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本編
9.相遇(出会い)
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用意された服については紅児の為に持ってきてくれたらしい。確かにこんなひどい服装でよくこのような店に入れたものだと思う。
紅児はなんともないと言ったが念の為にと一応診てもらった。多少痛みを感じていた腕や腰、足等に打身があったらしい。幸い切り傷はなかったが、陳はそれを聞くと痛ましそうな表情をした。
紅児はろくに拭いてもいない体で借り物の服に袖を通すことに難色を示したが、陳はなんでもないことのようにこう言った。
「服は洗えばいいのだから気にしないでちょうだい」
髪を結いあげられ、更に着付けまでしてもらってしまった。その手慣れた様子に紅児が驚いているのが伝わったのか、陳は四神宮で侍女頭をしているのだと教えてくれた。
「花嫁様の着付けを手伝うこともあるから」
とんでもない偶然に紅児は驚くばかりだった。
あれだけ人がいた中で、たまたま紅児が馬車道に投げ出され、それを助けてくれたのが四神宮に勤めている女性だなんて。
(こういうのを神のおぼしめしというのかしら……)
紅児の国にははっきりとした神の概念はなかったが、「神」という存在があるらしいということは知っていたので素直にそう思った。
そうしてほっと一息ついた頃、入口の方からばたばたばたと慌ただしい音と共に「お待ちください!」という女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。紅児がはっとして身構える前に個室の扉が開かれる。
「あら……紅夏様」
陳ののん気な声は耳に入らなかった。
赤い、少し波打っている長い髪と切れ長の黒曜石のような双眸。色は白く、唇は濡れているかのように赤い。息を飲むほどに美しい容姿はけっして女性的ではなく、体格のよさもあいまってか苛烈な印象を受けた。
(なんて……なんて美しい人……)
紅児は息を呑んでその人を見つめた。
「陳殿、兄の命によりお迎えに上がりました」
しかもその唇から発せられる声は容姿を裏切らないテナーで、紅児は思わず身震いし胸を押さえた。
「ありがとうございます、紅夏様。彼女も一緒に連れていきたいと思います」
陳が澄ましてそう言うと、紅夏と呼ばれた美丈夫は眉を寄せスッと目を細めると初めて紅児を見た。直接向けられた鋭い視線に思わず息を詰める。
「……手紙に書かれていた娘ですか」
「はい、元々は異国の方のようで困られているご様子。花嫁様と同じ赤い髪をされておりますし、もしかしたら同郷の方ではないかと思いまして」
「……馬鹿な」
紅夏は首を振った。
「お忘れになるのも無理はないが花嫁様は元々黒髪ですぞ」
「あ……」
陳が口元に手を当てる。
「え……」
紅児は目を見開いた。
(元は黒髪って……)
「そう、だったんだ……は……」
肩を落とす。体から一気に力が抜け、紅児はそのまま崩れ落ちそうになるのを気力でとどめた。
どうして花嫁が赤い髪をしているのかは知らない。なにか必然があったのかもしれないが、紅児には知りえないことなのだろう。
みるみるうちに視界がぼやけ、紅児は自分が泣いていることに気付いた。
一体なんの為に王都まで出てきたのか。
赤い髪、ただそれ一つに縋ってここまでやってきたというのに。
(もう、だめだ……)
「紅児、こちらに……」
心配そうな陳に促されるまま板の間に腰掛ける。手絹で目元を優しく押さえられ申し訳ないと思った。
「……私の責任ですから、連れて行きますわ」
断固とした声に紅児は顔を少し上げた。どうしてこの女性は見ず知らずの紅児にこんなに親切にしてくれるのだろう。だがそれに水を差すような声が届いた。
「……連れて行ってどうするのです。陳殿の部屋はないでしょう。兄にどう説明するおつもりか」
「私は白雲様の持ち物ではありません。ありのままを説明して、せめて彼女を探している方に引き会わせるまでは預かりたいと思います」
「それを兄が許すとでも?」
「四神宮に置いてはいけないとおっしゃるのでしたら、また休暇をいただいて実家に戻りたいと思います」
紅夏は大仰に嘆息した。
紅児もはらはらしながら陳と紅夏を窺う。もういいと陳に言いたいのだが断固とした態度に口を挟むことができない。
「では兄に聞いて参ります。それでよろしいか」
「はい。彼女の話も詳しく聞いたのでそれもお伝えください」
陳は早口で紅児の来歴を話した。あまりの早さに聞き取れなくて紅児は目を白黒させるばかりだった。
「……ということなのです。私には、彼女に期待させるようなことを言ってしまった責任があります」
「ふむ……」
紅夏の視線が紅児に向けられた。その感情の読みとれない眼差しに、全く悪いことはしてないはずだというのにどぎまぎする。
「確かに嘘はないようですな。ではお伺いしてきます」
「お願いします」
(嘘……)
踵を返して瞬く間に消えた後ろ姿を見送り、紅児は一瞬遅れて紅夏の科白の意味を考えた。
(って、嘘!?)
紅児はカーッと頭に血が昇るのを感じた。
そんなことで嘘をついてどうするというのだ。
元々紅児は短気なのだがここ数年は環境のせいもあってか、なりを潜めていた。紅児の憤りに気付いたらしく陳が苦笑した。
「悪い方ではないの。ただ……あの方々は人ではないから、時折思いもかけぬことをおっしゃるのよ」
はっとする。
「あの……本当にいいのでしょうか……?」
紅児はおそるおそる聞いた。このまま先程のところに戻って養父を探した方がいいような気もする。
「いいのよ、大丈夫だからお茶を飲みましょう」
にっこりされて、紅児は戸惑いながらも紅夏が戻ってくるまで陳とお茶をすることになった。
紅児はなんともないと言ったが念の為にと一応診てもらった。多少痛みを感じていた腕や腰、足等に打身があったらしい。幸い切り傷はなかったが、陳はそれを聞くと痛ましそうな表情をした。
紅児はろくに拭いてもいない体で借り物の服に袖を通すことに難色を示したが、陳はなんでもないことのようにこう言った。
「服は洗えばいいのだから気にしないでちょうだい」
髪を結いあげられ、更に着付けまでしてもらってしまった。その手慣れた様子に紅児が驚いているのが伝わったのか、陳は四神宮で侍女頭をしているのだと教えてくれた。
「花嫁様の着付けを手伝うこともあるから」
とんでもない偶然に紅児は驚くばかりだった。
あれだけ人がいた中で、たまたま紅児が馬車道に投げ出され、それを助けてくれたのが四神宮に勤めている女性だなんて。
(こういうのを神のおぼしめしというのかしら……)
紅児の国にははっきりとした神の概念はなかったが、「神」という存在があるらしいということは知っていたので素直にそう思った。
そうしてほっと一息ついた頃、入口の方からばたばたばたと慌ただしい音と共に「お待ちください!」という女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。紅児がはっとして身構える前に個室の扉が開かれる。
「あら……紅夏様」
陳ののん気な声は耳に入らなかった。
赤い、少し波打っている長い髪と切れ長の黒曜石のような双眸。色は白く、唇は濡れているかのように赤い。息を飲むほどに美しい容姿はけっして女性的ではなく、体格のよさもあいまってか苛烈な印象を受けた。
(なんて……なんて美しい人……)
紅児は息を呑んでその人を見つめた。
「陳殿、兄の命によりお迎えに上がりました」
しかもその唇から発せられる声は容姿を裏切らないテナーで、紅児は思わず身震いし胸を押さえた。
「ありがとうございます、紅夏様。彼女も一緒に連れていきたいと思います」
陳が澄ましてそう言うと、紅夏と呼ばれた美丈夫は眉を寄せスッと目を細めると初めて紅児を見た。直接向けられた鋭い視線に思わず息を詰める。
「……手紙に書かれていた娘ですか」
「はい、元々は異国の方のようで困られているご様子。花嫁様と同じ赤い髪をされておりますし、もしかしたら同郷の方ではないかと思いまして」
「……馬鹿な」
紅夏は首を振った。
「お忘れになるのも無理はないが花嫁様は元々黒髪ですぞ」
「あ……」
陳が口元に手を当てる。
「え……」
紅児は目を見開いた。
(元は黒髪って……)
「そう、だったんだ……は……」
肩を落とす。体から一気に力が抜け、紅児はそのまま崩れ落ちそうになるのを気力でとどめた。
どうして花嫁が赤い髪をしているのかは知らない。なにか必然があったのかもしれないが、紅児には知りえないことなのだろう。
みるみるうちに視界がぼやけ、紅児は自分が泣いていることに気付いた。
一体なんの為に王都まで出てきたのか。
赤い髪、ただそれ一つに縋ってここまでやってきたというのに。
(もう、だめだ……)
「紅児、こちらに……」
心配そうな陳に促されるまま板の間に腰掛ける。手絹で目元を優しく押さえられ申し訳ないと思った。
「……私の責任ですから、連れて行きますわ」
断固とした声に紅児は顔を少し上げた。どうしてこの女性は見ず知らずの紅児にこんなに親切にしてくれるのだろう。だがそれに水を差すような声が届いた。
「……連れて行ってどうするのです。陳殿の部屋はないでしょう。兄にどう説明するおつもりか」
「私は白雲様の持ち物ではありません。ありのままを説明して、せめて彼女を探している方に引き会わせるまでは預かりたいと思います」
「それを兄が許すとでも?」
「四神宮に置いてはいけないとおっしゃるのでしたら、また休暇をいただいて実家に戻りたいと思います」
紅夏は大仰に嘆息した。
紅児もはらはらしながら陳と紅夏を窺う。もういいと陳に言いたいのだが断固とした態度に口を挟むことができない。
「では兄に聞いて参ります。それでよろしいか」
「はい。彼女の話も詳しく聞いたのでそれもお伝えください」
陳は早口で紅児の来歴を話した。あまりの早さに聞き取れなくて紅児は目を白黒させるばかりだった。
「……ということなのです。私には、彼女に期待させるようなことを言ってしまった責任があります」
「ふむ……」
紅夏の視線が紅児に向けられた。その感情の読みとれない眼差しに、全く悪いことはしてないはずだというのにどぎまぎする。
「確かに嘘はないようですな。ではお伺いしてきます」
「お願いします」
(嘘……)
踵を返して瞬く間に消えた後ろ姿を見送り、紅児は一瞬遅れて紅夏の科白の意味を考えた。
(って、嘘!?)
紅児はカーッと頭に血が昇るのを感じた。
そんなことで嘘をついてどうするというのだ。
元々紅児は短気なのだがここ数年は環境のせいもあってか、なりを潜めていた。紅児の憤りに気付いたらしく陳が苦笑した。
「悪い方ではないの。ただ……あの方々は人ではないから、時折思いもかけぬことをおっしゃるのよ」
はっとする。
「あの……本当にいいのでしょうか……?」
紅児はおそるおそる聞いた。このまま先程のところに戻って養父を探した方がいいような気もする。
「いいのよ、大丈夫だからお茶を飲みましょう」
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