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本編
77.秋天
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中秋節が無事終り、なにかあったようだが一応各国の要人たちも帰国した。
どうも要人の誰かが四神を怒らせたとかなんとか噂は聞いたが、真相は闇の中である。
その後は特に何事もなく平和に日々が過ぎた。
秋が深まり四神宮の周りに植えてある植物の葉がほんのわずかに色づき始めた頃、紅児は4回目の休みをもらった。王都も朝晩は肌寒く感じられるようになり、紅児は王都より北の村に住む養父母を思った。村は王都より北に位置しているからすでにだいぶ寒くなってきているに違いなかった。
夏に涼石と共に暖石や熱石も紅夏に運んでもらったがそれだけで冬を越すのはつらいはずだ。できればいい棉袄(綿入れの防寒着)を買ってあげたいと紅児は思った。
侍女たちはいろんな店をよく知っていて、棉袄を売っている店を聞くと親切に教えてくれた。
「自分もたいへんなのに紅児は優しいわよね」
「だから紅夏様のお目に留まったのかしら?」
「あら、眷属の方々の基準はそういうものではないようだけど?」
「どちらにせよ私たちには縁のない話でしょ」
やいのやいの言いながらも彼女たちは笑顔だ。彼女たちはそれほど身分が高くないとはいえ良家の子女である。四神宮に勤めるのは大体が結婚前の腰掛けであり、親に呼び戻されれば許嫁と結婚することが定められている。家庭の事情により婚期を過ぎても勤めている者もいるが、それは少数である。彼女たちは苦労と言われるような苦労をしたことがない。だからこそ紅児の境遇に同情しているのだった。
紅児自身同情に値する女の子である。己の境遇にただ嘆くだけでなく養父母の元で働き、ついにはこの王都までやってきた。しかもここ四神宮でがんばって働いている。本来なら花嫁の客人として何もしなくていいにも関わらず。そんな紅児だからみな力になってあげようと思うのだ。
休みは大体みな実家に帰る者が多い。紅児の実家と呼べる場所は遠いので必然的に王都内での観光や買物がメインになる。一人では買物に行くのが精いっぱいだろうが紅児には幸い紅夏がいる。紅夏も最初に比べればかなり表情が豊かになったと紅児は思う。
最初は、あの無表情がなんだか怖くて。
それなのに部屋の前で待っていてくれたりして、かえって混乱したものだった。
紅児は思い出して笑みを浮かべた。
基本的に己は運がいいのだと思う。
それはずっと思っていることだが、改めて思うことに意味があると紅児は考えている。
確かに帰国の船が嵐に遭って実父が行方不明になったのは不幸である。けれど紅児はいい人に拾われ、しかも今は将来の伴侶まで側にいてくれる。花嫁の好意によって国に使いまで出してもらった。
これ以上を望んだら罰が当たりそうだ。
そう思わないと、たまに「なんで私が」という思いに囚われてしまいそうになる。
きっとこれはここの生活に慣れてきたことで心に余裕が生まれたからなのだろう。
いろいろ余計なことまで考えられるようになってしまったのだ。
支度をして大部屋を出ると、いつものように紅夏が待っていた。その変わらない姿にほっとする。
「おはようございます、今日は……」
「おはよう、今日は香山に行く。帰りに馬の店に寄ろう」
「はい」
どんな場所だろうと思いながら従う。きっと馬車の中で説明してくれるだろうから。
朝食は食堂でとり、王城を出て馬車に乗った。
「少し遠いところだ」
「清漪園より遠いのですか?」
「ああ、清漪園と同じ方向にあるが更に北西に行ったところにあるらしい」
「そうなのですか」
ここも花嫁に教えてもらったのだろうか。
その疑問が顔に出ていたのか紅夏が苦笑する。
「どうも花嫁様が近々香山に行かれることになっているらしい。その下見に行ってほしいと言われたのだ」
「ええ!?」
記憶にある限り花嫁の初めての遠出である。紅児は驚いて声を上げた。
「香山は王都一紅葉が美しく見られる名所らしくてな。皇太后に誘われて行かれるのだとか」
「じゃあしっかり下見しないとですね!」
「…………」
紅児は俄然張り切って答える。連れて行かれるであろう場所が皇族所有の庭園であることは疑うべくもないが、下見と思えば気後れも薄れそうだった。
「……エリーザ、いいかげん焼けるぞ」
「え? で、でも花嫁様は後見人ですし……」
「エリーザ、そなたと今一緒にいるのは誰だ?」
「紅夏さ……んっ……」
花嫁相手に焼く必要など全くないと思うのだが、紅夏は相変わらず嫉妬深い。
うつむかせた顔をクイ、と持ち上げられて口づけられる。馬車の中なのに、と思ったが紅児は素直に目を閉じた。
馬車は北西方面に向かって一時辰(約2時間)程休まず走り続け、ようやく止まった。
先に降りた紅夏に手を取られ馬車を降りると、そこは森のようだった。
「ここが……」
紅夏が御者に何事か確認していた。
「こちらは北門だ。香山に登るにはここからが一番いいらしい」
「登る?」
紅児は首を傾げた。
何を登るというのだろう。
紅夏は少し考えるような顔をした。
「エリーザ……もしかして”山”という言葉がわからなかったか?」
「”山”? ”山”ってなんですか?」
また紅児は首を傾げた。
どうも要人の誰かが四神を怒らせたとかなんとか噂は聞いたが、真相は闇の中である。
その後は特に何事もなく平和に日々が過ぎた。
秋が深まり四神宮の周りに植えてある植物の葉がほんのわずかに色づき始めた頃、紅児は4回目の休みをもらった。王都も朝晩は肌寒く感じられるようになり、紅児は王都より北の村に住む養父母を思った。村は王都より北に位置しているからすでにだいぶ寒くなってきているに違いなかった。
夏に涼石と共に暖石や熱石も紅夏に運んでもらったがそれだけで冬を越すのはつらいはずだ。できればいい棉袄(綿入れの防寒着)を買ってあげたいと紅児は思った。
侍女たちはいろんな店をよく知っていて、棉袄を売っている店を聞くと親切に教えてくれた。
「自分もたいへんなのに紅児は優しいわよね」
「だから紅夏様のお目に留まったのかしら?」
「あら、眷属の方々の基準はそういうものではないようだけど?」
「どちらにせよ私たちには縁のない話でしょ」
やいのやいの言いながらも彼女たちは笑顔だ。彼女たちはそれほど身分が高くないとはいえ良家の子女である。四神宮に勤めるのは大体が結婚前の腰掛けであり、親に呼び戻されれば許嫁と結婚することが定められている。家庭の事情により婚期を過ぎても勤めている者もいるが、それは少数である。彼女たちは苦労と言われるような苦労をしたことがない。だからこそ紅児の境遇に同情しているのだった。
紅児自身同情に値する女の子である。己の境遇にただ嘆くだけでなく養父母の元で働き、ついにはこの王都までやってきた。しかもここ四神宮でがんばって働いている。本来なら花嫁の客人として何もしなくていいにも関わらず。そんな紅児だからみな力になってあげようと思うのだ。
休みは大体みな実家に帰る者が多い。紅児の実家と呼べる場所は遠いので必然的に王都内での観光や買物がメインになる。一人では買物に行くのが精いっぱいだろうが紅児には幸い紅夏がいる。紅夏も最初に比べればかなり表情が豊かになったと紅児は思う。
最初は、あの無表情がなんだか怖くて。
それなのに部屋の前で待っていてくれたりして、かえって混乱したものだった。
紅児は思い出して笑みを浮かべた。
基本的に己は運がいいのだと思う。
それはずっと思っていることだが、改めて思うことに意味があると紅児は考えている。
確かに帰国の船が嵐に遭って実父が行方不明になったのは不幸である。けれど紅児はいい人に拾われ、しかも今は将来の伴侶まで側にいてくれる。花嫁の好意によって国に使いまで出してもらった。
これ以上を望んだら罰が当たりそうだ。
そう思わないと、たまに「なんで私が」という思いに囚われてしまいそうになる。
きっとこれはここの生活に慣れてきたことで心に余裕が生まれたからなのだろう。
いろいろ余計なことまで考えられるようになってしまったのだ。
支度をして大部屋を出ると、いつものように紅夏が待っていた。その変わらない姿にほっとする。
「おはようございます、今日は……」
「おはよう、今日は香山に行く。帰りに馬の店に寄ろう」
「はい」
どんな場所だろうと思いながら従う。きっと馬車の中で説明してくれるだろうから。
朝食は食堂でとり、王城を出て馬車に乗った。
「少し遠いところだ」
「清漪園より遠いのですか?」
「ああ、清漪園と同じ方向にあるが更に北西に行ったところにあるらしい」
「そうなのですか」
ここも花嫁に教えてもらったのだろうか。
その疑問が顔に出ていたのか紅夏が苦笑する。
「どうも花嫁様が近々香山に行かれることになっているらしい。その下見に行ってほしいと言われたのだ」
「ええ!?」
記憶にある限り花嫁の初めての遠出である。紅児は驚いて声を上げた。
「香山は王都一紅葉が美しく見られる名所らしくてな。皇太后に誘われて行かれるのだとか」
「じゃあしっかり下見しないとですね!」
「…………」
紅児は俄然張り切って答える。連れて行かれるであろう場所が皇族所有の庭園であることは疑うべくもないが、下見と思えば気後れも薄れそうだった。
「……エリーザ、いいかげん焼けるぞ」
「え? で、でも花嫁様は後見人ですし……」
「エリーザ、そなたと今一緒にいるのは誰だ?」
「紅夏さ……んっ……」
花嫁相手に焼く必要など全くないと思うのだが、紅夏は相変わらず嫉妬深い。
うつむかせた顔をクイ、と持ち上げられて口づけられる。馬車の中なのに、と思ったが紅児は素直に目を閉じた。
馬車は北西方面に向かって一時辰(約2時間)程休まず走り続け、ようやく止まった。
先に降りた紅夏に手を取られ馬車を降りると、そこは森のようだった。
「ここが……」
紅夏が御者に何事か確認していた。
「こちらは北門だ。香山に登るにはここからが一番いいらしい」
「登る?」
紅児は首を傾げた。
何を登るというのだろう。
紅夏は少し考えるような顔をした。
「エリーザ……もしかして”山”という言葉がわからなかったか?」
「”山”? ”山”ってなんですか?」
また紅児は首を傾げた。
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