社内マリアージュの裏切り:愛した夫と不倫相手に贈る、完璧な最後

紅葉山参

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笑顔の刃、友との断絶

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 水曜日の昼。待ち合わせ場所に選んだのは会社から少し離れた落ち着いた雰囲気のイタリアンレストランだった。タイキや他の同僚に見つからないよう細心の注意を払った場所だ。

 ミチコは約束の時間ぴったりに現れた。彼女はいつものように明るい色のスーツを着て親しげな笑顔を私に向けた。

「チセ!改まって社外で会うなんて、どうしたの?タイキのこと?もしかして夫婦喧嘩?」

 ミチコは私の向かいの席に座ると心配そうな声を出した。彼女の顔にはまるで微塵も後ろめたい気持ちがないかのような完璧な友人の表情が張り付いていた。この女の演技力には心底吐き気がする。

「ええ、少しね。実はタイキのことであなたに相談したいことがあって」

 私は静かにそう切り出した。私の言葉遣いはいつもより少しだけよそよそしかったかもしれない。ミチコはグラスの水を飲みながら「うんうん」と相槌を打つ。

「私、最近、タイキの行動が少し怪しいと思っていて。残業が増えたとか、ゴルフが増えたとか、そういうことじゃなくてね」

「あら、そうなんだ。タイキも営業のエースだから忙しいのは仕方ないとは思うけど……何か、決定的なことでも?」

 ミチコは探るような目を私に向けた。私の言葉一つ一つに彼女の心臓がどう反応しているのかを確かめているのだろう。この女は私の動揺を探り、私がタイキの不倫をどこまで知っているのかを測ろうとしている。

「決定的なこと、というわけではないけれど……。例えばタイキが週末、実家に帰るって話していたのをあなたがタイキに伝えたこととか」

 私の言葉を聞いた瞬間、ミチコの手がピタリと止まった。彼女の顔から一瞬にして血の気が引いたのがわかった。

「ち、チセ……何の話?」

 ミチコは必死に冷静を装おうとしている。だがその声は上ずっていた。

「あなたとタイキのメッセージ、読んだわ」

 私がそう告げたとき、彼女の顔は蒼白になった。私はその絶望的な表情を逃さず、しっかりと目に焼き付けた。長年の友人だった彼女の醜い裏の顔。

 
「あなたがタイキの不倫を知っていたこと、そして私の実家への帰省を彼に教えて、彼らの密会を手引きしていたこと。すべて知っているわ、ミチコさん」

 私はあえて彼女を「ミチコさん」と呼んだ。友人から、裏切り者の同僚への呼び名の変化。それは私にとって、もう彼女は過去の存在になったという意思表示だ。

 ミチコは震える声で私に懇願した。

「チセ、待って。それは誤解よ!私は、ただタイキが仕事でストレス溜めてるのを見て、心配になって。彼から相談されて、その、ついつい…」

「言い訳は聞きたくない」私は冷たく遮った。

「あなた、私たち夫婦の結婚式でブライズメイドを務めてくれたわよね。私の親友として私の愚痴を聞いて慰めてくれたわよね。その裏であなたは私たちの愛を裏切るための手引きをしていた」

 私は手に持っていた薄い封筒をテーブルに置いた。

「これはあなたとタイキのやり取りのスクリーンショットよ。私の実家への帰省情報を提供した部分も、しっかり保存してある」

 ミチコはその封筒に触れようとしなかった。恐怖で体が動かないのだろう。

「ミチコさん。あなたは人事部員でしょう。社内規定はよくご存知のはずだわ。人事部員が知り得た同僚の個人情報を不貞行為の幇助のために利用する。これは立派な情報漏洩であり倫理規定違反よ」

 彼女は目を大きく見開いたまま涙を溜めた。

「あなたを社内規定違反で会社に訴えるわ。人事部で情報漏洩に関わった人間を会社がどう扱うか。あなたの方がよく知っているでしょう」

 ミチコは涙を流しながら「やめて…」と絞り出すような声を出した。その姿に私は何の同情も抱かなかった。

「やめてほしいなら、私に言うべきことは一つだけ。すべてを白状しなさい。タイキとの関係、そしてユキとの関係について、あなたが知っているすべてをね。そうすれば私が会社に提出する書類の内容は少しだけ寛大になるかもしれない」

 私の提案は彼女にとって唯一の蜘蛛の糸だ。

 
 ミチコはしばらくの沈黙の後、崩れ落ちるように嗚咽した。彼女はもはや私に嘘をつくことは無意味だと悟ったのだろう。

「わ、わかったわ。チセ、ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 彼女はハンカチで涙を拭いながらすべてを話し始めた。

「タイキは去年の夏からユキという女子大生と関係を持っていた。彼はユキに毎月決まった金額を渡していて、それは…パパ活に近いものだった」

 ミチコは時折私に怯えた視線を送りながら情報を吐き出し続けた。

「タイキはユキとの関係に刺激を求めていた。でも彼はユキが『チセさんの家に連れ込んでほしい』とか、要求がエスカレートしてきたことに疲れていたのよ」

 ミチコはタイキからユキの管理役を頼まれていたことを白状した。彼女の「友人」としてのサポートとは、タイキの不倫を円滑に進めるための手駒でしかなかったのだ。

「あなたのこと、親友だと思っていた。でもタイキは私の同期で仕事で助けてもらっていたの。彼に頼まれたら断れなくて……」

 彼女の言い訳はもはや私の耳には届かない。

「ありがとう、ミチコさん。あなたが提供してくれた情報は大変貴重だわ」

 私はテーブルから封筒を手に取り、立ち上がった。

「タイキがユキの要求に疲れていたこと。そしてユキが彼に依存し始めていたこと。この事実は私の計画において重要な鍵となる」

 ミチコは驚いたように私の顔を見た。

「チセ……会社には提出しないわよね?私、あなたを裏切ったけど、チセのことは本当に大切だったのよ!」

「もちろんよ。あなたは私の『復讐計画』において重要な役割を果たしてくれたわ。だからその対価としてあなたに特別ルールを適用するわね」

 私の笑顔は氷のように冷たかった。

「あなたの人事部員としてのキャリアはここで終わりよ。そしてタイキへの連絡は、一切禁止。もしあなたがこの事実をタイキに漏らしたら、私はすぐにあなたとの全てのやり取り、そしてあなたが提供したタイキの不倫の詳細を社内の全従業員宛てにメールで公開する。あなたは人事部の裏切り者としてこの会社にも業界にもいられなくなるでしょうね」

 彼女は恐怖で言葉を失っていた。私はもう二度と振り返ることなく店を出た。

 ミチコは私の最初の復讐の犠牲者だ。そして彼女が提供した情報はタイキとユキを社会的に抹殺するための強力な武器となった。
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