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第十四話・平安神宮・正史として奉られた誤り(三)
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その空隙の中に、一人の男が立っていた。
年の頃は六十を少し過ぎたあたりだろうか。
背丈は特別高くも低くもないが、背筋は真っ直ぐに伸びている。
和服地で仕立てられた改良型のスーツを身にまとい、形は洋装だが、生地は深い色の和柄の織りで、襟元からは家紋の一角がのぞいていた。
手に握られているのはペンではなく、一枚の古びた木簡である。
長年撫でられて艶を帯びた木目には、なおわずかに角ばった感触が残っている。
現役の高級官僚――会議のテーブルの向こう側に座ることに慣れた人間、とでも言うべき雰囲気があった。
ただ、その足もとに落ちる影は、ふつうの人間よりも幾重にも濃かった。
「ようこそ。」
男が先に口を開いた。
声は大きくないのに、白砂の上に幾層にも響いた。
「真龍殿。」
「真龍」という二文字は、空気の中で一度ふくらみ、すぐに白砂の下の竜脈に、薄く呑み込まれていく。
劉立澄は、すぐには返事をしなかった。
ただ、男の手元の木簡を見つめる。
「真壁晴道。」
男は自ら名乗った。
「ここの……編集担当です。」
木簡をわずかに持ち上げる。
そのしぐさは、会議録に最後の確認印を押すことに慣れた者の、それだった。
「京都のあちこちであなたが見てきたものは、どれもサンプルにすぎません。」
真壁晴道は淡々と言う。
「本番のレイアウトは、ここ平安神宮から始まる。」
視線が、遠くで参拝しているスーツ姿の列へと、ゆっくり移る。
「彼らは、自分が願掛けに来ているとか、お礼参りに来ているとか思っている。」
男は温和な口調で続けた。
「じつは、自分自身のもう少し見栄えのいいバージョンを、ここで書き上げているだけなのに。」
「ここは履歴クリーニング場です。」
真壁晴道は言った。
「体裁の悪い年、不都合な失敗、人前に出しにくい感情――そういうものは、全部ここに預けていけばいい。」
彼の足もとの白砂が、かすかに震えた。
木簡が指のあいだでわずかに翻り、砂面をコツリと叩く。
その一点を中心に、白砂の上に細かな紋が同心円状に浮かび上がる。
目に見えないインクで描かれたレイアウトの補助線のような円が、幾重にも広がっていく。
顔のない残形たちが、白砂と回廊の陰影から立ち上がった。
彼らは皆、きちんとした服装をしている。
身体に合ったスーツ、きりっとしたスカートスーツ、よく磨かれた革靴、整ったネクタイ。
ただし、顔の部分だけは、薄い灰色の幕に覆われ、五官は消しゴムで消されたように曖昧で、「公の場に出して差し支えない」輪郭だけが残されている。
「街は、きれいでなくてはならない。」
真壁晴道は淡々と告げた。
「間違いは、我々に任せておけばいい。」
彼は、劉立澄に視線を戻す。
「あなたのような人間は、つい聞きたがる。」
『削除されたものは、どこへ行くのか』――そうでしょう、と。
彼は、老成した先輩らしい辛抱強さを浮かべて、うっすらと笑った。
その笑みには、とがったところはほとんどない。
「答えは簡単です。」
と彼は言った。
「削除されたものは、すべて我々の欄に記入される。」
木簡を、軽く掲げる。
白砂に浮かんだ同心円は、たちまち広がり、立てに横に格子線を引かれた履歴書のような表に変わる。
顔のない残形たちは、その線に沿って整列し、「体面のよい人の壁」とでもいうべき列を形作った。
真壁晴道は、ちらりと自分の影を見下ろす。
影の縁がかすかに揺れたが、すぐに白砂の光に押し平らにされる。
「『真龍』という呼び名には、あまり興味はありません。」
彼は最後に、劉立澄を真っ直ぐ見据えて言った。
「どれほど希少な血筋だろうと、どの欄に記入するか決めてやらなければ、『存在』として数えられない。」
その言葉とともに、木簡がふたたび砂面を打った。
年の頃は六十を少し過ぎたあたりだろうか。
背丈は特別高くも低くもないが、背筋は真っ直ぐに伸びている。
和服地で仕立てられた改良型のスーツを身にまとい、形は洋装だが、生地は深い色の和柄の織りで、襟元からは家紋の一角がのぞいていた。
手に握られているのはペンではなく、一枚の古びた木簡である。
長年撫でられて艶を帯びた木目には、なおわずかに角ばった感触が残っている。
現役の高級官僚――会議のテーブルの向こう側に座ることに慣れた人間、とでも言うべき雰囲気があった。
ただ、その足もとに落ちる影は、ふつうの人間よりも幾重にも濃かった。
「ようこそ。」
男が先に口を開いた。
声は大きくないのに、白砂の上に幾層にも響いた。
「真龍殿。」
「真龍」という二文字は、空気の中で一度ふくらみ、すぐに白砂の下の竜脈に、薄く呑み込まれていく。
劉立澄は、すぐには返事をしなかった。
ただ、男の手元の木簡を見つめる。
「真壁晴道。」
男は自ら名乗った。
「ここの……編集担当です。」
木簡をわずかに持ち上げる。
そのしぐさは、会議録に最後の確認印を押すことに慣れた者の、それだった。
「京都のあちこちであなたが見てきたものは、どれもサンプルにすぎません。」
真壁晴道は淡々と言う。
「本番のレイアウトは、ここ平安神宮から始まる。」
視線が、遠くで参拝しているスーツ姿の列へと、ゆっくり移る。
「彼らは、自分が願掛けに来ているとか、お礼参りに来ているとか思っている。」
男は温和な口調で続けた。
「じつは、自分自身のもう少し見栄えのいいバージョンを、ここで書き上げているだけなのに。」
「ここは履歴クリーニング場です。」
真壁晴道は言った。
「体裁の悪い年、不都合な失敗、人前に出しにくい感情――そういうものは、全部ここに預けていけばいい。」
彼の足もとの白砂が、かすかに震えた。
木簡が指のあいだでわずかに翻り、砂面をコツリと叩く。
その一点を中心に、白砂の上に細かな紋が同心円状に浮かび上がる。
目に見えないインクで描かれたレイアウトの補助線のような円が、幾重にも広がっていく。
顔のない残形たちが、白砂と回廊の陰影から立ち上がった。
彼らは皆、きちんとした服装をしている。
身体に合ったスーツ、きりっとしたスカートスーツ、よく磨かれた革靴、整ったネクタイ。
ただし、顔の部分だけは、薄い灰色の幕に覆われ、五官は消しゴムで消されたように曖昧で、「公の場に出して差し支えない」輪郭だけが残されている。
「街は、きれいでなくてはならない。」
真壁晴道は淡々と告げた。
「間違いは、我々に任せておけばいい。」
彼は、劉立澄に視線を戻す。
「あなたのような人間は、つい聞きたがる。」
『削除されたものは、どこへ行くのか』――そうでしょう、と。
彼は、老成した先輩らしい辛抱強さを浮かべて、うっすらと笑った。
その笑みには、とがったところはほとんどない。
「答えは簡単です。」
と彼は言った。
「削除されたものは、すべて我々の欄に記入される。」
木簡を、軽く掲げる。
白砂に浮かんだ同心円は、たちまち広がり、立てに横に格子線を引かれた履歴書のような表に変わる。
顔のない残形たちは、その線に沿って整列し、「体面のよい人の壁」とでもいうべき列を形作った。
真壁晴道は、ちらりと自分の影を見下ろす。
影の縁がかすかに揺れたが、すぐに白砂の光に押し平らにされる。
「『真龍』という呼び名には、あまり興味はありません。」
彼は最後に、劉立澄を真っ直ぐ見据えて言った。
「どれほど希少な血筋だろうと、どの欄に記入するか決めてやらなければ、『存在』として数えられない。」
その言葉とともに、木簡がふたたび砂面を打った。
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