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第1章 サトル、悟る

1-2-4 冒険者登録

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「じゃあ、これに手をかざして」
「はい!」

 出てきたのはここに来る前に見たあの不思議な玉に似た装置だった。
 水晶玉を互い違いに動く三重の輪が囲んでいて、その隣に白と黒の光が浮かぶ小さな天秤がある。
 俺が水晶玉に手をかざすと、中心が白く光って、天秤がゆらゆらしてから水平のまま止まった。
 水晶の光が白から水色、淡い緑、ピンクと七色に変わるのが綺麗だ。

「うん、天秤は均衡を保ち贖罪を求められず。魔力も綺麗ね。合格よ。じゃあここに名前を記入して」
「はい」
「登録する時はみんなこうなんだけどね~…」
「はい?」
「ううん、なんでも。君はいい子のままでいてね」

 猫耳をへにゃっとさせて、頬杖をついて溜息をつくマイヤさんの気持ちはわかる。
 冒険者になってから犯罪に手を染める人も多いそうだし、ゲームの中でもタチの悪い冒険者が敵として出てきたりした。
 みんな腕に自信があるだろうし、お金や自己顕示欲のために道を踏み外す人はどうしても出るんだろうな。

「ちゃんと規約も読んでね! なにかにサインする時は、絶対に読みなさいよ。わからないことはその場で質問! お返事は?」
「は、はい」

 うれしくてすぐに書こうとしたら、ぱっと紙面をマイヤさんに掌で隠して怒られた!
 確かにそうだ。向こうでも就職で家を出るときに、両親や兄貴にさんざん言われたのを思い出して懐かしい気持ちになる。

「ええと…冒険者ギルド規約はこっちの小冊子か……」

 羊皮紙が出てくるのかと思ったけど、登録用紙も手帳ほどの小冊子も、ちゃんと普通の紙だった。ただ質感は和紙っぽいし、渡されたのは巻貝みたいに螺旋の凹凸が入ったガラスペンだ。俺が持つと上から溝に沿って魔力が下りて、インクがぼんやり光る。

「光ってる…」
「このペンで署名したら、君の魔力だと判別つくようになるのよ。さっき魔力を調べたでしょ? あれで君の魔力を記録できるの。だから君の名を騙って不正はできないわ」
「へえ、すごいや」

 あの天秤のついた道具、そんな性能だったのか。

「それと、これが冒険者ギルドの登録カードよ」
「銀色の板……?」

 マイヤさんが石のプレートの上に乗せて出してくれたのは、つるんとした金属のカードだった。大きさも厚さもクレジットカードサイズで、右上に小さな穴が空いてる。

「はい、右手の人差し指を出して」
「はい…い!?」

 硝子のメスみたいなのでいきなり指先をスパッと切られてびっくりしたけど、玉になった血がぽとりとカードに落ちた後はもう傷跡はなかった。

「びっくりさせちゃってごめんね~」
「すごい、治ってる!」
「ふふ、こうやって血を採るためのものなのよ。ほら、見てて」
「あ、血がカードに広がって……」

 カードに落ちた血がすぅっと広がって消えて、くすんだ銀色になった表面に字が刻まれて浮かんできた。
 俺の名前と冒険者ランク、それから登録した町名だ。下の三分の一が空白になってる。

「一番下は、パーティに所属したらそのパーティ名が出るからね」
「へえ…! すごい、これ、もう持っていい?」
「いいわよ。この穴は紐を通すのにも使えるわ。大事なのは、絶対に紛失しないこと! いかなる理由であろうともカード紛失は降格よ。たとえSランク冒険者であってもね」
「う、うん。わかりました」

 免許証より怖い。よし、俺は落とさないようにアイテムボックスに入れよう。

「これもサトルくんの魔力情報が入ったから、他人には使えないわ。たとえば、ほら」

 マイヤさんがそのカードを手に取ったら、とたんにくすんだ銀色だったカードが真っ黒になった。
 まるでブラックカードみたいだな。なんかこっちの方が高級感があるというか強そうな気がするけど、なにも字が見えないから意味ない感じ!

「なにも見えない……」
「ね? 他人のカードでは悪さができないってこと。依頼達成時にも必要だから、必ず出してね」
「はい」

 さあ、次は契約書だ。
 改めて契約書に向き直ると、凸版印刷かな? 味わいのあるかすれ具合がなんかいい。紙がもっと薄かったらおしゃれなお菓子屋さんの包装紙になってそう。
 規約小冊子は一ページにつき規約が一つで読みやすい。
・当ギルドの仲介する契約に関し、遅滞の可能性が生じた場合は申告のこと。申告なく不履行、もしくは期日に遅延の際はその内容に応じ処分対象とする。
・傭兵契約について、契約違反が確認された場合は制裁部隊を差し向け厳罰に処す。
・ギルド所属員はランクに応じ別途定める規定ポイントを毎月月末までに達成する義務を負う。未達は降格となる。Eランク冒険者が未達となった場合は所属冒険者の資格を失う。
 パーティを組んだらノルマも合計ポイントになって、誰が達成しても数字が足りてればオッケーね。なるほど。ケガして動けなくなったメンバーが出ても、みんなでフォローできるってことか。
 こうして読んでみたら重要なものから順番にって感じだな。
 あとは他人が迷宮ダンジョンや報酬で手に入れたお金やアイテムを盗んだり、脅して取り上げたりするなとか、いやそれ書く必要ある? 書かないと守れないの!? って内容も多くてびっくりした。
 とりあえず、制裁とか断罪とかって怖い単語が見えたから、俺は清く正しく冒険者をしよう。うん。
 最低ランクのEで必要なポイントは…20か。Dランクからは一気に100に上がるから、Eランクは本当に身分証として使ってるケースが多いのかも。
 20ポイントなら、採取依頼にある魔法の草を買って納めても達成できるし。

「あの、期限に間に合いそうにないってわかっても、伝えに行くのも無理なときってどうしたらいいですか?」
「日数があるからって油断して結局ぎりぎり取り掛かるか、緊急依頼ぐらいしかそんなことはまあないと思うけど、そうね。『小鳥』を飛ばして知らせるのが普通ね。パーティに風魔法ウィンドスペルを使える仲間がいなかったら、魔道具屋で札を買うのよ。サトルくんは火起こしに火の札は使ったことない?」
「俺は弓切り式を持ち歩いてるんで、ないんです。そんな札があるんですね」
「それなら一回魔道具屋を覗いてみたらいいわ。火の札は高いくせに濡れたらおしまいのマッチと違って便利よ。少々湿ってるぐらいはどうにかしてくれるし、まあ煙が出るけど。ちょっと余裕のあるパーティは薪に風の札を使って乾かして使ったりするわね」
「わあ、本当に便利そうですね。見てみます!」

 そういえば、初歩の四大元素魔法エレメンタルスペルも覚えてるからそのうち使えるようになるだろうし、ちょっと鍛えてみようかな。
 戦闘に使えるレベルにはなれなくても、生活に応用できたらそれだけでも便利だ。

「話を戻して、あとは想定外の状況になって依頼を果たせなくなった場合があるわね」
「想定外の状況…ですか?」
「そう。たとえばサーベルウルフ討伐の依頼を受けて行ったけど、それよりも明らかに格上の魔物が出たとかね。格下が出たから無理っていうのは、よほどの数だったとかじゃないと駄目よ。『サーベルウルフと草玉が出たから勝てませんでした』なんて、おかしな話でしょ?」
「確かに! わかりました」

 サーベルウルフは割と強いけど、草玉はゲームでも一番弱い部類の魔物だった。いっしょに出ても倒せないはないな。
 納得したところで、いよいよ契約書にサインだ。
 気合いを入れて、ことさら丁寧に書いてマイヤさんに渡す。
 こちらの言葉はアルファベットと象形文字の間の子みたいで、普通に使いこなしてるけど改めて見たらなんだか不思議だな。

「サトル・ウィステリアくんね。冒険者と一口に言ってもいろいろいるの。それこそ採取専門だったり、運び屋、退治専門、護衛専門、賞金稼ぎ…変わりどころでは制裁を請け負ったりね」
「制裁?」
「そう。重度の契約違反とか、まあギルドで認定書を受け取っておきながら悪さをした連中を捕まえたり始末したりするのよ」

 ずいっと俺を覗き込んだマイヤさんの猫目の瞳孔がきゅっと細くなって、思わず首をすくめてしまう。
 やばい、喰われそう!

「怖っ」
「んふふ、でもね~、そういう人もいないといけないものなの。でないと秩序が保てないからね」

 ごめんなさい、今怖かったのはマイヤさんですとは言えないから、とりあえず愛想笑いでごまかしておく。
 制裁かー…。でも確かに、ネットゲームでいろんなプレイヤーがいっしょに遊ぶやつとかだと、悪いことするやつもいるって言うもんな。
 俺はほかのプレイヤーと会話とか無理過ぎてしなかったけど、野放しにはできないよね。

「ギルドカードはそのまま簡易な身分証になるわ。どこの町でも出入り自由だけど、ランクが低いうちは出入りできない施設もあるから気をつけてね」
「はい。それってこの町にもあるんですか?」

 知らないで入り込んで捕まったら怖い!
 不安になって聞くと、それまで黙って話を聞いてたサイモンさんが笑って教えてくれた。

「商業地区なら歓楽街の一部だな。ランクが高けりゃ金を持ってる証だ。VIPルーム…まあお得意さん専用のとこだ。あとは城とか貴族の館もそうだな。これはランク関係なく招かれでもしなきゃ入れねえ。わかるか?」
「はい、わかりました。よかったぁ。宿を取ったり、ごはんを食べられなかったらどうしようかと思って」
「ははは、さすがにそれはねえさ。雑魚寝だが、ここの上にも安く泊まれる部屋がある。いつでも使うといい。飯は外の屋台が空いてるうちは安く買えるぜ」
「ありがとうございます!」

 笑ってもにやって感じに見えて怖い顔のままのサイモンさんにがばっと頭を下げて、俺はわくわくしながら掲示板の方へ向かった。
 よかった、とりあえず冒険者にはなれたみたいだ。
 俺みたいなド新人が珍しいんだろう。あちこちから見られるけど、気にせずに端っこからいろんな依頼を見ていく。
 ふんふん、ランク別に並んでるのもいっしょだな。入口に近い方が簡単なのか。
 それに、改めて冒険者の人たちを見て気がついた。
 まず、男が多い。
 中に俺と同じ人間ヒューマンの女の人も一人いるけど、あとは犬型の獣人族ガルフの女性だけだ。漏れ聞こえる会話からすると、人間ヒューマンの女性はいっしょにいる戦士っぽい男性と夫婦みたいだな。
 それに、二人とも革製の軽鎧って感じだけど、しっかり急所を守る防具を身に着けてる。
 そうだよね。ちょっと夢見てたけど、ビキニアーマーなんて防御力皆無な浪漫装備、現実で身に着けるはずがないよね!
 がっかりしてない。俺はがっかりしてないから!
 ほかの人たちの装備も同じような感じかな。体格のいい人は重鎧や頑丈そうな盾を持ってるし、馬を使うらしい人はカウボーイみたいなレザーのチャップスを装備していて、それもかっこいい。
 どの人の装備もおろしたてぴかぴかの様子はなくてしっかり使い込まれてるし、鍛え上げた体つきをしていて姿勢がいいというか、自然というか、当たり前だけどコスプレとは全然違う。
 質感って大事なんだな。ただどれも重そうだし、俺が身に着けて動けるかはべつだけど。

「なんだ、坊主。一人じゃ心細いのか? なんなら雇われてやるぜ?」
「俺も暇だ。行きたけりゃ声をかけな。報酬は晩飯だけでいいぞ。心配しなくたって酒代は自分で払うさ」

 恐々見ながら薬草採取の依頼を手に取ったら、近くのテーブルでお酒っぽいなにかを飲んでいた人間ヒューマンの若い男が声をかけてくれた。
 指でなにかジェスチャーしてるけど、なんだろう?

「ええと…?」

 意味が分からなくて真似して指を一本立てて振ってみると、二人だけじゃなくてほかの冒険者にもまた笑われた! なんでだ!?

「依頼料だよ! これは百ダルムでいいぞって破格の値段!!」
「坊主がするのはやめとけ! ここだからよかったが、酒場だったら一晩コレで自分を売るって意味になるからな!」
「ひえっ、ありがとうございます! 酒場はまだ行けないから、もしかして俺、これでなんかお手伝いしますって感じになってたってことですよね!?」

 俺の感覚だと、千円だよ! 子どものお駄賃じゃないか、生きていくためにもさすがに日当分ぐらいはがんばりたい!!

「お手伝いか! そりゃいいなあ!!」
「おいおい、大丈夫かよ。どこの箱入りだ」

 そんなに笑わなくても…!

「も、森の小屋育ちなんです……」

 恥ずかしくなって俯きながら言ったら、やれやれって空気になった。
 あちこちで溜息とまだくすくす笑われてる声が…! 月光旅団のことを聞いたときといい、皆さん笑い上戸だな~!
 本当にどこのガキが迷い込んできたんだって感じでいたたまれない!!
 もうこのまま逃げ出して、とにかく一人で薬草採取に出ちゃおう! そうしよう!!
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