White Prominence~異世界からの侵略者~

たけもふ

文字の大きさ
4 / 6
覚醒

青年、目覚める

しおりを挟む
 同時期、グリアモス公国軍は帝国との国境沿いの広い荒野に拠点を設けていた。

 そこは濃い霧に包まれており、数メートル先もまともに見えない。



「――ま、こんなものかな」



 一人の眼鏡をかけた青年が黒く巨大な物体に触れながら短く言った。



「失礼する」



 そこに一人の鎧を纏った黒髭の男が青年に声をかけた。



「ああ、将軍。お疲れ様です」

「ご苦労。様子はどうだ」



 二人は短く挨拶を交わすと、首を上に傾けていくつもの物体を見つめた。



「調子は良好ですよ。暴れることも動かないこともなし。こちらの思い通りに動いてくれると思います」

「そ、そうか……」



 男は恐る恐る黒い物体に手を触れた。

 それはまるで血が通っているかのように温かく、そして剣すら通さないのではないかというほど硬い。



「しかし、此度の戦は貴殿らがいなければ決して決行されることはなかっただろう。陛下は自信に満ち溢れていらっしゃる。これならば帝国の神具とやらにも対抗できると」

「どうですかね。そこは見たことがないのでちょっとわからないですけど、少なくともどんなに屈強な人間でも生身で敵うことはまずないですね」

「だろうな……」



 男はもしこれがこちら側ではなく敵側にあったらと思うだけで、自身が長く死線を潜ってきた実績があるとはいえ、寒気を覚えずにはいられなかった。



「味方の損害は最小限に、かつ敵側の損害を最大限にできるならば、それは戦争の理想形だ」

「ですね。僕たちにとっても絶好のテストになりそうです」



 二人は振り返り、十万もいない兵士たちを静かに見ていた。



           ◇



 帝国軍においては、少しでも新兵に力を付けさせるべく、非常に過酷な訓練が日々行われていた。

 剣や槍、徒手空拳の技術から、戦術を理解するための座学まで設けられるという徹底ぶりである。

 そこでは毎日泣き出す者、嘔吐する者、深夜に逃げ出す者、その他、多くの若者が音を上げていた。



 それはもちろん、シグルも例外ではない。



「――もうやだ! 俺帰る! 寝る!」

「気持ちはわかるがシグルよ、今じゃここが俺らの家になっちまってるんだぜ?」



 シグルは癇癪を起こし、剣を地面に叩きつけて声を荒げた。

 一方のロキは楽観的なのかそれとも基本的な体力が元々あったからか、落ち着いた口調でシグルを宥めている。



「お前はいいよな。なんでもそつなく熟せて。座学に至っちゃまさかのトップかよ。そりゃあ余裕でいられるよな」

「俺はまだマシだぜ。あいつを見てみろ」



 ロキは呆れた顔で肩をすくめながらある方向に顎を向けた。



「次! アンタら本当に男なの? 全く話にならないじゃない!」



 そう言いながら自分より体格で勝る男たちをちぎっては投げを繰り返しているのは、唯一の女性志願兵のジャンヌであった。



「あいつに至っちゃ水を得た魚だぜ。プロの兵相手に取っ組み合いで勝ってやがる」



 圧倒的な格闘センスを持っているジャンヌは、聞くところ父親が元兵士で小さい頃から諸々仕込まれていたのだという。

 ちなみにシグルとロキも投げられ済みである。



「あれはもう異次元だからむしろどうでもいい。とにかく俺は早く家に帰りたいんだよ。ああミィハはどうしてるかな。あいつの飯が食いてえ……」



 シグルは花のように穏やかな笑顔が印象的な幼馴染の少女を頭の中に思い浮かべていた。



「あいつは異常なほど心配性だからな。今頃家の仕事が手についてねえんじゃねえか?」

「あり得る。いや絶対にそうなってる」



 ミィハは二人にとっては家族も同然の存在であり、いつも一緒に遊び、互いの家を行き来している仲である。

 そして彼女は過保護といっていいほど世話焼きであり、二人に何かあると自分は関係ないのに真っ先にすっ飛んでくる。



「まあどうやら比較的安全なところに置いてくれるみてえだから、気楽にいこうや。今死ぬわけじゃねえんだしよ」

「それができてたら苦労しねえよ……」

「あら、アンタたち暇そうね。もう一回どう?」

「「お断りします」」



 良い汗をタオルで拭きながらジャンヌは戻ってきてそう言ったが、シグルとロキは音の速さで首を横に振った。



「でも本当に不安よ。皆あらゆる面で素人じゃない。あの小さい皇帝さんはああは言ったけど、このままじゃ生きて還るどころか犬死にがいいところよ」

「犬死にって……。まだ訓練始めて日も浅いし、やりたくてやってるヤツなんてほとんどいないだろ。しょうがねえよ」



 ジャンヌは眉を顰めながら不安を口にし、それに対してシグルが短く返した。

 すると、ジャンヌは目つきを鋭くしてシグルに詰め寄った。



「じゃあこのままでいいって言うの? 敵は圧倒的な数なのよ? どれほどの犠牲が出るか分からない。絶対に誰も自分の事を守ってなんかくれないわ。自分の命は自分で守るのが当り前よ」

「違うとは言ってないだろ。でも俺たちは一般市民なんだぜ? そんな言うんだったらお前みたいに力を振るいたいヤツだけが行って国を守ってくればいいだろ。何で関係ない俺たちが命を懸けなきゃいけないんだよ」

「なっ! アンタどこまで責任感に欠けてるのよ! 自分たちの生活が脅かされてるのよ⁉」

「どうどうそこまで! 止そうぜこんなところでケンカなんてよ。どっちの気持ちもわかるけど俺ら仲間じゃねえか。ここでいがみ合ったってそれこそ意味ねぇよ、だろ?」

「「チ……ッ」」



 ロキが慌てて二人の間に割って入り口論を鎮めると、二人は同時に舌打ちをして距離をとった。



「私はもう少し体を動かしてくるわ。気分悪いままで終わりたくない」

「くそっ。マジだりいわ。やってらんねえ」



 ジャンヌは再び兵士たちに混ざって訓練を始め、シグルは壁に背中を預け座り込んだ。



「はあ……」



 やむなく仲裁役を買って出たロキは頭を小さく掻き、深いため息を吐いた。

 こうして、各々にとってストレスの溜まる日は一か月ほど続いた。



 そして、戦が二日後に迫った日、新兵たちは一度家に帰ることが許可された。ほとんどの者にとっては最後の別れになるかもしれない、不安と恐怖に駆られる一時である。



 シグルとロキは、ミィハと共にロキの居酒屋で卓を囲んでいた。



『……』



 しかし、重苦しい雰囲気に誰も口火を切ることができず、食事にも手をつけることができていない。



「まあ、食えよ! タダだぜ? 明日に備えて体力を付けねえと!」



 ロキは努めて場の雰囲気を和ませようとするが、シグルとミィハは暗い表情で俯いたままだ。



「私、もう気が変になりそうだよ……」

「ミィハ……」



 服の裾をぎゅっと掴んで悲痛な声を上げたミィハにシグルは目線を移した。



「二人が兵隊になってからずっと苦しいの。本当に生きて還って来てくれるのか、もし、二人が帰ってこなかったらって思うと……っ」



 ミィハはそう言うと目から涙をぽろぽろと零し始めた。



「二人が側にいるのが当り前だと思ってたから、こんなことになるなんて思ってなかった! ずっと一緒だった二人がいなくなった後なんて私、どうしても考えられない。考えたくない……」

「俺だって、こんなことになるなんて思ってなかったし、行きたくて行くんじゃねえよ。もし俺に何かあったら、お前も親父も、リリィもどうなっちまうかなんて、考えたくもねえ……」



 シグルはそう言って、万が一の事を想像すると、全身に氷を詰められたかのように寒気と震えが襲ってきた。



「そんなこと言ってもキリねえだろ。俺だって怖いけどよ、生きて還ることを前提に考えるしかないじゃねえか。皇帝さんだってそう言ってたんだしよ。ちょっとくらい逃げ回ったって誰も文句なんか言わねえって」



 ロキは前向きな言葉をシグルとミィハにかけると、手元にあった果実酒の入ったグラスを取って飲み干した。

 ちなみに酒は帝国では十七歳から飲んでよいことになっている。



「ぷはぁっ。だから今から暗い話は無しだ。とにかく食って飲んで戦の後の事を話す。いいな?」

「全く、お前のそういうところホントに羨ましいな」



 シグルはそう言うと、ロキと同様に一気に酒を喉に流し込んだ。



「ミィハ、一つ言っておくけど、俺は死ぬつもりなんて全くないからな。とにかく逃げて逃げまくってでも生き残る。兵士の責務なんてクソくらえだ」



 ジャンヌがいたらまたもケンカになっていそうな台詞をミィハに向けて言った。



「……わかった。二人とも必ず帰って来てね。私、ありったけのご飯作って待ってるから」



「「もちろん」」



 シグルとロキは大きく頷くと、二杯目の果実酒に手を付けた。



 こうして、三人は夜通し残りの時間を惜しむように今までの事、そしてこれからの事の話に花を咲かせた。



 そして、帝国史上最悪の凄惨な戦いが始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...