京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十四話・平安神宮・正史として奉られた誤り(四)

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 木簡が砂を叩いた瞬間、白砂の光が、ぎゅっと縮んだ。

 真壁晴道の足もとを中心に、砂面に巨大な八方結界の輪郭が浮かび上がる。

 四方の方角には、古い四神の紋がうっすらと浮かんでいた。

 白虎の方角では砂面がわずかに隆起し、押し殺された咆哮が潜んでいるように見える。

 玄武の方角は、一段深い影になって沈み込み、見えない壁が立ちはだかっているようだった。

 顔のない残形たちは、それぞれ異なる方角に振り分けられる。

 白虎の側には、「削除された怒り」をまとった残形が集められていた。

 会議の場で飲み込まされた反論。

 クレーム窓口で押しつぶされた声。

 彼らの足取りは、極端なまでに静かで、一歩ごとにきっちり決められたポジションを踏みしめていながら、その腕の振りには、長く押さえ込まれてきた怒気が刃となってのぞいている。

 玄武の側には、「削除された臆病さ」の残形が集められていた。

 本来なら、角に縮こまり、決断を先送りしていたはずの影たちが、いまは無理やり最前列へと押し出され、一枚の退かぬ壁のように、真壁晴道の前に立ち塞がっている。

 上から見下ろせば、その陣形は、美しくレイアウトされた履歴書のように整って見えるだろう。

 欄は明確に区切られ、線は乱れず、一言の余計な備考もない。

 真壁晴道は、後方には下がらなかった。

 木簡を握る手の重心をわずかに前へ移し、足運びは安定しながらも低く構えられている。

 どの一歩も、陣の紋が交差する結節点に正確に降り、その姿勢は旧時代の警棒術教官のような、実務的な鋭さを持っていた。

 関節のあたりには、濃い色の式札が幾枚か、肌に貼りつくように重ねられている。

 白砂の光の中、それはときおり陰のようにまたたき、木簡が振るわれるたびに、陣全体の気を引き連れて波打たせた。

 劉立澄は、ゆっくりと息を吐いた。

 その指先がかすかに震える。

 四枚の符が袖口から滑り出し、それぞれ白砂の四隅へと落ちていった。

 符が砂に触れた瞬間、竜脈の光は指でつつかれたように揺らぎ、四つの点に向けて緩やかに傾いた。

 「四象折脈剣。」

 心の中で、その名を唱える。

 抜き放たれた刃には、派手な光はない。

 最初の一歩を踏み出したとき、彼の足は、白砂に刻まれたごく細い見えない線を踏み抜いていた――

 それは、陰陽陣の注釈が書き込まれている位置。

 他人には見せたくない脚注のような小さな文字が並ぶところだ。

 〈星橋踏罡〉。

 彼は白砂の上に、肉眼には見えない「星の橋」を渡っていく。

 一歩ごとに、陣の脚注の上を踏み抜いていく。

 そこには、「実務内容は略記」「詳細は追って」「公表は控えること」といった文字が、小さく詰め込まれている。

 刃は、胸や心臓を真っ直ぐ狙うことはしない。

 人の壁のように並ぶ残形たちのあいだをすり抜けながら、剣先が切り裂くのは、肩、脊椎、足首の付け根――

 「体面のよい姿勢」をつなぎ止めている関節ばかりだった。

 斬られた瞬間、顔のない影たちの身体が、わずかにぐらりと揺れる。

 外側の、整った衣装の輪郭は崩れない。

 だがその内側で、なにかがひそかに緩む。

 斬られているのは、竜脈と彼らとをつないでいた細い線――

 「体面の物語」を、正史の行に固定していた線だ。

 白虎の方角の攻勢が、一瞬だけ乱れた。

 ひとりひとりの背後に、本当は吐き出したかった罵声が、黒い小さな棘のように浮かび上がる。

 「お前の責任だろう」

 「それを『現場のミス』にするな」

 「見なかったことにはできない」――

 棘が背中を内側から刺し、彼らの動きに、一瞬だけ逡巡の影を落とした。

 玄武の側の壁にも、細い亀裂があらわれる。

 無理やり前へ出されていた「削除された臆病さ」の列の中で、何人かの影が、反射的に一歩後ろへと退いたのだ。

 その瞬間に空いた、ごく小さな隙間から、これまで壁の後ろに押し込められていた影が、恐る恐る顔を覗かせる。

 自分には、他の立ち位置もありうるのではないか――

 そんな戸惑いが、影の輪郭に短く灯った。

 真壁晴道が、わずかに眉間を寄せた。

 陣のどこかが、目に見えないところでずれ始めているのを感じ取ったのだ。

 大鉈で叩き割られたわけではない。

 丁寧に折り目を変えられた紙の束のように、少しずつ「折られて」いる。

 きれいに並べ直したはずの書類に、どこかの手が紛れ込んで、何枚かの順番をそっと入れ替えていったような、そんな乱れ方だった。

 彼が苦心して引き直した「きれいな都市の線」に、じわじわとほつれが広がっていく。

 「面白い。」

 と、彼は低く呟いた。

 木簡が、再び砂を打つ。

 八方結界の周囲の砂粒が、一斉に締めつけられたように固くなり、残形たちはふたたび、定位置へと押し戻された。

 白砂の下の竜脈は、さらに一寸、真っ直ぐに伸ばされる。

 だがそのあいだに、多くの残形は、竜脈とのつながりを断ち切られてしまっていた。

 彼らは白砂の縁まで下がり、完全には消えず、ただ「どの欄に分類していいのかわからない」という姿のまま立ち尽くす。

 机の端に積まれたまま、いつまでもファイルに綴じられない草稿用紙の束のように。

 真壁晴道は目を上げ、はじめて、はっきりとした不機嫌さを顔に浮かべた。
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