京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十四話・平安神宮・正史として奉られた誤り(五)

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 白砂の上の紋様が、ふいに複雑さを増した。

 真壁晴道は、わずかに身体の向きを変え、手の中の木簡をめくるように翻した。

 それは、厚いファイルの頁を繰る仕草とよく似ている。

 彼はもう一方の手を上げ、指先で空中に上から下へと一本の線を引いた。

 空中に、淡い行と列が現れる。

 最初は横線だけだったそれは、すぐに筆跡の跡を帯び始めた――

 はっきり読める文字ではない。

 二重線で消され、書き換えられ、赤ペンの注釈を加えられた文の断片だ。

 行と列は巻き上がり、折り畳まれ、やがて経文のように幾重にも重なって、夜空の一部を覆い隠した。

 「錯行経巻陣。」

 彼は静かに名乗る。

 削除された報告書。

 書き換えられたデータ。

 記録し直された事故の経過。

 そうした文書が、一行一行、空中で重なっていく。

 折り畳むたびに、本来のバージョンが一つ、内側へ押し込められ、代わりに「見栄えのよいバージョン」が表に出てくる。

 幾重にも重なった「経巻」が、劉立澄へと押し寄せた。

 外から見れば、それは、文字で組み上げられた壁のようでもあった。

 「いったんこう書いてしまった以上、原稿をわざわざ掘り返す必要はないでしょう」――

 そんな冷ややかな重量を帯びた壁だ。

 同時に、真壁晴道自身の身体も動き出していた。

 先ほどまでの、老練にして堅実な動きは影を潜め、白砂の上を滑るように、速度を上げていく。

 足は極端に短いストライドで砂をなぞり、踏み切りも着地もほとんど見えない。

 ただ、砂面に、軽く擦られたかのような線が幾本も残っていく。

 振り向きざま、衣の裾が砂粒を巻き上げる。

 木簡は意外な角度から、手首、肩の関節、肋骨の脇などへと打ち込まれた。

 骨そのものの弱いところは外しながらも、姿勢と動きをいちばん左右する節目ばかりを、正確に狙っている。

 彼の全身は、まるで二つのテンポに同時に支配されているかのようだった。

 一方の動きは、冷静で正確だ。

 長年の訓練で身につけた「公務員の所作」。

 もう一方の動きには、それとは別の、ほとんど狂気じみた激しさが混じる。

 背後から、もっと若い影が彼を押し出しているかのような、そんな歪んだ勢いが見え隠れしている。

 劉立澄の視線は、僅かに下へと滑り落ちた。

 真壁晴道の背後に落ちる影の中に、さらに濃い黒の塊が一つ、背骨に貼り付いている。

 それは、「顔を持たない若い真壁」の残形だった。

 理想化された完璧な自分ではない。

 ――むしろ、あの頃、嘘を言わず、上司に媚びず、データを書き換えず、直感をすべて「見栄えのよい結論」に変えたりしなかったなら、この人生は別の姿をとっていたかもしれない、その「可能性としての自分」だ。

 残形は独立して立ち上がることなく、真壁の影に貼り付き、彼のすべての動きに、二方向のベクトルを混ぜ込んでいた。

 一方では「正史」の殻を維持しようとする冷静さ。

 もう一方では、自ら削除してきた羞恥と直感が裂け目のように揺れ、時折、刃のような鋭さを滲ませる。

 劉立澄は片手を上げ、指の間から数枚の符を放った。

 「反章截句・折史符。」

 符は空中で開き、次々と、押し寄せてくる「経巻」のあいだへと差し込まれる。

 それは、経文全体を焼き払うためのものではない。

 しおりのように、書き換えられた一文一文のあいだに、そっと挟み込まれるのだ――

 「ここにはもともと『失敗』と書かれていた」

 「この行は『不可抗力』に書き換えられている」

「本来ならば、この段落にはある人物の名前が記されていた」

 符が挟まれた箇所から、経巻の折り目がほどけ始める。

 いちばん下に押し込まれていた原文の行が、折り重なった端から、少しだけ顔をのぞかせた。

 長く押しつぶされていた紙が、ようやく一筋の空気を吸い込むように。

 同時に、彼の足取りは、回廊の方角へとわずかに逸れた。

 〈游竜借檐歩〉。

 彼は回廊の庇の陰へと踏み込んだ。

 柱と灯籠と軒のあいだに落ちる闇を、仮の足場として渡り歩く。

 一歩一歩が、建物の影そのものを借り受け、より高い位置へと移っていく。

 剣は、庇の下で弧を描き、梁と梁のあいだを縫うように走った。

 それは、背後から縫い直す糸のように、「書き換えられた物語」を一つひとつ、背中側から切り離していく動きだった。

 その一瞬、白砂の下の竜脈が、軽く叩かれたように震えた。

 彼は、竜脈そのものを奪おうとはしない。

 ただ、砂の下のいくつかの節――「儀式の進行表」に書かれた空欄のセル。

 誰も注目しない、ごく小さな文字が押し込まれた欄――を、つま先でそっと踏み抜いただけだ。

 竜脈が、ほんの一瞬だけ身じろぎする。

 長く伸ばされてきた身体の、どこか一箇所を、ようやく曲げてみせるような、小さな屈曲だった。

 その揺れは、ちょうど真壁晴道の陣の要を直撃した。

 錯行経巻陣の一部が、いきなり崩れ落ちた。

 無理矢理貼り合わせられていた文書の束が、接着を失い、空中からばらばらと落ちてくる。

 本来の文を記した紙片は、一枚一枚、まだホチキスで留められていないままの姿で白砂の上に散り、夜風にあおられて、あっという間に乱れ広がった。

 真壁晴道の胸が、ひとつ大きく詰まる。

 彼は反射的に木簡を構え直し、防御に回ろうとしたが、ほんの一瞬、判断が遅れた。

 澄心の剣が、横合いから斬り込む。

 その一太刀は、血肉を真っ向から狙ったものではなかった。

 彼の身を覆う「正史の殻」の継ぎ目を辿るように、肩甲から胸元へと斜めに走り抜けたのだ――

 ちょうど、和服の胸元の紋様をなぞる線の、そのぎりぎり外側を。

 布地が裂ける。

 その下から現れたのは、とうの昔に癒えたはずなのに、よく見なければ形のわからない古傷の群れだった。

 刀傷もあれば、長期にわたる圧迫で出来た痣の跡もある。

 酒の席で割れたグラスが刻んだ細かな傷口さえ混じっていた。

 それらの痕跡は、いかなる履歴にも書き込まれたことがない。

 真壁晴道は、短くうめき声をあげ、喉の奥から血の味を押し上げた。

 背後に貼りついた若い残形が、ぎゅっと縮む。

彼を後ろへと引き戻そうとするかのように。

 だが彼は、その影を逆に押さえつけた。

 自らの背中へと、強引に押し戻す。

 「ここまでだ。」

 彼は低く言った。

 胸元へと手をやり、指先で一枚の護符を乱暴に引きちぎる。

 その裏に記された家紋に、指を押し当てた。

 白砂の下の竜脈が、旧時代の「官の庇護」の力を、わずかに借り受ける。

 それは、正しさを問わず、名前だけを見て守りを与える力だ。

 護符が手の中で弾ける。

 家紋を核にして、ごく小さな出口が空中に破れた。

 それは、都市の巨大なアーカイブの片隅から、小さく紙片を破り取り、上着の内ポケットにねじ込み隠すような裂け目だった。

 真壁晴道の身体は、傷口から徐々に色を失っていく。

 全身が、漂白されすぎた紙片の束へと変わり、その中で胸の血だけが、異様に鮮やかに残る。

 紙片は血の染みを引きずったまま竜脈に押され、夜の彼方へと流されていき、やがて視界から消えた。

白砂の上には、血に濡れた護符が半分、ちぎれたまま残された。

 そばには、まだ完全には消えきらない経巻の残光が、数枚、砂の上でゆっくりと丸まっている。
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