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本編
51.喜歓(好き)
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なんの修行かと思うぐらい食事で消耗した紅児だったが、食べ物はとてもおいしかった。
出される一皿一皿に盛りつけられた料理はそれだけで芸術的と言ってもいい。お皿には必ず飾りがのっていたが、それらは全て野菜や果物で作られた花や葉っぱ等を模した物だった。
食べてもいいものなのかと興味津々な紅児に、紅夏はわざわざ給仕の者に尋ねてくれたりもした。内心は失笑ものであろうその質問にも彼らは真摯に答えてくれた。
包丁で成形しやすいような物を選んでいるので固い物が多い。食用には向かないが同じ物を食べやすい材料で作ることは可能だと。
紅児は恐縮した。
そんなことを紅夏に尋ねさせてしまったことがひどく申し訳なかった。どうせ聞くなら自分で聞けばよかったのだ。
「気になっただけですから……大丈夫です。ありがとうございます……」
改めて作りましょうかという申し出はお断りした。そしてそっと紅夏に触れる。
〈ごめんなさい、あんなことを……〉
直接口に出す勇気はなかったから、心の中で話しかけた。紅夏はほんの少しだけ不思議そうな表情をした。
〈知らぬことを聞くのに何故恥らう〉
(ああ……)
この方に人間の複雑な感情は関係ない。どこまでもまっすぐなその姿がひどく眩しい。
〈そうですね〉
紅児は素直に同意した。
人であれば不可解にも思える行動も、紅夏だから、の一言で説明がつきそうだった。
食後のデザートは胡麻団子だった。どうやって作っているのか不思議に思いながらあつあつのそれをいただく。中の餡子がまた絶妙で、確か花嫁も好きだと言っていたように思う。ごまを全体にまぶしキレイな円を描いたそれもまた一つの芸術品だった。
四神宮の食事もおいしいし、村での食事にも不満はなかった。けれどやはりこういう高級料理は違うと思う。まるで自分も上流階級の一員になったかのような錯覚さえ感じた。
食べ終えてまた散策に戻る。この広い湖の周りを一周したらどれぐらいかかるだろうか。
紅児の提案に紅夏は頷いた。きっとぐるりと回るだけで今日という日が終ってしまうかもしれない。けれどそれはそれでいいように思えた。
夏の日差しが燦々と降り注ぐ。
涼石や紅夏の気づかいのおかげでつい忘れてしまうが今は夏なのだった。
紅夏はさりげなく紅児に日があまり当たらないようにしてくれる。本当は日差しを避ける為に薄絹を被ったりした方がいいらしいが彼は紅児に景色を見せることを優先してくれたようだった。
そんなところに気付いて紅児は頬を染める。胸が甘く疼き、つい俯いてしまった。
「眩しいか」
「いえ……」
どうして今まで紅夏の前で平然としていられたのだろう。
もちろん丸っきりの平然という状態ではなかった。けれど今のように腰を抱かれている状況とかをひどく意識したりはしていなかったように思う。
そこでやっと紅児は己の感情に気付いた。
私は、紅夏様が好きなのだわ。
顔を上げる。頬を赤く染めたままじっと紅夏を見つめた。
最初はいい印象は持てなかった。言っていることは正論だったが、紅児自身に全く余裕はなかったから。
人ならざる美貌が紅児の次の行動を待っている。
胸が早鐘のように打っていた。先程の動悸とは違う、これは病なのではないかと疑うような。
「紅夏様は……いつ私が”つがい”だとわかったのですか?」
声が上擦って掠れていた。紅夏はほんの少しだけ考えるような顔をした。
「そうだな……そなたに初めて会った日の夜だろうか……」
紅児は目を見開いた。
そんなに早くわかっていたなんて。
初めて会った日のことを紅児は思い出そうとした。
(あれは確か……)
そう、王都に辿りついたその日のことだったと思う。
あの日は本当にいろんなことがあった。
いきなり馬車道に投げだされて……。
あの時のことを思い出すと、体がぶるりと震えた。あのまま陳が馬車で通りがからなかったらどうなっていただろう。
それから……。
紅児は紅夏から目をそらすことができなかった。
「でも……しばらくははっきりしなかったのでは……」
「確信したのは後だが、そなたが気になって仕方なかったのは”つがい”だからに違いない」
甘いテナーが落ちてくる。
(ああ……)
抱き込まれるようにして、紅児の唇は奪われた。
紅児をずっと気にしてくれていた紅夏。言葉は些かきつかったが、それはもしかしたら気になる理由を探していたのかもしれない。
するりと紅児の唇の間に入り込む舌もひどく甘かった。
(こんなところで……)
誰の目もないだろうが、表で口づけをしている己がひどく恥ずかしく感じられた。
何度か角度を変えて口づけられた後、ようやく紅夏は紅児の唇を解放した。
「……あ……」
膝ががくがくしてとても立っていられない。そんな紅児を彼は当り前のように軽々と抱き上げた。
「……紅、紅夏様……!」
慌てて声を上げる紅児に、紅夏は真剣な表情で言った。
「そなたに話さねばならぬことがある」
「え……」
紅児が面くらっている間に、紅夏はそのままずんずんと歩を進めた。
やがて四阿が見えてきて、そこでやっと紅児は下ろされた。
いったいなんの話だろう。
ほんの少し、紅児は不安になった。
出される一皿一皿に盛りつけられた料理はそれだけで芸術的と言ってもいい。お皿には必ず飾りがのっていたが、それらは全て野菜や果物で作られた花や葉っぱ等を模した物だった。
食べてもいいものなのかと興味津々な紅児に、紅夏はわざわざ給仕の者に尋ねてくれたりもした。内心は失笑ものであろうその質問にも彼らは真摯に答えてくれた。
包丁で成形しやすいような物を選んでいるので固い物が多い。食用には向かないが同じ物を食べやすい材料で作ることは可能だと。
紅児は恐縮した。
そんなことを紅夏に尋ねさせてしまったことがひどく申し訳なかった。どうせ聞くなら自分で聞けばよかったのだ。
「気になっただけですから……大丈夫です。ありがとうございます……」
改めて作りましょうかという申し出はお断りした。そしてそっと紅夏に触れる。
〈ごめんなさい、あんなことを……〉
直接口に出す勇気はなかったから、心の中で話しかけた。紅夏はほんの少しだけ不思議そうな表情をした。
〈知らぬことを聞くのに何故恥らう〉
(ああ……)
この方に人間の複雑な感情は関係ない。どこまでもまっすぐなその姿がひどく眩しい。
〈そうですね〉
紅児は素直に同意した。
人であれば不可解にも思える行動も、紅夏だから、の一言で説明がつきそうだった。
食後のデザートは胡麻団子だった。どうやって作っているのか不思議に思いながらあつあつのそれをいただく。中の餡子がまた絶妙で、確か花嫁も好きだと言っていたように思う。ごまを全体にまぶしキレイな円を描いたそれもまた一つの芸術品だった。
四神宮の食事もおいしいし、村での食事にも不満はなかった。けれどやはりこういう高級料理は違うと思う。まるで自分も上流階級の一員になったかのような錯覚さえ感じた。
食べ終えてまた散策に戻る。この広い湖の周りを一周したらどれぐらいかかるだろうか。
紅児の提案に紅夏は頷いた。きっとぐるりと回るだけで今日という日が終ってしまうかもしれない。けれどそれはそれでいいように思えた。
夏の日差しが燦々と降り注ぐ。
涼石や紅夏の気づかいのおかげでつい忘れてしまうが今は夏なのだった。
紅夏はさりげなく紅児に日があまり当たらないようにしてくれる。本当は日差しを避ける為に薄絹を被ったりした方がいいらしいが彼は紅児に景色を見せることを優先してくれたようだった。
そんなところに気付いて紅児は頬を染める。胸が甘く疼き、つい俯いてしまった。
「眩しいか」
「いえ……」
どうして今まで紅夏の前で平然としていられたのだろう。
もちろん丸っきりの平然という状態ではなかった。けれど今のように腰を抱かれている状況とかをひどく意識したりはしていなかったように思う。
そこでやっと紅児は己の感情に気付いた。
私は、紅夏様が好きなのだわ。
顔を上げる。頬を赤く染めたままじっと紅夏を見つめた。
最初はいい印象は持てなかった。言っていることは正論だったが、紅児自身に全く余裕はなかったから。
人ならざる美貌が紅児の次の行動を待っている。
胸が早鐘のように打っていた。先程の動悸とは違う、これは病なのではないかと疑うような。
「紅夏様は……いつ私が”つがい”だとわかったのですか?」
声が上擦って掠れていた。紅夏はほんの少しだけ考えるような顔をした。
「そうだな……そなたに初めて会った日の夜だろうか……」
紅児は目を見開いた。
そんなに早くわかっていたなんて。
初めて会った日のことを紅児は思い出そうとした。
(あれは確か……)
そう、王都に辿りついたその日のことだったと思う。
あの日は本当にいろんなことがあった。
いきなり馬車道に投げだされて……。
あの時のことを思い出すと、体がぶるりと震えた。あのまま陳が馬車で通りがからなかったらどうなっていただろう。
それから……。
紅児は紅夏から目をそらすことができなかった。
「でも……しばらくははっきりしなかったのでは……」
「確信したのは後だが、そなたが気になって仕方なかったのは”つがい”だからに違いない」
甘いテナーが落ちてくる。
(ああ……)
抱き込まれるようにして、紅児の唇は奪われた。
紅児をずっと気にしてくれていた紅夏。言葉は些かきつかったが、それはもしかしたら気になる理由を探していたのかもしれない。
するりと紅児の唇の間に入り込む舌もひどく甘かった。
(こんなところで……)
誰の目もないだろうが、表で口づけをしている己がひどく恥ずかしく感じられた。
何度か角度を変えて口づけられた後、ようやく紅夏は紅児の唇を解放した。
「……あ……」
膝ががくがくしてとても立っていられない。そんな紅児を彼は当り前のように軽々と抱き上げた。
「……紅、紅夏様……!」
慌てて声を上げる紅児に、紅夏は真剣な表情で言った。
「そなたに話さねばならぬことがある」
「え……」
紅児が面くらっている間に、紅夏はそのままずんずんと歩を進めた。
やがて四阿が見えてきて、そこでやっと紅児は下ろされた。
いったいなんの話だろう。
ほんの少し、紅児は不安になった。
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