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本編
109.回四神宮
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日が暮れると風がいっそう強くなった。
冬は日が沈むのがとても早い。あっという間に辺りは闇に包まれ、雪交じりの風が吹き視界は一気に狭まる。その中を紅夏は揺るぎなく紅児を抱いたまま疾走する。
皮膚が凍りそうなほど冷たい風が吹いているはずなのに全く冷たさを感じないのは、紅夏が四神の眷属だからだろう。護られている安堵感からか、いつのまにか紅児は泣き止んでいた。
(戻ったら、報告しないと……)
四神宮で待っているだろう花嫁の顔が浮かんだ。
明後日には船が出る。明日の夕方には四神宮を離れなくてはいけないのだと思うとひどく切なくなった。
明日の夕方以降、紅児を守ってくれるのは紅夏だけとなる。
そう思ったら、また「どうしよう」という言葉だけが頭に浮かぶ。紅児は不安を紛らわせる為にぎゅうっと紅夏に抱き着く。彼はそんな紅児の行動に慣れていたから、抱える腕にほんの少しだけ力を籠める。紅児はそれに頬を緩めた。
そしてそれは、四神宮に帰りつくまで続いた。
都に戻り、四神宮に辿りついた時はすでに戌の正刻(20時)を過ぎていた。
途中、養父母の家で帰り際に渡された肉まん等を食べたのでおなかは空いていない。それよりも明日の夕方にはここを離れなければいけないことに、紅児は胸がどうにかなってしまいそうだった。
「疲れただろう、少し休んでおくといい」
紅夏の言葉に首を振る。確かに体は強張っていたが、今は花嫁に会いたくてしかたなかった。
もしかしたらもうすでに入浴済みで四神の誰かの室に行ってしまった後かもしれない。それならばそれでいいから早く確認したかった。
「花嫁様に……」
そこまで言った時ため息交じりに抱き上げられた。
「!?」
「全く……エリーザの花嫁様好きも困ったものだな」
そう言う声音は優しかったから、抱き上げられてびっくりしたがすぐに身体をすり寄せた。
(しょうがないじゃない)
紅児は思う。
(だって花嫁様は……)
花嫁は紅児に居場所をくれたのだ。
その恩を紅児が忘れることはないだろう。
それだけではなく、同族意識もあると言ったら失礼だろうか。
もちろん花嫁と紅児の来歴は違う。花嫁は異世界から召喚され、紅児は違う大陸から来た。
異世界から召喚された花嫁は元の世界に戻ることはないと聞いた。
理不尽に攫われてきたのは紅児も同じ。神と自然との違いはあるけれど。
本来ならば旅の汚れなどを落としてから四神宮に足を踏み入れるべきであったと気付いたのは、侍女の姿を見てからだった。
紅夏はかまわずその侍女を呼び止め、花嫁の居場所を尋ねた。侍女は紅児に微笑みかけると、
「花嫁様は部屋においでです」
と答えた。そして「失礼」と言い、紅児の髪を軽く直してくれた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
みんなどうしてこんなに紅児に優しいのだろう。
(何も返せてない……)
こんなに優しくしてもらっているのに。こんなに大事にされているのに。
(このまま私は、船に乗ってもいいの?)
疑問は、花嫁の部屋の前で一旦内にしまった。黒月ともう一方、紅夏と同じ色彩の男性が立っていた。
〈ど、どなたですか?〉
その黒い瞳がまっすぐ紅児を見るのにどぎまぎして紅夏に心の中で語り掛ける。
〈紅炎という。我の後継だ〉
というと、もう朱雀の領地から紅夏の代わりの人が来たのだろうか。
確か朱雀の領地はとても遠いはずである。紅夏の代わりを、という話をしたのは確か一昨日ぐらいではなかっただろうか。あまりの速さに紅児は目を白黒させた。
「着任した。そちらが”つがい”か」
「そうだ。よろしく頼む」
「あいわかった」
短いやりとりだったが、お互いが信頼し合っているのは伺えた。紅児はペコリと頭を下げた。
「花嫁様は中か。目通りを頼む」
「是」
黒月が部屋の内側に声をかける。ほどなくして扉が開いた。
「紅夏様、紅児、おかえりなさい」
延夕玲だった。
「た、ただいま戻りました……」
未だ紅夏の腕の中にいる己に気付き、紅児は下りようとしたがかなわなかった。
「花嫁様はじきに出てこられます。では妾はこれで戻ります。みなさまごきげんよう」
そう言って花嫁の部屋を出ていく後姿に感謝する。きっと延もまた紅児の帰りを待っていてくれたのだろう。
紅夏が居間に足を踏み入れると、寝室から玄武に抱かれた花嫁が現れた。その後を朱雀が続く。
「紅児、ご苦労様。疲れたでしょう?」
紅児をねぎらってくれる花嫁からは何故か甘い香りがした。
「お休みのところたいへん申し訳ありません。エリーザともども無事帰還いたしましたこと、報告に参りました」
「詳しくは明日でいいわ。今夜はゆっくり休んでね」
微笑む花嫁は、紅児が無事戻ってきたことを本当に嬉しそうだった。
すでに夜着に着替えているところを見ると入浴は終えたのだろう。紅児は申し訳なく思った。
そのまま四神宮の外の紅夏の室に戻る。床に下ろされ一度優しく抱きしめられてから、
「紅炎と話をしてくる。エリーザは休んでいるように」
と言われたのに、今回は素直に従った。
すごく疲れていたからもしかしたら紅夏を待てないかもと思ったが、紅夏が出て行った後かえって目がさえてしまった。しかたなく紅児は椅子に腰かけ、紅夏が戻ってくるのを待つことにした。
冬は日が沈むのがとても早い。あっという間に辺りは闇に包まれ、雪交じりの風が吹き視界は一気に狭まる。その中を紅夏は揺るぎなく紅児を抱いたまま疾走する。
皮膚が凍りそうなほど冷たい風が吹いているはずなのに全く冷たさを感じないのは、紅夏が四神の眷属だからだろう。護られている安堵感からか、いつのまにか紅児は泣き止んでいた。
(戻ったら、報告しないと……)
四神宮で待っているだろう花嫁の顔が浮かんだ。
明後日には船が出る。明日の夕方には四神宮を離れなくてはいけないのだと思うとひどく切なくなった。
明日の夕方以降、紅児を守ってくれるのは紅夏だけとなる。
そう思ったら、また「どうしよう」という言葉だけが頭に浮かぶ。紅児は不安を紛らわせる為にぎゅうっと紅夏に抱き着く。彼はそんな紅児の行動に慣れていたから、抱える腕にほんの少しだけ力を籠める。紅児はそれに頬を緩めた。
そしてそれは、四神宮に帰りつくまで続いた。
都に戻り、四神宮に辿りついた時はすでに戌の正刻(20時)を過ぎていた。
途中、養父母の家で帰り際に渡された肉まん等を食べたのでおなかは空いていない。それよりも明日の夕方にはここを離れなければいけないことに、紅児は胸がどうにかなってしまいそうだった。
「疲れただろう、少し休んでおくといい」
紅夏の言葉に首を振る。確かに体は強張っていたが、今は花嫁に会いたくてしかたなかった。
もしかしたらもうすでに入浴済みで四神の誰かの室に行ってしまった後かもしれない。それならばそれでいいから早く確認したかった。
「花嫁様に……」
そこまで言った時ため息交じりに抱き上げられた。
「!?」
「全く……エリーザの花嫁様好きも困ったものだな」
そう言う声音は優しかったから、抱き上げられてびっくりしたがすぐに身体をすり寄せた。
(しょうがないじゃない)
紅児は思う。
(だって花嫁様は……)
花嫁は紅児に居場所をくれたのだ。
その恩を紅児が忘れることはないだろう。
それだけではなく、同族意識もあると言ったら失礼だろうか。
もちろん花嫁と紅児の来歴は違う。花嫁は異世界から召喚され、紅児は違う大陸から来た。
異世界から召喚された花嫁は元の世界に戻ることはないと聞いた。
理不尽に攫われてきたのは紅児も同じ。神と自然との違いはあるけれど。
本来ならば旅の汚れなどを落としてから四神宮に足を踏み入れるべきであったと気付いたのは、侍女の姿を見てからだった。
紅夏はかまわずその侍女を呼び止め、花嫁の居場所を尋ねた。侍女は紅児に微笑みかけると、
「花嫁様は部屋においでです」
と答えた。そして「失礼」と言い、紅児の髪を軽く直してくれた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
みんなどうしてこんなに紅児に優しいのだろう。
(何も返せてない……)
こんなに優しくしてもらっているのに。こんなに大事にされているのに。
(このまま私は、船に乗ってもいいの?)
疑問は、花嫁の部屋の前で一旦内にしまった。黒月ともう一方、紅夏と同じ色彩の男性が立っていた。
〈ど、どなたですか?〉
その黒い瞳がまっすぐ紅児を見るのにどぎまぎして紅夏に心の中で語り掛ける。
〈紅炎という。我の後継だ〉
というと、もう朱雀の領地から紅夏の代わりの人が来たのだろうか。
確か朱雀の領地はとても遠いはずである。紅夏の代わりを、という話をしたのは確か一昨日ぐらいではなかっただろうか。あまりの速さに紅児は目を白黒させた。
「着任した。そちらが”つがい”か」
「そうだ。よろしく頼む」
「あいわかった」
短いやりとりだったが、お互いが信頼し合っているのは伺えた。紅児はペコリと頭を下げた。
「花嫁様は中か。目通りを頼む」
「是」
黒月が部屋の内側に声をかける。ほどなくして扉が開いた。
「紅夏様、紅児、おかえりなさい」
延夕玲だった。
「た、ただいま戻りました……」
未だ紅夏の腕の中にいる己に気付き、紅児は下りようとしたがかなわなかった。
「花嫁様はじきに出てこられます。では妾はこれで戻ります。みなさまごきげんよう」
そう言って花嫁の部屋を出ていく後姿に感謝する。きっと延もまた紅児の帰りを待っていてくれたのだろう。
紅夏が居間に足を踏み入れると、寝室から玄武に抱かれた花嫁が現れた。その後を朱雀が続く。
「紅児、ご苦労様。疲れたでしょう?」
紅児をねぎらってくれる花嫁からは何故か甘い香りがした。
「お休みのところたいへん申し訳ありません。エリーザともども無事帰還いたしましたこと、報告に参りました」
「詳しくは明日でいいわ。今夜はゆっくり休んでね」
微笑む花嫁は、紅児が無事戻ってきたことを本当に嬉しそうだった。
すでに夜着に着替えているところを見ると入浴は終えたのだろう。紅児は申し訳なく思った。
そのまま四神宮の外の紅夏の室に戻る。床に下ろされ一度優しく抱きしめられてから、
「紅炎と話をしてくる。エリーザは休んでいるように」
と言われたのに、今回は素直に従った。
すごく疲れていたからもしかしたら紅夏を待てないかもと思ったが、紅夏が出て行った後かえって目がさえてしまった。しかたなく紅児は椅子に腰かけ、紅夏が戻ってくるのを待つことにした。
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