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本編
92.商量(話し合う)
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部屋に戻って支度をするように促されるかと思ったら、花嫁は「エリーザ、ちょっと話があるから残って」と笑顔で言った。その後に続いた言葉に紅児はぎょっとした。
「紅夏は出てって。女同士の話があるから朱雀様もね」
花嫁の椅子になって沈黙していた朱雀が苦笑する。
「……我もか」
「ええ。お願いします」
笑顔のままで花嫁が言う。朱雀は不承不承立ち上がり、花嫁をそっと長椅子に下ろすとその額に口づけた。
「我にそのようなことを言えるのはそなただけだぞ」
「はい、わかっております。扉の前に黒月を残していってくださいね」
「あいわかった」
朱雀が苦笑しながら紅夏と出ていく。
その様子を紅児は茫然と見送った。
「エリーザ、いらっしゃい」
長椅子の空いたスペースをぽんぽんと叩き、花嫁が紅児に座るように促す。紅児ははっとし、ぎこちない動きでその隣に腰かける。花嫁が慣れた手つきでお茶を淹れてくれたことに紅児は恐縮した。
(本当は私がしなくてはいけないのに……)
いろいろと目まぐるしくて体がうまく動かないでいる。
「ありがとうございます……」
「……紅夏から聞いたわ。つらいわね」
唐突に言われ、紅児はギクリと体を強張らせた。そういえば紅夏は紅児たちの会話を聞き取れたと言っていた。
「あ、いえ……」
別段花嫁に聞かれて困る話ではない。ただ叔父としては外聞が悪いから知られたくはなかっただろうが。
「すごく複雑な心境なのではないかと思ったの。もやもやしたまま帰すのもあれだから、話した方がいいかなーって」
「ありがとうございます……」
花嫁はとても優しい大人だと思う。こうして紅児の気持ちを慮ってくれる。それに紅児が返せているとはとても思えないのだけれども。
「エリーザは……叔父さんの話を聞いてどう思った?」
「許せない、って……思い、ました……」
反射的に答えてから、しまったと思った。語尾が小さくなる。けれど花嫁は気にしなかった。
「そうよね。私も自分が行方不明になっている間に、親が他の誰かといつのまにか再婚してたなんて聞いたらむかつくと思うわ」
「はい……」
「でも、今回帰国するとしたら表面上だけでも友好的な関係は築いておいた方がいいと思うのよ。ただでさえ2か月も船上で一緒に過ごすんだから」
「それは……そうですよね」
花嫁の言っていることは間違ってないと思う。ただそれを感情が受け付けないだけで。
「でも、どうしても許せないなら今回の帰国は諦めなさい」
「……え」
紅児はなんとなく伏せていた顔を上げた。
厳しいことを言っているようで、その実花嫁の声は優しかった。
「こんな短期間で気持ちの整理をしろって方が無理だし、かと言って”どうしても許せない”って負の感情を抱えたまま船に乗ってはいけないと思うのよ。年に1、2回は貿易船が来るんだし、その時に落ち着いていれば帰国してもいいのではないかしら」
頭を冷やす時間が必要だ、と紅児は言われた気がした。
それに。
「あの……許さなくても、いいのですか……?」
花嫁が意外そうな表情をする。
「許す許さないはエリーザの感情でしょう? 私がどうこう言うことではないし、多分私が同じ立場でも許せないと思うからそれでいいのではないかしら」
その言葉はすとん、と紅児の胸に落ちた。
許せない、という感情を押し殺す必要はない。
それだけで紅児は少し気が楽になった。
「もちろん大人の言い分を言わせてもらうと、例えばここで帰国しないで後悔することになったら、とかいろいろな思いはあるのよ。絶対なんてどこにもないから、なんとも言えないけど。でもそうね……最終的に決めるのはエリーザだから、貴女ができるだけ後悔をしなくてすむような選択をして?」
「……はい……」
”己ができるだけ後悔をしなくてすむような選択”とはどれだろう。
考える。
母には会いたい。
会ったら、きっと詰ってしまいそうだけれども。
母に会うには船に乗らなければいけない。
けれども船に乗れるかどうかは紅児の体の都合だからまだわからない。
その前に、船に乗るには紅夏と夫婦になっておかなくてはならない。
「あ……」
一番最初にしなくてはならないのはそれのようだ。
「花嫁様、ありがとうございます。私、がんばってみます!」
先ほどとは打って変わった晴れやかな笑顔で頭を下げ、立ち上がった。
「無理はしないようにね。あ、黒月に朱雀様に戻ってきていただけるように声をかけてもらってもいいかしら」
「はい!」
そういえばここは朱雀の室なのだった。花嫁が当たり前のように寛いでいるので忘れていた。その長椅子に腰かけるなどなんて恐れ多いことだろう。
紅児は身震いした。
表には黒月だけでなく紅夏も控えていた。
朱雀のことを言うと、紅夏が呼びに行ってくれた。少しの間黒月と2人きりになる。
「……帰るのか」
黒月との沈黙も悪くないと思っていたら声をかけられて驚く。
「まだ、わかりません」
「そうか……」
会話はたったそれだけだったが、黒月が気を遣ってくれたのはわかった。
やはり四神宮はいい人ばかりだと紅児は改めて思ったのだった。
「紅夏は出てって。女同士の話があるから朱雀様もね」
花嫁の椅子になって沈黙していた朱雀が苦笑する。
「……我もか」
「ええ。お願いします」
笑顔のままで花嫁が言う。朱雀は不承不承立ち上がり、花嫁をそっと長椅子に下ろすとその額に口づけた。
「我にそのようなことを言えるのはそなただけだぞ」
「はい、わかっております。扉の前に黒月を残していってくださいね」
「あいわかった」
朱雀が苦笑しながら紅夏と出ていく。
その様子を紅児は茫然と見送った。
「エリーザ、いらっしゃい」
長椅子の空いたスペースをぽんぽんと叩き、花嫁が紅児に座るように促す。紅児ははっとし、ぎこちない動きでその隣に腰かける。花嫁が慣れた手つきでお茶を淹れてくれたことに紅児は恐縮した。
(本当は私がしなくてはいけないのに……)
いろいろと目まぐるしくて体がうまく動かないでいる。
「ありがとうございます……」
「……紅夏から聞いたわ。つらいわね」
唐突に言われ、紅児はギクリと体を強張らせた。そういえば紅夏は紅児たちの会話を聞き取れたと言っていた。
「あ、いえ……」
別段花嫁に聞かれて困る話ではない。ただ叔父としては外聞が悪いから知られたくはなかっただろうが。
「すごく複雑な心境なのではないかと思ったの。もやもやしたまま帰すのもあれだから、話した方がいいかなーって」
「ありがとうございます……」
花嫁はとても優しい大人だと思う。こうして紅児の気持ちを慮ってくれる。それに紅児が返せているとはとても思えないのだけれども。
「エリーザは……叔父さんの話を聞いてどう思った?」
「許せない、って……思い、ました……」
反射的に答えてから、しまったと思った。語尾が小さくなる。けれど花嫁は気にしなかった。
「そうよね。私も自分が行方不明になっている間に、親が他の誰かといつのまにか再婚してたなんて聞いたらむかつくと思うわ」
「はい……」
「でも、今回帰国するとしたら表面上だけでも友好的な関係は築いておいた方がいいと思うのよ。ただでさえ2か月も船上で一緒に過ごすんだから」
「それは……そうですよね」
花嫁の言っていることは間違ってないと思う。ただそれを感情が受け付けないだけで。
「でも、どうしても許せないなら今回の帰国は諦めなさい」
「……え」
紅児はなんとなく伏せていた顔を上げた。
厳しいことを言っているようで、その実花嫁の声は優しかった。
「こんな短期間で気持ちの整理をしろって方が無理だし、かと言って”どうしても許せない”って負の感情を抱えたまま船に乗ってはいけないと思うのよ。年に1、2回は貿易船が来るんだし、その時に落ち着いていれば帰国してもいいのではないかしら」
頭を冷やす時間が必要だ、と紅児は言われた気がした。
それに。
「あの……許さなくても、いいのですか……?」
花嫁が意外そうな表情をする。
「許す許さないはエリーザの感情でしょう? 私がどうこう言うことではないし、多分私が同じ立場でも許せないと思うからそれでいいのではないかしら」
その言葉はすとん、と紅児の胸に落ちた。
許せない、という感情を押し殺す必要はない。
それだけで紅児は少し気が楽になった。
「もちろん大人の言い分を言わせてもらうと、例えばここで帰国しないで後悔することになったら、とかいろいろな思いはあるのよ。絶対なんてどこにもないから、なんとも言えないけど。でもそうね……最終的に決めるのはエリーザだから、貴女ができるだけ後悔をしなくてすむような選択をして?」
「……はい……」
”己ができるだけ後悔をしなくてすむような選択”とはどれだろう。
考える。
母には会いたい。
会ったら、きっと詰ってしまいそうだけれども。
母に会うには船に乗らなければいけない。
けれども船に乗れるかどうかは紅児の体の都合だからまだわからない。
その前に、船に乗るには紅夏と夫婦になっておかなくてはならない。
「あ……」
一番最初にしなくてはならないのはそれのようだ。
「花嫁様、ありがとうございます。私、がんばってみます!」
先ほどとは打って変わった晴れやかな笑顔で頭を下げ、立ち上がった。
「無理はしないようにね。あ、黒月に朱雀様に戻ってきていただけるように声をかけてもらってもいいかしら」
「はい!」
そういえばここは朱雀の室なのだった。花嫁が当たり前のように寛いでいるので忘れていた。その長椅子に腰かけるなどなんて恐れ多いことだろう。
紅児は身震いした。
表には黒月だけでなく紅夏も控えていた。
朱雀のことを言うと、紅夏が呼びに行ってくれた。少しの間黒月と2人きりになる。
「……帰るのか」
黒月との沈黙も悪くないと思っていたら声をかけられて驚く。
「まだ、わかりません」
「そうか……」
会話はたったそれだけだったが、黒月が気を遣ってくれたのはわかった。
やはり四神宮はいい人ばかりだと紅児は改めて思ったのだった。
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