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本編
81.想起
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下見という名目だったので、翌日紅児は花嫁に香山の様子を報告した。
花嫁はそれをにこにこしながら聞いていた。
「香山は香山だけじゃないのね。楽しみだわ」
花嫁は元の世界で一度行ったきりなのだという。しかもその時はただ香山を登って降りただけだとか。その為だけに香山に行くのはたいへんではないのだろうかと紅児は目を丸くした。
「うーんとね、私のいた世界には馬車よりも早くて大量輸送が可能な移動手段があったのよ。それで学生全員で行ったの。ようは観光ね」
紅児はとても想像できなくて絶句した。
もちろん学生全員で行ったというのも驚きだが、香山は皇族所有の土地である。そんなに大勢で見に行ってもいいところなのだろうか。
頭の中が整理できないままに疑問を口にすると、花嫁はああ、と何かに気付いたような表情をした。
「ええとね……私の世界でのこの国はすでに王制が廃止されているの。香山は公園として有料だけど一般に公開されているのよ」
そういえば清漪園についてもそんなことを言っていたような気がする。けれど王制が廃止されているというのは初めて聞いた。
「では清漪園も……」
「そう、あそこも有料だけど一般に公開されているのよ」
あんな風光明媚な場所が公開されているなんてとても信じられないが、それよりも王制が廃止されているとはどういうことなのだろう。
「花嫁様……では国はいったい誰が……」
おそるおそる聞くと「私が知っている範囲だけど」と前置きして説明してくれた。
「エリーザの国も王制なんだっけ? 私がいた世界のこの国は……ええと……王がまずいなくて、一般の民が選挙によって国の代表を決めるの。その代表たちが集まって長を決めるっていうのかしらね……でも元の世界のこの国も王がいないだけで一党独裁には違いないのだけど……」
最後の呟きは聞かなかったことにした。とりあえず王がいなくても国が成り立つところがあると聞いただけで十分だった。紅児が知る限り、王制でない国は一つもない。だから想像することしかできないし、こんな政治形態もあると聞いたところで紅児には正しく理解できないだろうという判断だった。
花嫁は香山の様子を一通り聞くと満足したようだった。椅子の代わりになっていた青龍に抱かれ部屋を出ていく。
夕飯前までもう花嫁が戻ってくることはない。
紅児は昨夜のことを改めて思い出した。
夕食を四神宮の食堂で食べることにして、あれから2人は四神宮に戻ってきた。
買ってきた荷物は主に養父母に届けてもらうものだったから紅夏の室に置いてもらい、その足で食堂に向かった。
休暇をとっているせいか周りの視線がいつもより感じられたが、大分慣れたと紅児は思う。
「馬の娘と何を話していた?」
「え……」
紅児の中ではとっくに終わっていることを聞かれ、戸惑った。だが紅夏の目が真剣な色を帯びているのを認めて心配してくれているのだということを理解する。
なんだかそれが少しくすぐったくて、紅児は素直に話すことにした。
「あ……中秋節の時村から来てた……漁師の息子のこと覚えてます?」
「ああ……あの者がどうかしたのか」
そう言いながら紅夏の目が一瞬危険な色を帯びたことに紅児は気付かなかった。
「なんて言ったらいいのか……馬蝉が言うには、アイツ私のことが好きだったみたいなんです。村に連れ帰るとか、勝手なこと言ってたみたいで……。だから彼女の中ではアイツと私が恋人同士で、それなのに紅夏様と仲良くしてる私って……めちゃくちゃひどい女ですよね」
最後の方はもう話しながら笑えてきた。
「……ほほう、ずいぶんと面白い話だな」
軽口を叩きながらも紅夏の声はいつもより低い。
(あれ? なんか私へんなこと言った?)
「アイツと恋人同士とかありえません! 村ではけっこういじめられたんですよ。髪の毛引っ張られたりとか、お使いの途中で足ひっかけられたとか最初の頃はよくあって。村の男の子大っ嫌いです。……そうすると好きとかじゃないのかしら? 村を出て王都で暮らすなんて生意気! とか? 紅児の癖に、とかそんなかんじかしら?」
いつになく饒舌な紅児を紅夏は抱き寄せた。そして耳元で囁く。
「エリーザ、そなたは我だけを見ていればいい」
紅児は息をヒュッと飲み、頬を染めた。
「……紅夏様以外、見てないですよ……?」
おずおずと言われた科白に、紅夏がこの可愛い生き物をどうしてやろうと思ったのは仕方のないことだろう。
その後紅夏が朱雀に帰還の挨拶に行っている間にいろいろ準備をし、紅児は真っ赤になったまま彼の室に向かった。
紅児が休暇をとった夜に村へ頼んだ物を届けてくれるのは恒例になっている。だからその前にできるだけ一緒にいたいのだった。
紅夏に話したことで紅児は村での生活を思い出した。
最初の頃は遠巻きに見られ、その後は無駄にちょっかいをかけられた。赤い髪や緑の瞳、白い肌は子供たちの攻撃の対象になった。
だがこれらは親から受け継いだ大切なものだ。赤い髪は確か父方の血筋だし、緑の瞳は母譲り。透き通るような白い肌は民族の証だ。誇りこそすれバカにされることではない。だから足を引っかけられたりすることよりも容姿のことを揶揄されたことが一番許せなかった。
養父母のことは大好きだし、村の大人たちは優しかったが子供たちのことは好きになれない。
(あれ……?)
そこで紅児は己に矛盾を感じた。
誇りに思っているはずの赤い髪を、紅夏と同じ色に染め替えることはどうなのだろう。
自問自答する。
今紅児は髪の色をどうしたいのか。
(紅夏様と同じ色にしたい……)
けれどそれはずっとではない。もし紅夏と同じ色にしたら元の色に戻せないということであれば断念するしかないだろう。
(でも……それも難しいのかしら)
取り留めもなく考えている間に紅夏が戻ってきた。首を傾げすぎて体が斜めになっている紅児に微笑む。
「……今戻った。……どうした?」
「……紅夏様と同じ色にしたいはしたいんですけど……元の色には戻せないのですか……?」
「そなたが戻したいと思えば戻せる。ただ、また体毛を我と同じ色にする場合は同じことをする必要はある」
紅夏の答えに、紅児はほっとして抱き着いた。
「よかった……ありがとうございます」
今の紅児には紅夏の色が必要なのだ。なんとなく花嫁が赤にこだわる理由が少しわかった気がする。
紅夏は少し紅児の好きなようにさせていたが、しびれを切らしたように抱き上げた。そして床に下ろす。
「?」
きょとんとした顔をする紅児に紅夏は色を含んだ笑みを浮かべた。
「紅児、ご褒美をくれる約束だったな?」
「え……」
反射的に逃れようとする紅児の体を閉じ込め、その夜彼はまた彼女を甘く啼かせた。
想起:思い出す
花嫁はそれをにこにこしながら聞いていた。
「香山は香山だけじゃないのね。楽しみだわ」
花嫁は元の世界で一度行ったきりなのだという。しかもその時はただ香山を登って降りただけだとか。その為だけに香山に行くのはたいへんではないのだろうかと紅児は目を丸くした。
「うーんとね、私のいた世界には馬車よりも早くて大量輸送が可能な移動手段があったのよ。それで学生全員で行ったの。ようは観光ね」
紅児はとても想像できなくて絶句した。
もちろん学生全員で行ったというのも驚きだが、香山は皇族所有の土地である。そんなに大勢で見に行ってもいいところなのだろうか。
頭の中が整理できないままに疑問を口にすると、花嫁はああ、と何かに気付いたような表情をした。
「ええとね……私の世界でのこの国はすでに王制が廃止されているの。香山は公園として有料だけど一般に公開されているのよ」
そういえば清漪園についてもそんなことを言っていたような気がする。けれど王制が廃止されているというのは初めて聞いた。
「では清漪園も……」
「そう、あそこも有料だけど一般に公開されているのよ」
あんな風光明媚な場所が公開されているなんてとても信じられないが、それよりも王制が廃止されているとはどういうことなのだろう。
「花嫁様……では国はいったい誰が……」
おそるおそる聞くと「私が知っている範囲だけど」と前置きして説明してくれた。
「エリーザの国も王制なんだっけ? 私がいた世界のこの国は……ええと……王がまずいなくて、一般の民が選挙によって国の代表を決めるの。その代表たちが集まって長を決めるっていうのかしらね……でも元の世界のこの国も王がいないだけで一党独裁には違いないのだけど……」
最後の呟きは聞かなかったことにした。とりあえず王がいなくても国が成り立つところがあると聞いただけで十分だった。紅児が知る限り、王制でない国は一つもない。だから想像することしかできないし、こんな政治形態もあると聞いたところで紅児には正しく理解できないだろうという判断だった。
花嫁は香山の様子を一通り聞くと満足したようだった。椅子の代わりになっていた青龍に抱かれ部屋を出ていく。
夕飯前までもう花嫁が戻ってくることはない。
紅児は昨夜のことを改めて思い出した。
夕食を四神宮の食堂で食べることにして、あれから2人は四神宮に戻ってきた。
買ってきた荷物は主に養父母に届けてもらうものだったから紅夏の室に置いてもらい、その足で食堂に向かった。
休暇をとっているせいか周りの視線がいつもより感じられたが、大分慣れたと紅児は思う。
「馬の娘と何を話していた?」
「え……」
紅児の中ではとっくに終わっていることを聞かれ、戸惑った。だが紅夏の目が真剣な色を帯びているのを認めて心配してくれているのだということを理解する。
なんだかそれが少しくすぐったくて、紅児は素直に話すことにした。
「あ……中秋節の時村から来てた……漁師の息子のこと覚えてます?」
「ああ……あの者がどうかしたのか」
そう言いながら紅夏の目が一瞬危険な色を帯びたことに紅児は気付かなかった。
「なんて言ったらいいのか……馬蝉が言うには、アイツ私のことが好きだったみたいなんです。村に連れ帰るとか、勝手なこと言ってたみたいで……。だから彼女の中ではアイツと私が恋人同士で、それなのに紅夏様と仲良くしてる私って……めちゃくちゃひどい女ですよね」
最後の方はもう話しながら笑えてきた。
「……ほほう、ずいぶんと面白い話だな」
軽口を叩きながらも紅夏の声はいつもより低い。
(あれ? なんか私へんなこと言った?)
「アイツと恋人同士とかありえません! 村ではけっこういじめられたんですよ。髪の毛引っ張られたりとか、お使いの途中で足ひっかけられたとか最初の頃はよくあって。村の男の子大っ嫌いです。……そうすると好きとかじゃないのかしら? 村を出て王都で暮らすなんて生意気! とか? 紅児の癖に、とかそんなかんじかしら?」
いつになく饒舌な紅児を紅夏は抱き寄せた。そして耳元で囁く。
「エリーザ、そなたは我だけを見ていればいい」
紅児は息をヒュッと飲み、頬を染めた。
「……紅夏様以外、見てないですよ……?」
おずおずと言われた科白に、紅夏がこの可愛い生き物をどうしてやろうと思ったのは仕方のないことだろう。
その後紅夏が朱雀に帰還の挨拶に行っている間にいろいろ準備をし、紅児は真っ赤になったまま彼の室に向かった。
紅児が休暇をとった夜に村へ頼んだ物を届けてくれるのは恒例になっている。だからその前にできるだけ一緒にいたいのだった。
紅夏に話したことで紅児は村での生活を思い出した。
最初の頃は遠巻きに見られ、その後は無駄にちょっかいをかけられた。赤い髪や緑の瞳、白い肌は子供たちの攻撃の対象になった。
だがこれらは親から受け継いだ大切なものだ。赤い髪は確か父方の血筋だし、緑の瞳は母譲り。透き通るような白い肌は民族の証だ。誇りこそすれバカにされることではない。だから足を引っかけられたりすることよりも容姿のことを揶揄されたことが一番許せなかった。
養父母のことは大好きだし、村の大人たちは優しかったが子供たちのことは好きになれない。
(あれ……?)
そこで紅児は己に矛盾を感じた。
誇りに思っているはずの赤い髪を、紅夏と同じ色に染め替えることはどうなのだろう。
自問自答する。
今紅児は髪の色をどうしたいのか。
(紅夏様と同じ色にしたい……)
けれどそれはずっとではない。もし紅夏と同じ色にしたら元の色に戻せないということであれば断念するしかないだろう。
(でも……それも難しいのかしら)
取り留めもなく考えている間に紅夏が戻ってきた。首を傾げすぎて体が斜めになっている紅児に微笑む。
「……今戻った。……どうした?」
「……紅夏様と同じ色にしたいはしたいんですけど……元の色には戻せないのですか……?」
「そなたが戻したいと思えば戻せる。ただ、また体毛を我と同じ色にする場合は同じことをする必要はある」
紅夏の答えに、紅児はほっとして抱き着いた。
「よかった……ありがとうございます」
今の紅児には紅夏の色が必要なのだ。なんとなく花嫁が赤にこだわる理由が少しわかった気がする。
紅夏は少し紅児の好きなようにさせていたが、しびれを切らしたように抱き上げた。そして床に下ろす。
「?」
きょとんとした顔をする紅児に紅夏は色を含んだ笑みを浮かべた。
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