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剣と魔術と、そして不器用さ
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ロキサーニ公爵邸での生活は、戦場での規律とは全く異なるものだった。朝は比較的ゆっくりと始まり、公爵様は執務室で内政に関する書類に目を通し、時折、宮廷の魔術師を呼んで魔術の研究について議論する。
私の役割は、常時彼の傍にいること。護衛として、彼の安全を確保することだった。
公爵様の生活は、驚くほどストイックだった。朝食は簡素で、昼食は執務室で簡単なサンドイッチを済ませることが多い。夜も、社交の場に出ることは滅多になく、書斎で本を読むか、魔術の実験に時間を費やしている。
「ルイジアナ、少し、息抜きをしませんか」
ある日の午後、執務に疲れたのか、彼はペンを置いて私に微笑みかけた。
「はい。では、庭園を巡りながら、不審者がいないか確認を」
私が職務を優先した答えを返すと、公爵様は少し困ったように笑った。
「そうですね。あなたは、いつでも職務優先だ。ですが、私は、少しあなたとお話がしたいのです」
「……お話、ですか」
「ええ。あなたの戦場での話を聞かせていただけませんか。あなたが、どれほどの困難を乗り越えてきたのかを」
私は、言葉に詰まった。戦場での話は、血と泥と、そして死の匂いがする。美しいものなど何もない。
「公爵様のお耳に入れるような、優雅な話ではありません」
「優雅さなど求めていません。真実を求めているのです。ルイジアナ」
彼の眼差しは、再び真剣そのものだった。私が、その問いから逃れられないことを悟った。
その日、私は初めて、自分の戦場での話を公爵様に語った。魔族との激闘、部下を失った悲しみ、そして、あの呪われた炎魔術に焼かれた時のこと。
語るうちに、私の声は震えた。思い出したくもない記憶。しかし、公爵様は、一言も遮らず、ただ静かに、私の言葉の全てを受け止めてくれた。
話し終わったとき、沈黙が訪れた。私は、自分の顔の傷を、手のひらで覆った。
「……やはり、おぞましいでしょう」
「おぞましいなどと、どうしてそんなことを言うのです」
公爵は、私の手を取り、そっと、私の顔から引き離した。
「あなたの話は、壮大な叙事詩です。あなたの血と汗で綴られた、帝国の歴史そのものだ。私は、この物語を聞けたことを、心から光栄に思います」
彼の手のひらは、私よりもずっと柔らかく、暖かかった。その温もりが、私の心を再び溶かす。
「それにしても、ルイジアナは、剣の扱いが素晴らしいと聞きました。是非、その技を見せていただきたい」
「私の剣術など、公爵様のお目に留まるようなものではありません」
「謙遜は不要です。そして、私も、私の得意なものをあなたに見せましょう。武術は駄目ですが、魔術なら、少しだけ自信があるのです」
その日から、私たちは、午前中に庭園の片隅で、稽古と魔術の実験を行うようになった。
私が木製の剣で稽古をする間、公爵様は、その近くで魔術の訓練をする。
私は、長年培った技術で、鋭い突きや流れるような斬撃を繰り出す。私の剣技は、完全に公爵の護衛に特化した、無駄のない実戦的なものだ。
「さすが、ルイジアナ! 素晴らしい太刀筋だ」
彼は目を輝かせて、私の剣に見入っている。
そして、公爵様の魔術の訓練。彼は、内政だけでなく、魔術の理論にも長けていた。公爵様が詠唱を始めると、空気中の魔力が集まり、彼の周囲に青白い光を放つ。
「風よ、我が命に応えよ! 穿て、ストーム・ランス!」
しかし、彼の魔術は、理論に反して、不器用だった。
細く鋭い風の槍(ストーム・ランス)を放つはずが、公爵様の手から放たれたのは、まるで風船のように、ぼんやりと膨らんだ風の塊だった。それは、庭園の隅にある植木鉢に、ふわっとぶつかり、植木鉢を倒すどころか、埃を払う程度の衝撃しか与えなかった。
「あ……また失敗だ」
公爵様は、心底がっかりしたように、肩を落とした。
「公爵様、風の槍を放つ際、詠唱の『穿て』の部分で、魔力の収束をもっと強く意識してください」
私が指摘すると、彼は、きらきらした瞳で私を見つめた。
「そうか! なるほど! ルイジアナは、武術だけでなく、魔術の指導もできるのか!」
「いいえ、私は魔術師ではありません。ですが、魔術師の攻撃を何度も受けてきましたので、その構造は多少理解しています」
公爵様は、何度も何度も魔術を試みるが、その結果はいつも同じ。理論は完璧なのに、魔力の操作が不器用すぎるのだ。それは、彼の武術の不器用さと、どこか通じるものがあった。
その日の稽古が終わった後、私は彼に言った。
「公爵様。なぜ、そこまで武術と魔術の訓練に励むのですか? あなたは、宰相の弟君であり、内政と魔術の理論だけで、充分に帝国に貢献されています。危険を冒してまで、実戦の技術を身につける必要はないでしょう」
彼は、少し寂しそうな、遠い目をした。
「……私は、内政の知識や魔術の理論で、帝国に貢献することはできます。ですが、ルイジアナ。私は、あなたが血と汗を流して守ってくれた、この帝国の平和を、自分の手で守る力が欲しいのです」
公爵様は、自分の掌を見つめた。
「そして……あなたのような、大切な人を、自分の非力さゆえに失うことだけは、避けたいのです」
その言葉が、私の胸を強く打った。
彼は、私を『大切な人』と言った。
私は、彼の護衛。ただの兵士。戦場で深手を負い、誰にも愛されないと思っていた私を、公爵様は、本当に大切に思ってくれているのだろうか。
私の心に、また一つ、小さな波紋が広がった。その波紋は、私の傷跡を、少しだけ、熱く感じさせた。
私の役割は、常時彼の傍にいること。護衛として、彼の安全を確保することだった。
公爵様の生活は、驚くほどストイックだった。朝食は簡素で、昼食は執務室で簡単なサンドイッチを済ませることが多い。夜も、社交の場に出ることは滅多になく、書斎で本を読むか、魔術の実験に時間を費やしている。
「ルイジアナ、少し、息抜きをしませんか」
ある日の午後、執務に疲れたのか、彼はペンを置いて私に微笑みかけた。
「はい。では、庭園を巡りながら、不審者がいないか確認を」
私が職務を優先した答えを返すと、公爵様は少し困ったように笑った。
「そうですね。あなたは、いつでも職務優先だ。ですが、私は、少しあなたとお話がしたいのです」
「……お話、ですか」
「ええ。あなたの戦場での話を聞かせていただけませんか。あなたが、どれほどの困難を乗り越えてきたのかを」
私は、言葉に詰まった。戦場での話は、血と泥と、そして死の匂いがする。美しいものなど何もない。
「公爵様のお耳に入れるような、優雅な話ではありません」
「優雅さなど求めていません。真実を求めているのです。ルイジアナ」
彼の眼差しは、再び真剣そのものだった。私が、その問いから逃れられないことを悟った。
その日、私は初めて、自分の戦場での話を公爵様に語った。魔族との激闘、部下を失った悲しみ、そして、あの呪われた炎魔術に焼かれた時のこと。
語るうちに、私の声は震えた。思い出したくもない記憶。しかし、公爵様は、一言も遮らず、ただ静かに、私の言葉の全てを受け止めてくれた。
話し終わったとき、沈黙が訪れた。私は、自分の顔の傷を、手のひらで覆った。
「……やはり、おぞましいでしょう」
「おぞましいなどと、どうしてそんなことを言うのです」
公爵は、私の手を取り、そっと、私の顔から引き離した。
「あなたの話は、壮大な叙事詩です。あなたの血と汗で綴られた、帝国の歴史そのものだ。私は、この物語を聞けたことを、心から光栄に思います」
彼の手のひらは、私よりもずっと柔らかく、暖かかった。その温もりが、私の心を再び溶かす。
「それにしても、ルイジアナは、剣の扱いが素晴らしいと聞きました。是非、その技を見せていただきたい」
「私の剣術など、公爵様のお目に留まるようなものではありません」
「謙遜は不要です。そして、私も、私の得意なものをあなたに見せましょう。武術は駄目ですが、魔術なら、少しだけ自信があるのです」
その日から、私たちは、午前中に庭園の片隅で、稽古と魔術の実験を行うようになった。
私が木製の剣で稽古をする間、公爵様は、その近くで魔術の訓練をする。
私は、長年培った技術で、鋭い突きや流れるような斬撃を繰り出す。私の剣技は、完全に公爵の護衛に特化した、無駄のない実戦的なものだ。
「さすが、ルイジアナ! 素晴らしい太刀筋だ」
彼は目を輝かせて、私の剣に見入っている。
そして、公爵様の魔術の訓練。彼は、内政だけでなく、魔術の理論にも長けていた。公爵様が詠唱を始めると、空気中の魔力が集まり、彼の周囲に青白い光を放つ。
「風よ、我が命に応えよ! 穿て、ストーム・ランス!」
しかし、彼の魔術は、理論に反して、不器用だった。
細く鋭い風の槍(ストーム・ランス)を放つはずが、公爵様の手から放たれたのは、まるで風船のように、ぼんやりと膨らんだ風の塊だった。それは、庭園の隅にある植木鉢に、ふわっとぶつかり、植木鉢を倒すどころか、埃を払う程度の衝撃しか与えなかった。
「あ……また失敗だ」
公爵様は、心底がっかりしたように、肩を落とした。
「公爵様、風の槍を放つ際、詠唱の『穿て』の部分で、魔力の収束をもっと強く意識してください」
私が指摘すると、彼は、きらきらした瞳で私を見つめた。
「そうか! なるほど! ルイジアナは、武術だけでなく、魔術の指導もできるのか!」
「いいえ、私は魔術師ではありません。ですが、魔術師の攻撃を何度も受けてきましたので、その構造は多少理解しています」
公爵様は、何度も何度も魔術を試みるが、その結果はいつも同じ。理論は完璧なのに、魔力の操作が不器用すぎるのだ。それは、彼の武術の不器用さと、どこか通じるものがあった。
その日の稽古が終わった後、私は彼に言った。
「公爵様。なぜ、そこまで武術と魔術の訓練に励むのですか? あなたは、宰相の弟君であり、内政と魔術の理論だけで、充分に帝国に貢献されています。危険を冒してまで、実戦の技術を身につける必要はないでしょう」
彼は、少し寂しそうな、遠い目をした。
「……私は、内政の知識や魔術の理論で、帝国に貢献することはできます。ですが、ルイジアナ。私は、あなたが血と汗を流して守ってくれた、この帝国の平和を、自分の手で守る力が欲しいのです」
公爵様は、自分の掌を見つめた。
「そして……あなたのような、大切な人を、自分の非力さゆえに失うことだけは、避けたいのです」
その言葉が、私の胸を強く打った。
彼は、私を『大切な人』と言った。
私は、彼の護衛。ただの兵士。戦場で深手を負い、誰にも愛されないと思っていた私を、公爵様は、本当に大切に思ってくれているのだろうか。
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