11 / 11
光と闇の織りなす、永遠の神話
しおりを挟む
ノクティス帝国の空は、今日もどこまでも澄み渡るような青に染まっていました。
私がこの国に連れてこられてから、早いもので数年の月日が流れました。 かつて「絶望の森」で死を待っていた、あの痩せ細った少女の面影は、今の私にはもうどこにもありません。
鏡の中に映るのは、艶やかな白銀の髪をなびかせ、慈愛に満ちた瞳を持つ一人の女性。 帝国の母として、そしてヴォルデレード様の唯一の妻として、私はこの上ない幸福の中にいました。
「……ふふ、今日も元気ね」
私はそっと、膨らみ始めた自分のお腹に手を当てました。 そこには、私とヴォルデレード様の愛の結晶が宿っています。 光と闇、二つの異なる力を受け継ぐ新しい命。 この子が生まれてくる日を想像するだけで、胸の奥が温かな光で満たされるようでした。
そこへ、背後から音もなく力強い腕が回り、私を優しく包み込みました。
「レティシア。あまり無理をするなと言っただろう。また庭園で花を咲かせていたそうだな」
聞き慣れた、耳に心地よく響く低い声。 ヴォルデレード様は私の肩に顎を乗せ、慈しむように私とお腹に手を添えました。
「ヴォルデレード様、お帰りなさい。……でも、お花たちがもっと光が欲しいと言っていたものですから」
「君は優しすぎる。その強大すぎる聖女の力は、本来なら世界一つを容易に作り替えられるほどのものだというのに。……それをたかが庭の草花のために使うのは、君くらいなものだ」
彼は少しだけ呆れたように笑いながらも、その緋色の瞳には深い愛おしさが滲んでいました。 皇帝としての執務で忙しいはずの彼ですが、私が懐妊してからは、片時も離れたくないと言わんばかりの溺愛ぶりを見せています。
「私にとっては、この平和な庭園を守ることこそが、何よりも大切な仕事なのです。……あなたと、この子が笑って過ごせる場所を」
「……ああ、本当に。君という人は、どこまで私を骨抜きにすれば気が済むのだ」
ヴォルデレード様は私の髪に、幾度も深く口づけを落としました。 その仕草は、出会った頃よりもずっと情熱的で、そして独占欲に満ちています。
そんな穏やかな時間の中に、一人の老いた文官が報告に現れました。 彼は申し訳なさそうに頭を下げると、私たちが最も忘れたい場所の「その後」について語り始めました。
「陛下、レティシア様。……アステリア王国の件で、最終的な報告が入りました」
アステリア王国。 私を捨て、虐げ、利用しようとした、かつての故郷。 あの光の障壁によって断絶された後の彼らの末路を、私は静かに聞くことにしました。
「聖女の力を失ったあの国は、急速に大地が枯れ果て、今や見る影もございません。……アステリア伯爵は、残った財産を巡る争いで没落し、今は王都の片隅で物乞いをして生き延びているとのことです」
お父様が、物乞いに。 あんなに誇り高く、私を汚物のように見ていた方が。
「そして、お姉様……エルヴィラ嬢は、いかがなさいましたか?」
私の問いに、文官は少し言い淀んだ後、続けました。
「彼女は……最後まで自分が聖女であると叫び続け、今では心を病んで幽閉されているそうです。髪は抜け落ち、かつての美貌は失われ、鏡を見るたびにレティシア様の名前を呼んで泣き叫んでいるとか」
私は、窓の外を眺めました。 悲しみも、怒りも、もう湧いてはきませんでした。 ただ、あるべき場所に、あるべき結果が訪れたのだという、静かな納得だけがありました。
「……そうですか。教えてくれて、ありがとう」
私がそう告げると、ヴォルデレード様が私の肩を抱く手に、ぎゅっと力が込められました。
「もういいだろう。あのような連中の名前を、二度と君の美しい口から出させる必要はない。……彼らは、自分たちが捨てた光がいかに尊かったか、永遠に後悔し続けながら朽ちていくのが相応しい」
彼の言葉は冷酷でしたが、それは私を想ってのこと。 私は彼の胸に寄り添い、過去という重荷を完全に下ろしました。
数ヶ月後。 帝国中に歓喜の叫びが響き渡りました。
私とヴォルデレード様の間に、元気な男の子が生まれたのです。 その子は、陛下と同じ漆黒の髪を持ちながら、瞳は私と同じ輝くようなエメラルド色をしていました。
「……見てください。あなたの瞳にそっくりですよ」
ベッドの上で、私は生まれたばかりの赤子を抱きながら微笑みました。 ヴォルデレード様は、まるで壊れ物を扱うかのような震える手で、その小さな頬に触れました。
「……私の宝が、また一つ増えてしまったな。レティシア、君に感謝を。……この命に代えても、二人を護り抜くと誓おう」
その夜、帝都の空には見たこともないほどの美しいオーロラが広がりました。 聖女の光と魔王の闇が溶け合い、世界を祝福するように輝いています。
それからというもの、ヴォルデレード様の独占欲は息子にまで向けられるようになりました。 「レティシア、あまりその子ばかり構うな。私の時間がなくなる」 「まあ、実の息子に嫉妬するなんて……ふふ、閣下は本当に困った方ですね」
そんな贅沢な悩みを抱えながら、私たちの毎日は笑いと愛に包まれていきました。
帝国の歴史書には、後にこう記されることでしょう。 「最も恐れられた魔王と、最も愛された聖女が、世界に永遠の繁栄をもたらした」と。
けれど、私にとってはそんな大層な記録よりも、今、目の前で愛おしそうに私を見つめる彼の瞳こそが、すべてでした。
「愛しているよ、レティシア。……昨日よりも、今日。今日よりも、明日のほうが、私は君を愛してしまうだろう」
「……はい、あなた。私も、あなたを一生、いいえ、生まれ変わっても愛し続けます」
重なる二つの影。 流れる時間はどこまでも甘く、溶けてしまいそうなほど。 かつて孤独だった少女が手に入れたのは、世界で一番甘い、魔王様からの終わりのない溺愛でした。
光と闇が溶け合うこの国で、私たちの物語は、これからも永遠に続いていくのです。
私がこの国に連れてこられてから、早いもので数年の月日が流れました。 かつて「絶望の森」で死を待っていた、あの痩せ細った少女の面影は、今の私にはもうどこにもありません。
鏡の中に映るのは、艶やかな白銀の髪をなびかせ、慈愛に満ちた瞳を持つ一人の女性。 帝国の母として、そしてヴォルデレード様の唯一の妻として、私はこの上ない幸福の中にいました。
「……ふふ、今日も元気ね」
私はそっと、膨らみ始めた自分のお腹に手を当てました。 そこには、私とヴォルデレード様の愛の結晶が宿っています。 光と闇、二つの異なる力を受け継ぐ新しい命。 この子が生まれてくる日を想像するだけで、胸の奥が温かな光で満たされるようでした。
そこへ、背後から音もなく力強い腕が回り、私を優しく包み込みました。
「レティシア。あまり無理をするなと言っただろう。また庭園で花を咲かせていたそうだな」
聞き慣れた、耳に心地よく響く低い声。 ヴォルデレード様は私の肩に顎を乗せ、慈しむように私とお腹に手を添えました。
「ヴォルデレード様、お帰りなさい。……でも、お花たちがもっと光が欲しいと言っていたものですから」
「君は優しすぎる。その強大すぎる聖女の力は、本来なら世界一つを容易に作り替えられるほどのものだというのに。……それをたかが庭の草花のために使うのは、君くらいなものだ」
彼は少しだけ呆れたように笑いながらも、その緋色の瞳には深い愛おしさが滲んでいました。 皇帝としての執務で忙しいはずの彼ですが、私が懐妊してからは、片時も離れたくないと言わんばかりの溺愛ぶりを見せています。
「私にとっては、この平和な庭園を守ることこそが、何よりも大切な仕事なのです。……あなたと、この子が笑って過ごせる場所を」
「……ああ、本当に。君という人は、どこまで私を骨抜きにすれば気が済むのだ」
ヴォルデレード様は私の髪に、幾度も深く口づけを落としました。 その仕草は、出会った頃よりもずっと情熱的で、そして独占欲に満ちています。
そんな穏やかな時間の中に、一人の老いた文官が報告に現れました。 彼は申し訳なさそうに頭を下げると、私たちが最も忘れたい場所の「その後」について語り始めました。
「陛下、レティシア様。……アステリア王国の件で、最終的な報告が入りました」
アステリア王国。 私を捨て、虐げ、利用しようとした、かつての故郷。 あの光の障壁によって断絶された後の彼らの末路を、私は静かに聞くことにしました。
「聖女の力を失ったあの国は、急速に大地が枯れ果て、今や見る影もございません。……アステリア伯爵は、残った財産を巡る争いで没落し、今は王都の片隅で物乞いをして生き延びているとのことです」
お父様が、物乞いに。 あんなに誇り高く、私を汚物のように見ていた方が。
「そして、お姉様……エルヴィラ嬢は、いかがなさいましたか?」
私の問いに、文官は少し言い淀んだ後、続けました。
「彼女は……最後まで自分が聖女であると叫び続け、今では心を病んで幽閉されているそうです。髪は抜け落ち、かつての美貌は失われ、鏡を見るたびにレティシア様の名前を呼んで泣き叫んでいるとか」
私は、窓の外を眺めました。 悲しみも、怒りも、もう湧いてはきませんでした。 ただ、あるべき場所に、あるべき結果が訪れたのだという、静かな納得だけがありました。
「……そうですか。教えてくれて、ありがとう」
私がそう告げると、ヴォルデレード様が私の肩を抱く手に、ぎゅっと力が込められました。
「もういいだろう。あのような連中の名前を、二度と君の美しい口から出させる必要はない。……彼らは、自分たちが捨てた光がいかに尊かったか、永遠に後悔し続けながら朽ちていくのが相応しい」
彼の言葉は冷酷でしたが、それは私を想ってのこと。 私は彼の胸に寄り添い、過去という重荷を完全に下ろしました。
数ヶ月後。 帝国中に歓喜の叫びが響き渡りました。
私とヴォルデレード様の間に、元気な男の子が生まれたのです。 その子は、陛下と同じ漆黒の髪を持ちながら、瞳は私と同じ輝くようなエメラルド色をしていました。
「……見てください。あなたの瞳にそっくりですよ」
ベッドの上で、私は生まれたばかりの赤子を抱きながら微笑みました。 ヴォルデレード様は、まるで壊れ物を扱うかのような震える手で、その小さな頬に触れました。
「……私の宝が、また一つ増えてしまったな。レティシア、君に感謝を。……この命に代えても、二人を護り抜くと誓おう」
その夜、帝都の空には見たこともないほどの美しいオーロラが広がりました。 聖女の光と魔王の闇が溶け合い、世界を祝福するように輝いています。
それからというもの、ヴォルデレード様の独占欲は息子にまで向けられるようになりました。 「レティシア、あまりその子ばかり構うな。私の時間がなくなる」 「まあ、実の息子に嫉妬するなんて……ふふ、閣下は本当に困った方ですね」
そんな贅沢な悩みを抱えながら、私たちの毎日は笑いと愛に包まれていきました。
帝国の歴史書には、後にこう記されることでしょう。 「最も恐れられた魔王と、最も愛された聖女が、世界に永遠の繁栄をもたらした」と。
けれど、私にとってはそんな大層な記録よりも、今、目の前で愛おしそうに私を見つめる彼の瞳こそが、すべてでした。
「愛しているよ、レティシア。……昨日よりも、今日。今日よりも、明日のほうが、私は君を愛してしまうだろう」
「……はい、あなた。私も、あなたを一生、いいえ、生まれ変わっても愛し続けます」
重なる二つの影。 流れる時間はどこまでも甘く、溶けてしまいそうなほど。 かつて孤独だった少女が手に入れたのは、世界で一番甘い、魔王様からの終わりのない溺愛でした。
光と闇が溶け合うこの国で、私たちの物語は、これからも永遠に続いていくのです。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す
er
恋愛
辺境貴族の娘セシリアは宮廷薬師見習いとして働くが、師匠エリザから無能と罵られ続ける。疫病が王都で流行すると、エリザはセシリアに濡れ衣を着せ処刑させようとする。
【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です
前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。
ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。
だから捨てられた。
なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる