貴方色に染まる

浅葱

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本編

98.必需作

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必需作~ ~をしなければならない


 荷物を紅夏ホンシャーの室に運んだことで、もう紅児ホンアールの戻る場所は紅夏の元以外になくなってしまった。しかし足は通い慣れた場所を辿り大部屋の前に立つ。そうして苦笑した。

(もうここに私の部屋はないのよね……)

 わいわいと楽しく話すことはもうないのだろうか。寝る前に顔を出すぐらいは許されるだろうか。

 このまま紅児はすぐに帰国することになるのだろうか。

 踵を返し紅夏の室に足を踏み入れ、長椅子に腰かけた。

 帰国する。

 なんか漠然として実感が沸かない。

(おとっつぁんとおっかさんに会いたい……。また叔父さんと、話、しないと……)

 帰国するにしてもしないにしてもしたいこととしなければいけないことはいっぱいある。
 王城の中にいる人には頼めば会わせてもらえるだろう。

(おとっつぁんとおっかさんには……)

 紅夏が連れて行ってくれると言っていた。その為には……。

「今夜抱き合ってから様子を見てもよいか?」

 そう、紅夏は言わなかったか。
 紅児は両手で顔を覆った。
 顔が熱い。鏡を見なくても真っ赤になっているのがわかる。

(今夜も……抱き合う……)

 その言葉を思い浮かべただけで体がカッと熱くなるのを感じて、紅児は居心地悪そうに太ももを擦り合わせた。
 もちろん今までだって体に触れられていた。”熱”を与えられたこともある。
 けれど。

 昨夜の”アレ”は今までとは比べ物にならないほどすごかった。

 あーんなことやこーんなことを思い出して全身が発火するのを止められない。それもありありと思い出せるのが嫌だ。紅児はぶるり、と身を震わせて首を振った。

(何を考えているの、私!)

 今はそんなことを考えている時ではないはずだと紅児は思う。
 とりあえずどうなるかわかるのは明日なのだ。

(でも……)

 出港まで今日を入れて5日しかない。
 船に乗ることを考えると前日が移動日になる。そうすると今日を入れても4日。そしてもう今日は何もできないだろうから、実質3日しかないのだ。
 その間に少なくとも一度は叔父に会わなくては。

(話さなくちゃ……)

 まずは紅児の現状を正しく伝えなくてはならない。そう簡単に理解できることではないだろうが紅児は紅夏と離れる気はない。例えまだ抱かれていなかったとしても紅夏以外とは考えられない。
 それはもしかしたら錯覚だと言われるかもしれない。けれど今はそれが紅児にとって真実だった。

「エリーザ」
「あ……おかえりなさい」

 扉が開く音もしなかったので紅夏が帰ってきたことに気付かなかった。四神や眷属は全く足音を立てない。だから驚くこともしばしばだった。
 紅夏の顔を見て紅児はあることを思い出した。

「あの……そういえば朱雀様が、なんだか……」

 どう言ったらいいのかわからない。結婚の報告に行った時、朱雀は確か紅夏に「今後我を世話する必要はない」と言っていた。その意味は……?

「どうかしたのか」
「ええと、どう言ったらいいのか……その……”そなたの妻……を大事にせよ”っておっしゃられて……」

 自分で”妻”という単語を口にして、紅児は照れた。すごく、なんというか慣れなくて恥ずかしい。
 頬を染める紅児に紅夏は口端をクッと上げた。体まで重ねたのに紅児の反応はなんとも初々しい。

「朱雀様のおっしゃる通り、我らは”つがい”を第一に考える。朱雀様はすでに成人されている故厳密には我らが世話をする必要はない。しかしここは領地ではない。利便性を考えた際我らが付いていた方がいいだろうということで着いてきたに過ぎぬ。ただやはり我がそなたにつきっきりになってしまうと不便であろうからもう一人領地から来させることにした。そのことを朱雀様と話してきたのだ」

 丁寧に説明されて紅児はほっとした。別に紅夏がお役御免になったわけではなかったらしい。

「よかった……」

 自然と漏れた言葉に紅夏が笑む。

「エリーザ、そなたは優しい」

 いつのまにか腰を抱いていた腕が更に紅児を抱き寄せ、秀麗な面が近づいてきて……。
 紅児が目を閉じたと同時に唇が塞がれた。

(……あっ……)

 以前と比べるとこんな戯れが増えたように思う。その度に紅児は胸やあらぬところに甘い感覚がしてどうしたらいいのかわからなくなる。
 思わず開いてしまう唇にするりと舌を差し込まれ、舌を絡めとられると腰が砕ける。
 何も考えられなくなってしまうからできれば口づけないでほしかった。

 だって……。

〈紅夏さま……紅夏さま……叔父に……〉

 口を塞がれているから心話でどうにか伝える。

〈……無粋な……〉

 呟くような返事に紅児は身を震わせた。

(でも……)

 名残惜しそうに唇が離される。紅児ははぁっと息を吐いた。

(甘い……)

 あのまま流されていたらどうなっていたかわからない。
 紅夏は忌々しそうに髪をかき上げた。

「叔父上殿に会うのか」
「……はい。せめて船に乗れるかどうか確かめたい、ですし。それに……」
「それに?」

 紅児は唇を噛んだ。それを咎めるように紅夏の指が差し込まれる。

「あ……。それに……それに……まだ全然紅夏様とのこと、話せていませんから……」

 その複雑な胸の内も全て。

 紅夏は心得たように頷いた。
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