偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参

文字の大きさ
7 / 12

最初の滞納

しおりを挟む
 離婚から三ヶ月が経過した。

 季節は変わり寒さが身に染みるようになった。私の生活は安定しパートの給料と僅かな貯金で慎ましく暮らしている。孤独ではあるが自由があった。

 しかし私の憎しみが消えることはない。彼ら二人が今もどこかで息をしている限り私の復讐は終わらないのだ。

 そして予想通り最初の綻びが訪れた。

 弁護士から連絡が入った。

「アイナさん。ユースケさんからの今月の慰謝料の振り込みがありません」

「やはり」

 私は静かに言った。あの人は職を失い再就職もままならない。貯金も底を尽きたのだろう。

「すぐに督促状を送付しますがどうされますか。法的措置に進むことも可能です」

「いいえまだ待ってください」

 私はここで彼を法的に追い詰めるつもりはない。それでは面白くない。私が望むのは彼の精神的な崩壊だ。

「弁護士の方から彼に連絡してください。慰謝料が払えない場合動産、つまり部屋にある家具や家財道具など私物を差し押さえの対象とすると交渉してください」

 あのボロアパートは賃貸だが、ユースケにとって高校を出てからずっと住んでいた唯一の「居場所」だ。その部屋にある彼の思い出の品、彼の生活そのものを奪うという脅しは、彼に精神的な痛手を与えるには十分だ。

「彼の私物ですね。その方が手続きも早く進められる可能性を示唆できます」

「その通り。彼の生活の全てを破壊する準備があると伝えてください」

 弁護士は私の冷酷な提案に一瞬ためらったようだが承知した。

 数日後ユースケから私のスマホに連絡があった。着信拒否していたが何度もかけてくるので仕方なく解除した。

「アイナ……頼む聞いてくれ」

 彼の声は憔悴しきっていた。

「何を」

「慰謝料のことだ。今月は本当にきつい。もう少し待ってくれないか」

「待てないわ」

 私は冷たい声で突き放した。

「弁護士から聞いたでしょう。あなたの私物家具や電化製品が差し押さえられ競売にかけられる前にどうにかするしかないわ」

「そんな……それだけはやめてくれ!それを取られたら、俺はもうここで生活できない!!」

 彼の悲鳴のような叫びが聞こえた。私は心の中で勝利を確信した。

「そう。あなたが私を裏切ったように、あなたはあなたの大切な私物を失うのよ。それはあなたが選んだ道でしょう」

「待ってくれ!アイナ……」

 彼の言葉を最後まで聞かず私は通話を切った。彼の絶望が私を満たした。

 その夜私はいつものようにパートから帰宅した。アパートの郵便受けに見慣れない手紙が入っていた。差出人の名前を見て私の背筋が凍った。

 ユリエからだ。

 私は部屋に戻り手紙を破り開けた。ユリエからの便箋は薄くインクの滲んだ文字で埋まっていた。

『アイナ……どうか私に会ってください。全ては私のせいでした。ユースケくんは関係ありません』

『私は今故郷でも居場所を失い娘にも顔向けできません。私はあなたに謝罪したい……そしてユースケくんを助けてあげてほしいのです』

 ユリエは私に謝罪ではなくユースケを助けてほしいと懇願してきた。彼女はまだユースケに情を持っているのか⁉

「ふざけないで」

 私は手紙を握りしめ床に叩きつけた。彼女は自分の犯した罪を理解していない。私を裏切った二人が今も互いを思いやっている。それが私には耐えられなかった。

 私はすぐに弁護士に連絡した。

「ユリエからの連絡は無視してください。ただしユースケの慰謝料については一切容赦しないと伝えてください」

 そしてユリエの便箋を改めて見た。彼女の謝罪ではなくユースケへの未練。それが私の怒りを再び燃え上がらせた。

 私はユリエにもう一度絶望を与える必要がある。彼女がユースケを思えば思うほど私は彼を追い詰めなければならない。

 私はスマホを手に取り彼女の実家の住所を調べ始めた。慰謝料を支払わせるために彼女の貯金を奪う必要がある。

 ユリエ。あなたはまだ何も失っていないと思っているようね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

【完結】傲慢にも程がある~淑女は愛と誇りを賭けて勘違い夫に復讐する~

Ao
恋愛
由緒ある伯爵家の令嬢エレノアは、愛する夫アルベールと結婚して三年。幸せな日々を送る彼女だったが、ある日、夫に長年の愛人セシルがいることを知ってしまう。 さらに、アルベールは自身が伯爵位を継いだことで傲慢になり、愛人を邸宅に迎え入れ、エレノアの部屋を与える暴挙に出る。 挙句の果てに、エレノアには「お飾り」として伯爵家の実務をこなさせ、愛人のセシルを実質の伯爵夫人として扱おうとする始末。 深い悲しみと激しい屈辱に震えるエレノアだが、淑女としての誇りが彼女を立ち上がらせる。 彼女は社交界での人脈と、持ち前の知略を駆使し、アルベールとセシルを追い詰める貴族らしい復讐を誓うのであった。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

復讐の恋〜前世での恨みを今世で晴らします

じじ
恋愛
アレネ=フォーエンは公爵家令嬢だ。美貌と聡明さを兼ね備えた彼女の婚約者は、幼馴染で男爵子息のヴァン=オレガ。身分違いの二人だったが、周りからは祝福されて互いに深く思い合っていた。 それは突然のことだった。二人で乗った馬車が事故で横転したのだ。気を失ったアレネが意識を取り戻した時に前世の記憶が蘇ってきた。そして未だ目覚めぬヴァンが譫言のように呟いた一言で知ってしまったのだ。目の前の男こそが前世で自分を酷く痛めつけた夫であると言うことを。

貴方のいない世界では

緑谷めい
恋愛
 決して愛してはいけない男性を愛してしまった、罪深いレティシア。  その男性はレティシアの姉ポーラの婚約者だった。  ※ 全5話完結予定

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...