貴方色に染まる

浅葱

文字の大きさ
20 / 117
本編

20.求婚

しおりを挟む
 そんなやりとりがあってから、紅夏ホンシャーは少しずつ紅児ホンアールに接触をはかるようになった。
 昼食を終えたあと食堂の表で待っていたり、花嫁が湯あみ後誰かの室に連れていかれた後、花嫁の部屋の側にいたり。特に何か言葉を交わすわけではないがその度他の侍女たちに「まぁ」と言うような顔をされるのがいたたまれない。
 昨夜等は全ての仕事が終った後、紅夏の部屋に来るようにと言われた。
 それも他の侍女たちがいる場所で囁かれたものだから、真っ赤になった紅児にみな興味津々だった。

「ねぇ、とうとうお誘い? お誘い?」
「いやー! 素敵ー!」
「でも……嫁入り前にそういうのは……どうなのかしら」
「まぁ、ねぇ……。でも、遊びで声をかけてくるような方々でもないでしょうし」

 ぎこちなく、一旦大部屋に戻ると侍女たちが矢継ぎ早に声をかけてきた。
 中には心配してくれるような声もあったが、紅児は内心それどころではない。まずどうしたらいいのかわからないのだ。
 そして更に追い打ちをかけるように……。

「あの……紅児は……男の人とその……経験はない、のよね?」

 紅児は一気にカーッ! と頭に血が上るのを感じた。

「な、なな、ないです! ないわ! な、なんで、なんでそういうこと聞く……!?」

 自分の国の言葉で叫ばなかったことが不思議なぐらい紅児は動揺した。この国では嫁入り前の娘は処女であるのが当り前ではなかったのか。

(それとも特権階級の人たちは違うわけ?)

 侍女たちは微妙な表情をした。

「え、だって、ねぇ……」
「花嫁様は……」
「花嫁様は未成年の頃に経験したって言ってたし……」
「おかしくないのかしらって……」
「わ、私は花嫁様と同じ国の出身ではないけど?」

 もしかして髪の色で同じ国の出身と思われたのだろうか。それにしては同じ赤でも色合いが全く違うけれどと紅児は思う。

「そういえばそうよね」
「花嫁様の元の髪色は黒だっておっしゃられていたわ」

 そういえば、と紅児も思う。
 紅夏が言っていたではないか。花嫁の元の髪の色は黒だと。
 ならば何故花嫁の髪の色は紅夏とほぼ同じ色をしているのだろう。
 そのことについて尋ねると、花嫁はここに来た時点ですでに髪を赤く染めていたらしい。
 そういうことかと肩の力が抜けたが、更に不可解なことを聞かされた。

「でも、花嫁様の御髪の色は最初の頃と微妙に違うわ。つむじの辺りは少し黒い部分が見えていたのだけど今は全くないし……。確か、朱雀様と閨を共にされるようになってから髪の色が鮮やかになったような気がするわ……」
「やっぱり? 私もそう思ってたの」
「そうよね、気のせいじゃないわよね」

 なんだかもう頭がパンクしそうだった。

「ねぇ、紅児さん。早く支度した方がいいのではなくて? 紅夏様がお待ちじゃない?」
(そういえば……)

 紅児は頭を抱えたくなった。
 このまま忘れてしまいたかったのに。


 みなで湯あみをし汗を流した後、悪ノリした侍女たちに薄手の夜着を渡された。更にその上に羽織ると言う長袍ガウンまで用意されて紅児は泣きたくなった。
 そしてみなに見送られ、紅夏の部屋の前に立つ。
 どうしたらいいのかと考える前に扉が開き、腕を引かれて紅夏の胸に飛び込む形になった。
 ぱたん、と扉が背後で閉まる音がし、息を飲むような雰囲気も感じられた。

「……随分と積極的だな」
「え……」

 上から下までまじまじと見られ、紅児は赤くなった。

「こ、これは……その……」
「試してみるか」
「え……? あ……」

 紅夏はくい、と紅児の顎を持ち上げた。

 紅児は頭が真っ白になった。

 何故紅夏の唇が紅児のそれに重なっているのだろう。しかもその双眸は紅児の反応を逃すまいと開かれたままで。何度も何度も角度を変えてそれは優しく重なった。そして最後にぺろり、と舐められる。
 紅児はびくっと身を震わせた。

「ふむ……確かにそなたは我の『つがい』のようだ」

 紅夏は少し考えるような顔をして言った後、いきなり紅児を抱き上げた。

「えっ、ひゃあっ!?」

 びっくりして変な声が出たが、紅夏が気にする様子はない。
 それよりも。
 とさ……と下ろされた先は紅夏の部屋のベッドの上だった。
 紅児は目を見開いた。

(え? なんでなんでなんでーーー!?)

 確かに誤解されるような格好をしてきた紅児が悪いが、どうしていきなりこんな状況になるのだろう。
 再び口づけられ、紅児は泣きそうになった。しかもそれだけではなく紅夏の手が長袍を脱がそうとする。
 ここで固まっているわけにはいかない。
 紅児はどうにかして紅夏を押しのけようとできるかぎり腕を突っ張った。
 唇が触れたところから甘い熱が生まれ、涙が盛り上がる。力が抜けそうになる自分を心の中で叱咤し、懸命に腕を伸ばした。

「なぜ押しのけようとする」

 やっと唇が放される。紅夏は少し不満そうな表情をしていた。

「……だって……どうして……」

 上がった息の合間にかろうじて疑問の声を漏らすと、紅夏は眉を寄せた。

「そなたは我に抱かれに来たのではないのか?」
「…………は?」

 一瞬何を言われたのかわからなかった。
 そもそもその手の単語は聞いたことがない。

(做愛……愛をする……って……)
「えええ!? ち、ちがっ、違います! 大体紅夏様が来いって……だから私来ただけなのに……」

 そこまで言ってから胸に熱い物が込み上げて来、思わず紅児は涙をこぼした。
 どうしてそんな誤解を受けるのだろう。紅児は知らず知らずのうちにそんな素振りを紅夏に見せていたのだろうか。
 紅夏は表情を元に戻し、そっと紅児の涙をぬぐってくれた。
 そして嘆息する。それに紅児はびくっと身を震わせた。

「我の独り合点であったか」

 紅夏はそう呟くように言うと、まっすぐに紅児の目を見た。その視線を受けて紅児はどぎまぎする。

「ならば……改めて言おう。
 そなた、我の妻になれ」
「…………はい?」

 どうしてそういう話になるのだろう。
 頭の中を?が舞い踊り、紅児はもう考えることを放棄した。

 早い話がそのまま倒れて寝てしまったのである。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...