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第十四話・平安神宮・正史として奉られた誤り(六)
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夜は、さらに一段深くなっていた。
平安神宮の灯りは、一つ、また一つと消えていき、白砂は、さきほどの刺すような白さを収める。
暗闇の中には、鳥居の頂に沿って、細い光が一本だけ残った。
竜の光は、もはや以前ほど真っ直ぐではない。
ようやく、自分の自然な弧を取り戻そうとするかのように、かすかな曲がりを許している。
劉立澄は、側門から鳥居の影を抜け出した。
路地を抜ける風は、さきほどよりも幾分か冷たい。
街区は静まり返り、ときおり遠くを車のライトが横切るほかに、音らしい音はない。
綾女の小さな店には、まだ灯りが点っていた。
暖簾が、ほんの少しだけめくれており、その隙間から、湯気の混じった光が漏れている。
戸を押して入ると、中には炉の火と、すでに並べられた料理だけが、温かな気配を放っていた。
皿の上には、やはり鰆の西京焼きがあった。
ただし、今度は薄く切り分けられ、小さな扇形を描くように並べられている。
それぞれの切り身には、細く刻んだ柚子の皮がひと筋ずつ載せられ、立ち上る湯気に柚子の香りが混じって、味噌の甘さを少しだけ覆い隠していた。
脇には、熱々の蕪のスープ。
蕪はさきほどよりもずっと小さく刻まれており、出汁の色は変わらぬ透明さを保ちながらも、心持ち濃くなっている。
卓上には、焼きたての生麩田楽と、黒蜜きなこ蕨餅の皿も並んでいた――
今度は、黒蜜が明らかにさきほどよりも多く、皿の底にまでたっぷりと浸み込んでいる。
綾女は、彼の袖口についた白砂と、符の灰を一瞥した。
「編集係は、逃げた?」
彼女は、感情の起伏をあまり見せない声で尋ねる。
「逃げた。」
彼は椅子に腰を下ろし、簡単に答えた。
「自分で思っているより、残形を背負い込んでいたよ。」
「そういう人間がいちばん怖いの。」
綾女は箸を取り、鰆の薄切りを一枚つまみ上げる。
ひと息ふうっと吹きかけてから、口へと運んだ。
「自分の誤りを『例外』として処理して、会議録に書き込むときには、もう一度きれいに書き直す。」
「そうしているうちに、削り捨てたほうのものが、かえって後ろから背中を押すようになる。」
劉立澄は、何も言わなかった。
彼は蕪のスープ碗を手に取り、一口、喉へ流し込む。
スープは熱く、蕪はほとんど溶けかけるほどに煮崩れている。
ごく淡い甘みが舌の奥をまわり、ゆっくりと胃のあたりに重なっていった。
道すがら吸い込んだ白砂の気配が、その重さに押さえ込まれるように、静かに沈んでいく。
「正史として奉られた誤りを、誰も書き留めようとしなければ、」
彼は碗を置き、ゆっくりと言った。
「それはいつまでも、この街の中をさまよい続ける。」
綾女はちらりと彼を見た。
「だったら、書けばいい。」
と彼女は言う。
「どうせあなたの帳簿なんて、公式な出版物じゃないんだから。」
彼は、少しだけ笑った。
内ポケットから、小さなノートを取り出す。
表紙は指先に磨かれて少しくすみ、角には、むかし雨に濡れた跡が残っている。
彼はページを繰り、次の空白へとペン先を走らせた。
いちばん上に、こう書き込む。
「第十四件:平安神宮・正史として奉られた誤り。」
ペン先が一瞬止まった。
その下に、注釈を一行、書き足す。
「竜脈の下には、正史とは別の暗い一条が走っている――いつか必ず、それを書き戻す者が必要になる。」
インクは、紙の上でゆっくりと乾いていった。
綾女はノートを彼の前へ押し戻し、蕨餅を一切れ、箸でつまんで差し出した。
蕨餅の黄な粉は、黒蜜を吸って一角がしっとりと濡れている。
彼は、その一片をひと口で噛み切った。
黒蜜の甘さは少し過剰で、黄な粉の香りをほとんど押し込んでしまう。
蕨餅そのもののひんやりとした柔らかさが、歯のあいだからゆっくりとほどけていき、この夜に見た残形たちをも、一時的に分厚い糖衣の下へと押し隠す。
彼は、それを飲み下した。
喉に残るのは、刺すような渋みでも、むせるような苦さでもない。
ただ、受け入れざるをえない、柔らかな甘さだけだった。
窓の外には、遠くの大鳥居の輪郭が、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。
彼の目には、その頂をかすめる細い竜の光が、さきほどまで押し潰されていた直線から、少しずつ、本来の弧を取り戻そうとしているように見えていた。
平安神宮の灯りは、一つ、また一つと消えていき、白砂は、さきほどの刺すような白さを収める。
暗闇の中には、鳥居の頂に沿って、細い光が一本だけ残った。
竜の光は、もはや以前ほど真っ直ぐではない。
ようやく、自分の自然な弧を取り戻そうとするかのように、かすかな曲がりを許している。
劉立澄は、側門から鳥居の影を抜け出した。
路地を抜ける風は、さきほどよりも幾分か冷たい。
街区は静まり返り、ときおり遠くを車のライトが横切るほかに、音らしい音はない。
綾女の小さな店には、まだ灯りが点っていた。
暖簾が、ほんの少しだけめくれており、その隙間から、湯気の混じった光が漏れている。
戸を押して入ると、中には炉の火と、すでに並べられた料理だけが、温かな気配を放っていた。
皿の上には、やはり鰆の西京焼きがあった。
ただし、今度は薄く切り分けられ、小さな扇形を描くように並べられている。
それぞれの切り身には、細く刻んだ柚子の皮がひと筋ずつ載せられ、立ち上る湯気に柚子の香りが混じって、味噌の甘さを少しだけ覆い隠していた。
脇には、熱々の蕪のスープ。
蕪はさきほどよりもずっと小さく刻まれており、出汁の色は変わらぬ透明さを保ちながらも、心持ち濃くなっている。
卓上には、焼きたての生麩田楽と、黒蜜きなこ蕨餅の皿も並んでいた――
今度は、黒蜜が明らかにさきほどよりも多く、皿の底にまでたっぷりと浸み込んでいる。
綾女は、彼の袖口についた白砂と、符の灰を一瞥した。
「編集係は、逃げた?」
彼女は、感情の起伏をあまり見せない声で尋ねる。
「逃げた。」
彼は椅子に腰を下ろし、簡単に答えた。
「自分で思っているより、残形を背負い込んでいたよ。」
「そういう人間がいちばん怖いの。」
綾女は箸を取り、鰆の薄切りを一枚つまみ上げる。
ひと息ふうっと吹きかけてから、口へと運んだ。
「自分の誤りを『例外』として処理して、会議録に書き込むときには、もう一度きれいに書き直す。」
「そうしているうちに、削り捨てたほうのものが、かえって後ろから背中を押すようになる。」
劉立澄は、何も言わなかった。
彼は蕪のスープ碗を手に取り、一口、喉へ流し込む。
スープは熱く、蕪はほとんど溶けかけるほどに煮崩れている。
ごく淡い甘みが舌の奥をまわり、ゆっくりと胃のあたりに重なっていった。
道すがら吸い込んだ白砂の気配が、その重さに押さえ込まれるように、静かに沈んでいく。
「正史として奉られた誤りを、誰も書き留めようとしなければ、」
彼は碗を置き、ゆっくりと言った。
「それはいつまでも、この街の中をさまよい続ける。」
綾女はちらりと彼を見た。
「だったら、書けばいい。」
と彼女は言う。
「どうせあなたの帳簿なんて、公式な出版物じゃないんだから。」
彼は、少しだけ笑った。
内ポケットから、小さなノートを取り出す。
表紙は指先に磨かれて少しくすみ、角には、むかし雨に濡れた跡が残っている。
彼はページを繰り、次の空白へとペン先を走らせた。
いちばん上に、こう書き込む。
「第十四件:平安神宮・正史として奉られた誤り。」
ペン先が一瞬止まった。
その下に、注釈を一行、書き足す。
「竜脈の下には、正史とは別の暗い一条が走っている――いつか必ず、それを書き戻す者が必要になる。」
インクは、紙の上でゆっくりと乾いていった。
綾女はノートを彼の前へ押し戻し、蕨餅を一切れ、箸でつまんで差し出した。
蕨餅の黄な粉は、黒蜜を吸って一角がしっとりと濡れている。
彼は、その一片をひと口で噛み切った。
黒蜜の甘さは少し過剰で、黄な粉の香りをほとんど押し込んでしまう。
蕨餅そのもののひんやりとした柔らかさが、歯のあいだからゆっくりとほどけていき、この夜に見た残形たちをも、一時的に分厚い糖衣の下へと押し隠す。
彼は、それを飲み下した。
喉に残るのは、刺すような渋みでも、むせるような苦さでもない。
ただ、受け入れざるをえない、柔らかな甘さだけだった。
窓の外には、遠くの大鳥居の輪郭が、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。
彼の目には、その頂をかすめる細い竜の光が、さきほどまで押し潰されていた直線から、少しずつ、本来の弧を取り戻そうとしているように見えていた。
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