貴方色に染まる

浅葱

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本編

36.将要離別(別離近づく)

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 午後のかなり長い時間、みな庭でいろいろな物を食べ、話をしたりした。
 花嫁は驚くほど沢山食べたが、「もっと食べたいのに~!」と満腹になったことをくやしがっていた。それを四神が愛しくてならないというように見つめていて、紅児ホンアールはそれだけでおなかいっぱいというかんじだった。
 しっかりと観察していたわけではないが、紅夏ホンシャーの言う通り四神はあまり食べていなかったように思う。ただ、朱雀や玄武は気がつくと食べ物を摘んでいたようにも見えたのでもしかしたら気のせいかもしれないとも思った。
 それにしても初めて近くで見た玄武は、緑の黒髪と言っても差し支えないほど艶やかな長髪の美丈夫であった。最初のうち花嫁は白虎の腕の中にいたが、いつのまにか玄武の腕の中に移動していた為比較的観察することができたのだ。
 玄武はなるほどひどく愛おしそうに花嫁を見つめており、給餌できるものは全てしていた。しかもそのタイミングが絶妙らしく、花嫁も満更ではなさそうだった。
 四神はみな花嫁を愛しているということはわかったが、雰囲気がそれぞれ違う。玄武はもうなんというか花嫁を溺愛している体なのだ。とても大事にされているというのが伝わってくる。確かに玄武が侍女たちの間で人気なのは頷けた。
 もしあんなに愛されたら……と乙女なら一度は夢想しそうである。
 そうでなくてもこの国での女性の婚姻は親が決めるのが一般的なようだ。庶民でもほとんどがそうらしいのだから恋愛結婚というのはなかなかないのではなかろうか。
 ならば、花嫁と玄武が共にある光景というのは女性たちの理想だろう。
 そんなことを考えていると紅夏の指が顎にかかり口を開けさせられてしまう。
 目の前にさし出された揚げピーナッツを、頬を染めながらも食べた。

(恥ずかしいのに……)

 紅児の恥らう姿とは裏腹に周りは全く2人のことなど気にしていなかった。
 というのも四神は花嫁に夢中であったし、白雲は侍女頭に食べさせるのが忙しく、それと同様に青藍も延の口を開けさせることを楽しんでいるようであった。そこで紅児が食べさせられるのを恥ずかしがっていたとしても、侍女や武官からしたらみんな一緒である。
 しかし最後挨拶にやってきた馬と養父の反応は違った。馬は呆れたような顔をしていたが、養父の顔は少し引きつっていたかもしれない。
 そして全然心構えのなかった紅児は顔から火が出そうだった。
 食べさせられているうちにいつのまにか紅夏の膝に乗せられており、気がついた時には侍女頭や延も膝に乗せられているという状態だった。ここで自分だけ降りるのもおかしいような雰囲気だったのでそのままでいたら馬と養父がやってきたのである。
 穴があったら入ってそのまま土を被せてもらい100年ぐらい眠っていたいと紅児は本気で思った。それぐらい恥ずかしかったのである。
 なのに紅夏は紅児を離してくれようとはせず、しかも花嫁も「エリーザ、しばらく戻ってこなくていいからお養父様とゆっくりしていらっしゃい」とにっこり微笑んで言われた。

(絶対に誤解された!!)

 花嫁は馬と養父に労いの言葉をかけると玄武に抱かれたまま建物の中に戻って行った。
 馬はまだやることがあるとかですぐに戻っていってしまった。油汗を流しながら紅児は紅夏に下ろしてもらう。
 ひどくいたたまれなかった。
 黙っているのもなんなので、「おとっつぁん、お疲れ様……」と声をかければ、

「ああ……」

 となんともいえない返事があった。そして養父はぼんやりしたように紅児と紅夏を見ると、

「紅夏様、少し席を外してくんねぇか」

 と言った。紅児はびっくりして目を見開く。紅夏も「承知した」とあっさりその場を辞した。
 残された紅児は困ってしまった。別に悪いことをしていたわけではないが、膝に乗せられていたのは自分の本意ではなかったから。けれどここでそのことについて言い訳するのもなんだか違う気がした。
 立ったままの養父を座るように促すと、やっと気付いたというようにのろのろと凳子いすに腰掛けた。
 紅児はそのまま養父の言葉をじっと待っていた。
 やがて。

「……花嫁様はきさくなお方なんじゃな」

 養父が口元に笑みを浮かべ呟くように言う。紅児はそれに何度も頷いた。

「大事にされとるようで安心したわ。これでわしも心置きなく村に帰れるっちゅうもんじゃ」
「……うん」

 養父が戻らなければ養母は困るだろう。わかっていても紅児の心中は複雑だった。

「ところでな……あーその、なんじゃ……」

 いきなり養父の歯切れが悪くなる。困ったような顔をしていた。聞かれることを想定して紅児も頬が熱くなるのを感じる。

「紅夏様とは、その……」
「ま、ま、ままままだ何もないから!」

 あまりの恥ずかしさに叫ぶように答えると、「そうなんか」と拍子抜けしたような声が返ってきた。

「いやぁ、わしゃあてっきり……」

 養父が頭を掻く。だが養父の科白はそこで終らなかった。

「だがなぁ、紅児よ。紅夏様は本気みたいじゃぞ」
「…………え?」

 紅児は背中を油汗が伝っていくのを感じた。なんでそんなことを養父が知っているのだろう。それとも膝に乗せる=イコール求愛中というのは基本なのだろうか。
 頭の中がぐるぐるしていたら、

「大祭の日に来たじゃろう。実はな、あの夜紅夏様がみえられたんじゃ」

 養父は衝撃の事実を話してくれた。

「ええええっ!?」
「紅児を嫁にしたいと言われてなぁ……いやぁ困ったわい」

 紅児は両頬を押さえた。本当にもう顔から火が噴き出しそうだ。

「……で、おとっつぁんはなんて……」

 養父はまた頭を掻いた。

「……紅児は大事な預かりもんじゃけえ、紅児が紅夏様に嫁ぎたいと思うんじゃったらええと」

 紅児は胸が熱くなった。
 どこまで養父はいい人なのだろう。
 目の奥が熱くなり、今にも涙が溢れだしそうだった。

「……そう、ありがとう……」

 どうにかそれだけ言って、紅児は顔を伏せた。
 血が繋がってないとはいえ、今まで面倒を看てくれた親である。親が子供の結婚を決めるのが当り前なこの国で紅児の意志に任すというのはそうそうできることではない。

(本当に、本当にいい養父母に恵まれたのだわ……)
「……明後日村にけえる。見送りはいらねぇから、紅児は花嫁様に誠心誠意お仕えしろ」

 紅児は弾かれたように顔を上げた。

「……でも……」
「でも、は、なしじゃ。見送りはいらね。わかったな?」

 いつにない養父の言い含めるような声音に、紅児は頷くことしかできなかった。
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