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⑭会議の前に・・・3

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 「どうぞ。気持ちが落ち着くと思います。」

 佐藤の目の前に温かいカフェオレを差し出す小振りな真っ白い手。
 
 ウェイトレスの風見 友緖(カザミ トモオ)25歳。小柄で人形の様に整った可憐な容姿は、四つ下のみちるより年下に見えるほどだ。
 声までも小鳥の囀りのごとく愛らしく、髪の毛一本から爪の先まで何から何まで完璧に誂えられたかのように整っている。

 ただ彼女は感情の表現が控えめなのか表情の変化が乏しく、それがまた人形めいていた。

 レストランって見た目の良い人しか入れないのかな・・・。

 そんなことを思いながら火傷しないよう、注意深くカフェオレに口をつける。きつ過ぎないカフェインにほっとする。
 飲み込んだカフェオレが、内側から癒してくれているようだった。

 今の自分は安全な場所にいるのだと改めて思う。

 佐藤は初めて間近で風見を見て、少し緊張していた。彼女のような女性を意識するなという方が無理な話だが、そういった感情がバレると煩い保護者がいる。

 「俺が出してやれって言ったから、出してるだけだぞ。変な勘違いするなよ。」
 
 このレストランの絶対的トップ、料理長の倉本が真顔で佐藤に釘を刺す。
 ほぼ上座の倉本と末端席の佐藤では、それなりに距離があるのだが視線が痛い。

 席に座る倉本の背中側に、みちると友緖が並んで立っているのも彼の権力の象徴のようだ。

 親子とまではいかない半端な年の差だが、倉本はウェイトレスの二人を可愛がっていて、他の部署の人間が手出しするのをよく思わない。
 いかなる時も昼休憩の食事が彼女達と一緒になることがないという徹底ぶりだ。

 「分かってます・・・。」

 温かいカフェオレの効果が打ち消されたようだった。倉本は腕前には定評のある和食の料理人だが、彼に睨まればコース管理の屈強な若者も道をあける。

 倉本の涼し気な瞳は磨かれた刃物のように鋭く、纏う空気は真冬のように冷たくも清らかで、世の中の俗なものとは無縁に見えた。

 けれど、今、後ろにウェイトレス二人を従えキャッキャッしている。
 それを倉本の斜め前に座る国生が微笑ましそうに見て時折、口を挟んでいる。
 彼は何目線なのだろうか、と佐藤は思う。
 啓介と純也の関係と同じように倉本と国生の関係も従業員の中では周知の事実だ。
 当たり前だ。社宅で同棲して何年にもなる。

 華やかな女性二人と楽しそうにしている恋人を目の前にしても、腹を立てないのは意外だ。
 見た目からして、もっと俺様系だと思っていた。

 夏のメニューについて話ているのが聞こえてくる。レストランはゴルフコースがオープンすれば、それに合わせてメニューも変える。
 夏ならではの冷たいメニューは外せない。

 「冷やし中華はありですよね?」
 
 聞き取りやすく勝手に耳に入ってきてしまう声は彼女の母親とよく似ている。
 朗らかではつらつとして明るい。
 みちるの少し冷たそうにも見える外見を裏切る良いギャップだ。
 
 「佐柳が冷製パスタだすからな・・・かぶるだろ。」

 倉本の声は見た目のイメージを裏切らない。静かで淀みのなく流れる水のようだ。 
 けれど、ウェイトレス二人と接している倉本は思っていたより温かみのある人物に思えた。

 佐藤は日頃、倉本に対して挨拶するのが精一杯で雑談など一切したことがない。仕事で叱られたこともないのに、ついビクビクしてしまう。

 「夏なんだから、冷たいメニューは多いほうが良いですよ!夏場の麺類は人気だし!!」

 「てか和食じゃねぇし!思いっきり中華ってついてんじゃねえか!!」

 「冷やし中華は日本独自の料理だから中華ってわけじゃねぇ。和食かと言われれば、それも分かんねぇが・・・。」

 男らしくも荒っぽい口調の国生だが、表情は穏やかで笑みを浮かべている。
 下心のないやり取りは、彼にとっても素直に楽しめる時間だ。大切な人が楽しんでいるなら尚更。

 厨房には調理補助で入るスタッフは3人いるが、彼らは日によってウェイトレスの応援に回る時もある。
 ゴルフシーズンが始まって昼の時間帯の客が増えれば、倉本や純也が最初から最後まで仕上げなくても調理できて、尚且つ短時間で手早く用意できる麺類は大いに助かる。

 ゴルフのラウンド中の昼休憩は時間が決められている。後半のスタート時間までに食事がとれなかったなど、あってはいけないことなのだ。

 「じゃあ、名前の方を冷麺に変えましょう。」

 冗談なのか本気なのか分からない口調と表情で友緖が提案する。
 彼女との身長差を埋めるように、みちるは少し身を屈めた。

 「最高です!!友緖さん!!」

 みちるの方がここでは先輩だが、先輩風を吹かすことなく歳上である友緖をきちんと目上として扱っている。
 一人っ子のみちるにとって、身近な歳上の女性は嬉しい存在なのかもしれない。
 周りがそう感じる程に二人は仲が良い。

 完全に見た目年齢は逆転しているが、中身は年齢通り友緖の方が落ち着いている。

 器量の良さだけではく、真面目に仕事をこなし客からの評判の良い二人は、上司の倉本にしてみれば自慢の部下であることに違いなかった。

 「そうでもねぇだろ!!」

 「いや、そういう柔軟さは必要だ。」

 佐藤は、倉本達の談笑をぼんやり見つめる。
 佐藤は、人より感性が鋭い方なので生きている人間以外の気配にはいち早く気付くが、色恋には鈍く人から聞くまで純也と啓介、国生と倉本が恋人同士であると分からなかった。

 純也と国生の片思いかと思っていた。格好良い男は、人目を気にせず、あんなに大っぴらに好意をアピールできるんだな、と少し羨ましかった。

 万人に温かいイメージのある啓介と万人にドライなイメージのある倉本に特別な存在の人間がいるというのも、あまりぴんとこなかった。



 「落ち着いたか?初めてだったんだろう?よく頑張ったな。なりより、君が無事で良かった。」

 カフェオレを啜りながら、ぼんやりと倉本達を見ていた佐藤に啓介が声をかけた。
 
 温かな手が佐藤の背を撫でる。ワイシャツ越しに伝わってくる体温にドキドキしてしまう。
 佐藤には啓介とどうこうなろう等いう、やましい気持ちはないが、やはり憧れの相手は特別だ。様子を伺うように覗き込んでくる顔の距離も近い。
  
 「大石キーパー・・・。」

 「ん?」

 啓介は、佐藤の背を撫でながら隣の席に座る。本来なら、そこは啓介の席ではない。
 グリーンキーパーである啓介は、倉本の向かいの席だ。佐藤にはそれが自分と啓介の現実的な距離に思えた。

 コース管理は、一番人数の多い部署だ。直属の部下が山ほどいる。それでも、こうやって他部署の普段、挨拶程度しか面識のない自分のことも気にかけてくれる。
 
 啓介の計算のない優しさと、手の中の温かなカフェオレの相乗効果で、佐藤はつい気が緩んでしまった。

 「お母さんみたいですね・・・。」

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