78 / 117
本編
78.香山
しおりを挟む
国では山というものを見たことがなかった。セレスト王国は平野が多い。紅児が住んでいた王都の周りにはなく、山があるのは国境線の近くが主だった。しかも国境に近くなればなるほど標高が増していき、高く聳え立つ山々が人間を圧倒する。その山々に三方を囲まれた大国、それがセレスト王国である。
「見ればわかる」
紅夏の言葉に紅児は頷く。今まで香山というのはただの地名だと思っていたが、これが話に聞いたこともある”山”であったらしい。
大門の脇の扉から香山の敷地に足を踏み入れる。清漪園の時のように門の前では案内役と思われる男性が待っていた。今回は下見も兼ねているためか、案内役の申し出を紅夏が一蹴することはなかった。
「香山に登りたい。登山口を教えよ。それから食事をとる場所を伝えるように」
「はっ。突き当りを右に曲がりまっすぐ行かれれば登山口が見えてまいります。ですが香山は些か道が険しく婦人が上るには向きません。よろしければ輿を用意いたしますが……」
「必要ない」
「承知しました。なにかございましたらお声掛けください」
清漪園でもそうだったが、人の気配は感じないがきっとかなりの人員が配置されているのだろう。そうでなければ案内役がちょうどよく現れることなどないからだ。
紅夏は香山、と言っていたが正式名称は静宜園という。香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。きちんと見て回ろうと思えば一日ではとても足りないが、紅夏はそれほど長居するつもりはないようだった。
腰を抱かれ、案内役の男性に教えてもらった方向に進む。昼食は山を降りた後でとるらしい。
(降りる、ってことは上るのよね?)
おそらく自国の言語で言われればわかるのだろうが、さっぱりである。
(『丘』かしら?)
『丘』なら上ったことがある。けれど「道が険しい」と言っていた気がする。紅児は首を傾げた。
やがて登山口と思われる場所に着いた。扉のついていない門のようなものをくぐると石造りの階段があった。見上げるとどこまでも続いている。
こんなにいっぱい上れるだろうかと紅児は不安になった。
だが紅夏にくっついているせいか、登るのは全く苦ではなかった。しかも彼はかなりのスピードで上がっている。一応移動が目的ではないようで、ところどころで足を止めてくれる。上っていくうちに木々が開け、景色がよく見えるようになった。
「わぁ……」
思わず紅児は感嘆の声を上げた。
赤・橙・黄色、ところどころに緑、そして茶色っぽく見える葉。
山々は美しく、萌えるように色づいていた。
「きれい……」
こんなにも美しい景色を、紅児は今まで見たことがなかった。
紅児の国は一年中春と言われる気候の国だったから、最初この国の四季にはひどく戸惑いを覚えた。なにせこの国に着いた時、王都は冬だったのだ。あまりの寒さに初めての防寒着を買い、そして……。
その後のつらいことまで思い出しそうになり、紅児は軽く首を振った。せっかくこんなきれいな景色を見せてもらっているのにあんなことを考えるのはもったいない。
「朱雀様の領地でもこのような景色は見られるのですか?」
顔を向けて尋ねる。
「残念ながら領地は冬でも春のような陽気でな。雨季と乾季に分かれているだけだからこのような美しい紅葉は見られぬ。ただ、高地に行けばまた別だが……」
「そうなのですか」
こんなにきれいな紅葉が見られないのは残念だが、暖かいところだと聞いて紅児は嬉しくなった。
例え帰国したとしても年をとらない紅夏と紅児がずっとセレスト王国に住むのは無理だろう。誰かに跡目を譲ったらこの国に戻ってきて、朱雀の領地で暮らすというのはいい案のように紅児には思えた。
「朱雀様の領地はどこにあるのですか?」
紅夏が嬉しそうに目を細める。そういえばまだ聞いたことがなかった。
「この国の西南の外れにある。内陸だな」
「西南……」
紅児がいた村は東北だからまるきり反対の方向にあると言っていいだろう。流れるように歩を進め、やがて頂上についた。
頂上は香炉峰というらしい。それなりに高さがあるらしく、王都が一望できた。
丘よりも高さがあるものを”山”というらしい。紅夏に抱かれて登ってきたせいかそれほど距離があるようには感じなかったが、きっと自分の足で登ったらかなり時間がかかるに違いなかった。
王都を遠くに見ながら、王城を探す。しばらく探してみたが土地勘のない紅児にはよくわからなかった。改めて周りの山々を見る。王都の中心地に向かうにつれ緑が多くなっているが、この辺りの山々は赤く色づいていた。
「花嫁様も、この景色をご覧になるのですね……」
感慨深そうに呟くと、顎をクイ、と持ち上げられた。
「エリーザ」
しまった、と紅児は思った。
そっと口づけられる。
優しい口づけだった。けれどやはり紅夏の目は笑っていなくて。
(今度ちゃんと話し合わなくちゃ……)
紅夏は嫉妬深いのが玉に瑕だ。だが紅児は花嫁に仕えているのである。しかも花嫁は紅児の恩人だ。
花嫁の話をする度に焼かれていてはたまらない。
(もう……)
「紅夏様……下見に来たのですよね?」
そう確認するように言うと、紅夏は笑った。
「そうであったな」
彼らはしばらく頂上からの景色を眺めた。
紅児は目に焼き付けるように。
もう2度とこの景色を見ることはないだろうから。
「見ればわかる」
紅夏の言葉に紅児は頷く。今まで香山というのはただの地名だと思っていたが、これが話に聞いたこともある”山”であったらしい。
大門の脇の扉から香山の敷地に足を踏み入れる。清漪園の時のように門の前では案内役と思われる男性が待っていた。今回は下見も兼ねているためか、案内役の申し出を紅夏が一蹴することはなかった。
「香山に登りたい。登山口を教えよ。それから食事をとる場所を伝えるように」
「はっ。突き当りを右に曲がりまっすぐ行かれれば登山口が見えてまいります。ですが香山は些か道が険しく婦人が上るには向きません。よろしければ輿を用意いたしますが……」
「必要ない」
「承知しました。なにかございましたらお声掛けください」
清漪園でもそうだったが、人の気配は感じないがきっとかなりの人員が配置されているのだろう。そうでなければ案内役がちょうどよく現れることなどないからだ。
紅夏は香山、と言っていたが正式名称は静宜園という。香山の他に宮殿、楼閣、庭園などで構成されている非常に広い皇族所有の避暑地である。きちんと見て回ろうと思えば一日ではとても足りないが、紅夏はそれほど長居するつもりはないようだった。
腰を抱かれ、案内役の男性に教えてもらった方向に進む。昼食は山を降りた後でとるらしい。
(降りる、ってことは上るのよね?)
おそらく自国の言語で言われればわかるのだろうが、さっぱりである。
(『丘』かしら?)
『丘』なら上ったことがある。けれど「道が険しい」と言っていた気がする。紅児は首を傾げた。
やがて登山口と思われる場所に着いた。扉のついていない門のようなものをくぐると石造りの階段があった。見上げるとどこまでも続いている。
こんなにいっぱい上れるだろうかと紅児は不安になった。
だが紅夏にくっついているせいか、登るのは全く苦ではなかった。しかも彼はかなりのスピードで上がっている。一応移動が目的ではないようで、ところどころで足を止めてくれる。上っていくうちに木々が開け、景色がよく見えるようになった。
「わぁ……」
思わず紅児は感嘆の声を上げた。
赤・橙・黄色、ところどころに緑、そして茶色っぽく見える葉。
山々は美しく、萌えるように色づいていた。
「きれい……」
こんなにも美しい景色を、紅児は今まで見たことがなかった。
紅児の国は一年中春と言われる気候の国だったから、最初この国の四季にはひどく戸惑いを覚えた。なにせこの国に着いた時、王都は冬だったのだ。あまりの寒さに初めての防寒着を買い、そして……。
その後のつらいことまで思い出しそうになり、紅児は軽く首を振った。せっかくこんなきれいな景色を見せてもらっているのにあんなことを考えるのはもったいない。
「朱雀様の領地でもこのような景色は見られるのですか?」
顔を向けて尋ねる。
「残念ながら領地は冬でも春のような陽気でな。雨季と乾季に分かれているだけだからこのような美しい紅葉は見られぬ。ただ、高地に行けばまた別だが……」
「そうなのですか」
こんなにきれいな紅葉が見られないのは残念だが、暖かいところだと聞いて紅児は嬉しくなった。
例え帰国したとしても年をとらない紅夏と紅児がずっとセレスト王国に住むのは無理だろう。誰かに跡目を譲ったらこの国に戻ってきて、朱雀の領地で暮らすというのはいい案のように紅児には思えた。
「朱雀様の領地はどこにあるのですか?」
紅夏が嬉しそうに目を細める。そういえばまだ聞いたことがなかった。
「この国の西南の外れにある。内陸だな」
「西南……」
紅児がいた村は東北だからまるきり反対の方向にあると言っていいだろう。流れるように歩を進め、やがて頂上についた。
頂上は香炉峰というらしい。それなりに高さがあるらしく、王都が一望できた。
丘よりも高さがあるものを”山”というらしい。紅夏に抱かれて登ってきたせいかそれほど距離があるようには感じなかったが、きっと自分の足で登ったらかなり時間がかかるに違いなかった。
王都を遠くに見ながら、王城を探す。しばらく探してみたが土地勘のない紅児にはよくわからなかった。改めて周りの山々を見る。王都の中心地に向かうにつれ緑が多くなっているが、この辺りの山々は赤く色づいていた。
「花嫁様も、この景色をご覧になるのですね……」
感慨深そうに呟くと、顎をクイ、と持ち上げられた。
「エリーザ」
しまった、と紅児は思った。
そっと口づけられる。
優しい口づけだった。けれどやはり紅夏の目は笑っていなくて。
(今度ちゃんと話し合わなくちゃ……)
紅夏は嫉妬深いのが玉に瑕だ。だが紅児は花嫁に仕えているのである。しかも花嫁は紅児の恩人だ。
花嫁の話をする度に焼かれていてはたまらない。
(もう……)
「紅夏様……下見に来たのですよね?」
そう確認するように言うと、紅夏は笑った。
「そうであったな」
彼らはしばらく頂上からの景色を眺めた。
紅児は目に焼き付けるように。
もう2度とこの景色を見ることはないだろうから。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる