貴方色に染まる

浅葱

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本編

63.洗澡(入浴する)

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 いくら衝撃的な話を聞いたにしても仕事をおろそかにした己が紅児ホンアールは許せなかった。もちろんそう思ったのは帰ってきた紅夏ホンシャーと話をし、落ち着いてからのことである。
 夕食の後、入浴の直前まで花嫁が戻ってくることはない。それまでに紅児は気持ちをどうにか隠した。花嫁に対し申し訳なく思ったが声をかけることはできない。本来侍女というのは主の許しがあるまで動くこともできないものだ。
 扉の外から微かに衣擦れの音がし、まもなく花嫁が入浴することを知る。足音は極力立てないようにして侍女たちが準備に動きだしたのだった。延が戻り衣装等細かい指示を出す。紅児がすることはほとんどないがやはりみなが忙しくしていると落ち着かない気分になる。
 そして白虎に抱かれた花嫁が戻ってきた。すぐに寝室に移動し侍女たちによって支度をされる。白虎はそのまま部屋を辞した。
 いくらも経たないうちに準備が整ったという知らせが届き、侍女たちに傅かれながら花嫁は部屋を出て行った。
 その間に部屋の中を片付け、お茶の準備をしておく。
 花嫁が戻ってきた時にちょうどいい温度でお茶が飲めるように。
 ここで紅児の仕事は終り、花嫁が戻ってくる前に四神宮を出た。これからの時間は未成年を残さないようにしているのだと聞いている。それがどうしてなのか紅児にはわからないが、今はそれどころではなかった。
 大部屋に戻ると先に戻っていた面々は少し心配そうな顔をしていた。

「お疲れ様、紅児」
「おかえり」
「ただいま……」

 紅児はこれ以上心配をかけないようににっこり笑った。けれど事情を知りたそうにしているのには一瞬眉根を寄せた。今は彼女たちと話をしたい気分ではなかった。

(お風呂は……あとで入ろう)

 暑い盛りである。お湯が水になっていたとしてもかまわない。

「私に気にせず先に行ってください」
「紅児?」

 着替えをして紅児は大部屋を出た。もしかしたら紅夏がいないかもしれないと思ったが、それなら室の前で待っていればいい。おそるおそる彼の室の扉を軽く叩けば、すぐに開いて腕を引かれた。強引なのはいつものこと。紅夏がいてくれたことに紅児はほっとした。
 腕の中に捕らわれて……。

「……エリーザ、入浴はしていないのか?」

 クン、と紅児の髪の匂いをかいで紅夏が聞く。もしかして臭いだろうかと紅児は今更ながら心配になった。

「あ……その……みんなにいろいろ聞かれたくなかったので……。後で入ります……」

 すると紅夏はクッと口角を上げた。そして紅児を抱き上げ、首筋に顔を埋める。

「紅夏様……!?」

 思わぬ行動に紅児は驚いて声を上げた。

「……ああいい匂いだ……。2,3日入浴などせずともよいものを……」

 そううっとりしたように言いながらくんくんと紅児の首筋から匂いを嗅いでいる。紅児は困ってしまった。

(紅夏様って……もしかして変態……?)

 考えて軽く首を振る。
 そういえば紅夏は朱雀の眷族である。朱雀といえば伝説上の鳥であると聞いた。元は動物だと考えれば”匂い”というのは重要な物なのかもしれなかった。

「そんなわけには……」

 村にいた頃ならいざ知らず、貴人に仕える身で入浴しないわけにはいかない。

「なれば……共に入ろう」
(……え?)

 紅児は何を言われたのかよくわからなかった。

「そういえばここのところ水浴びもろくにしておらぬ。エリーザと一緒なら入ってもよい」
(……えええええ?)

 思わず紅児は彼をくんくんと嗅ぎかえしてしまった。

 ……お日さまのような心地いい匂いがする。

(水浴びもろくにしてないって……)

 紅児だったらこの時期水浴びを2日しないだけですぐに体からすえた匂いがしてきたものだった。3日目が一番つらく、それ以降はそれほど気にならなくなるが、紅夏の「ろくにしていない」の基準はどうなのだろうとも思う。

「……どのぐらい、入浴されていないのですか……?」

 おそるおそる尋ねると、「そうだな。入浴は……10日程していないかもしれぬ。水浴びはつい先日したが」というとんでもない答えがかえってきた。紅児は頭がくらくらするのをかんじた。
 そしてまたはっとする。

「あの……眷族の方々はあまり入浴をされなくても大丈夫なのですか……?」

 この場合の”大丈夫”は清潔なのか、という意味である。

「……我らは人とは違う、としか言えぬ。領地でも水浴びが基本だ」

 紅児は頷いた。そういえば紅夏は特に食事も必要ない。これが人ではないということなのだろう。へんに納得していると首筋からぬくもりがなくなり、クイと顎を指先で持ち上げられた。

「……返事は?」
「……え……?」

 紅児は頬を染めた。
 先程までなかった色を彼が浮かべていたのだ。そう、いつも紅児の体に触れる時浮かべる色を。

「我と入浴するのだろう?」

 思わず頷きそうになる己を紅児はどうにか押しとどめる。

(一緒に入るなんて、入るなんて……)
「恥ずかしいから……だめデス……」

 答えればククッと喉の奥で笑われた。

「そなたは我の妻になるのだろう?」

 妻、という言葉に紅児は体がへなへなと崩れそうになった。そうでなくても甘いテナーに耳を犯されているようなのに。

「……で、でも今はまだ……」
「そうだな」

 紅夏は残念そうに嘆息した。それを少し申し訳なく思ってしまうのは惚れた弱みというものに違いない。

「まぁいい。そなたが妻になった暁には毎日共に入ればいいだけのことだ」

(な、なななななんてことをっっなんてことをっっっ!!!???)

 顔から火が出そうとはこのことである。紅児はもう己の体を支えているだけの力がなくなってしまった。それを抱きとめている紅夏はひどく楽しそうな笑みを浮かべていた。
 もう体がへんになりそうだった。腰の辺りが甘くわななき、目尻に涙が浮かぶ。

(ああもう……やめてほしい……)

 紅児は切実に思った。
 それなのに紅夏はそんな彼女を抱き上げてベッドに運ぶ。
 そんなつもりで来たわけではないのに、壮絶な色香に頭がくらくらしてどうすることもできない。
 軽く顎を持ち上げられて当たり前のように唇を塞がれる。

「……んっ……」

 うっすらと開いてしまった唇の間からするりと紅夏の舌が入り込み、どうしたらいいのかわからず縮こまっている紅児の舌を甘く絡めとる。そのなんともいえない甘やかな感覚に、紅児はたまらなくなって目を閉じた。
 結局またその夜も甘く啼かされ、初めて一緒に入浴することになってしまった。
 侍女たちにおもちゃにされるか紅夏の腕の中で恥ずかしさに耐え忍ぶか、入浴すら究極の選択になってしまったことに憂う紅児に、平穏は訪れそうもない。

 したいと思っていた話はできなかったが、翌朝紅児はひどく頭がすっきりしていることに気付いた。
 花嫁が話してくれた仮定を今考えてもしかたのないことだと正しく理解し、その日も侍女たちの物言いたげな視線をうまくかわしながら仕事にいそしんだのだった。
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