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本編
80.誤会(誤解)
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その後荷物を馬車に乗せ、紅夏がどこかへ停めておくよう指示した後彼らは少し暗くなってきた街を歩くことにした。夏はいつまでも明るかったからこのギャップに紅児はまだ慣れないでいた。
いつものように馬の店に顔を出すと、さすがにお客はまばらだった。
「おう、紅夏様と紅児じゃねえか! まぁ寄ってけ寄ってけ!」
そう言って馬はがははと笑う。
「茶だけでよい」
「そんなしみったれたこと言いなさんな! 馄饨ぐらい腹に入るだろ。食ってけ!」
紅夏の暗に夕飯は別のところでとるという言葉にも馬は取り合わなかった。
「じゃあ……一碗だけください」
そう言うと馬は頭を掻いた。
「かーっ! 紅児にはかなわねぇな!!」
少し大きめなどんぶりに醤油と鶏ガラをベースとした味の小馄饨がよそって出された。他にも包子の皿が置かれ紅児は苦笑する。こんなに食べたら夕飯は食べられないかもしれないが、その好意がとても嬉しかった。
「……紅夏様、もしかしてお店予約されました?」
「いや、今回はしておらぬ。……四神宮に戻るか」
「はい」
紅児はにっこりした。
お昼にとても豪華な食事をしたからそれで十分だと紅児は思う。そうでなくてもこの国の料理は紅児の口に合う。何を食べてもおいしくて、だからこそやっていけるのだと思っている。しかも最近は花嫁が元の世界で食べたことがあるという料理を四神宮で試食できたりもするので更に食は充実していた。
ちょっと手が空いたらしく馬が卓に顔を出した。
「どうだ! うちの馄饨はうめぇだろう!」
「はい、おいしいです」
さすがに小馄饨は熱いので給餌は免れた。小碗によそられるぐらいは範囲だろう。
大鍋で別に作られただろうスープには海苔が入っている。その海苔はとろけていて口当たりもいい。王都は内陸にあるから小馄饨の餡は豚肉が使われているが村では魚肉が主だった。さすがに包子は餡が豚肉の時もあったが。
「あ、そうだ。紅夏様に話があったんだ。ちょっといいですかい?」
「構わぬ」
紅夏が立ち上がる。どうやら紅児が聞いていい話ではないらしい。
「悪ぃな紅児、すぐ返すからよ」
「はい。お願いします」
笑って見送る。彼らは一応目の届く場所で立ち止まり何事か話し始めた。それを遠目で見ながらスープを啜っていたら。
「……いい気なものね。張はがっかりして帰っていったわよ?」
何度か聞いた声がすぐ近くからして紅児は目を見開いた。
(張……?)
声の主が誰かはすぐわかったが話がわからない。紅児は首を傾げた。
「……名前も覚えてないの? 罪な女ね、アンタ……」
呆れたように言われ、やっと中秋節の頃この店で手伝いをしていた少年のことを思い出した。
(そういえばそんな名前だったっけ?)
何にいったいがっかりしたのだろう。勝手に王都に出てきて思っていたのと違ったからがっかりしたのだろうか。紅児は眉根を寄せた。
「張がどうかしましたか?」
張のこともそうだが何故からまれるのかわからない。平然として聞けば、声の主―馬の娘はあら、と言いたげな顔をした。
「アンタ……張の”彼女”じゃなかったの?」
「え?」
紅児は一瞬何を言われたのかわからなかった。
”彼女”?
(誰の?)
馬の娘、馬蝉が言った科白を咀嚼して。
(アイツ……)
おそらく張がここに来た時勝手なことを言ったに違いない。目の前にいたら思いっきり引っ叩いていただろう。
「ありえない」
きっぱり答えると、馬蝉は目を丸くした。
「アイツ、そんなこと言ってたの?」
素に戻って聞くと、彼女は目を見開いた。そんなに目を大きくしたらこぼれてしまうのではないかと心配してしまうぐらいに。
「……王都で紅児がどうしてるか心配だってかなり親身なこと言ってたわよ? 連れ帰るとか言ってたからてっきりそうなのかと思ってたわ」
「勝手なことを……」
もしそれが事実なら紅児は男2人を手玉にとった悪女ではないか。紅児がひどく不機嫌そうな顔になったのを見て、馬蝉は噴出した。何故笑われるのかときょとんとする。
「じゃあ全くそんな気配はないのね?」
「……それ以前に、そんな心配とかされる理由がわからないわ。髪を引っ張られたりとか冷やかされたりした覚えはあっても優しくされたことなんかないし」
「うわ、それサイテーね」
「でしょ?」
話せば馬蝉はけっこう話しやすい娘だった。
「好きなら優しくすればよかったのに。男ってホントバカね」
そう彼女は笑って言った。
紅児も素直にそう思う。だからコクリと頷いた。
「アンタって面白いわね。ただ運がいいだけのお嬢様かと思ってたわ」
馬蝉にはっきり言われて苦笑する。運がいいのは間違いないが、お嬢様では村での生活ができるはずもなかった。
「運はいいと思うわ。でも村で、お嬢様でなんかいられなかった……」
「それもそうね」
それから2人は紅夏と馬が戻ってくるまでおしゃべりに花を咲かせた。後から考えるとお客があまりいなかったから馬蝉の母も許してくれたのだろう。紅児は申し訳ない気持ちになったが友達ができたようで嬉しかった。
後日馬にお詫びの品でも渡すことにして、紅夏と仲睦まじく四神宮に戻ったのだった。
いつものように馬の店に顔を出すと、さすがにお客はまばらだった。
「おう、紅夏様と紅児じゃねえか! まぁ寄ってけ寄ってけ!」
そう言って馬はがははと笑う。
「茶だけでよい」
「そんなしみったれたこと言いなさんな! 馄饨ぐらい腹に入るだろ。食ってけ!」
紅夏の暗に夕飯は別のところでとるという言葉にも馬は取り合わなかった。
「じゃあ……一碗だけください」
そう言うと馬は頭を掻いた。
「かーっ! 紅児にはかなわねぇな!!」
少し大きめなどんぶりに醤油と鶏ガラをベースとした味の小馄饨がよそって出された。他にも包子の皿が置かれ紅児は苦笑する。こんなに食べたら夕飯は食べられないかもしれないが、その好意がとても嬉しかった。
「……紅夏様、もしかしてお店予約されました?」
「いや、今回はしておらぬ。……四神宮に戻るか」
「はい」
紅児はにっこりした。
お昼にとても豪華な食事をしたからそれで十分だと紅児は思う。そうでなくてもこの国の料理は紅児の口に合う。何を食べてもおいしくて、だからこそやっていけるのだと思っている。しかも最近は花嫁が元の世界で食べたことがあるという料理を四神宮で試食できたりもするので更に食は充実していた。
ちょっと手が空いたらしく馬が卓に顔を出した。
「どうだ! うちの馄饨はうめぇだろう!」
「はい、おいしいです」
さすがに小馄饨は熱いので給餌は免れた。小碗によそられるぐらいは範囲だろう。
大鍋で別に作られただろうスープには海苔が入っている。その海苔はとろけていて口当たりもいい。王都は内陸にあるから小馄饨の餡は豚肉が使われているが村では魚肉が主だった。さすがに包子は餡が豚肉の時もあったが。
「あ、そうだ。紅夏様に話があったんだ。ちょっといいですかい?」
「構わぬ」
紅夏が立ち上がる。どうやら紅児が聞いていい話ではないらしい。
「悪ぃな紅児、すぐ返すからよ」
「はい。お願いします」
笑って見送る。彼らは一応目の届く場所で立ち止まり何事か話し始めた。それを遠目で見ながらスープを啜っていたら。
「……いい気なものね。張はがっかりして帰っていったわよ?」
何度か聞いた声がすぐ近くからして紅児は目を見開いた。
(張……?)
声の主が誰かはすぐわかったが話がわからない。紅児は首を傾げた。
「……名前も覚えてないの? 罪な女ね、アンタ……」
呆れたように言われ、やっと中秋節の頃この店で手伝いをしていた少年のことを思い出した。
(そういえばそんな名前だったっけ?)
何にいったいがっかりしたのだろう。勝手に王都に出てきて思っていたのと違ったからがっかりしたのだろうか。紅児は眉根を寄せた。
「張がどうかしましたか?」
張のこともそうだが何故からまれるのかわからない。平然として聞けば、声の主―馬の娘はあら、と言いたげな顔をした。
「アンタ……張の”彼女”じゃなかったの?」
「え?」
紅児は一瞬何を言われたのかわからなかった。
”彼女”?
(誰の?)
馬の娘、馬蝉が言った科白を咀嚼して。
(アイツ……)
おそらく張がここに来た時勝手なことを言ったに違いない。目の前にいたら思いっきり引っ叩いていただろう。
「ありえない」
きっぱり答えると、馬蝉は目を丸くした。
「アイツ、そんなこと言ってたの?」
素に戻って聞くと、彼女は目を見開いた。そんなに目を大きくしたらこぼれてしまうのではないかと心配してしまうぐらいに。
「……王都で紅児がどうしてるか心配だってかなり親身なこと言ってたわよ? 連れ帰るとか言ってたからてっきりそうなのかと思ってたわ」
「勝手なことを……」
もしそれが事実なら紅児は男2人を手玉にとった悪女ではないか。紅児がひどく不機嫌そうな顔になったのを見て、馬蝉は噴出した。何故笑われるのかときょとんとする。
「じゃあ全くそんな気配はないのね?」
「……それ以前に、そんな心配とかされる理由がわからないわ。髪を引っ張られたりとか冷やかされたりした覚えはあっても優しくされたことなんかないし」
「うわ、それサイテーね」
「でしょ?」
話せば馬蝉はけっこう話しやすい娘だった。
「好きなら優しくすればよかったのに。男ってホントバカね」
そう彼女は笑って言った。
紅児も素直にそう思う。だからコクリと頷いた。
「アンタって面白いわね。ただ運がいいだけのお嬢様かと思ってたわ」
馬蝉にはっきり言われて苦笑する。運がいいのは間違いないが、お嬢様では村での生活ができるはずもなかった。
「運はいいと思うわ。でも村で、お嬢様でなんかいられなかった……」
「それもそうね」
それから2人は紅夏と馬が戻ってくるまでおしゃべりに花を咲かせた。後から考えるとお客があまりいなかったから馬蝉の母も許してくれたのだろう。紅児は申し訳ない気持ちになったが友達ができたようで嬉しかった。
後日馬にお詫びの品でも渡すことにして、紅夏と仲睦まじく四神宮に戻ったのだった。
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