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本編
64.中秋
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長い夏も終りを告げ、残暑はあるものの朝晩は過ごしやすくなってきた頃に秋の大祭がある。
秋の大祭の主役は白虎と花嫁。次は春節まで四神と花嫁が表に出てくることはない為各国の王や使者が参加を打診してきているという。
そのせいかこのごろ花嫁への贈物の中に異国からと思われる品が見られるようになっていた。
装飾品はまだいいのだが衣装は困るのだと主に着付けを担当する侍女が言う。
「素敵な布は多いけど、どうお着せしたらいいのかわからないのよね」
確かに、と紅児も頷いた。もし間違った格好をさせ、誰かにそれを見られたら花嫁が物笑いの種になってしまう。基本どこの衣装も何枚も何枚も重ねて着るのが一般的ではあるが布によって重ねる順番が決められているらしい。
「一応一式は取っておいた方がいいのでしょうけど……」
迷うように侍女たちは言いながら仕分けをしていく。脇に避けてあるのは各国の王族から贈られてきた物らしい。けれど基本花嫁は興味がないらしいのでお蔵入りになることは必至だった。
「さすがに王族から贈られた物は……ねぇ」
侍女たちは顔を見合わせた。いくらなんでも市場に出すわけにはいかないだろう。
そのこともあってか花嫁は少し機嫌が悪そうだった。そうでなくてもここのところ花嫁は呼びだされることが多い。四神の花嫁を呼び出せるほどの人物といえば皇太后や皇帝である。紅児には雲の上すぎて想像もつかないがそれ故に苦労などもあるのだろう。
せめて少しでも花嫁の気が休まるようにと、紅児は紅児なりにいろいろなお茶の淹れ方を学んだりしていた。おかげで簡易ではあるが花嫁が好きな烏龍茶を淹れられるようになり、「まぁエリーザおいしいわ」と言ってもらえるぐらいになった。茶器を揃えて淹れるのが正式らしいが、その茶器は花嫁自らが使っているらしい。
「ご自身で淹れられるのだからびっくりよね」
その光景を目の当たりにしたことがある侍女が言う。手つきもとても慣れていたことから、少なくとも花嫁は元の世界でもそれ相応の身分であったに違いないと彼女は言っていた。お茶を飲むという文化はこの国に浸透しているが、正式な淹れ方である『茶藝』と呼ばれるものは上流階級の者しか目にすることはできないのだという。だからそれができる花嫁もまたすごい、という認識である。
この国には茶館という専門にお茶を飲ませる店がある。巷で『茶藝』を見られるのはこの茶館しかないと言っていい。しかもこの茶館に勤められるのは出自がしっかりしている者に限られているらしいと聞いた。もし花嫁の世界でもそうであったならやはりそれなりの家の子女だったのだろうという予測である。
そんな花嫁といえば「私個人はただの庶民なんだけど」と言い張っている。
秋の大祭は中秋節の為夜に行われる。中秋節とはわかりやすく言うと十五夜のことである。
月を祭る日であり、中秋の名月と呼ばれるように1年で最も美しい月と言われている。
夜が本番だからと言って昼に何もないわけではないらしい。四神宮は基本関係ないのだが、昼頃各国の王族や要人が到着するのだと侍女たちが紅児に教えてくれた。
それで延がいないのかと合点がいった。延は皇太后の親戚の娘で、しかもお気に入りらしい。こういう時はお祭り好きの皇太后に呼びだされてしまうのだとか。
花嫁付の女官である延は不本意のようだが、花嫁は快く送り出している。
「四神宮にいても退屈でしょう?」
というのが花嫁の言い分である。身分の高い者には総じてつけられる女官だが本来四神宮にはいなかった。女官は秘書のようなものであり、来客や外出、食事の際の毒見役の手配等さまざまなことを行うらしい。
だが大概のことは四神宮の主官である趙が管理をし、来客も外出もめったにない。四神には毒が効かないし、毒が入っていれば四神が気づくことから毒味役も必要ない。そんなわけで女官という立場は形骸化していると言ってもよかった。それでも延は真面目に今夜の衣装や段取り等を各方面に説明してから出かけて行ったらしい。
「私としては、延さんがいてくださって助かってるわ」
侍女頭である陳が笑顔でそう言うのだからやはり女官というのも必要なのだろう。
昼食を取る為に四神宮を一歩出ると、王城の中でも奥まった場所だというのに喧騒が届いてくるようだった。
中秋節は月を眺めながら月餅を食べる習慣がある。
紅児は何日か前に侍女たちから月餅をもらっていた。そしてこの日も昼食前に花嫁から月餅をもらった。
「胡桃が入っているの。おいしいわよ」
あんこが入っている物が一般的だが、花嫁がくれた物はまた違うらしい。今日は花嫁の戻りが夜中になることが予想される為、送りだした後は自由にしてもいいと言われていた。一部の者はそのまま街にくり出すらしい。紅児も今夜は紅夏と街で食事をすることになっていた。
みな浮足立つ気持ちをどうにか引き締め、如何にも出たくないという顔をしていた花嫁を送りだしたのだった。
当然のことながら一部の者は残り、後日休みをもらうらしい。出かける者たちはきゃあきゃあ言いながら支度を終え、街にくり出して行った。紅児もまた紅夏に手を引かれるままに王城を出、馬車に乗った。
当日に準備するなど遅いのだが、まず月餅を扱っている店に寄ってもらった。
今日が最後の稼ぎ時と月餅が店頭に山と積まれている。店員に中身を聞いて胡麻餡の物をいくつか包んでもらった。
せっかくなのでこれから馬の店に行って配ってこようと思ったのである。
馬車に再び乗ると、紅夏に「手を」と言われ紅児は反射的に手のひらを出した。
大きな月餅を乗せられる。紅児は彼の顔を見た。
「椰子果の月餅だそうだ」
「……そんなのもあるんですね。ありがとうございます!」
いったいいくつもらったかわからないぐらいだが、紅児は紅夏からもらった月餅を一番嬉しいと思ったのだった。
秋の大祭の主役は白虎と花嫁。次は春節まで四神と花嫁が表に出てくることはない為各国の王や使者が参加を打診してきているという。
そのせいかこのごろ花嫁への贈物の中に異国からと思われる品が見られるようになっていた。
装飾品はまだいいのだが衣装は困るのだと主に着付けを担当する侍女が言う。
「素敵な布は多いけど、どうお着せしたらいいのかわからないのよね」
確かに、と紅児も頷いた。もし間違った格好をさせ、誰かにそれを見られたら花嫁が物笑いの種になってしまう。基本どこの衣装も何枚も何枚も重ねて着るのが一般的ではあるが布によって重ねる順番が決められているらしい。
「一応一式は取っておいた方がいいのでしょうけど……」
迷うように侍女たちは言いながら仕分けをしていく。脇に避けてあるのは各国の王族から贈られてきた物らしい。けれど基本花嫁は興味がないらしいのでお蔵入りになることは必至だった。
「さすがに王族から贈られた物は……ねぇ」
侍女たちは顔を見合わせた。いくらなんでも市場に出すわけにはいかないだろう。
そのこともあってか花嫁は少し機嫌が悪そうだった。そうでなくてもここのところ花嫁は呼びだされることが多い。四神の花嫁を呼び出せるほどの人物といえば皇太后や皇帝である。紅児には雲の上すぎて想像もつかないがそれ故に苦労などもあるのだろう。
せめて少しでも花嫁の気が休まるようにと、紅児は紅児なりにいろいろなお茶の淹れ方を学んだりしていた。おかげで簡易ではあるが花嫁が好きな烏龍茶を淹れられるようになり、「まぁエリーザおいしいわ」と言ってもらえるぐらいになった。茶器を揃えて淹れるのが正式らしいが、その茶器は花嫁自らが使っているらしい。
「ご自身で淹れられるのだからびっくりよね」
その光景を目の当たりにしたことがある侍女が言う。手つきもとても慣れていたことから、少なくとも花嫁は元の世界でもそれ相応の身分であったに違いないと彼女は言っていた。お茶を飲むという文化はこの国に浸透しているが、正式な淹れ方である『茶藝』と呼ばれるものは上流階級の者しか目にすることはできないのだという。だからそれができる花嫁もまたすごい、という認識である。
この国には茶館という専門にお茶を飲ませる店がある。巷で『茶藝』を見られるのはこの茶館しかないと言っていい。しかもこの茶館に勤められるのは出自がしっかりしている者に限られているらしいと聞いた。もし花嫁の世界でもそうであったならやはりそれなりの家の子女だったのだろうという予測である。
そんな花嫁といえば「私個人はただの庶民なんだけど」と言い張っている。
秋の大祭は中秋節の為夜に行われる。中秋節とはわかりやすく言うと十五夜のことである。
月を祭る日であり、中秋の名月と呼ばれるように1年で最も美しい月と言われている。
夜が本番だからと言って昼に何もないわけではないらしい。四神宮は基本関係ないのだが、昼頃各国の王族や要人が到着するのだと侍女たちが紅児に教えてくれた。
それで延がいないのかと合点がいった。延は皇太后の親戚の娘で、しかもお気に入りらしい。こういう時はお祭り好きの皇太后に呼びだされてしまうのだとか。
花嫁付の女官である延は不本意のようだが、花嫁は快く送り出している。
「四神宮にいても退屈でしょう?」
というのが花嫁の言い分である。身分の高い者には総じてつけられる女官だが本来四神宮にはいなかった。女官は秘書のようなものであり、来客や外出、食事の際の毒見役の手配等さまざまなことを行うらしい。
だが大概のことは四神宮の主官である趙が管理をし、来客も外出もめったにない。四神には毒が効かないし、毒が入っていれば四神が気づくことから毒味役も必要ない。そんなわけで女官という立場は形骸化していると言ってもよかった。それでも延は真面目に今夜の衣装や段取り等を各方面に説明してから出かけて行ったらしい。
「私としては、延さんがいてくださって助かってるわ」
侍女頭である陳が笑顔でそう言うのだからやはり女官というのも必要なのだろう。
昼食を取る為に四神宮を一歩出ると、王城の中でも奥まった場所だというのに喧騒が届いてくるようだった。
中秋節は月を眺めながら月餅を食べる習慣がある。
紅児は何日か前に侍女たちから月餅をもらっていた。そしてこの日も昼食前に花嫁から月餅をもらった。
「胡桃が入っているの。おいしいわよ」
あんこが入っている物が一般的だが、花嫁がくれた物はまた違うらしい。今日は花嫁の戻りが夜中になることが予想される為、送りだした後は自由にしてもいいと言われていた。一部の者はそのまま街にくり出すらしい。紅児も今夜は紅夏と街で食事をすることになっていた。
みな浮足立つ気持ちをどうにか引き締め、如何にも出たくないという顔をしていた花嫁を送りだしたのだった。
当然のことながら一部の者は残り、後日休みをもらうらしい。出かける者たちはきゃあきゃあ言いながら支度を終え、街にくり出して行った。紅児もまた紅夏に手を引かれるままに王城を出、馬車に乗った。
当日に準備するなど遅いのだが、まず月餅を扱っている店に寄ってもらった。
今日が最後の稼ぎ時と月餅が店頭に山と積まれている。店員に中身を聞いて胡麻餡の物をいくつか包んでもらった。
せっかくなのでこれから馬の店に行って配ってこようと思ったのである。
馬車に再び乗ると、紅夏に「手を」と言われ紅児は反射的に手のひらを出した。
大きな月餅を乗せられる。紅児は彼の顔を見た。
「椰子果の月餅だそうだ」
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