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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
101.とても腹がたったのです
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皇后の目があまりの驚愕に見開かれ、顔色がサーッと音を立てるように青くなった。黒月を掴もうとした両手はそのままに、誰が見てもわかるほどにがたがたと震えだした。その、あまりにも恐怖にかられた様子に香子は眉を寄せた。
(もしかして、皇帝ってDV野郎とか?)
考えたくない可能性を想像してしまい、香子は内心冷汗をかいた。しかしそれを顔に出さないようにしてゆっくりと振り返る。口元はもちろん扇子で覆ったままだ。
『まぁ……女性の衣裳部屋に足を踏み入れるだなんて』
冷ややかな目で咎めるように言ってやると皇帝は一瞬はっとしたような表情をした。
『……たいへん失礼した。しかしどうしても急ぎの用があった為ご容赦願いたい』
『それは、きちんと話をする、と考えていいのかしら?』
小首を傾げて尋ねれば『もちろん』と自信満々に答えられる。だが香子はその態度が気に入らなかった。
ならば何故今の今まできちんと話をしようとしなかったのか。忙しいというのは言い訳にならない。毎晩とは言わずとも香子が王城に来てから後宮を訪れることはできたはずである。
(後宮に来れなかったとしても皇帝なのだから皇后を呼びつけるぐらいわけもないはず)
行儀が悪いとは思ったが虫の居所が悪かったので香子はパチン、と扇子を閉じ己の手のひらをぽんぽんと叩いた。
『……皇帝よ、以前私が言ったことを覚えているかしら?』
怒りを押し殺した声音でそう言った途端、皇帝は即座に頭を下げた。いつのまにか衣裳部屋にいた嬷嬷たちは姿を消していた。さすが長年後宮で仕えているだけのことはあると香子は感心した。
(……なんで私の怒りが感じとれるくせに皇后への対応はしなかったのかしらね)
『では、何故皇后が”四神の花嫁”を理解していないのか』
『……朕の不徳にございますれば……』
『然り』
頭を下げたままでいる皇帝を、皇后は青ざめた顔で呆然と見ていることしかできないようだった。やっと己のしたことの重大さを理解したようである。
『皇帝よ、貴方の妹がしたことについては不問としよう。だが、皇后は貴方の妻であると同時に”国母”であろう』
『……その通りでございます』
国母、という言葉がやっと届いたのか、皇后は手を下げてうなだれた。皇后に四神の花嫁の立場を理解させるというのもそうだが、香子は皇帝の甘えを払拭しなければならないと思った。黒月と王が香子の意を汲んで動く。
香子は背筋を正し、皇帝夫妻を睥睨した。
『……そなたら、これ以上無礼を働くようなら”他国”へ行ってもよいのだぞ?』
『どうかっ、どうかそれだけはっっ!!』
『……たいへんなご無礼をっっ!! 咎はこの妾一人にっっ!!』
皇帝夫妻がこれ以上ないほど取り乱し、皇后が足元に縋りつこうとするのを香子はかわした。そして背後を窺う。衣裳部屋の扉は開いたままだった。
『花嫁様、たいへんご無礼をいたしました。この老人に免じてどうかこの場は怒りを抑えていただけませぬか?』
皇太后だった。香子はゆっくりと冷ややかに皇帝夫妻を見やる。そして嘆息してみせた。
『……あいわかった。ここは老佛爷に預けよう』
そう言った途端いつのまにか背後に来ていた青龍に抱き上げられ、香子は思わず声を上げそうになった。
『香子、布とやらはまだ決まらないのか』
涼やかな声を耳元で囁かれ、思わず微笑んでしまいそうになる。厳しい表情を保つのはたいへんだ。
『興がそがれました。また後日参りましょう』
そう答えてから皇帝を睨みつける。
『皇帝よ。貴方がどの者に寵を与えるかは貴方の自由だ。だが”国母”を蔑ろにする者の国に私はいたいとは思わぬ』
『……肝に銘じます』
ツン、と顎を上げて衣裳部屋を出る。
『皇后よ。次は太平猴魁を用意しておけ』
『……っっ! 承知しました……っっ!』
涙混じりの返事に香子は振り向かなかった。なんとも後味が悪かったが、これで皇后への扱いが改善することを願う。
皇太后付の女官である王は後宮の出入口まで香子たちを送り、おそらく皇太后からであろう手紙を延夕玲に渡した。
『世話になった。老佛爷によろしく伝えてほしい』
『お気になさらず』
王はにこやかに言うと礼をした。その所作を見てスマートだなぁと香子は思う。
後宮を出た途端青龍は香子を抱いたまま四神宮に移動した。香子はこめかみを押さえる。できれば少し何かを考える時間がほしかった。
『香子』
『……疲れました。夕飯まで抱いていてください』
『承知した』
そのまま寝室に運ばれ、抱かれたまま床に下ろされる。後から戻ってくるだろう白雲、黒月、夕玲がよいように報告してくれるだろう。香子は甘えるように青龍の首に手を回すと目を閉じた。
太平猴魁 高級緑茶の一つ。
(もしかして、皇帝ってDV野郎とか?)
考えたくない可能性を想像してしまい、香子は内心冷汗をかいた。しかしそれを顔に出さないようにしてゆっくりと振り返る。口元はもちろん扇子で覆ったままだ。
『まぁ……女性の衣裳部屋に足を踏み入れるだなんて』
冷ややかな目で咎めるように言ってやると皇帝は一瞬はっとしたような表情をした。
『……たいへん失礼した。しかしどうしても急ぎの用があった為ご容赦願いたい』
『それは、きちんと話をする、と考えていいのかしら?』
小首を傾げて尋ねれば『もちろん』と自信満々に答えられる。だが香子はその態度が気に入らなかった。
ならば何故今の今まできちんと話をしようとしなかったのか。忙しいというのは言い訳にならない。毎晩とは言わずとも香子が王城に来てから後宮を訪れることはできたはずである。
(後宮に来れなかったとしても皇帝なのだから皇后を呼びつけるぐらいわけもないはず)
行儀が悪いとは思ったが虫の居所が悪かったので香子はパチン、と扇子を閉じ己の手のひらをぽんぽんと叩いた。
『……皇帝よ、以前私が言ったことを覚えているかしら?』
怒りを押し殺した声音でそう言った途端、皇帝は即座に頭を下げた。いつのまにか衣裳部屋にいた嬷嬷たちは姿を消していた。さすが長年後宮で仕えているだけのことはあると香子は感心した。
(……なんで私の怒りが感じとれるくせに皇后への対応はしなかったのかしらね)
『では、何故皇后が”四神の花嫁”を理解していないのか』
『……朕の不徳にございますれば……』
『然り』
頭を下げたままでいる皇帝を、皇后は青ざめた顔で呆然と見ていることしかできないようだった。やっと己のしたことの重大さを理解したようである。
『皇帝よ、貴方の妹がしたことについては不問としよう。だが、皇后は貴方の妻であると同時に”国母”であろう』
『……その通りでございます』
国母、という言葉がやっと届いたのか、皇后は手を下げてうなだれた。皇后に四神の花嫁の立場を理解させるというのもそうだが、香子は皇帝の甘えを払拭しなければならないと思った。黒月と王が香子の意を汲んで動く。
香子は背筋を正し、皇帝夫妻を睥睨した。
『……そなたら、これ以上無礼を働くようなら”他国”へ行ってもよいのだぞ?』
『どうかっ、どうかそれだけはっっ!!』
『……たいへんなご無礼をっっ!! 咎はこの妾一人にっっ!!』
皇帝夫妻がこれ以上ないほど取り乱し、皇后が足元に縋りつこうとするのを香子はかわした。そして背後を窺う。衣裳部屋の扉は開いたままだった。
『花嫁様、たいへんご無礼をいたしました。この老人に免じてどうかこの場は怒りを抑えていただけませぬか?』
皇太后だった。香子はゆっくりと冷ややかに皇帝夫妻を見やる。そして嘆息してみせた。
『……あいわかった。ここは老佛爷に預けよう』
そう言った途端いつのまにか背後に来ていた青龍に抱き上げられ、香子は思わず声を上げそうになった。
『香子、布とやらはまだ決まらないのか』
涼やかな声を耳元で囁かれ、思わず微笑んでしまいそうになる。厳しい表情を保つのはたいへんだ。
『興がそがれました。また後日参りましょう』
そう答えてから皇帝を睨みつける。
『皇帝よ。貴方がどの者に寵を与えるかは貴方の自由だ。だが”国母”を蔑ろにする者の国に私はいたいとは思わぬ』
『……肝に銘じます』
ツン、と顎を上げて衣裳部屋を出る。
『皇后よ。次は太平猴魁を用意しておけ』
『……っっ! 承知しました……っっ!』
涙混じりの返事に香子は振り向かなかった。なんとも後味が悪かったが、これで皇后への扱いが改善することを願う。
皇太后付の女官である王は後宮の出入口まで香子たちを送り、おそらく皇太后からであろう手紙を延夕玲に渡した。
『世話になった。老佛爷によろしく伝えてほしい』
『お気になさらず』
王はにこやかに言うと礼をした。その所作を見てスマートだなぁと香子は思う。
後宮を出た途端青龍は香子を抱いたまま四神宮に移動した。香子はこめかみを押さえる。できれば少し何かを考える時間がほしかった。
『香子』
『……疲れました。夕飯まで抱いていてください』
『承知した』
そのまま寝室に運ばれ、抱かれたまま床に下ろされる。後から戻ってくるだろう白雲、黒月、夕玲がよいように報告してくれるだろう。香子は甘えるように青龍の首に手を回すと目を閉じた。
太平猴魁 高級緑茶の一つ。
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