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本編
8.偶然
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「まぁ……」
馬車に乗っていたのは綺麗な女性だった。驚いたように目が見開かれ口元に手を当てている。紅児を見て驚いたのは明らかだった。そういえばいつのまにか頭を覆っていた布がなくなっている。
紅児は目を伏せた。おそらくみなとは違う緑の目も見られてしまったに違いなかった。
奇異な目で見られるだけならいいが、気持ち悪いと嫌そうな表情をされるのは耐えがたい。
だが女性の反応はどちらとも違った。
「異国の方なのね……。言葉はおわかりになる?」
ゆっくりと言われ、紅児は弾かれたように顔を上げた。「異国」とはどういう意味だろうか。ただ言葉がわかるかと聞かれ、この女性が紅児をこの国の人間だと思っていないことはわかった。
紅児はおそるおそる口を開いた。知っている限り、できるだけ丁寧な言葉で話す。
「私は……セレスト王国から来ました。ここから北の村で3年暮らしています。だから言葉はわかります」
「まぁ……ご両親は?」
「お嬢様、どちらに向かいましょうか!?」
「近くの茶館に向かってちょうだい! 着いたら四神宮に連絡をして」
「へい!」
話の途中で御者から声がかかり、女性が指示をする。命令しなれたかんじからして良家のお嬢様なのだろう。紅児は途端に自分の格好が恥ずかしくなった。
埃まみれになった服で席に腰かけている自分がみじめだった。髪も体も汚れているし、多少治ってきてはいるものの手はあかぎれだらけである。船が難破するまでは高級な服を着て、ほぼ毎日入浴はかかさなかった。侍女は1人だけだったが毎日髪は綺麗に梳くしけずられ、食事も食べきれないほど用意されていたというのに。
(水浴びを、最後にしたのはいつだったかしら……)
「どこか痛いところはないかしら?」
改めて聞かれ紅児は首を振る。倒れた時の肩や腰が多少痛かったが耐えられないほどではない。
「ところで、先程の続きだけどご両親は?」
「あ! おとっつぁん!!」
そういえば養父はどうしたのだろう。自分のようにひどいことになっていないだろうか。
「お父様と一緒だったの?」
「あ、ええと……本当の父ではないです。でも村でずっとお世話になっていました。私は帰りの船が壊れて、本当の父とは離れ離れになりました……」
「まぁ……なんて……」
女性の目が潤んできた。
「あの……今年四神? の花嫁様がいらっしゃったと聞きました。それでおとっつぁんが、いえ、父が王都に連れてきてくれたのです」
女性はふふっと笑った。
「いつもの話し方でよくってよ。では義理のお父様を探すように手配しましょう。先程のところで離れ離れになったのね?」
「はい」
話をしているうちに女性の言っていた茶館というところに着いたらしい。女性に促され馬車を降りる。落ち着いた雰囲気の建物に足を踏み入れた。昔来たことがあっただろうかと紅児は首を傾げた。
「陳お嬢様、そちらの方は?」
「馬車道に倒れられたの。すぐに医者を手配してちょうだい。それから四神宮に言付けを」
店主と思しき者が出てきて女性に尋ねる。女性はよどみなく答えると再び紅児を促した。おそるおそる女性-陳に付き従い案内された部屋に入る。落ち着いた佇まいの個室には板の間まであった。
「先に手紙を書いてしまうわね。……そういえば、お名前は? ……名乗るのを忘れていてごめんなさい、私の名前は陳秀美というの」
「あ……ここでは紅児と呼ばれています。おとっつぁんの名字は馬で……」
陳は紙に向かいながらも紅児を優しく見つめていた。その瞳はそうじゃないでしょう? と言っているようにも見えた。
「あ……本名は、エリーザ・グッテンバーグといいます……」
「……ウァリーズァ? 難しいわね。花嫁様ならもしかしたら発音できるかもしれないけど……紅児でいいかしら?」
紅児は目を見開いた。
陳からしたら何気ない一言だったかもしれない。気がつけば紅児は陳に詰め寄っていた。
「え……花嫁様は他の国の人なんですか!?」
「え……いえ……時々言葉がつまったりされるから、もしかしたら異国の方かもしれないと思ったのだけど……。そうね……貴女と同じように赤い髪をされているし……」
紅児の剣幕に驚きながらも陳は少し考えるように言った。
「ただ、瞳の色は黒いわ……」
「私の国にも黒い目の人はいました!」
もしかしたら四神の花嫁は紅児と同じ国の人かもしれない。そう思ったら黙っていられなかった。陳はまっすぐ紅児を見た。
「少し待ってちょうだい」
さらさらと何かを書きつけて再び現れた店主らしき者に渡す。男が下がると店員と思しき女性がお茶の用意をした。陳は紅児を見てから店員の女性に何かを握らせた。
この国にチップの習慣はあっただろうか。
「できるだけ早くお願いね」
店員は頭を下げると部屋を辞した。
「冷める前に飲みましょう」
陳がお茶を飲むのを待って紅児も薄緑色のお茶に口をつけた。
「おいしい……」
思わず呟きが漏れた。こんな味わい深いお茶を飲んだのは久しぶりだった。
「貴女の国にもこういうお茶はあるの?」
「お茶は……あります。ええと……黒……この国では紅茶というのかしら……そういうのはあります」
「紅茶はこの国にもあるわ。差し支えなければ貴女の話を聞かせていただけるかしら?」
「是」
紅児は聞かれるがままに生い立ちやこの国にきてからのことをつっかえつっかえ話した。陳は聞き上手だった。
そしてあらかた話し終えた頃、医者が来たと女物の服を携えた店員が知らせにきた。
馬車に乗っていたのは綺麗な女性だった。驚いたように目が見開かれ口元に手を当てている。紅児を見て驚いたのは明らかだった。そういえばいつのまにか頭を覆っていた布がなくなっている。
紅児は目を伏せた。おそらくみなとは違う緑の目も見られてしまったに違いなかった。
奇異な目で見られるだけならいいが、気持ち悪いと嫌そうな表情をされるのは耐えがたい。
だが女性の反応はどちらとも違った。
「異国の方なのね……。言葉はおわかりになる?」
ゆっくりと言われ、紅児は弾かれたように顔を上げた。「異国」とはどういう意味だろうか。ただ言葉がわかるかと聞かれ、この女性が紅児をこの国の人間だと思っていないことはわかった。
紅児はおそるおそる口を開いた。知っている限り、できるだけ丁寧な言葉で話す。
「私は……セレスト王国から来ました。ここから北の村で3年暮らしています。だから言葉はわかります」
「まぁ……ご両親は?」
「お嬢様、どちらに向かいましょうか!?」
「近くの茶館に向かってちょうだい! 着いたら四神宮に連絡をして」
「へい!」
話の途中で御者から声がかかり、女性が指示をする。命令しなれたかんじからして良家のお嬢様なのだろう。紅児は途端に自分の格好が恥ずかしくなった。
埃まみれになった服で席に腰かけている自分がみじめだった。髪も体も汚れているし、多少治ってきてはいるものの手はあかぎれだらけである。船が難破するまでは高級な服を着て、ほぼ毎日入浴はかかさなかった。侍女は1人だけだったが毎日髪は綺麗に梳くしけずられ、食事も食べきれないほど用意されていたというのに。
(水浴びを、最後にしたのはいつだったかしら……)
「どこか痛いところはないかしら?」
改めて聞かれ紅児は首を振る。倒れた時の肩や腰が多少痛かったが耐えられないほどではない。
「ところで、先程の続きだけどご両親は?」
「あ! おとっつぁん!!」
そういえば養父はどうしたのだろう。自分のようにひどいことになっていないだろうか。
「お父様と一緒だったの?」
「あ、ええと……本当の父ではないです。でも村でずっとお世話になっていました。私は帰りの船が壊れて、本当の父とは離れ離れになりました……」
「まぁ……なんて……」
女性の目が潤んできた。
「あの……今年四神? の花嫁様がいらっしゃったと聞きました。それでおとっつぁんが、いえ、父が王都に連れてきてくれたのです」
女性はふふっと笑った。
「いつもの話し方でよくってよ。では義理のお父様を探すように手配しましょう。先程のところで離れ離れになったのね?」
「はい」
話をしているうちに女性の言っていた茶館というところに着いたらしい。女性に促され馬車を降りる。落ち着いた雰囲気の建物に足を踏み入れた。昔来たことがあっただろうかと紅児は首を傾げた。
「陳お嬢様、そちらの方は?」
「馬車道に倒れられたの。すぐに医者を手配してちょうだい。それから四神宮に言付けを」
店主と思しき者が出てきて女性に尋ねる。女性はよどみなく答えると再び紅児を促した。おそるおそる女性-陳に付き従い案内された部屋に入る。落ち着いた佇まいの個室には板の間まであった。
「先に手紙を書いてしまうわね。……そういえば、お名前は? ……名乗るのを忘れていてごめんなさい、私の名前は陳秀美というの」
「あ……ここでは紅児と呼ばれています。おとっつぁんの名字は馬で……」
陳は紙に向かいながらも紅児を優しく見つめていた。その瞳はそうじゃないでしょう? と言っているようにも見えた。
「あ……本名は、エリーザ・グッテンバーグといいます……」
「……ウァリーズァ? 難しいわね。花嫁様ならもしかしたら発音できるかもしれないけど……紅児でいいかしら?」
紅児は目を見開いた。
陳からしたら何気ない一言だったかもしれない。気がつけば紅児は陳に詰め寄っていた。
「え……花嫁様は他の国の人なんですか!?」
「え……いえ……時々言葉がつまったりされるから、もしかしたら異国の方かもしれないと思ったのだけど……。そうね……貴女と同じように赤い髪をされているし……」
紅児の剣幕に驚きながらも陳は少し考えるように言った。
「ただ、瞳の色は黒いわ……」
「私の国にも黒い目の人はいました!」
もしかしたら四神の花嫁は紅児と同じ国の人かもしれない。そう思ったら黙っていられなかった。陳はまっすぐ紅児を見た。
「少し待ってちょうだい」
さらさらと何かを書きつけて再び現れた店主らしき者に渡す。男が下がると店員と思しき女性がお茶の用意をした。陳は紅児を見てから店員の女性に何かを握らせた。
この国にチップの習慣はあっただろうか。
「できるだけ早くお願いね」
店員は頭を下げると部屋を辞した。
「冷める前に飲みましょう」
陳がお茶を飲むのを待って紅児も薄緑色のお茶に口をつけた。
「おいしい……」
思わず呟きが漏れた。こんな味わい深いお茶を飲んだのは久しぶりだった。
「貴女の国にもこういうお茶はあるの?」
「お茶は……あります。ええと……黒……この国では紅茶というのかしら……そういうのはあります」
「紅茶はこの国にもあるわ。差し支えなければ貴女の話を聞かせていただけるかしら?」
「是」
紅児は聞かれるがままに生い立ちやこの国にきてからのことをつっかえつっかえ話した。陳は聞き上手だった。
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