京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十二話・哲学の道・引用される人生の声(二)

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 坂を回り込み、二、三本の細い路地を抜けるうちに、夜の気配は少しずつひらけていく。

哲学の道は、雨の中で静かに横たわっていた。

細い水路が石畳と並走しながらゆっくりと流れ、その両側には桜の木が並んでいる。季節はもう花の時期を過ぎているが、枝はなお空へ差し出され、街灯と雨とのあいだに柔らかな線を描いていた。

石畳は雨に濡れて、足裏にわずかな滑りを伝える。

道の脇にはところどころ、小さな地蔵がちょこんと座っている。雨に打たれて少し湿った赤いよだれかけ。かたわらには、まだ完全には消えきっていない線香が挿してあった。

夜はもう更けている。それでもまだ、ぽつりぽつりと人影がある。

一組のカップルが、一本の傘の下でゆっくりと歩いていた。

女の子は何か言葉を選ぶように、言い出す前に一度だけ立ち止まる癖がある。

男のほうの返事は、どれも似たような出だしだ。

「だいたいみんな、そういうもんでさ……」

「普通はさ、こうすべきだろう……」

少し先には、画板を背負った青年が一人で歩いていた。肩が少し落ちている。

街灯の下で立ち止まり、何かを送ろうとスマホ画面を見つめ、指を動かしては止める。

最後に彼が送信したのは、簡単な一行だ。

「大丈夫です。現実のこともちゃんと考えますから」

その瞬間に彼の目をかすめたものは、「現実をちゃんと考える」という八文字ではなかった。

劉立澄は、水の流れに沿うように歩いていた。歩調は速くも遅くもない。

――なにか、おかしい。

口にするほどではない違和感だ。

内容だけを聞けば、それは誰もがお説教に使うような、ごくありふれた言葉ばかり。先生も、親も、職場の先輩も口にしそうな文句。

だがそれらが途切れることなく続けて聞こえてくると、雨夜の中でひとつの奇妙な合唱になっていく。

その合唱の中に、「俺はこう思う」という一人称がない。

あるのは「誰かが言っていた」だけだ。

彼は小さな橋のたもとで足を止めた。

橋は狭く、二人並んでやっとすれ違えるほど。

足元を流れる水の音は浅く、それでも尾を引くように長く響き、誰かに喉を押さえられて喋らされている声のように聞こえる。

水面には行き交う人々の影が映っている。

その中に、ひときわ目を引く影がひとつあった。

三十代前半ほどの女性。透明なビニール傘をさし、数冊の本を胸に抱いている。

橋の端に立ち、誰かを待っているようにも、歩き疲れて少し休んでいるようにも見える。

灯りに照らされた横顔は柔らかく、唇はわずかに結ばれ、誰かの話を聞くことに慣れた人間の表情だった。

――彼女の足元には、影が二本あった。

ひとつは彼女の体にぴたりと寄り添った、ごく当たり前の影。

もうひとつは、そこから少し伸び、石畳と水面のあいだに長く寝そべるように広がっている影。

後者の輪郭は他の人影のようにくっきりしておらず、細かな紙片がひらひらとこぼれ落ちているように、絶えず「ページ」がめくられているように見える。

彼女は腕の中の本を見下ろし、それから少し離れたところの標識へ視線を上げた。

唇が、わずかに動く。

「ある哲学者が、こんなことを言っていました――」

誰かに何かを説明しているような、同時に、自分自身に確かめているような声。

足元の長い影が、そこでかすかに震えた。

次の瞬間、先ほどのカップルの会話が、途中で方向を変えた。

さっきまで女の子は「もう、これ以上続けたくない」と言いかけていたのに、言葉が唇まで上がったところで、無理やり別の音に変わる。

「まあ……恋愛って、多少は我慢するもんだしね」

画板の青年が下書きに書いていた「もう、人の求める絵は描きたくない」という一文も、彼自身の指で線を引かれて消される。

代わりに残ったのは、自己啓発書でよく見る一文だ。

「不完全な自分も受け入れられるようになりたい」

誰かが空気に手を伸ばし、その場にあった「あたしは」「俺は」をそっと押し戻し、「誰かが言っていた正しい答え」だけを残していく。

劉立澄は顔を上げ、橋の上の女性を見た。

彼女の腕に抱かれた本の背表紙のひとつに、人生と選択について書かれた随筆集の題名が見える。

「白川……沙耶香」

昼間、京大の近くの古本屋で見かけた姿が、脳裏に浮かぶ。

本棚を整理しながら、彼女は客に本を勧めていた。

「この本の中に、とてもいい一文があって」と言うのが、彼女の口癖だった。

今、彼女は哲学の道の龍脈の上に立っている。

足元の影は、もはやただの影と呼ぶには遠い。

それは、「誰かの言葉」の断片に幾重にも巻きつかれた――残形だった。
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