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魔王陥落

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「そんな! 悪いことをしたなら、けじめをつけさせなければ」

 一体どの口がそんなことを言うのか。

 プッシーは、魔王が神獣を殺し、自分をだましたと知って、いきり立った。

「おまえの魔王は、やはりあの男だったか。一枚うわてということだな」

「決めた! わたし、魔王を倒す!」

 マオはしかたないなと、呪術行使を始める。

「魔王に対抗できるのはその時代に生まれた勇者のみだ。おまえにその力はない」

 だが無駄だった。

「一矢報いてやる!」

 だから……おまえにまだそんな力はない。覚醒してもいないのに、高すぎる目標を立てると挫折のもとだ。

「どうか、魔王のことなど忘れて、この土地で心安らかに過ごせませんか。争いは争いを呼ぶ。世の理ではないですか」

「死んだようにただ生きるだけなら、あの卑怯者の魔王に、私の生きた証を見せてやる!」

 やれやれ、勇者というものはどうしてこう、おとなしくしていないのだ。

 やはり、育った環境がモノをいうらしいな。

「すぐに命を粗末にし、敵も味方も危険にさらす。それだけならば――覚悟のある者たちならばいいでしょう。しかし坊ちゃまを巻きこむのだけは、ご遠慮いただきたい」

 きっ、とプッシーが目線をまっすぐに合わせて、こう言う。

「魔王はきっと私が倒す。だから、一緒に来て。援護してくれるだけでいいの。心強い」

 なにを言うのだ。それが困ると言っているのだ。イヴァンが影響されたらどうする!?

 いや……イヴァンはすでに勇者としての力の片鱗を見せている。このままだと……。

「いくよ! 魔王を倒そう!」

 やはり、脳みそに油を注いで火を着けるようなものだ。いかれている。

「イヴァン、あなたの命を狙ってごめんね。私、どうかしていた……」

「キミは、操られていただけだよ。だから、謝らなくていいんだ」

「イヴァン、あなたへの罪滅ぼしのためにも、魔王を退治させてほしい。一緒に来て、見届けて」

「答えはもう、言ったよ」

「ありがとう……イヴァン!」

 プッシーが感極まってイヴァンをかき抱こうとするのを、マオが引きはがした。

「マオ……」

「お二方とも、お忘れですか? 魔王は勇者にしか、倒すことはできません」

 脊髄反射でプッシーが声をあげる。

「勇者ならいる! イヴァンが!」

「違うと言っているでしょう!」

 直截に言うと、それが事実、イヴァンの命を危機にさらす、それだけは困るのだ。

「でも、魔王が言ったのよ? イヴァンを必ず殺せと。勇者だからじゃないの?」

 その推測は当たっている。

「空想でしょう?」

「いいえ、直感」

 なんてことだ。勇者には勇者が見抜けてしまうのか!?

「たとえイヴァン坊ちゃんが、勇者だとしても、新参の魔王になど会わせられますか!」

「あら、それどうして?」

 マオはぐっと黙った。

 ――イヴァンが、自分を倒すために転生してきた勇者だとは告げるわけにいかない。

「マオ、大丈夫だよ。ボクにはマオがいる」

「私めも同道するのですか?」

 こっくりと頷いて、イヴァンは、そっとプッシーの被毛に触れた。黒に変色していたそれが、純白に変わる――イヴァンが触れただけで。

 目の前で奇跡をおこなうイヴァン。だが、そのことの重大さに彼らは一向に気がついていない。

「あ、白くなったよ」

「本当、もとどおりだ」

「よかったねプッシー」

「うん……」

 穢れを払い、闇を光で覆いつくしてしまう、おそるべきイヴァンの能力。

「きっと、時が経てば、戻るものだったんだね」

 そんなわけあるか!

 マオは怒鳴りたくてしかたない。

 それに、なんだ。もうすでにイヴァンが仲間であるかのようにふるまう厚かましさ。

 こんなの、予定にないぞ。

 ――友達になろう!?

 そ、そうか。イヴァンの友達としてなら、私の監視下におけるな。そうしよう。

 マオは早急に方針をたてかえた。

 リリスもいる。女子にしかわからないこともあるだろう。プッシーの面倒を見させれば、うかつに魔王の城へは向かわないだろう。そうだ、それがいい!




「マオはこなくていいよ――どうせ、連れ戻そうとするだろうからさ」

 リリスが言った。

 イヴァンは反駁して、

「マオの力がなくちゃ、ボクたち、お城の中までいけないと思う」

「どうしてそう思うの?」

 リリスは慎重に尋ねた。

「マオが作ってくれるごはんがないと」

「ああ、そうね……」

 なにやら密談している様子。

 ここは別荘。本家はプッシーのもつ地獄の業火に焼かれてしまった。かといって、何不自由なく、友人たちが集まって夜を過ごすのも、苦にならない設計。

「あ、言うのをわすれたけれど、ボク最近、夜中にお腹が空くんだよね。マオのビスケットがないと眠れない」

「そういえば、このビスケット? おいしいね」

「でしょ? 二人とも、もっと食べて」

 ごしょごしょごしょ。

 夜中の密談は続く。

 マオは使い魔から情報を得ながら思った。

 仲間は仲間として扱うから、仲間になるんだな……。

 とりあえず、プッシーの味覚は常人と通ずるものがある。

 マオはメモを欠かさずとった。プッシー、ビスケットにマル。

 夜更かしもよろしくないので、リラックスして眠れるようにラベンダーのハーブティーを差し入れることにする。

 

 そして次の日。

 馬車の手配をすすめて、三人はマオの手を添えられて乗りこむ。外から扉を閉めようとするマオを彼らは強引に引き入れて、計画の一部を話す。

「マオ、このまま馬車でれいの砦まで行く。そこで食事を摂って休んだら、一山超えて魔王の城へ行くことにした」

「なぜ、ひとこと相談してくださらないのです!?」

「反対されるだろうから」

「あたりまえです」

「最低限、魔王の間まで行ければ、あとはプッシーに中から鍵をかけてもらって、僕らは外で待機――」

 マオはちらちらっとプッシーを見て、内心ほっとした。

「それならば、魔王とはプッシー殿だけで対峙されるのですか?」

「うん、そういう手はず」

「帰りはどうなさるのです?」

「マオの淹れてくれるお茶を、砦で飲んでから、馬車で帰ってくる」

「そんな簡単にいきますかね?」

 そんな優雅な戦闘は、見たことがない。

「マオがいてくれれば、パーフェクトにうまくいく」

 この信頼。

 マオはぐっときた。そこまで信用されているとは。

「応えてみせましょう」

 マオは結局、イヴァンには盲目的に従うしか選択の道がないのだった。




 一口に魔王の城と言っても、いろいろある。

 山の中では水、食料の確保のため、岩肌を削り、川をせき止めてダムにしてある。

 勝手知ったる自分の城なので、抜け道には詳しい。

 たとえば、水門を開けて一定量の水を抜いてしまうと城内部までの水路が現れる。

 ただ、ダム池の様子は玉座から丸見えなので、最後の手段としてとっておく。

 この城はまず入り口にたどり着くまでが大変だ。魔法を使わねば開かない扉がいくつもある。

 しかし、付近に罠がないところを見ると、この城の主はなかなか自信家だ。

 まるで招き入れようとしているかのように、ストレートに入り口にたどり着けてしまった。

 私のやり方では不満があったようだな。

 見張りもない。これはかえってやりにくい。

 まっすぐ向かっているこちらの姿は、あちらからは丸見えだろうし、こちらからはあちらが見えない、といった具合だ。

「引き返しましょう」

 と、言いかけたときだ。床がぎしぎしと軋みだし、マオたちをあらぬほうへと連れていく。

「マオ! どうなってるの?」

 子供たちの悲鳴が聞こえてくる。

 マオは、四方へと散らばっていった彼らを引き戻すべく、床を調べた。

 ベルトコンベアだ。

「走って! もと来た方向へ!」

 しかしそれもまた危険だった。天井がばくんと音を立て、鉄球が振り子のようにこちらへ振れてくる。

「っく!」

 マオは鉄球を避けつつ、イヴァンのさらわれた方向へ走った。

「んうー!」

 イヴァンは背後に迫る槍の突き出した壁を避けるべく、必死でこちらに向かって走っていた。

「坊ちゃま!」

 マオが波動をつかい、槍を粉砕する。すると横の壁にくぼみがあり、おそらくこれが罠を解除する仕掛けにつながっているのだろうと思われた。確証はない。

「マオ、こわかった!」

 小さな体を抱きとめると、鼓動が速い。

 マオはこれしかない、とイヴァンを抱き上げ、そのまま走った。

 やっとふりだしに戻ったかと思うと、リリスとプッシーは、罠解除の仕掛けを見つけていて――ベルトコンベアも、鉄球もしんとして動かなくなっていた。

「ご無事でしたか、みなさん」

「無事じゃないよ、いろいろと」

「あやうく串刺しだったからね!」

「こちらもです」

「まあ、勇者魔法でなんとかしたし!」

 リリスが示す方を見ると、もうもうと黒い煙が漂ってきた。

 しきりとあたりを調べたが、リリスが魔法で打ち破った壁の向こう側、か……イヴァンが襲われた壁の横のくぼみ以外、めぼしいものが見つからなかった。

 うん、こんなめちゃくちゃな罠は、マオの管轄ではない。新たな魔王の趣味だろう。

「バラバラになるのはダメだろう?」

「うん、初っ端から引き離しにかかったところを見ると、大ぜいを相手にしたくはないんじゃないかな」

「じゃあ、リリスが穴を開けたところから行こう。抜け道があるかもね」




 で――でだ。ごちゃごちゃ言いながら退避することになった。

「さわんないで!」

「せまいんです。仕方ないでしょう」

「我ながら、よくこんなところに潜りこもうと思ったもんだ。ぺっぺっ」

 結局、壁のくぼみを押すことになった。

「気が進まないな――」

「マオ、何か言った――?」

「いえ、やはり、その」

「いいから、早くしなさいよ!」

 リリスが後ろの方からぐいぐいと押しこんでくる。

 くぼみに指が入ったと思ったら、今度はベルトコンベアが逆に加速しだした。

「のあ――!」

「これ、どこいくの――?」

 リリスは尻餅。

「言ってる場合じゃありません。また串刺しの罠かもしれない」

「えー、なによこれ、抜け道、ないじゃない!」

 と、思ったら、壁にぶち当たって、その壁がスプリングで彼らを外へはじき出してしまった。

「ひやぁーめてえええー」

 全員、ダム池に落ちてしまった。

「最後の手段でいきましょう……」

 濡れそぼりながら、一同は弱々しく頷いたのだった。

「ねえ、それよりさ? マオは魔法が使えるんだね?」

「え? ええ……と」

「ボク、知らなかった」

 いかにも心外そうなので、マオは内心、観念した。

 あそこで使わざるを得なかった。なぜならば、ここは……この城は。

「この城は魔法が使えないものは侵入できないのです」

 論点をズラしてみた。

「どうして?」

「魔法でできた、不思議な城だからです」

「ふーん」

 とりあえず、イヴァンは思考停止した。

 わけのわからない情報を詰めこむことで、このほんのりおバカな勇者の頭は簡単に飽和状態になる。しばらく、黙ってていただこう。それでなければ記憶を失ってもらう。

「水門を、あけましょう」

 いわずもがなの情報を与えるのも、忘れない。……すべては、勇者を失わないために。イヴァンに、危害が及ばぬよう、マオは全神経を研ぎ澄ませていた。




 おや? おやおや、おや? この気配は誰かな? 覚えのある……しかし久々すぎて顔が思い出せないや。わざわざ向こうから出向いてくれたらしいけど、ちゃんと挨拶、できるかなー? 




 ぬめった水路を潜り抜け、そこに棲む奇怪な生物どもを蹴散らし、魔王城へ忍び込んだ四人。その中には前魔王のマオもいるのだけれど……現魔王は予想にたがわず、玉座に鎮座していた。

「おめでとう。城、攻略うまくいったようだね」

「ユーリ!」

 そのときイヴァンが声をあげた。

「久しぶりだね! どうしてた?」

「……」

 わずかな沈黙の跡、現魔王は口を開く。

「ボクを誰だと思ってんのさ。キミになんか興味ないよ。ボクはそちらの白い子猫ちゃんと遊びたいんだよね」

 と、そのときプッシーが苦悶し始めた。

「ぐあが! ぎきっ、んぐぐぐぐぐ……っ。あがっ」

「ククク、始まったね。イヴァン、キミはそこで見ているといい。自分と同じ境遇の勇者をね」

 つん、とあごを反らして、ユーリは愉悦の笑みを浮かべた。

「イヴァン……坊ちゃま、見てはいけない!」

 マオが言ったが、もちろん、そんなことを聞ける状態ではない。

「プッシー、プッシー! 大丈夫!?」

 プッシーは金色の光の繭に包まれて――喘鳴している。

「ウッ、がハッ、ぐぎぎぎぎ……ウハッ、はあはあ」

 天上から、細い光のつぶてが降り、プッシーの胸を射た。

「があ!」

「返してあげたよ。そのかわり、地獄の業火は返してもらうとして……さあ、目ざめたかな?」

「お、かあさんを……おまえが!」

「そうだよ? 気がついたんだね? 今頃だけどね」

 ユーリは手を打ち鳴らして喜んだ。玉座から立ち上がり、壇上から一歩、進み出てきた。

「常夜の国から、キミを見つけた。だけど手出しはできなかった。神獣が守っていたからね。でも……じゃあ、魔獣に片づけさせればいいじゃない!? 楽しかった。楽しかったよ! プッシー! キミもだよね!?」

「さよなら!」

 プッシーが手を前へと突き出すと、聞いたこともないような呪文を唱え始めた。

「信じてたのに……もう、顔も見たくない!」

「あれ? 絶交されちゃったよ。じゃあ、こちらからもさよならだ」

 現魔王の波動がプッシーの胸の印をアタック!

「そうそう、言い忘れてたけど……ボクは勇者の弱点を、守ってあげてたんだよね。その胸の石は、勇者にとって、魂のいれものだから」

 言いながらアタックし続けていた。プッシーは倒れることもできず、サンドバックになっていた。

「プッシー! マオ、助けて! プッシーを殺されてしまう!」

「が、があ!」

「まだです、坊ちゃま。彼女が勇者として目ざめたなら、こんな安い攻撃で沈んだりはしません」

「どうしてわかるの!? あんなに傷ついているんだよ?」

「わかります。勇者の回復力と底力は、あんなものではない」

 マオはぶるりと震えて、目の前の光景をにらんだ。あいかわらずユーリの攻撃は止まない。

「ユーリ、やめて! キミ、なにしてるの!? プッシーはお友達なんだろう?」

「おとも……だち?」

 ユーリは青白い顔をして、ギギッと首をイヴァンの方へ巡らせた。

「ばかな! ボクは未だかつて、勇者と友達ごっこを楽しんだおぼえはない! 奴隷さ、甘い言葉ひとつかければ、なあんでも言うことを聞く。キミだってわかってるんだろう?」

「わからないよう!」

 その涙に、マオは反応した。

 一瞬早く、ユーリの斬撃がその腕を貫いた。

「ウアガッ!」

 血を流したのは、プッシー。

「痛い……これが肉を裂かれる痛み。わた、し……なんてことをしたんだろう。イヴァンになんてことをしちゃったんだろ……う。こんなに痛いのに、討たれるのは、貫かれるのは、こんなにも、つらいことなのに!」

 端麗な横顔に涙が光る。

「ごめん、ね……イヴァ、ン……」

「そらそら、もう終わりなのかい? 情けないよね、みみっちいよね。地獄から這い上がってきた勇者がこの程度なのかい?」

「もう、やめてよ!」

 イヴァンが叫ぶ。

 プッシーはイヴァンの前に腕をかざしたまま、気を失っているようだ。

 プッシーの体を支えようと進み出るリリス。彼女は……もう、勇者の印を失っている。それ以上に、この凄惨な光景に足がすくみあがっていた。彼女の魔王は、姿をとる前に、マオと連携で倒してしまった。一方的、圧倒的勝利、それが彼女の戦いだった。けれど、逆の立場になればこんなにひどい光景もない。

「プッシー……」

 リリスはこの勇者に敬意を示そうと、己の涙を隠した。決して同情などじゃない、憐れんでなどいない。プッシーはちゃんと戦おうとしたんだと。だけど……。

「ごめんなさい」

 リリスはプッシーを支えきれず、床に崩れ落ちてしまった。そして、プッシーの悔恨の涙に気づいた。

「あなたも、あなたもつらかったのよね……?」

 ごめんね、とリリスの赤い唇が動き、ユーリの顔に勝利の確信が満ちる。

「死ね、勇者! わざわざ地獄へ堕としてやったというのに、今生でも涙を捨てきれぬ、甘ちゃんだったな。ウハハハハ!」

「吠えるなゲスが!」

 リリスが立ち上がった。長い金髪が静電気で膨れ上がる。パチパチという電撃系の術を発動しようとしているのがマオにはわかった。

「ふ、ふふ。遊んでいるのね。わかった。私もちょっとした茶目っ気で、技の名前なんか考えちゃったりして、楽しかった時代があるのよ。あなたで試していいかなあ?」

 ゆらり、と細身の刀身を抜かずに構える。

「喰らいなさい! ――マスラオ・ブレード!」

 渾身の一撃。居抜きに、電撃系呪文を同時に刃に乗せている。一直線にいかづちが走った。

「どうよ!」

 はぜる光の輪舞に、リリスの切れ長の瞳がさらにつり上がった。

「こいつ……まだ!?」

 ユーリは華奢な体を、信じられない勢いではね上げて後ろへ飛んだ。

「いや、今のは効いたよね。受けていればだけどね。ますらお・ぶれーどね……そのへんちくりんな頭と一緒におぼえておくよ。まあ、来世でも遭うことは、もうないだろうけれどね」

 奇妙な既視感に襲われ、リリスは身体を引いた。ちょうどそこへ、ユーリの一撃が振り下ろされた。

「ゲッ」

 鉄板のような床が、絨毯ごとえぐれた。波動なんかより、はるかに威力の高い、破壊攻撃だった。

「なんてもの隠し持ってるのよ!?」

「およ? だって、頻繁に城に穴をあけるわけにいかないでしょ? ボクもこの城は気に入ってるんだよね」

「こんのォ!」

 リリスの抜いた剣は威力が落ちる。もう、この魔王を討つ決定的な手段がない!

 雷撃が玉座の背後にある壁をぶち抜いた。リリスはそこからプッシーを離脱させる。

「なんてことを! 魔王は勇者にしか倒せないのは知っているだろう!?」

 マオが叫ぶと、リリスは叫びかえす。

「このままじゃ、全員なぶり殺しに遭うだけよ! 彼女さえ生きていれば、魔王を倒す方法はきっと見つかる!」

 マオは言葉を詰まらせた。そうやって前世の勇者が一人、立ち向かってきたのを憶えていた。

「ばかな! ならばおまえがプッシーについてゆけばいい。勇者を一人にしてはいけない」

「何言ってるの? 勇者さえいれば希望はまだあるの! 私たちはこの魔王の体力を削っていけば、役目を終えることができる!」

「何を言っているのだ! 結局おまえも勇者信仰に傾倒するのか。また勇者だけに重荷を背負わせるのか!」

 ひとりになった勇者はとても、とても弱い。守るつもりが守られて、ひとりで魔王に立ち向かわねばならない、その蒼ざめた顔。蒼ざめた唇。――あわれだ。

「そんなことをするくらいなら、一緒に死んでやれ! その方がずっとマシだ」

 勇者の傷ついた頬、見開かれた瞳に映る、不吉な影。あんなものを背負わせるくらいなら、一緒に背負ってやれ!

「魔王相手にできるもんなら、そうするよ!」

 どうやら、予想以上にリリスは消耗しているようだ。技が効かない焦りと、なぶられる恐怖に気力と体力の両方を持っていかれている。

「だけど……マオなら。イヴァンを守ってきたマオにはできるのかな……」

 そう、つぶやくと、リリスはマオにしがみつくイヴァンの両肩をつかんだ。

「なにを……!?」

 そのままイヴァンを、うがたれた穴にぶん投げ、放りこむと、マオは迷わずそれを追った。

 現魔王の前に立つのはリリス一人になった。

「あんたには聞きたいことがあんのよ」

 長い刀身を鞘におさめ、リリスは決然として、現魔王に対峙した。
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