貴方色に染まる

浅葱

文字の大きさ
62 / 117
本編

62.可能性

しおりを挟む
 翌日の朝食後、紅児ホンアール紅夏ホンシャーを養父母の元へ送りだした。
 船に乗れないということについて花嫁と話をする決意ができたことで、紅児の顔は以前よりもしっかりして見えた。
 いつも通り花嫁は玄武か朱雀の室で過ごしているのだろう。一旦は昼食の為に着替えに戻ってこられるが話ができたとしても早くて午後である。己の勤務時間中に個人的な話をするのは気が咎めるのだが、勤務時間外だとかえって四神に恨まれかねない。なので仕方なく黒月を探しだし花嫁に用があることを伝えておいた。
 彼女は能面のように表情のない顔で「お伝えしておこう」と答えてくれた。
 黒月もまた眷族特有のあまり表情が動かない美女である。出ているところは出て、くびれているところはくびれている羨ましい体型をしているのだがこれで未成年だというから驚きだ。
 未成年でも性行為は可能らしいが生殖機能がないのだと紅夏が何かの折に教えてくれた。つまり黒月の場合妊娠しないのである(男性であれば精子がまだない状態)。そして更に例え側に”つがい”がいたとしてもまだわからないらしい。”運命の人”に出逢うには成人しているのが不可欠なようだった。
 他人の恋路に全く興味がないわけではないが、本人にもその気がなさそうなので侍女たちのように騒ぐ気にはなれない。


 花嫁と話をする機会は昼食後に訪れた。
 紅児の面持ちを見てか、花嫁は人払いをしてくれた。本日の午後は白虎と過ごすらしい。
 人払いをしてくれたと言っても四神はその範疇に入らない。ただ花嫁の安全を考えると四神や眷族の誰かが側にいてくれた方が安心ではある。
 花嫁は白虎の腕の中で紅児の淹れたお茶に口をつけた。
 いつも花嫁にお茶を淹れる時はどきどきする。侍女たちに花嫁はお茶を淹れるのもすごくうまいらしいと聞いているから。もちろん彼女たちが花嫁に淹れてもらうという栄誉を賜ったはずはないからあくまで想像にすぎないのだが。とはいえ花嫁にまずいお茶を出すわけにはいかないから紅児もかなり練習はさせてもらった。
 村にいた時はお湯を出していたから、お茶の淹れ方など気にしたことはない。国にいた時も己がお茶を淹れることなどなかった。
 花嫁はコクリとお茶を一口飲むと、満足そうに笑んで茶器をテーブルに戻した。

「……うん、おいしいわ。それで? 清漪園チンイーユエンの様子を話してくれる、とかではなさそうだけど?」

 どう切り出したらいいのかと考えていた紅児よりも先に花嫁が口を開く。紅児はほっとした。

「はい……実は昨日……」

 紅児はできるだけ端的に昨日起こったこと、それによってわかったことを話した。
 花嫁は最後まで黙って聞いてからぽつりと呟いた。

「……そう。一月経っても駄目だったのね……」

 やはり前回話した時点で花嫁は気づいていたのだ。彼女は難しい顔をし、少し考えているようだったがやがてまた口を開いた。

「んー……で、紅児はどうしたいの?」

 どうしたいのかと聞かれれば、素直に「帰りたい」という言葉が浮かぶ。
 けれど紅児は船に乗るのが怖い。冷汗をかき、体はがたがた震え自分の意志ではどうにもならない。

「この際体の反応は置いといて、帰りたいのよね?」
「はい……帰りたい、です」
「それは迎えがきたらすぐに? それともいつか帰れればいい?」
「……あ……ええと、迎えがあったら……すぐにでも……」

 そこで花嫁はまたちょっと考えるような表情をした。

「……それは、紅夏も一緒という風に考えてもいい、のかしら?」

 紅児は一瞬目を見開き、そしてすぐに頬を染めた。
 1人で帰る、なんてことを考えたらひどく切なくなる。やっぱり紅夏が一緒にいてくれなくては……。

「……はい……」

 それに花嫁が軽く頷く。そしてまた考えるようにして口を開いた。
「……船に乗ることに対して体が反応するということは、それだけつらいことだったのだと思うわ。それがいつ治るかは誰にもわからない……ここまではいい?」

 コクリと頷く。

「楽観的な考え方をすれば、迎えの船には乗れるかもしれない。何故なら書状を持たせた船には四神の加護があるの。例え嵐があっても難破することはないわ」
(……え……加護……?)

 それは初耳だった。

 そういえばあの時──花嫁は、『四神の花嫁が言うことは”絶対”なの』と言ってはいなかったか。

「……加護を……与えていただけたのですか……」

 半ば茫然と呟く。花嫁はあれ? というような表情をした。

「……言ってなかったかしら」
「はっきりとは……」
「あら……まぁそういうことなの」

 なんということもないようにあっけらかんと言われ、紅児は苦笑した。
 しかしその後花嫁は難しい顔をした。

「……ただね……もちろん別の可能性も考えておかないといけないとは思うの」

 迎えが来たとしても、やはり紅児の体の都合で船に乗れないかもしれないということだろうか。
 それはすでに彼女も想定していた。その際どうしたらいいのかまではまだわからなかったが。

「……そなたが伝えねばならぬことではないだろう」

 それまで椅子と化していた白虎が口を開いた。紅児はそれにビクッと身を震わせる。
 四神が紅児のいるところで口をきくことはあまりない。しかも紅夏のテナーに慣れた耳には白虎の低いバスが迫力満点で聞こえてしまう。

「……今はまだ私がエリーザの後見人ですから」

 花嫁は大丈夫というように白虎の腕を軽く叩いた。その様子があまりに自然で紅児はぼうっと彼らを見ていた。

「これから話すことは、まだあまり考えたくないことだと思うわ。でもその時になってうろたえるよりはいいと思うから、一応心に留めておいてね」
「? はい」

 紅児が自分のせいで船に乗れないこと以上にひどいことなどあろうはずはない。
 そのはずなのだが……。

「あくまで可能性だけど……セレスト王国からの返答に、すでに貴女を探す人がいないということもありうるわ」
(……え……?)

 紅児は何を言われたのかわからなかった。

(私を、探す人がいない……?)

 両親の顔が浮かぶ。父はこの国で行方不明なのだから、あとは母の……。

「……母が……」

 花嫁は優しい表情を浮かべている。

(探す人が、いない……)

 それは、母がすでに他界しているかもしれないということだろうか。それとも……。

「それでも一度はあちらから問い合わせがあったのだから、貴女が帰国したいと望めば帰ることはできると思う。でももうすでに3年……いえ4年近く経っているの。貴女は何も知らない少女から来年にはこの国での成人を迎えるぐらいに成長しているわ。そして時間の経過は誰に対しても平等なの」

 花嫁の言葉が右から左に流れていく。

(ママ……)

 自分のことに精一杯で、今まで国の家族がどうしているのか真剣に考えたことはなかったように思う。
 だって国にいるであろう家族だけが紅児の心の支えだったから。

「今私が言ったのは可能性の一つでしかないわ。でも、一応心の片隅にでも留めておいてほしいの」
「……はい……」

 どうにか返事だけし、その後どう過ごしたか紅児にはわからなかった。

 気がつけば、いつ帰ってきたのか紅夏が隣に居、静かな目で紅児を見つめていた。どうやらもう夕食の時間らしい。

「……あ……おかえり、なさい……」

 唇を動かしてそれだけ伝える。

「エリーザ」

 耳に心地いいテナーで、今は名を呼ばないでほしかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...