貴方色に染まる

浅葱

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本編

82.冬天

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 日に日に寒くなっていく中で、花嫁は予定通り皇太后に誘われて静宜園ジンイーユエンに出かけた。久しぶりに表に出て満足したようである。ただ皇太后と一緒な時点で馬車は豪奢なものを用意されてしまい、それに侍女官やら侍女やら付いてくるものだから大所帯になったそうだ。楽しかったけど疲れたと花嫁は言っていた。
 紅児ホンアールは部屋付きなのでもちろん留守番だった。個人で別に行かせてもらっただけいいというものだ。

 そろそろ返書を乗せた船はセレスト王国を出発しただろうか。

 漠然とそんなことを考えてから、紅夏ホンシャーと話し合うことが格段に増えた。

「常に最悪を考えておくといいかもね」

 という花嫁のアドバイスに従っていろいろなことを想定しておく。

 例えば、母が亡くなり誰も紅児の引き取り手がいない可能性。
 例えば、叔父夫婦に子供が産まれ、紅児がお払い箱になるかもしれない。
 例えば、身内が全てなんらかの事情でいなくなっている。
 例えば……。

 それ以上にひどいことはないだろうということを予想しておけば、実際に返書の内容を聞かされてもショックはそれほど受けないだろうという考え方である。

 例えば、母も叔父もいるのに紅児を引き取りたがらない場合は……。

「心置きなく我に嫁げばいい」

 紅夏の言葉に苦笑する。
 そう、今の紅児には逃げ道がある。それがひどく心強くて、つい笑みを浮かべてしまうほどだ。
 それに紅児自身にも問題がある。船に乗ろうとするだけで発熱、悪寒、体の震え等心因性の症状が出ることだ。このままでは帰国できるという段になっても船に乗ることは難しいだろう。
 ただこればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないので、実際その時になってから考えるしかない。


 楽観的な想像は、父がどうにかしてすでに帰国しているということ。ただ父が一人で帰国しているならば何度もこの国に問い合わせをしているはずだと思うのでそんなことはないのだろう。
 例え記憶を失ってでも生きていてほしいと思うのは大好きな父だから。そしてそれを想定してくれたのは紅夏だった。

「お父上はどこかに流れついたが、記憶を失ってしまったと考えるのはどうか」

 そう考えれば父が生きていたとしても消息がわからない理由になる。そこで幸せに暮らしているならば尚いい。
 まるで言葉遊びのようだが、それに縋らなければ己一人だけ生き残った罪悪感に紅児は押しつぶされそうだった。
 優しく甘く、時には厳しく接してくれた父。とても大事な父だったのに紅児は己が生きるのに精いっぱいで父を探そうなんて考えもしなかった。
 セレスト王国に向こうからの問い合わせの返書を送ってから、紅児の話を元に人相書きを用意し父の捜索が行われている。もちろん人相書きを沿海側の都市に配っただけらしいが、それだけでもありがたいと紅児は花嫁に頭を下げた。

 見つかるはずはない。
 でも、もしかしたら……。

 そんな儚い希望に縋って、紅児は四神宮で働いてきた。
 当然のことながら父の消息は掴めていない。
 それでもどこかで生きていると信じていることだけはできる。
 例えそれがありえないと全ての人に一蹴されることであっても。
 紅夏が「それでいい」と言ってくれたから、紅児は信じることに決めたのだった。


 まだ日中は過ごしやすかった秋が終わりを告げ、晴れてはいるものの冷たい空気が世界を支配する冬がやってきた。
 四神宮に一歩入れば一年中過ごしやすい気候だが、その周囲は違う。紅夏にくっついていれば快適であることは変わりない。しかし四六時中くっついているわけにもいかない。そんなわけで日中は暖石ヌワンシーが必需品である。紅夏から以前もらった守り袋に暖石を入れて腰に下げている。それだけでかなり過ごしやすくなった。
 暖石さまさまである。
 村は王都より更に北にあるから、冷たい風が吹く度紅児は養父母のことを案じた。
 暖石も棉袄(綿入れの防寒着)も紅夏に届けてもらった。それでも3年暮らした村の冬はとても、とても寒かったから。
 そんな紅児を紅夏は「エリーザは優しい」と言う。
 優しいわけではないと紅児は思う。親を思う気持ちに優しいも冷たいもない。血のつながった本当の親子ではないけれど、紅児にとって養父母もまた大事な親なのだ。
 暖かいところで生まれ育った紅児にとって王都の冬もまた厳しい。けれど雲一つない青空はそれだけで彼女の心を高揚させてくれる。とても寒いことに変わりはないのだけど。

 だがそんな穏やかな冬の日々を切り裂くように、ある知らせが四神宮に届けられた。

「紅児、船が戻ってきたそうよ」

 改めて難しい顔をした花嫁に伝えられたそれは、紅児を戸惑わせるには十分だった。
 花嫁が貿易商に与えた期間は半年である。
 だが現時点ではまだあれから5か月が経ったばかりだった。
 もちろん片道2か月の距離なので5か月で往復できてもおかしくはないが、返事をもらって準備をして……となると強行軍であることに間違いはなかった。

「いい? エリーザ、まず私が会ってくるわ。それで問題なければ貴方も会う、という形にさせてもらってもいいかしら?」

 言い含めるような花嫁の科白に紅児はこくりと頷いた。
 ただ返書を確認する、というだけなら紅児がいてもいなくても変わらない。セレスト王国へ問い合わせの返書を送ってくれたのは花嫁であり、紅児の後見人でもある。彼女の決めたことに従わないという選択肢はなかった。
 どちらかといえば花嫁の方が紅児を気にしてくれていて、

「一度会ってくるから、次はエリーザも一緒に行きましょう」

 そんな優しい言葉をかけてくれた。紅児はそれだけで十分だと素直に微笑んだ。

「行ってきます」

 戦場に行くような面持ちで、花嫁は朱雀の腕に抱かれたまま出かけて行った。
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