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三二、夏天
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端午節を過ぎ、本格的な夏がやってきた。
この頃には曹梅花も館での生活に慣れ、相変わらず勉強が難しすぎると文句を言いながらもそれなりに楽しく暮らしているようだった。
「父さまがうちは魏の末裔だって言ってたのはこのことだったのね」
「姓が同じなら、その可能性もないとは言えないわ」
最近の梅花のお気に入りは三国演戯(三国志演戯)である。明玲は絵が多く描かれている有名な物を手配して、それらを梅花に読ませたのだった。最初は難色を示していた梅花も、三国演戯の魅力には逆らえなかったようである。紅楼夢や水滸伝よりも気に入ったようだった。
「でも……本家もそうだけど貴族だったなんて聞いたことがないわ。しかもかつて皇帝がいらしただなんて! ただ、これを読むと曹家はかなり悪く書かれているわよね……」
「これはあくまで読み物だからよ。劉備が主役で、後半は諸葛孔明が主役。歴史に沿って書いてはあるけど、物読み物として創作された部分も多いわ」
「ふうん。明玲は本当の歴史を知っているの?」
「ええ、多少わね。でも三国志(正史)を読んだわけではないから、おおまかにしかわからないわ」
同年代の友達などできたことのない明玲からすると、梅花の存在はありがたかった。いずれは離れてしまうことはわかっていたが、共に本の話ができるのはとても楽しかった。だから、梅花が何のためにここに送り込まれたのかをすっかり忘れていた。
「随分楽しそうだな」
外からの風が気持ちいいので部屋の扉は開け放ってある。その向こうから、昼間はあまり聞かない声が届いた。
「偉仁哥!? もう帰られたのですか」
「それほど急ぐ仕事もなかったから戻ってきた。そなたと茶でもしようと思ってな」
「ありがとうございます!!」
趙山琴に断ったのかとか、そんなことが一瞬頭をよぎったが、自分の元へ来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。久しぶりに明るいところで哥の姿を見られたのだ。明玲は偉仁に抱き着いた。
「積極的だな。……侍女が驚いているぞ」
明玲ははっとした。部屋には周梨だけでなく梅花もいたのだった。周梨が気づいて梅花に急いで頭を下げさせる。
「お、お許しを……」
梅花は消え入りそうな声で言った。
「周梨、どうなっている」
「恐れながら、私共の指導不足でございます。罰はいかようにも」
「偉仁哥?」
なんだか、哥がとても怖いなにかになってしまったような気がして、明玲は声をかけた。
「明玲、そなたの悪いようにはせぬ」
偉仁はそう言って明玲の髪をそっと撫でた。
「……一度きりだ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます。梅花、参りましょう」
「……はい」
周梨と梅花が部屋を出ていく。明玲は偉仁に抱きしめ返されていたから、二人がどんな表情をしていたのか知わからなかった。だがなんとなく、不穏な状況になってしまったということだけはわかった。
「哥……」
「どうした?」
「あまり……私の侍女をいじめないでくださいませ」
ククッと偉仁が喉の奥で笑う。
「そなたはずっと……そのままでいてほしいものだ」
「? どういう意味でしょうか?」
「そのままだ。明玲、そなたはずっと私だけのものだ」
「ええ、もちろんそうです……」
明玲はきょとんとして即答した。改めて言われなくても、明玲はきっと生まれた時から哥のものだ。
「愛おしいものだ……」
周梨から声がかかるまで、二人はそのままでいた。
ーーーーー
三国演戯(三国志演義) 明代、羅貫中によって書かれた三国時代をベースにした歴史・通俗小説。
三国志(正史) 晋の時代、陳寿によって書かれた歴史書。後漢末から三国時代について書かれている。
三国時代の魏の初代皇帝は曹丕である。同じ苗字はみな親戚という考え方があった。
この頃には曹梅花も館での生活に慣れ、相変わらず勉強が難しすぎると文句を言いながらもそれなりに楽しく暮らしているようだった。
「父さまがうちは魏の末裔だって言ってたのはこのことだったのね」
「姓が同じなら、その可能性もないとは言えないわ」
最近の梅花のお気に入りは三国演戯(三国志演戯)である。明玲は絵が多く描かれている有名な物を手配して、それらを梅花に読ませたのだった。最初は難色を示していた梅花も、三国演戯の魅力には逆らえなかったようである。紅楼夢や水滸伝よりも気に入ったようだった。
「でも……本家もそうだけど貴族だったなんて聞いたことがないわ。しかもかつて皇帝がいらしただなんて! ただ、これを読むと曹家はかなり悪く書かれているわよね……」
「これはあくまで読み物だからよ。劉備が主役で、後半は諸葛孔明が主役。歴史に沿って書いてはあるけど、物読み物として創作された部分も多いわ」
「ふうん。明玲は本当の歴史を知っているの?」
「ええ、多少わね。でも三国志(正史)を読んだわけではないから、おおまかにしかわからないわ」
同年代の友達などできたことのない明玲からすると、梅花の存在はありがたかった。いずれは離れてしまうことはわかっていたが、共に本の話ができるのはとても楽しかった。だから、梅花が何のためにここに送り込まれたのかをすっかり忘れていた。
「随分楽しそうだな」
外からの風が気持ちいいので部屋の扉は開け放ってある。その向こうから、昼間はあまり聞かない声が届いた。
「偉仁哥!? もう帰られたのですか」
「それほど急ぐ仕事もなかったから戻ってきた。そなたと茶でもしようと思ってな」
「ありがとうございます!!」
趙山琴に断ったのかとか、そんなことが一瞬頭をよぎったが、自分の元へ来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。久しぶりに明るいところで哥の姿を見られたのだ。明玲は偉仁に抱き着いた。
「積極的だな。……侍女が驚いているぞ」
明玲ははっとした。部屋には周梨だけでなく梅花もいたのだった。周梨が気づいて梅花に急いで頭を下げさせる。
「お、お許しを……」
梅花は消え入りそうな声で言った。
「周梨、どうなっている」
「恐れながら、私共の指導不足でございます。罰はいかようにも」
「偉仁哥?」
なんだか、哥がとても怖いなにかになってしまったような気がして、明玲は声をかけた。
「明玲、そなたの悪いようにはせぬ」
偉仁はそう言って明玲の髪をそっと撫でた。
「……一度きりだ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます。梅花、参りましょう」
「……はい」
周梨と梅花が部屋を出ていく。明玲は偉仁に抱きしめ返されていたから、二人がどんな表情をしていたのか知わからなかった。だがなんとなく、不穏な状況になってしまったということだけはわかった。
「哥……」
「どうした?」
「あまり……私の侍女をいじめないでくださいませ」
ククッと偉仁が喉の奥で笑う。
「そなたはずっと……そのままでいてほしいものだ」
「? どういう意味でしょうか?」
「そのままだ。明玲、そなたはずっと私だけのものだ」
「ええ、もちろんそうです……」
明玲はきょとんとして即答した。改めて言われなくても、明玲はきっと生まれた時から哥のものだ。
「愛おしいものだ……」
周梨から声がかかるまで、二人はそのままでいた。
ーーーーー
三国演戯(三国志演義) 明代、羅貫中によって書かれた三国時代をベースにした歴史・通俗小説。
三国志(正史) 晋の時代、陳寿によって書かれた歴史書。後漢末から三国時代について書かれている。
三国時代の魏の初代皇帝は曹丕である。同じ苗字はみな親戚という考え方があった。
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