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覚醒
無職青年、仕事を探す
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あまりにも一方的な戦いだった。
十もの能力を駆使しても、命を削る奥の手を使っても、全く歯が立たなかった。
あの男は、最後まで余裕のある穏やかな笑みを崩さなかった。
「あの子だけでも、こっちの世界に連れてこられてよかったのかしら……」
少女は雨の中、寝静まった町の裏路地を動かない右脚を引きずりながら歩く。
少女は事情を全く理解できずに不安そうな顔をしていたたった一人の家族の顔を思い浮かべた。
この世で最も愛しい者を使っておぞましい計画を考えていたあの男は、何としても討たなければならない。
そのために、この異世界に逃げ込んででも、まずは力を付け、共に戦う仲間を探さなければならない。
「待っててね。必ず、やり遂げて見せるから」
自分の命の灯がいつ消えるかもわからない中、少女は強い意志を己の心に焼き付けた。
◇
一人の青年が夢を見ていた。
しかし、それは決して良いものではないことは彼の額に浮かぶ脂汗が示している。
炎の中、知らない女性が自分の手を引いて走っている。
彼女は息を切らせ、時折足をもつらせながらも走ることを止めない。
背後から幼い女の子の慟哭が追いかけてくる。
その子の声には悲しみと怒りが込められ、振り返るとその子は涙で顔を濡らしながら手を自分に向けて伸ばしている。
しかし、その光景は次第に白くなって薄れていき、やがて消えていった。
「……っ!」
息苦しさに耐えかねた青年は思わず目を開け、詰まる息を深く吐いた。
「――あ、やっと起きた」
同時に声が聞こえたので目をやると、一人の小柄な少女が青年の腹に跨っていた。
「またお前、その起こし方止めろって言ってんだろ。息苦しいんだよ」
「いいじゃん別に。兄妹だからこそできる貴重なスキンシップだと思わないの?」
そう言うと少女は青年の腰のあたりで自分の腰をグネグネと前後左右に動かす。
寝起きで元気になってしまっている自分自身にはあまりにも毒だ。
まあ、目の前でそれをしているのは妹なので興奮はしないが。
「思わない。人の睡眠を邪魔するやつは全員敵だ」
「けっ。これだから童貞は」
少女はそう吐き捨てるとベッドから降り、桜色のポニーテールを揺らしながら振り返った。
「早く起きないとパパに怒られるよ。また今日も仕事探すんでしょ?」
「わかってるよ。ったくめんどくせえな」
青年は黒い髪を掻きむしりながらだるそうにベッドから降り、部屋を出た。
その時にはもう、夢の内容を忘れてしまっていた。
「起きたか、シグル」
「ああ、うん」
野太い声の主に短く返事をした青年の名はシグル・アトラス。
そして、シグルに声をかけた大男は彼の育ての親である、グレン・アトラスである。
「じゃあいただきまーす」
グレンが用意した朝食のパンをさっそく頬張った少女の名はリリィ・アトラス。
シグルの妹に当たる。
ちなみに、「育ての親」と表現したが、シグルとグレンには血の繋がりはない。
シグルは元々孤児院で暮らしており、六歳より前の記憶がない。
グレンはそんなシグルを養子として引き取り、現在に至っている。
「仕事の方はどうだ」
シグル達が食卓を囲んでしばらくして、グレンが短くシグルに問うた。
「ん、まあ探してるけどまだ見つからない」
「そうか。慌てずにやれ。少なからず人生を左右するからな。俺の職場を紹介できなくて申し訳ないが」
「いいって。景気のことはどうしようもないし」
「ちゃんといい仕事見つけてリリィを潤わせてよ、お兄」
「お前はミィハかロキの店でしごかれればいい」
シグルは無表情でリリィに言うと、リリィは短く舌を出した。
「ご馳走様。ちょっと出かけてくる」
食器を片付けた後、シグルは着替えて家の外に出た。
セント・イスラシオ帝国。
気候は温暖で海と山の資源に恵まれた国である。
三百年前に起こった大陸規模の戦争の後、〈漆黒の聖女〉という伝説上の存在によって複数の小国が合わさって成立した。
そんな国の首都、ヴェスティーゼ市にシグル・アトラスは住んでいる。
「なーんかいい仕事ねえかなあ」
シグルは今年で十七歳になった。
そろそろ親の扶養から外れて自分で食い扶持を稼がなければならないが、なかなか上手いこと仕事が見つからない。
基本、安定志向で面倒なことが嫌いなシグルは給与と福利厚生が充実した仕事を探しているのだが、それができるのは中央の役人か出世した軍人くらいである。
先日は役所の求人を扱う部署に行ったら何の技能もなければ就職は難しいと担当者に言われてしまった。
シグルは決して金持ちになりたいわけではない。
どこぞの名士などといった名誉にも興味がない。
単に家族や仲間と共に楽しくやっていけるだけの生活が続けられればそれでよいのである。かといって国内の景気は決して良いとは言えない。
「アイツの店でバイトでもしてみるか……?」
幼馴染の青年にこき使われるところを想像したシグルは苦い顔をしながら一人つぶやいた。
しかし、そんな呑気な事を考えている彼に待っていたのは、望む物とは正反対の最上級の惨劇だった。
十もの能力を駆使しても、命を削る奥の手を使っても、全く歯が立たなかった。
あの男は、最後まで余裕のある穏やかな笑みを崩さなかった。
「あの子だけでも、こっちの世界に連れてこられてよかったのかしら……」
少女は雨の中、寝静まった町の裏路地を動かない右脚を引きずりながら歩く。
少女は事情を全く理解できずに不安そうな顔をしていたたった一人の家族の顔を思い浮かべた。
この世で最も愛しい者を使っておぞましい計画を考えていたあの男は、何としても討たなければならない。
そのために、この異世界に逃げ込んででも、まずは力を付け、共に戦う仲間を探さなければならない。
「待っててね。必ず、やり遂げて見せるから」
自分の命の灯がいつ消えるかもわからない中、少女は強い意志を己の心に焼き付けた。
◇
一人の青年が夢を見ていた。
しかし、それは決して良いものではないことは彼の額に浮かぶ脂汗が示している。
炎の中、知らない女性が自分の手を引いて走っている。
彼女は息を切らせ、時折足をもつらせながらも走ることを止めない。
背後から幼い女の子の慟哭が追いかけてくる。
その子の声には悲しみと怒りが込められ、振り返るとその子は涙で顔を濡らしながら手を自分に向けて伸ばしている。
しかし、その光景は次第に白くなって薄れていき、やがて消えていった。
「……っ!」
息苦しさに耐えかねた青年は思わず目を開け、詰まる息を深く吐いた。
「――あ、やっと起きた」
同時に声が聞こえたので目をやると、一人の小柄な少女が青年の腹に跨っていた。
「またお前、その起こし方止めろって言ってんだろ。息苦しいんだよ」
「いいじゃん別に。兄妹だからこそできる貴重なスキンシップだと思わないの?」
そう言うと少女は青年の腰のあたりで自分の腰をグネグネと前後左右に動かす。
寝起きで元気になってしまっている自分自身にはあまりにも毒だ。
まあ、目の前でそれをしているのは妹なので興奮はしないが。
「思わない。人の睡眠を邪魔するやつは全員敵だ」
「けっ。これだから童貞は」
少女はそう吐き捨てるとベッドから降り、桜色のポニーテールを揺らしながら振り返った。
「早く起きないとパパに怒られるよ。また今日も仕事探すんでしょ?」
「わかってるよ。ったくめんどくせえな」
青年は黒い髪を掻きむしりながらだるそうにベッドから降り、部屋を出た。
その時にはもう、夢の内容を忘れてしまっていた。
「起きたか、シグル」
「ああ、うん」
野太い声の主に短く返事をした青年の名はシグル・アトラス。
そして、シグルに声をかけた大男は彼の育ての親である、グレン・アトラスである。
「じゃあいただきまーす」
グレンが用意した朝食のパンをさっそく頬張った少女の名はリリィ・アトラス。
シグルの妹に当たる。
ちなみに、「育ての親」と表現したが、シグルとグレンには血の繋がりはない。
シグルは元々孤児院で暮らしており、六歳より前の記憶がない。
グレンはそんなシグルを養子として引き取り、現在に至っている。
「仕事の方はどうだ」
シグル達が食卓を囲んでしばらくして、グレンが短くシグルに問うた。
「ん、まあ探してるけどまだ見つからない」
「そうか。慌てずにやれ。少なからず人生を左右するからな。俺の職場を紹介できなくて申し訳ないが」
「いいって。景気のことはどうしようもないし」
「ちゃんといい仕事見つけてリリィを潤わせてよ、お兄」
「お前はミィハかロキの店でしごかれればいい」
シグルは無表情でリリィに言うと、リリィは短く舌を出した。
「ご馳走様。ちょっと出かけてくる」
食器を片付けた後、シグルは着替えて家の外に出た。
セント・イスラシオ帝国。
気候は温暖で海と山の資源に恵まれた国である。
三百年前に起こった大陸規模の戦争の後、〈漆黒の聖女〉という伝説上の存在によって複数の小国が合わさって成立した。
そんな国の首都、ヴェスティーゼ市にシグル・アトラスは住んでいる。
「なーんかいい仕事ねえかなあ」
シグルは今年で十七歳になった。
そろそろ親の扶養から外れて自分で食い扶持を稼がなければならないが、なかなか上手いこと仕事が見つからない。
基本、安定志向で面倒なことが嫌いなシグルは給与と福利厚生が充実した仕事を探しているのだが、それができるのは中央の役人か出世した軍人くらいである。
先日は役所の求人を扱う部署に行ったら何の技能もなければ就職は難しいと担当者に言われてしまった。
シグルは決して金持ちになりたいわけではない。
どこぞの名士などといった名誉にも興味がない。
単に家族や仲間と共に楽しくやっていけるだけの生活が続けられればそれでよいのである。かといって国内の景気は決して良いとは言えない。
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