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公爵様の華麗なる解決と義母の新たな謀略
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ルーカス様の腕の中で、私は安心しきっていた。やはり、この方ならば、私の全てを理解してくれる。私の、彼に対する一途な愛を、そしてこの屋敷で私が耐えている試練を。
「さあ、食事にしよう。美味しい夕食を作ってもらったから」
ルーカス様はそう言って、私の手を引き、ダイニングルームへと向かった。
夕食の最中、話題は自然と庭園のバラへと移った。
「ユーカ様」
彼がそう切り出すと、ユーカ様は少し身構えるような表情を見せた。
「庭園のバラのことで、アエナから話を聞いたよ」
ルーカス様は静かに、しかし有無を言わせない口調で言った。
「ええ、ルーカス。あのバラ、どうも品種が良くなくてね。庭園の景観を損ねているから、私がアエナに処分を命じたのよ」
ユーカ様は、私をちらりと見て、勝ち誇ったように言った。
「なるほど。それは知らなかった」
ルーカス様はそう言って、グラスを手に取る。
「だが、あのバラは、私がアエナに贈ったものだ。品種が悪いというが、私はあのバラの色と香りが気に入っている。それに、アエナが大切に育てていたものだ。それを、私の許可なく処分するというのは、どういうことだろう」
ルーカス様は、穏やかな口調ながらも、その言葉にははっきりとした怒りの色が宿っていた。
「ルーカス、私はこの公爵邸のしきたりを守ってきた人間よ。たかがバラ一本で、私にそんな言い方をするなんて」
「たかがバラ、ではない。それは、私が私の妻に贈った、愛の証だ。そして、私は、私の妻が大切にしているものを、誰にも傷つけさせはしない」
公爵であるあなたの言葉は、この屋敷の絶対的なルールである。ユーカ様は、顔を真っ赤にして、何も言い返すことができなかった。
「ユーカ様、申し訳ないが、私の妻が大切にしているものを、今後は勝手に処分しないでほしい。もし、庭園の景観について何か問題があるのなら、私に直接言ってくれ。庭師長にも、そのように伝えておく」
ルーカス様はそう言って、冷たくユーカ様を見つめた。
「そして、アエナ。君は、もうバラのことを心配しなくていい。あのバラは、この屋敷の庭園で、これまで通り咲き誇るだろう。もし、誰かが君の大切なものに手を出すようなことがあれば、君は迷わず私に知らせなさい。君を守るのが、この私の役目だ」
私の愛する夫、ルーカス様は、私のために、きっぱりと義母の行動を否定してくださったのだ。
「ありがとうございます、ルーカス様。あなた様のそのお言葉だけで、私は十分です」
私は、感極まって涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
ユーカ様は、悔しそうに顔を歪め、食事を途中で切り上げて部屋を出て行った。彼女の怒りが、次の謀略の準備に取り掛かったことを示しているのは明らかだった。
(翌日)
ルーカス様が仕事に出かけられた後、私は公爵夫人としての日課をこなしていた。昨夜の件で、ユーカ様はさらに私への憎しみを募らせたことだろう。彼女が次に何を仕掛けてくるのか、私は警戒を怠らなかった。
そして、その予感は的中した。
午後のティータイム。私は執務室で書類の整理をしていると、ユーカ様が、まるで正義の味方のような顔をして、私の部屋に入ってきた。
「アエナ、貴女に大切な話があるわ」
「ユーカ様、どのようなご用件でしょうか」
私は、立ち上がって丁寧にお辞儀をする。
「貴女の侍女、リリアのことよ。あの子、どうもこの公爵邸の財物を盗んでいるようなの」
「なんですって」
私は思わず声を上げた。リリアは、私が子爵家から連れてきた、一番信頼している侍女である。
「信じられない?でも、これは事実よ。今朝、私が倉庫の整理をしていたら、行方不明になっていた銀食器の小さなスプーンが、彼女の部屋から見つかったの」
ユーカ様は、そう言って、手のひらに乗る小さな銀のスプーンを私に見せた。
「これは、確かに公爵家の紋章が入っていますが」
「そうでしょう。彼女は、それを隠していたのよ。貧しい子爵家から来た貴女の侍女が、公爵家の財産を盗むなんて。まるで、貴女の教育がなっていないことの証明ね」
ユーカ様は、私を侮蔑するような視線を投げかけた。彼女の目的は、私を陥れることと、私の側近を排除すること。
「ユーカ様、それは誤解です。リリアは、決してそのようなことをする子ではありません」
私は、リリアの無実を信じていた。彼女は、私にとって妹のような存在なのだ。
「誤解?証拠が目の前にあるというのに、まだ庇うの?貴女は、この公爵家から泥棒を出すつもり?」
彼女は、声を荒げて私を責め立てる。
「では、ユーカ様。そのスプーンが、なぜリリアの部屋にあったのか、リリア本人に聞いてみましょう」
私は、冷静にそう提案した。
「必要ないわ。証拠があるのだから、もう決まりよ。彼女は即刻、解雇して、衛兵に引き渡すべきだわ」
「それはできません、ユーカ様。公爵邸の侍女を、何の調査もなしに犯罪者として扱うわけにはいきません。ルーカス様にご相談するまでは、リリアを衛兵に引き渡すことは、公爵夫人の私として許可できません」
私は、毅然とした態度でユーカ様を拒否した。ここで、リリアを守らなければ、私はこの屋敷で誰も信じられなくなってしまう。
「貴女は、この私に逆らうの」
「逆らっているわけではありません。私は、公爵家の秩序を守っているだけです。ユーカ様、ルーカス様が帰宅されるまで、この件は私に任せていただけますでしょうか」
私は、静かにユーカ様を見つめた。私の目は、決して揺るがない。
ユーカ様は、私を睨みつけながら、しばらく沈黙した後、ため息をついた。
「いいでしょう。ルーカスの判断を待つわ。ただし、貴女がその侍女を庇って、公爵家に泥を塗るようなことになれば、貴女の責任よ」
ユーカ様はそう言って、部屋を出て行った。
彼女が去った後、私はすぐにリリアを呼んだ。
「リリア、聞きたいことがあるの」
私は、リリアに銀のスプーンを見せ、ユーカ様から聞いた話を全て伝えた。
リリアは、私の話を聞くと、顔を真っ青にして、震えながら涙を流し始めた。
「アエナ様、私は誓って、そのようなものは盗んでおりません。誰かが、私を陥れようとしているのです」
「わかっているわ、リリア。私はあなたを信じている」
私は、リリアの手を握り、優しく言った。
「では、リリア。このスプーンについて、何か心当たりはないかしら」
リリアは、涙を拭いながら、しばらく考え込んだ。
「あ、アエナ様。そういえば、昨日の夜、私がユーカ様の部屋から戻ってきた直後、誰かが私の部屋の前に立っているのを見ました」
「誰だったの」
「それは、ユーカ様の専属の侍女、マルタです。彼女は、私が部屋に入った後、すぐに立ち去りましたが、何かを隠すような仕草をしていたように見えました」
マルタ。ユーカ様の忠実な腹心である。全てが繋がった。ユーカ様がマルタを使って、リリアの部屋にスプーンを忍び込ませたのだ。
「リリア、あなたは何も心配しなくていい。この件は、ルーカス様が必ず解決してくださる」
私は、リリアを抱きしめ、安心させた。
そして、私は再びルーカス様へ手紙を書いた。今度は、昨日のような情緒的なものではなく、事実を冷静に、そして正確に伝えるためのものだ。
『私の愛する夫へ。公爵邸で、あなたの継母ユーカ様が、私の侍女リリアを窃盗の罪で告発いたしました。証拠として提出されたスプーンは、リリアの部屋から見つかったとのことですが、リリアは無実を主張しております。私は、ユーカ様の侍女であるマルタが、そのスプーンをリリアの部屋に忍び込ませたのではないかと推測しております。どうか、この公爵邸の平和と、あなたの妻の無実の侍女を守るために、早急にご帰宅いただき、この件をご裁定ください。あなたの、賢明なる妻アエナより』
私は、この手紙を昨日の小姓に託し、ルーカス様の帰宅を静かに待った。
夕食前、ルーカス様は予定よりも早く帰宅された。彼の顔は、疲れていたが、私を見つけると、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「ただいま、アエナ。君の書いた手紙を読んだよ。君の賢明な判断に感謝する」
「おかえりなさいませ、ルーカス様。お疲れのところ、申し訳ございません」
私たちは、夕食の前に、ルーカス様の執務室で二人きりで話をした。
「ユーカ様の仕業だと、君は考えているのだな」
「はい。私はそう確信しております。ユーカ様は、私を陥れるために、私の一番大切な侍女を排除しようとなさいました」
私は、リリアから聞いたマルタのことも、全てルーカス様に伝えた。
ルーカス様は、私の話を聞き終えると、深くため息をついた。
「ユーカ様が、そこまで卑劣なことをするとは。君を苦しめるために、私の妻を陥れるために、無実の人間を巻き込むとは」
彼の声には、怒りと悲しみが混ざっていた。彼は、やはり血の繋がった家族を信じたかったのだろう。
「ルーカス様、この件、どのようにご裁定いただけますでしょうか」
「決まっているだろう、アエナ。私は、君の賢明さと、君が信じるリリアを信じる」
ルーカス様はそう言って、私の手を強く握った。
その夜の夕食は、重い空気の中で進んだ。ユーカ様は、勝ち誇ったような顔で私を見ていたが、ルーカス様はほとんど口を開かなかった。
食事が終わり、ルーカス様は静かに口を開いた。
「ユーカ様、今夜は、アエナの侍女リリアの窃盗の件について、ご裁定させていただきたい」
ユーカ様は、得意げに胸を張った。
「ええ、ルーカス。貴女が公正な判断をしてくれると信じているわ。泥棒は、この公爵家には必要ない」
「ユーカ様、その前に、一つだけお聞きしたい。リリアの部屋から見つかったというスプーンは、本当に公爵家のものですか」
「当たり前でしょう。公爵家の紋章が入っている」
「では、そのスプーンが、リリアの部屋にどのようにして入ったのか、ユーカ様はご存知ですか」
「知るわけないでしょう。泥棒が自分で隠したに決まっている」
ルーカス様は、静かにユーカ様を見つめた。
「ユーカ様。私は、マルタを呼びました。マルタに、この件について、全て話してもらおう」
ルーカス様がそう言うと、ユーカ様の顔から血の気が引いた。
そして、マルタが部屋へと入ってきた。彼女は、顔面蒼白で、震えながらルーカス様の前に立っていた。
「マルタ、リリアの部屋から見つかったというスプーンについて、正直に話しなさい」
ルーカス様の声は、低く、威圧的だった。
マルタは、ユーカ様と私を交互に見ながら、しばらく口を開かなかった。しかし、ルーカス様の威圧感に耐えきれず、ついに口を開いた。
「申し訳ありません、ルーカス様。あれは、ユーカ様から命じられて、私がリリアの部屋に忍び込ませたものです」
マルタの告白に、ユーカ様は立ち上がり、怒鳴った。
「マルタ、何を言っているの。貴女、正気なの」
「ユーカ様、もうやめてください。私は、もう嘘をつきたくありません」
マルタは、泣きながら、ユーカ様からの指示で、スプーンをリリアの部屋に隠し、リリアを陥れようとしたことを全て告白した。
ユーカ様は、その場で崩れ落ちた。
「ユーカ様。マルタの告白は、全て真実ですか」
ルーカス様は、冷たくユーカ様を見つめる。
「ち、違うわ。この女が、私に逆恨みをして、嘘をついているのよ。ルーカス、私を信じて」
ユーカ様は、必死にルーカス様に取りすがろうとする。
しかし、ルーカス様は、ユーカ様の手を振り払い、冷たく言い放った。
「もういい、ユーカ様。これ以上、私に嘘をつかないでください。私は、アエナとマルタの言葉を信じる」
「ルーカス、なぜ、たかが子爵の娘であるアエナなんかを信じるのよ。私は、貴女の継母でしょう」
ユーカ様の叫びが、ダイニングルームに響き渡った。
「血の繋がりなど、関係ない。私は、私の愛する妻を信じる。そして、私の妻を苦しめ、無実の人間を陥れようとした貴女の行いを、私は決して許さない」
ルーカス様の言葉は、ユーカ様にとって、この世で最も冷たい裁きだっただろう。
「マルタ。貴女は、ユーカ様の指示とはいえ、公爵家内で窃盗を偽装した罪は重い。だが、全てを正直に告白したことを考慮し、公爵邸を去ることで、罪を許そう」
「ありがとうございます、ルーカス様」
マルタは、涙を流しながら、ルーカス様に深々とお辞儀をした。
そして、ルーカス様は、衛兵を呼び、ユーカ様にこう告げた。
「ユーカ様。今日から、貴女は公爵邸の北棟にある別邸で、謹慎していただきます。公爵家の一員として、妻を陥れようとした貴女の行為は、決して許されるものではない」
ユーカ様は、衛兵に連行されながらも、私を呪うような言葉を叫び続けていた。
「アエナ、貴女を許さない。貴女の幸福は、私が必ず壊してやる」
私は、その叫びを静かに受け止めた。私のスルー術は、彼女の毒を、ルーカス様が全て断ち切ってくださったことで、完璧な勝利を収めたのだ。
「さあ、食事にしよう。美味しい夕食を作ってもらったから」
ルーカス様はそう言って、私の手を引き、ダイニングルームへと向かった。
夕食の最中、話題は自然と庭園のバラへと移った。
「ユーカ様」
彼がそう切り出すと、ユーカ様は少し身構えるような表情を見せた。
「庭園のバラのことで、アエナから話を聞いたよ」
ルーカス様は静かに、しかし有無を言わせない口調で言った。
「ええ、ルーカス。あのバラ、どうも品種が良くなくてね。庭園の景観を損ねているから、私がアエナに処分を命じたのよ」
ユーカ様は、私をちらりと見て、勝ち誇ったように言った。
「なるほど。それは知らなかった」
ルーカス様はそう言って、グラスを手に取る。
「だが、あのバラは、私がアエナに贈ったものだ。品種が悪いというが、私はあのバラの色と香りが気に入っている。それに、アエナが大切に育てていたものだ。それを、私の許可なく処分するというのは、どういうことだろう」
ルーカス様は、穏やかな口調ながらも、その言葉にははっきりとした怒りの色が宿っていた。
「ルーカス、私はこの公爵邸のしきたりを守ってきた人間よ。たかがバラ一本で、私にそんな言い方をするなんて」
「たかがバラ、ではない。それは、私が私の妻に贈った、愛の証だ。そして、私は、私の妻が大切にしているものを、誰にも傷つけさせはしない」
公爵であるあなたの言葉は、この屋敷の絶対的なルールである。ユーカ様は、顔を真っ赤にして、何も言い返すことができなかった。
「ユーカ様、申し訳ないが、私の妻が大切にしているものを、今後は勝手に処分しないでほしい。もし、庭園の景観について何か問題があるのなら、私に直接言ってくれ。庭師長にも、そのように伝えておく」
ルーカス様はそう言って、冷たくユーカ様を見つめた。
「そして、アエナ。君は、もうバラのことを心配しなくていい。あのバラは、この屋敷の庭園で、これまで通り咲き誇るだろう。もし、誰かが君の大切なものに手を出すようなことがあれば、君は迷わず私に知らせなさい。君を守るのが、この私の役目だ」
私の愛する夫、ルーカス様は、私のために、きっぱりと義母の行動を否定してくださったのだ。
「ありがとうございます、ルーカス様。あなた様のそのお言葉だけで、私は十分です」
私は、感極まって涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
ユーカ様は、悔しそうに顔を歪め、食事を途中で切り上げて部屋を出て行った。彼女の怒りが、次の謀略の準備に取り掛かったことを示しているのは明らかだった。
(翌日)
ルーカス様が仕事に出かけられた後、私は公爵夫人としての日課をこなしていた。昨夜の件で、ユーカ様はさらに私への憎しみを募らせたことだろう。彼女が次に何を仕掛けてくるのか、私は警戒を怠らなかった。
そして、その予感は的中した。
午後のティータイム。私は執務室で書類の整理をしていると、ユーカ様が、まるで正義の味方のような顔をして、私の部屋に入ってきた。
「アエナ、貴女に大切な話があるわ」
「ユーカ様、どのようなご用件でしょうか」
私は、立ち上がって丁寧にお辞儀をする。
「貴女の侍女、リリアのことよ。あの子、どうもこの公爵邸の財物を盗んでいるようなの」
「なんですって」
私は思わず声を上げた。リリアは、私が子爵家から連れてきた、一番信頼している侍女である。
「信じられない?でも、これは事実よ。今朝、私が倉庫の整理をしていたら、行方不明になっていた銀食器の小さなスプーンが、彼女の部屋から見つかったの」
ユーカ様は、そう言って、手のひらに乗る小さな銀のスプーンを私に見せた。
「これは、確かに公爵家の紋章が入っていますが」
「そうでしょう。彼女は、それを隠していたのよ。貧しい子爵家から来た貴女の侍女が、公爵家の財産を盗むなんて。まるで、貴女の教育がなっていないことの証明ね」
ユーカ様は、私を侮蔑するような視線を投げかけた。彼女の目的は、私を陥れることと、私の側近を排除すること。
「ユーカ様、それは誤解です。リリアは、決してそのようなことをする子ではありません」
私は、リリアの無実を信じていた。彼女は、私にとって妹のような存在なのだ。
「誤解?証拠が目の前にあるというのに、まだ庇うの?貴女は、この公爵家から泥棒を出すつもり?」
彼女は、声を荒げて私を責め立てる。
「では、ユーカ様。そのスプーンが、なぜリリアの部屋にあったのか、リリア本人に聞いてみましょう」
私は、冷静にそう提案した。
「必要ないわ。証拠があるのだから、もう決まりよ。彼女は即刻、解雇して、衛兵に引き渡すべきだわ」
「それはできません、ユーカ様。公爵邸の侍女を、何の調査もなしに犯罪者として扱うわけにはいきません。ルーカス様にご相談するまでは、リリアを衛兵に引き渡すことは、公爵夫人の私として許可できません」
私は、毅然とした態度でユーカ様を拒否した。ここで、リリアを守らなければ、私はこの屋敷で誰も信じられなくなってしまう。
「貴女は、この私に逆らうの」
「逆らっているわけではありません。私は、公爵家の秩序を守っているだけです。ユーカ様、ルーカス様が帰宅されるまで、この件は私に任せていただけますでしょうか」
私は、静かにユーカ様を見つめた。私の目は、決して揺るがない。
ユーカ様は、私を睨みつけながら、しばらく沈黙した後、ため息をついた。
「いいでしょう。ルーカスの判断を待つわ。ただし、貴女がその侍女を庇って、公爵家に泥を塗るようなことになれば、貴女の責任よ」
ユーカ様はそう言って、部屋を出て行った。
彼女が去った後、私はすぐにリリアを呼んだ。
「リリア、聞きたいことがあるの」
私は、リリアに銀のスプーンを見せ、ユーカ様から聞いた話を全て伝えた。
リリアは、私の話を聞くと、顔を真っ青にして、震えながら涙を流し始めた。
「アエナ様、私は誓って、そのようなものは盗んでおりません。誰かが、私を陥れようとしているのです」
「わかっているわ、リリア。私はあなたを信じている」
私は、リリアの手を握り、優しく言った。
「では、リリア。このスプーンについて、何か心当たりはないかしら」
リリアは、涙を拭いながら、しばらく考え込んだ。
「あ、アエナ様。そういえば、昨日の夜、私がユーカ様の部屋から戻ってきた直後、誰かが私の部屋の前に立っているのを見ました」
「誰だったの」
「それは、ユーカ様の専属の侍女、マルタです。彼女は、私が部屋に入った後、すぐに立ち去りましたが、何かを隠すような仕草をしていたように見えました」
マルタ。ユーカ様の忠実な腹心である。全てが繋がった。ユーカ様がマルタを使って、リリアの部屋にスプーンを忍び込ませたのだ。
「リリア、あなたは何も心配しなくていい。この件は、ルーカス様が必ず解決してくださる」
私は、リリアを抱きしめ、安心させた。
そして、私は再びルーカス様へ手紙を書いた。今度は、昨日のような情緒的なものではなく、事実を冷静に、そして正確に伝えるためのものだ。
『私の愛する夫へ。公爵邸で、あなたの継母ユーカ様が、私の侍女リリアを窃盗の罪で告発いたしました。証拠として提出されたスプーンは、リリアの部屋から見つかったとのことですが、リリアは無実を主張しております。私は、ユーカ様の侍女であるマルタが、そのスプーンをリリアの部屋に忍び込ませたのではないかと推測しております。どうか、この公爵邸の平和と、あなたの妻の無実の侍女を守るために、早急にご帰宅いただき、この件をご裁定ください。あなたの、賢明なる妻アエナより』
私は、この手紙を昨日の小姓に託し、ルーカス様の帰宅を静かに待った。
夕食前、ルーカス様は予定よりも早く帰宅された。彼の顔は、疲れていたが、私を見つけると、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「ただいま、アエナ。君の書いた手紙を読んだよ。君の賢明な判断に感謝する」
「おかえりなさいませ、ルーカス様。お疲れのところ、申し訳ございません」
私たちは、夕食の前に、ルーカス様の執務室で二人きりで話をした。
「ユーカ様の仕業だと、君は考えているのだな」
「はい。私はそう確信しております。ユーカ様は、私を陥れるために、私の一番大切な侍女を排除しようとなさいました」
私は、リリアから聞いたマルタのことも、全てルーカス様に伝えた。
ルーカス様は、私の話を聞き終えると、深くため息をついた。
「ユーカ様が、そこまで卑劣なことをするとは。君を苦しめるために、私の妻を陥れるために、無実の人間を巻き込むとは」
彼の声には、怒りと悲しみが混ざっていた。彼は、やはり血の繋がった家族を信じたかったのだろう。
「ルーカス様、この件、どのようにご裁定いただけますでしょうか」
「決まっているだろう、アエナ。私は、君の賢明さと、君が信じるリリアを信じる」
ルーカス様はそう言って、私の手を強く握った。
その夜の夕食は、重い空気の中で進んだ。ユーカ様は、勝ち誇ったような顔で私を見ていたが、ルーカス様はほとんど口を開かなかった。
食事が終わり、ルーカス様は静かに口を開いた。
「ユーカ様、今夜は、アエナの侍女リリアの窃盗の件について、ご裁定させていただきたい」
ユーカ様は、得意げに胸を張った。
「ええ、ルーカス。貴女が公正な判断をしてくれると信じているわ。泥棒は、この公爵家には必要ない」
「ユーカ様、その前に、一つだけお聞きしたい。リリアの部屋から見つかったというスプーンは、本当に公爵家のものですか」
「当たり前でしょう。公爵家の紋章が入っている」
「では、そのスプーンが、リリアの部屋にどのようにして入ったのか、ユーカ様はご存知ですか」
「知るわけないでしょう。泥棒が自分で隠したに決まっている」
ルーカス様は、静かにユーカ様を見つめた。
「ユーカ様。私は、マルタを呼びました。マルタに、この件について、全て話してもらおう」
ルーカス様がそう言うと、ユーカ様の顔から血の気が引いた。
そして、マルタが部屋へと入ってきた。彼女は、顔面蒼白で、震えながらルーカス様の前に立っていた。
「マルタ、リリアの部屋から見つかったというスプーンについて、正直に話しなさい」
ルーカス様の声は、低く、威圧的だった。
マルタは、ユーカ様と私を交互に見ながら、しばらく口を開かなかった。しかし、ルーカス様の威圧感に耐えきれず、ついに口を開いた。
「申し訳ありません、ルーカス様。あれは、ユーカ様から命じられて、私がリリアの部屋に忍び込ませたものです」
マルタの告白に、ユーカ様は立ち上がり、怒鳴った。
「マルタ、何を言っているの。貴女、正気なの」
「ユーカ様、もうやめてください。私は、もう嘘をつきたくありません」
マルタは、泣きながら、ユーカ様からの指示で、スプーンをリリアの部屋に隠し、リリアを陥れようとしたことを全て告白した。
ユーカ様は、その場で崩れ落ちた。
「ユーカ様。マルタの告白は、全て真実ですか」
ルーカス様は、冷たくユーカ様を見つめる。
「ち、違うわ。この女が、私に逆恨みをして、嘘をついているのよ。ルーカス、私を信じて」
ユーカ様は、必死にルーカス様に取りすがろうとする。
しかし、ルーカス様は、ユーカ様の手を振り払い、冷たく言い放った。
「もういい、ユーカ様。これ以上、私に嘘をつかないでください。私は、アエナとマルタの言葉を信じる」
「ルーカス、なぜ、たかが子爵の娘であるアエナなんかを信じるのよ。私は、貴女の継母でしょう」
ユーカ様の叫びが、ダイニングルームに響き渡った。
「血の繋がりなど、関係ない。私は、私の愛する妻を信じる。そして、私の妻を苦しめ、無実の人間を陥れようとした貴女の行いを、私は決して許さない」
ルーカス様の言葉は、ユーカ様にとって、この世で最も冷たい裁きだっただろう。
「マルタ。貴女は、ユーカ様の指示とはいえ、公爵家内で窃盗を偽装した罪は重い。だが、全てを正直に告白したことを考慮し、公爵邸を去ることで、罪を許そう」
「ありがとうございます、ルーカス様」
マルタは、涙を流しながら、ルーカス様に深々とお辞儀をした。
そして、ルーカス様は、衛兵を呼び、ユーカ様にこう告げた。
「ユーカ様。今日から、貴女は公爵邸の北棟にある別邸で、謹慎していただきます。公爵家の一員として、妻を陥れようとした貴女の行為は、決して許されるものではない」
ユーカ様は、衛兵に連行されながらも、私を呪うような言葉を叫び続けていた。
「アエナ、貴女を許さない。貴女の幸福は、私が必ず壊してやる」
私は、その叫びを静かに受け止めた。私のスルー術は、彼女の毒を、ルーカス様が全て断ち切ってくださったことで、完璧な勝利を収めたのだ。
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