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本編
103.担心
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担心 心配
四神宮に戻る頃には、気持ちがほんの少しだけ落ち着いたように紅児は思えた。
かなり長いこと話していたらしくすでに日は落ち、回廊のところどころに灯りがついている。灯篭に入れられたそれは全て光石で、被せた物によって明るさを調節しているという贅沢な物だ。
(村にはこんなもの、なかった……)
もしかしたら村長宅など比較的裕福な家にはあったかもしれないが、少なくとも養父母の家にはなくて。夜は普段あまり蝋燭を使わないようにして、暗くなったらできるだけ早く寝るようにしていた。
同じ大陸の中なのに、王都と村はあまりにも違う。
王都に来るには乗合馬車を乗り継いだりしたぐらいだから村からかなり離れてはいるのだが、それでもこの国の中では比較的近い位置にあるのだというから驚きだ。
紅夏に嫁いだからにはいずれ朱雀の領地に行くのだからと、少しずつ領地の話をしてもらっている。
朱雀の領地は王都からとても遠いらしい。王都から西南方面にある土地なのだと聞く。
「距離を正確に測ることは難しいが、休みなく走って丸1日というところだろうか」
紅夏が丸1日休みなく走る、というとどれほど遠いのだろうか。それを聞いて紅児は目を丸くしたのだった。
その際に村までどれぐらいかかるのかも尋ねた。
「そうだな……最短で一時辰(約2時間)というところか……」
「……ええっ!?」
「着く時間などを考慮し調整して走る為正確にはわからぬ」
人外にもほどがある、と紅児は思う。己の夫に対して失礼ではあるが、些か不安になった。そんな紅児の心情を察してか、紅夏は苦笑した。
「……エリーザ、そなたが何も案ずることはない」
そうは言われてもいろいろ考えてしまうのが人情というものだ。そんな時、ふと花嫁の言葉を思い出して少しだけ楽になった。
”エリーザ、貴女はまだ14歳なのよ”
何度となく言われてきた言葉。そんなに早く大人になることはないと、花嫁はいつだって紅児を案じてくれる。
強張っていた紅児の表情が柔らかくなる。そうして自然に、紅夏に寄り添うことができた。
とはいえ、今日の話し合いの報告をするにはためらいもある。
紅夏に顔を覗き込まれて紅児ははっとした。四神やその眷属たちは表情をあまり動かさない。けれどその瞳は紅児を気遣っているように見えた。だがその美しい表を見続けることができず、紅児はそっと目をそらした。
「エリーザ」
優しいテナーが甘やかすように名を紡ぐ。その声に甘え、紅夏の腕の中にいつまでも納まっていたいという誘惑にかられる。
だけど。
紅児は軽く首を振った。
「紅夏様、参りましょう」
あの優しくて奇麗な花嫁は、紅児を心配して待っているだろうから。
既に四神宮に戻っていることは趙文英が伝えてくれていたらしく、花嫁は朱雀の室で待っていた。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
紅夏はそう言ったが全く申し訳ないと思っていないことがありありで、花嫁は苦笑を漏らした。
「いいのよ。いろいろ話すこともあったのでしょう?」
「はい」
「で、予定通りなの?」
「はい、船を出す前日に港へ移動しまして”試し”を行い、問題なければ翌朝出港します」
淡々と紅夏が告げる。
「そう……」
それに花嫁ははんなりと笑んだ。
「寂しくなるけど、仕方ないわね……」
紅児は胸がきゅうっと苦しくなるのを感じた。泣きそうになるのをこらえ、一秒でも長く花嫁の姿を目に焼き付けようと見つめた。
そんな紅児を見てか、紅夏が軽く嘆息する。
「……花嫁様が我が主に嫁がれれば近いうちにまたお会いできましょう。いずれ戻って参りますので」
さらりと言われた科白に花嫁は一瞬きょとんとし、それからじわじわと頬を染めた。紅夏を睨む。その椅子になっていた朱雀は喉を鳴らした。
「ふむ、それもそうだな。香子、我に嫁げば紅児とまた頻繁に会うことができるぞ」
「~~~~~っっ!! それは、もちろんエリーザと会いたいですけど、結婚ってそういうことで決めるものではないと思います!」
耳元で囁くテナーの誘惑に、花嫁は両耳を塞いで叫んだ。その顔は文字通り真っ赤で、暗紫紅色の髪も相まり、まるでよく知っている果物のように見えた。
「そうか、それは残念だ」
ククッと笑う朱雀に冗談だということがわかったが、紅児も少し残念だと思ったのは内緒である。
結局のところまず誰に嫁ぐかということは花嫁の意志一つで、周りがどうこう言うことではない。もちろんそれは紅児も一緒で……。
(……って、私の意志なんてあったかしら……?)
”つがい”だからと強引に迫られた日々を思い出し、紅児は恨めしそうに紅夏を見た。
「明日エリーザの養父母を訪ねます。夜中のうちに出発する予定ですので、何かありましたらそれまでにお声掛けください」
紅児の視線に気づいているのだろうが、その表情は動かない。
「わかったわ。養父母殿によろしく伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
報告が思ったよりも簡素に終わったことに、紅児は拍子抜けした。そのまま朱雀の室を出ようとした時、
「朱雀様、我はエリーザが愛しくてならないのです。……おわかりですね?」
そう紅夏は言い置いて、紅児を連れ扉を閉めた。
「~~~~~っっ!! 紅夏ーーーーっっ!!」
背後から花嫁の怒鳴り声が追いかけてきたが、当然のことながら紅夏はそれを無視した。
翌朝なかなか花嫁が起きてこられなかったのはまた別の話である。
四神宮に戻る頃には、気持ちがほんの少しだけ落ち着いたように紅児は思えた。
かなり長いこと話していたらしくすでに日は落ち、回廊のところどころに灯りがついている。灯篭に入れられたそれは全て光石で、被せた物によって明るさを調節しているという贅沢な物だ。
(村にはこんなもの、なかった……)
もしかしたら村長宅など比較的裕福な家にはあったかもしれないが、少なくとも養父母の家にはなくて。夜は普段あまり蝋燭を使わないようにして、暗くなったらできるだけ早く寝るようにしていた。
同じ大陸の中なのに、王都と村はあまりにも違う。
王都に来るには乗合馬車を乗り継いだりしたぐらいだから村からかなり離れてはいるのだが、それでもこの国の中では比較的近い位置にあるのだというから驚きだ。
紅夏に嫁いだからにはいずれ朱雀の領地に行くのだからと、少しずつ領地の話をしてもらっている。
朱雀の領地は王都からとても遠いらしい。王都から西南方面にある土地なのだと聞く。
「距離を正確に測ることは難しいが、休みなく走って丸1日というところだろうか」
紅夏が丸1日休みなく走る、というとどれほど遠いのだろうか。それを聞いて紅児は目を丸くしたのだった。
その際に村までどれぐらいかかるのかも尋ねた。
「そうだな……最短で一時辰(約2時間)というところか……」
「……ええっ!?」
「着く時間などを考慮し調整して走る為正確にはわからぬ」
人外にもほどがある、と紅児は思う。己の夫に対して失礼ではあるが、些か不安になった。そんな紅児の心情を察してか、紅夏は苦笑した。
「……エリーザ、そなたが何も案ずることはない」
そうは言われてもいろいろ考えてしまうのが人情というものだ。そんな時、ふと花嫁の言葉を思い出して少しだけ楽になった。
”エリーザ、貴女はまだ14歳なのよ”
何度となく言われてきた言葉。そんなに早く大人になることはないと、花嫁はいつだって紅児を案じてくれる。
強張っていた紅児の表情が柔らかくなる。そうして自然に、紅夏に寄り添うことができた。
とはいえ、今日の話し合いの報告をするにはためらいもある。
紅夏に顔を覗き込まれて紅児ははっとした。四神やその眷属たちは表情をあまり動かさない。けれどその瞳は紅児を気遣っているように見えた。だがその美しい表を見続けることができず、紅児はそっと目をそらした。
「エリーザ」
優しいテナーが甘やかすように名を紡ぐ。その声に甘え、紅夏の腕の中にいつまでも納まっていたいという誘惑にかられる。
だけど。
紅児は軽く首を振った。
「紅夏様、参りましょう」
あの優しくて奇麗な花嫁は、紅児を心配して待っているだろうから。
既に四神宮に戻っていることは趙文英が伝えてくれていたらしく、花嫁は朱雀の室で待っていた。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
紅夏はそう言ったが全く申し訳ないと思っていないことがありありで、花嫁は苦笑を漏らした。
「いいのよ。いろいろ話すこともあったのでしょう?」
「はい」
「で、予定通りなの?」
「はい、船を出す前日に港へ移動しまして”試し”を行い、問題なければ翌朝出港します」
淡々と紅夏が告げる。
「そう……」
それに花嫁ははんなりと笑んだ。
「寂しくなるけど、仕方ないわね……」
紅児は胸がきゅうっと苦しくなるのを感じた。泣きそうになるのをこらえ、一秒でも長く花嫁の姿を目に焼き付けようと見つめた。
そんな紅児を見てか、紅夏が軽く嘆息する。
「……花嫁様が我が主に嫁がれれば近いうちにまたお会いできましょう。いずれ戻って参りますので」
さらりと言われた科白に花嫁は一瞬きょとんとし、それからじわじわと頬を染めた。紅夏を睨む。その椅子になっていた朱雀は喉を鳴らした。
「ふむ、それもそうだな。香子、我に嫁げば紅児とまた頻繁に会うことができるぞ」
「~~~~~っっ!! それは、もちろんエリーザと会いたいですけど、結婚ってそういうことで決めるものではないと思います!」
耳元で囁くテナーの誘惑に、花嫁は両耳を塞いで叫んだ。その顔は文字通り真っ赤で、暗紫紅色の髪も相まり、まるでよく知っている果物のように見えた。
「そうか、それは残念だ」
ククッと笑う朱雀に冗談だということがわかったが、紅児も少し残念だと思ったのは内緒である。
結局のところまず誰に嫁ぐかということは花嫁の意志一つで、周りがどうこう言うことではない。もちろんそれは紅児も一緒で……。
(……って、私の意志なんてあったかしら……?)
”つがい”だからと強引に迫られた日々を思い出し、紅児は恨めしそうに紅夏を見た。
「明日エリーザの養父母を訪ねます。夜中のうちに出発する予定ですので、何かありましたらそれまでにお声掛けください」
紅児の視線に気づいているのだろうが、その表情は動かない。
「わかったわ。養父母殿によろしく伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
報告が思ったよりも簡素に終わったことに、紅児は拍子抜けした。そのまま朱雀の室を出ようとした時、
「朱雀様、我はエリーザが愛しくてならないのです。……おわかりですね?」
そう紅夏は言い置いて、紅児を連れ扉を閉めた。
「~~~~~っっ!! 紅夏ーーーーっっ!!」
背後から花嫁の怒鳴り声が追いかけてきたが、当然のことながら紅夏はそれを無視した。
翌朝なかなか花嫁が起きてこられなかったのはまた別の話である。
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