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本編
4.自然連続的日子(連続していくはずの日々)
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翌日から一気に店に訪れる者が増えた。それもおざなりに酒を1杯、料理を小皿で1品頼むぐらいで、あからさまに紅児を見物にきたような連中ばかりだった。さすがに彼女が顔を曇らせているのに気付いた養母が厨房に入るように言ってくれなければ、紅児は客に怒鳴りつけていたかもしれない。
厨房の仕事は楽ではないが、じろじろと見られるよりはいい。
この地方の主食は小麦粉製品だ。水餃子、麺、包子、餡儿餅(中国版のおやきのようなもの)、ワンタン等(早朝は粟粥や饅頭も出す)朝から小麦粉を大量に練って寝かせておく。足りなくなることはめったにないが、それでも人通りが多い季節になると一日に2,3度タネを作らなくてはならない。秋から冬にかけてはあかぎれで手が血まみれになり、夏は細々とした作業で手がぱんぱんに腫れあがる。最初の年は何故自分がこんなことをしなければいけないのかと涙したが、どこの家の子供も当り前のように手伝いをしているのを見て紅児も考えを改めた。
自分はたまたまそれをしないで済む家に生まれたにすぎなかった。
お手伝いさんがいるのは当り前。母がごはんを作る為に厨房に立つことはない。気まぐれにお菓子を焼く時だけ厨房に立ち、紅児が私もしたい! と言えば一緒に作る。
なんて自分は恵まれていたのだろう。
養母から届く注文を頭に刻みながら黙々と手を動かす。時折、「赤い髪の娘がいると聞いたぞ」と店内から大きな声が聞こえてきたが、養父母は決して紅児を表に出さなかった。それをありがたく思いながら、紅児は漠然とここから離れる日はこないだろうとも考えていた。
その日も店じまいの頃に村の人がやってきた。近所のおじさんもいれば、少し離れたところに住んでいる人の姿もあった。彼らはさすがに酒を1杯ずつ頼み、何やら養父とぼそぼそ話をして帰っていった。
その後、紅児が翌日の仕込みを手伝っていると難しい顔をした養父に声をかけられた。
「紅児、お前いい人はおらんか」
「?」
聞かれている意味がわからず、紅児はきょとんとした。
「結婚したいと思うような奴はおらんか」
養父に改めて問われ、紅児は目を見開いた。
「ええ!? いないわ!!」
「はー、いるわけないっしょ。好きな子ぉいじめるような子たちばかりじゃもの」
養母が少し笑って言う。
「そうか……じゃが考えんとなぁ」
呟きながらも養父はずっと難しい顔をしていた。
ここに来て3年が経った。11歳だった少女は14歳になった。新年には15の歳を迎える。
その意味を紅児はよくわかっていなかった。他人事のようにしか考えていなかったのだ。
この国の成人は15歳。成人したら女性はみなお嫁に行く。もしくは、めったにないことだが婿を取る。
そのことがやっと実感として紅児をとらえ、彼女は混乱した。
(ここで、どこかの家に嫁に行って、ずっと暮らす……?)
養父母のことは好きだ。だからできることなら嫁になど行かずずっとこの店にいたい。
だがそれは田舎の村では許されないことなのかもしれなかった。
(せめて、婿養子とか……)
自分がいなくなったら養父母はどうするのだ。この店を前のように2人だけでやっていくのか。
ぞっとした。
その日の夜も養父母がぼそぼそと話し合っている声が聞こえてきた。紅児をどこかの家に嫁にやるという話をしているのだろうか。
涙がぼろぼろとこぼれた。養父母に裏切られたような気がした。
その夜、紅児は一睡もできなかった。
厨房の仕事は楽ではないが、じろじろと見られるよりはいい。
この地方の主食は小麦粉製品だ。水餃子、麺、包子、餡儿餅(中国版のおやきのようなもの)、ワンタン等(早朝は粟粥や饅頭も出す)朝から小麦粉を大量に練って寝かせておく。足りなくなることはめったにないが、それでも人通りが多い季節になると一日に2,3度タネを作らなくてはならない。秋から冬にかけてはあかぎれで手が血まみれになり、夏は細々とした作業で手がぱんぱんに腫れあがる。最初の年は何故自分がこんなことをしなければいけないのかと涙したが、どこの家の子供も当り前のように手伝いをしているのを見て紅児も考えを改めた。
自分はたまたまそれをしないで済む家に生まれたにすぎなかった。
お手伝いさんがいるのは当り前。母がごはんを作る為に厨房に立つことはない。気まぐれにお菓子を焼く時だけ厨房に立ち、紅児が私もしたい! と言えば一緒に作る。
なんて自分は恵まれていたのだろう。
養母から届く注文を頭に刻みながら黙々と手を動かす。時折、「赤い髪の娘がいると聞いたぞ」と店内から大きな声が聞こえてきたが、養父母は決して紅児を表に出さなかった。それをありがたく思いながら、紅児は漠然とここから離れる日はこないだろうとも考えていた。
その日も店じまいの頃に村の人がやってきた。近所のおじさんもいれば、少し離れたところに住んでいる人の姿もあった。彼らはさすがに酒を1杯ずつ頼み、何やら養父とぼそぼそ話をして帰っていった。
その後、紅児が翌日の仕込みを手伝っていると難しい顔をした養父に声をかけられた。
「紅児、お前いい人はおらんか」
「?」
聞かれている意味がわからず、紅児はきょとんとした。
「結婚したいと思うような奴はおらんか」
養父に改めて問われ、紅児は目を見開いた。
「ええ!? いないわ!!」
「はー、いるわけないっしょ。好きな子ぉいじめるような子たちばかりじゃもの」
養母が少し笑って言う。
「そうか……じゃが考えんとなぁ」
呟きながらも養父はずっと難しい顔をしていた。
ここに来て3年が経った。11歳だった少女は14歳になった。新年には15の歳を迎える。
その意味を紅児はよくわかっていなかった。他人事のようにしか考えていなかったのだ。
この国の成人は15歳。成人したら女性はみなお嫁に行く。もしくは、めったにないことだが婿を取る。
そのことがやっと実感として紅児をとらえ、彼女は混乱した。
(ここで、どこかの家に嫁に行って、ずっと暮らす……?)
養父母のことは好きだ。だからできることなら嫁になど行かずずっとこの店にいたい。
だがそれは田舎の村では許されないことなのかもしれなかった。
(せめて、婿養子とか……)
自分がいなくなったら養父母はどうするのだ。この店を前のように2人だけでやっていくのか。
ぞっとした。
その日の夜も養父母がぼそぼそと話し合っている声が聞こえてきた。紅児をどこかの家に嫁にやるという話をしているのだろうか。
涙がぼろぼろとこぼれた。養父母に裏切られたような気がした。
その夜、紅児は一睡もできなかった。
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