貴方色に染まる

浅葱

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本編

45.覚悟(自覚する)

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 紅夏ホンシャーに抱き上げられて四神宮の中の食堂に行くと、花嫁が困ったような表情をして待っていた。
 みっともなく騒いでしまったことをきちんと謝罪したかったのは間違いない。けれどこんな格好で会うことになるとは思っていなかった。とても恥ずかしくていたたまれないのに紅夏は下ろしてくれない。

「お呼びと伺いました」

 しれっと言う紅夏に花嫁が嘆息する。

「……あんまりね……馬に蹴られるような真似はしたくないんだけど……」

 紅夏と紅児ホンアールを見やる。

「紅夏、頼むからエリーザをあまり追い詰めないでほしいのよ」

 紅児は紅夏の腕の中でできるだけ身を縮めた。こんなにも花嫁に気を使わせてしまう自分がとても嫌だった。

「紅児の質問に答えていました。それが追い詰める結果になったしまったことは否定いたしませぬ」

 堂々とした紅夏の答えに花嫁はまた困った顔をした。

「……なんの話をしていたの?」
「確か、”つがい”であることの証明について、ですか」
「また難しい話ね……」

 そう呟いて、花嫁は紅児に目を向けた。

「紅児は……紅夏のこと好き? 嫌い? それとも、まだわからない?」

 紅児は赤いままの顔を上げた。花嫁と目が合い、狼狽する。

(好きか嫌い……まだわからない)

 花嫁の目は優しい。その黒いまっすぐな瞳を見つめているうちに、紅児は気持ちが少し落ち着いてきた。

「……まだ、わからない……です……」

 そう答えると、ぎゅうっときつく抱きしめられた。紅夏の腕の中で何を答えているのだろうと紅児は思う。

「なら”つがい”の話は紅児には難しいと思うわ。証明についても人間の感覚ではなかなか理解できるものじゃないし」

 きっぱりと答えられる。

「ただね。四神とか眷族にとって人間は基本慈しむ存在ではあっても、個人個人に感情を寄せたりするものではないの。それを眷族である紅夏が必死になって口説いてるっていうのはすでに”つがい”の証拠だと思うのよ」

 続く言葉に紅児は目を見開いた。

「これを言うと違うって言われるかもしれないけど、四神や眷族にとって私たち人間はペットみたいな物だと思うのね。でもペットを口説いたりする? しないわよね?」

 それは紅児にとってとてもわかりやすい説明だった。

「愛玩動物というほど可愛い物ではないが」
「例えなんだから白虎様は黙ってて」

 白虎は花嫁の科白にクックッと喉を鳴らした。
 紅児は至近距離にある紅夏の顔を窺った。
 人ではありえないほどの美貌。
 そして人ではないのに紅児を毎日のように口説いている。
 そう思っただけで胸がきゅうっとなった。
 自分だけが……という優越感。だからといって紅夏に応えられるかということは別問題なのだけれども。

「……”つがい”というのは変わらないものなのですか?」
「代わりのない者。それが”つがい”だ」

 紅夏の静かな声がすとん、と胸に落ちる。
 結婚してもいいほど好きか、と聞かれればまだわからないとしか答えられない。けれど紅児は、自分が紅夏の”つがい”であることをやっと自覚した。

「花嫁様、お騒がせしまして申し訳ありません。ありがとうございました」
「午後は休みなさい」
「いいえ、働かせてください」

 はっきりと言った紅児に、花嫁は笑んだ。

「じゃあ、よろしくね」
はい

 精がどうのというのはわからないまま。でも納得したかっただけだから、どうでもよくなってしまった。ただ知っておいた方が、のちのちひどく狼狽することはなかったかもしれない。それはまだ先の話である。
 四神宮の食堂を出て、紅児はまだ食事の途中だったということを思い出した。

「まだ食べたいです」
「わかった」

 四神宮の外にある仕える者専用の食堂に戻り、好奇の目を向けられながらも紅児はいつも通り紅夏に食べさせられた。そして午後はまた仕事に戻った。


 まだなかなか信じられないが、紅夏にとって自分は代わりのない存在らしい。
 そう考えただけで、紅児は胸が熱くなる。
 正直言って紅児は不安だったのだ。
 国ではかわいいかわいいと言われていたが、それは自分の国だったからでこの国の者たちとはまず容姿が違う。白い肌にいろんな髪や目の色をしている人が当り前だった祖国。けれどこの国の者はだいたい黄色みがかった肌をしてい、髪も目も黒が一般的だ。その中で自分の容姿がどのように映るのか見当もつかない。
 村では大人たちはともかく子供たちには奇異の目で見られたし、面と向かって「気持ち悪い」と言われたこともある。そんなことを言った子供は養父母に締め上げられたが、それが正直なところだろうということが今ならわかる。

(赤い髪だけど……紅夏様とは色合いが違うし……)

 仕事中は結い上げているから自分の髪の色は見えない。けれど仕事が終わり、髪を解いた時に思うのだ。
 自分は紅夏に釣り合わない、と。
 だから余計に、紅夏に求められているということを自覚して嬉しかった。
 なんで自分なのか、というのも「感覚」だと花嫁は言っていた。人間には理解できない感覚なのだと。
 この国で、誰かに求められる。
 養父母の元にいた頃はただ世話になるだけで何も返せず、ただ馴染むことに必死だった。生活に慣れた頃、この国で生きていく方法を考えなければいけなくなった。
 女性が1人で生きていくのは難しいこの国で、成人した後の選択は誰かに嫁ぐこと以外にない。それはひどく漠然としてい、村にいれば村の誰かに嫁ぐと言われても現実味がなかった。
 3年暮らして、誰も紅夏のように紅児の心に踏み込んでくる者はいなかった。

 物思いにふけっていて、紅児は気付かなかった。

「紅児、今夜こそは話してもらうわよ?」

 はっと気づいた時にはすでに周りを侍女たちで固められていた。
 紅児はへらりと笑う。
 まっすぐ部屋に戻ってくるのではなかった。
 そう思った時はもう後のまつりだった。
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