいで。」

 そう言った瞬間、地下街の照明が一瞬だけチカッと瞬いた。

 その刹那、全てのショーウィンドウのガラスに、彼女の姿が映り込んだ。

 制服姿の高校生の彼女が、駅の入口でリュックを背負って立っている影。

 マスクをつけたまま、朝の通勤ラッシュに揉まれている影。

 教室のいちばん後ろの席で、半分だけ授業を聞きながら、半分はどこかへ飛んでいる影。

 どの影も、「まだ出て行っていない」時間の彼女で止まっている。

 「君は歩けないわけじゃない。」

 劉立澄は言った。

 彼は彼女のリュックの肩紐を持ち上げ、ずり落ちかけていたのをかけ直してやった。

 「ただ、『まだここから離れ切れていない』っていう状態を、誰かがわざわざ覚えさせている。」

 彼は半歩下がり、そっと彼女を自分の背中側へと押した。

 床の模様は、目に見えるかぎりでは何も変わっていない。

 だが、彼の足裏が踏むリズムは、すでに別のものに変わっていた。

 一歩は「北」系の見えない節点に。

 一歩は「東」系の残滓に。

 三歩目は、わずかにためらいを置いて、そのあいだの空白に。

 三歩で一つの意を刻み、三つの意を重ねて輪を作る。

 地を錠(と)じる三意の歩。

 彼を中心に、足元にごく薄い三角形の陣が静かに描かれていく。

 三角の三つの頂点は、ちょうど「見えない回路」が走っているポイントを、それぞれひとつずつ踏み抜いていた。

 張り詰めすぎた数本の線が、小さく「カチン」と鳴る。

 ほんのわずかな歪みが、無理やり元の位置に押し戻されたような音だ。

 頭上の案内板が、かすかに揺れた。

 「八条口→」のあとにぶら下がっていた細い線は、音もなく断ち切られる。

 一般の人の歩みは、そこで止まったりはしない。

 ただ、ごく少数――さっきまで同じところをぐるぐる回っていた者たちだけが、ふと何かに気づいたように眉をしかめ、見上げ直して案内板を見つめる。

 「この方向に、そのまま歩いて。」

 劉立澄は、一つの通路を指さした。声は淡々としている。

 「案内板は見ないで。この天井の灯りだけを追って。」

 彼が指したのは、一列に連なる照明のうちの一本だ。

 周りのものより、ほんの少しだけ暗く、色味が温かい黄味を帯びている。

 すべての「人工的に補正された」ルートから、かろうじて外れて残された、少しばかり旧い時代の光。

 「途中でまた同じところに戻っちゃったら?」

 「その時は、問題は君じゃない。」

 彼は静かな目で彼女を見た。

 「ここだ。」

 「ここ」と言った瞬間、地下街の奥のどこかで、何かがコツンと小さく叩かれたような気配が走った。

 それは音でも光でもない。

 むしろ「視線」に近い。

 どこにあるとも知れない角の向こうで、ずっとこちらを見ていた何かが――

 この小さな三角形の陣の中に起きた異変に、ようやく顔を向けたような気配だった。
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