貴方色に染まる

浅葱

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本編

91.研究

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研究 中国語で、検討する、考慮する、相談するの意味です。


 花嫁に顔を出す前にまず朝食をとろうという話になり、食堂に着いた時にはそろそろ朝食の時間も終りという頃だった。

「あ……仕事……」

 そこでようやく紅児ホンアールは本日の仕事を休んだ、ということに気付いてしまった。
 昨日一日は休みにしてもらえたものの、さすがに今日はいつも通り仕える予定だっただけに紅児はひどく申し訳ないと思った。

「帰国するのが前提であれば、すでにいとまをいただいてもおかしくはないが?」

 そんな紅児の様子をからかうように紅夏ホンシャーが言った。

「……確かに。それも、そうですよね」

 迎えの船はすでに来ているのだ。それほど長い期間滞在はしないだろう。紅児が帰国するつもりならばそろそろ準備を始めなければならない。
 ここから一番近い港は天津港だ。馬車で片道三時辰(約6時間)はかかる。叔父が乗ってきた船も天津に留まっているのだろう。

「あの……船は何日に出港するのでしょうか……?」
「……確か二十六日と言っていた。今日を入れてあと六日だな」
「ええっ!?」

 紅児は驚いたが、滞在日数を考えて納得する。叔父が花嫁と対面したのが3日前。到着したのは遅くともその前日だと考えると滞在日数は10日というところだ。そういえば紅児が父に着いてきた時も大体それぐらいの日数しか滞在しなかったように思う。
 紅児の体の都合で船に乗れるかどうかもわからないのに、あと6日しかないのは正直痛い。天津への移動なども含めてだから悩める時間はほんのわずかしかない。帰るにしても帰らないにしてももう一度叔父に会っておく必要はあるし、帰るのならばお世話になった人々に挨拶もしなければいけない。
 いろいろ考えたらどうしたらいいのか余計にわからなくなり、紅児は文字通り頭を抱えた。
 そこへいつも通り食べ物が口元に差し出される。彼女は反射的に口を開けて食べる。

「紅児、まずは食べろ。話はそれからだ」

 もぐもぐと口を動かしながら紅夏の言に頷く。言いえて妙だった。


 朝食を終えて朱雀の室に向かう。昨夜花嫁はそこで過ごしたようだった。
 扉の前に控えていた黒月に紅夏が声をかける。

「お待ちです」

 黒月がそう言い、扉を開けた。足を踏み入れると朱雀の腕の中で食事をしている花嫁が目に入った。

「おはよう、エリーザ」
「お食事中のところ邪魔をしまして申し訳ありません」

 紅夏が礼をとる。

「気にしなくていいわ。……たいへんなことだわね」

 後の言葉は紅児に向けられたものだ。紅児は胸が熱くなり、平伏した。

「せっかくの花嫁様のご厚意、無下にして申し訳ありませんっ!!」

 本当に申し訳ないと思う。あれから全く顔を出さない紅児を心配していてくれたはずだ。

「紅夏、起こしてちょうだい。エリーザ、そのことについては後で話をしましょう。まず……どうしたいのか教えて?」

 紅夏によって引き起こされ、紅児はおそるおそる花嫁を伺った。花嫁はなんということもない表情をしていた。だからといって許されることではないだろう。
 花嫁の質問に紅児は改めて考える。しばらく考えてみたがやっぱり答えは見つからなかった。

「……ええと……ごめんなさい、わかりません……」

 消え入りそうな声で答えたが、花嫁は特に咎めなかった。

「じゃあ質問を変えるわ。紅夏と結婚する?」

 紅児は赤くなったが、どうにか応えた。

「は、はい! 結婚、します……!」
「船に乗ることを考えると遅くとも今夜には紅夏に抱かれる必要があるわ。それは大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」

 これ以上ないほど顔が熱くなる。

「それなら選択肢は2つね。帰国するか、しないか。でも紅児の体の反応も考慮しなくちゃいけないわね。今回帰国するなら船に乗れるかどうかの実験も含めてすぐに決断をしなくてはならないわ。帰国はするけれども落ち着いてから、というのであれば何年先でもかまわないと思う。紅夏とゆっくり愛を深めてから帰国すればいいでしょう? まず、今の話じゃなくて帰国するかしないかはどう? こちらに戻ってくるかどうかは後から決めればいいから今は問わないわ」
 紅児は一生懸命話を聞いて考えた。

 母に無事な姿を見せてあげたい。
 実際に会って話もしたい。
 叔父との関係を認められるかどうかは別として。

「いずれ……帰国できればと思います……」

 どうにかそれだけ答える。これが今の紅児にとっての精いっぱい答えだった。

「でも、戻ってきます」
「そう」

 花嫁は多くを聞かず、笑顔でそれだけ言った。

「ところで、一応船に乗れるかどうか実験してみる? それでまた考えも変わるかもしれないし。例えば今乗れなくても何年かしたら乗れるようになるかもだしね」
「……そうですね」

 すごく気軽に花嫁に言われた。紅児は目を丸くして、それもいいかもしれないとも思った。

「一応帰国の準備を整えて、叔父さんともう一度会って話をしなさい。もちろん今回帰れって話じゃないわ。乗れなかったらそのまま戻ってくればいいし、乗れたとしてもやっぱりまだ帰りたくないと思えば戻ってきていいのだから」

とうとう紅児は口元に笑みを浮かべた。花嫁の話は公平なようでいて紅児が帰国しない方向で考えられているのが面白かった。それはまるでまだこの国にいたいという紅児の気持ちを代弁してくれているようにも感じられた。
 そうして気付く。

(私……まだこの国から離れたくないのね……)

 半年前ならば考えられなかった思い。
 村にいた時は養父母以外大事な人はいなかった。
 でも今は。

 花嫁、侍女頭の陳、大部屋の侍女たち、馬、女官の延、黒月、それからそれから……。

 隣を見る。

(紅夏さま……)

 紅児の視線に気づいて柔らかく笑んでくれる、誰よりも愛しい未来の旦那様。

「はい」

 素直に紅児は返事をする。
 花嫁はそれに、安心したように微笑んだ。
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