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第2章 サトル、出会う

2-3-3 勧誘地獄その3、勧誘して欲しい人はしてくれない

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「よっ、待たせたな。『歌い踊る綺羅星』のSランク冒険者、ピルパッシェピシェールとはボクのことさ! 基本はソロ! パーティは場合によっては組むこともある。大体はボクの盗賊シーフ系スキルを必要とされてね」

 小さい手を上げて身軽にぴょんと前のソファに座ったのは、ピルピルさんだ。どっと肩の力が抜けた!
 は~、やっぱりSランクか。そうだよね。そんな感じがしたし。
 しかもソロってかっこいいな!

「報酬の明示と、他パーティと組む際の詳細をお願いします」
「ボクは未知なるものが大好きでね。討伐より採取が多い。少年と組んだらどこへでも行けそうで魅力を感じた。報酬はこの超・超ベテラン冒険者たるボクとこの世界のどこまでも旅して、世界の不思議を探すことさ! 金は普通に半分こだな。おまえのマジックアイテムは便利だが、当分はボクにおんぶに抱っこだ。守るだけじゃなくて、ちゃんと鍛えてやるぜ?」

 かわいい顔に似合わないニヤリがおっかないけど、お店巡りの間にすっかり見慣れて、今じゃ頼もしいと思う俺って絶対チョロイ自信がある。
 さらに、俺が獣人族ガルフだったらビコーンと耳が立ったに違いない話が出た!

「ボクが組む相手は大体『リベリオン』か『月光旅団』だな。どっちもSランク冒険者のみのパーティだし、少年一人連れてどこへ行こうが安全は保障するね。ああ、それこそメルカドで伝説となった天仰ぎ嘆く石の竜王の腹の中でも!」

 ソファの上に立ち上がって両手を広げて語るピルピルさんは、まさに数多の迷宮ダンジョンを踏破してきたベテラン冒険者だ!
 しかも天仰ぎ嘆く石の竜王…!!
 ゲームでもラスダンよりも難しくて挑みがいのあるダンジョンだったあそこが、実在してるのか!?
 口から中に入ったら口が閉じて、竜王の目から宝石の泪が落ちるんだよね…!
 それにミーハー根性丸出しだけど、リベリオンや月光旅団の人たちにも会えたら会ってみたい! メルカドももちろん行きたい!!
 それだけで勧誘されちゃいそうだったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。

「――って建前は置いといてだ」
「建前!?」
「ほれ、確認しな」

 スンと無邪気を装った笑顔が大人のものに変わって、派手な衣装の胸元から小さくたたんだ紙を出してピッとエルムさんに飛ばす。
 え? え?? なんなの???
 意味がわからない。

「あれ、石の竜王は?」

 困惑してピルピルさんを見たら、俺の視線に気づいたピルピルさんが組んだ足に頬杖をついてにやりと笑う。

「それは伝説さ。誰もたどり着いたことがない。まあ、あればぜひとも挑みたいけどね。なんだい、少年。本気でボクと組みたかったかい?」
「今までで一番心にぐっとくる誘い文句だったのに……」

 お金とか、守ってくれるとかじゃない。
 誰かと「この世界のどこまでも旅して世界の不思議を探すこと」なんて、魅力的に決まってるじゃないか。
 だから、勧誘が本気じゃなかったのはがっかりした!

「ははっ、少年はなかなかロマンチストだなー。いいぞ、そーゆうのは大好きさ! なんなら、本当に仲間にしてやろうか?」
「ううん、いりません」
「あれ、また拗ねたか? 月光の二人に会いたいんだろー? ボクはあいつらと付き合いが長い。本気で会いたいならいつでも呼び出せるぜ?」
「そういう会い方をしたいんじゃないんで」

 そういえば、昨日のやりとりのせいで俺が月光旅団のファンだって思われてるんだっけ。
 あれはなー、組むなら強い冒険者と組みたかったっていうのと、ゲーム要素があるなら二周目特典で最初に仲間にできたはずって思いがあったからだし。

「ピルピルさん。俺、この世界を冒険したいんですよね」
「うんうん」
「ピルピルさんといっしょだったら、きっと楽しいし、本当にどこへだって行けるだろうし、意地悪もされるけど、俺が弱いうちはなんだかんだ言って、きっと守ってくれるでしょ?」
「それは先達の務めさ」

 にっこり笑った顔は、すごく優しくてあったかい。これは本心だろう。

「俺、この町に来て冒険者になってまだ一日だし、依頼だって薬草採取を一回しかやってないけど、自分でわかったことがあるんだ」
「へー、それはなんだい?」

 俺を覗き込む、優しく光るいたずらっぽいブルーの目が、今は怖くない。あの昏くてどこまでも深い深海のようなブルーも、今なら怖いとは思わないかも知れない。

「俺は誰かに連れて行ってもらうんじゃなくて、自分の足でいろんな場所に行ってみたい。誰かと行くなら、それは俺を守ってくれる人じゃなくて、道を確かめ合いながらいっしょに歩ける人がいい。そう思いました」

 だって、秘宝とか秘境の美しい風景とか、迷宮の果てとかさ、自分でたどり着かないと冒険じゃないから。
 交渉スキルも使ってないのに、思ったことを言えてスッキリした!
 ピルピルさんは見た目はこうでも俺の実年齢よりずっと年上だから、安心して素直に言えるのがいいな!

「そっかー」
「はい」

 うんうん、ピルピルさんもいい顔でこっちに来て俺の頭を撫で…ん?

「でもなー、そーゆうことは、最低限自分の身を自分で守れるようになってから言おうなー?」
「いたたたたっ!!」

 この人はまたいつの間に俺の横に来たんだー!?
 しかも手ぇ小さいのに力は強いな!!

「くっそ! 『サーチ・オリジン』!」
「はっはっは、ボクを暴けるモンなら暴いてみろ少年!」

 思いっきり弾かれた! パンって物理的な音までして一瞬胸が熱くなる。
 心がじゃなくて、熱くなったのはソロモン・コアだ!

「へえ、創作魔法オリジナルスペルか、絶対固定ハプルーンがなかったらボクでも裸にされそうだな」
絶対固定ハプルーンって、魔道具屋さんに行くときにも言ってたよね。どうしたら覚えられるんですか?」

 もしかして一周目じゃ出てこないスキルかな?
 そう思って聞いたら、ピルピルさんはぴっと人差し指を立ててにやりと笑った。

「こいつを覚えるにはある条件があってね。まあ駆け出しの少年には縁のないことだ。ボクは覗かれないために、隠蔽ハイドにこれをかけてるのさ。んー、おまえならそのうち覚えるかもな。それにしても…かけた魔法スペルを返されたら、威力は倍って知ってる?」
「いえ…」

 え、なに? いちいち近いなこの人!
 あと前言撤回。やっぱりブルーの目が濃くなったらおっかないよ!

「一瞬視えかけたけど、揺らいで隠れた。おまえ、それは呪い?」
「ひえッ、やめてくださいよ、物騒な!」
「確か捨て子だったよな」
「えっと…そうらしいですけど。ばあちゃんとそういう話はあんまり……」
「ふぅん…」

 え、怖ッ。なに? なんか俺、疑われてる?
 本能的にじりじりソファの上で逃げてたら、その分追われる。
 このソファは一人掛けだけど一番体格がいい人でもオッケーサイズなせいで、俺とピルピルさんなら余裕で並べるのがまた痛い!

「いたッ!」
「!」

 あげく、またいつの間にか忍び寄った小さな手が俺の胸元でバチンと音を立てて、俺まで痛い思いをした!
 なんだこれ、感電!?

「なにか隠してると思ったけど、このボクをもってしても盗れないかー…」
「泥棒ダメ、絶対!!」

 そしてソロモン・コアにも言いたい! どうせなら完全に存在感消して隠れててくれないかな!?
 狙われる度に痛い思いするの、いやなんですけど!!

「気になるけど、しょうがないな。少年、ちゃんとそれにも隠蔽ハイド掛けときな。厄介なことに巻き込まれたくないだろ」
「かけ方わかんない……」

 うう、また怖い目になってる! もう泣かされないけども!!
 しょうがないだろ、ものにかけられるなんて初めて知ったよ!

「はー…。ったくもう」

 呆れたピルピルさんが器用そうな小さい指でちょちょいって俺の胸の上でなにかしたけど、またパチンっと俺が痛い思いをした。

「いたッ、なんなんですかもう!」
「掛からないだと? おい、ちょっとそれ見せろ」
「いやです!」
「じゃあ今すぐその服掻っ捌いて」
「ぎゃー! 変態、こっち来るな!!」

 だからなんでいつの間にダガー握ってるんだ!? この人、レベルおかしくない!?

「そろそろよろしいですか?」

 もう絶体絶命、敵に捕らわれた女の人みたいに必死に服を守ってたら、そこでやっとエルムさんが口をはさんだ。
 なにか読んでたんじゃなかったのか!? 早く止めて欲しかった!!

「ちッ、いーぞ」
「ピルピルさんはあっち行ってください!」

 頭にきてピルピルさんの小人族リルビス特有の軽い身体をとうっと向かいに投げたけど、難なく着地して話を聞く体勢に入られた。
 くそ、本当に強くなりたい…!!

「ピルパッシェピシェール殿、このほかにはなにかありましたか?」
「いーや、今のところはそんだけだ。少年のソレがどの程度の性能かはまだ未知数。話がでかくなったら厄介だからな。『大したモンじゃない。ありゃ便利程度』と思われるように誘導したぜ」

 あ、もしかしなくても俺の鞄か。
 なにかしてくれたんだなと思ってピルピルさんを見たら、俺の視線に気づいてちょっとばつが悪そうに小さな肩をすくめた。

「ごめんな。少年のばあちゃんが遺してくれたそれは大したアイテムだ。でも凄いものだって思われない方が安全だからさ」
「はい、わかってるから大丈夫です」
「よし。少年の希望じゃ自分の力でってことだが、独り立ちするまでは名義借りした方がいいなー。少なくともパーティに入ってりゃ、口説くには同格のパーティじゃなきゃならん」
「実際に仲間として行動を共にするわけではありませんが、それでも名義貸しに応じるパーティがあればですね…」

 な、なんか名義を借りるとか貸すとか、サラ金とか闇金怖い関わりたくない関わらないが信条だった俺のストレスマッハの予感しかしないんだが!?
 やばい…俺が口を挟める隙がない。

「そりゃあいつらが来たら交渉すりゃいいさ。まあ嫌とは言わないんじゃないかなー? 少年自体は無害だし?」

 この言われよう! 腹は立つけど言い返せないのがまたイラっと来るな!!

「どこも嫌がったらいよいよその時はボクが引き受けるさ。ただ、ボクだとあんまり壁にはなれないだろうけどね。以上」

 あれ、終わり?

「それでは、これにて失礼」

 言い終わると同時にぴょんっと立ち上がったピルピルさんが、羽のついた帽子を取って優雅にお辞儀した。売れっ子サーカスの人みたいだ。

「はあぁ…ピルピルさんて、なんか冒険者以外の芸でも生きていけそう」
「潜入時に軽業師を名乗ることもあるそうですよ。貴族に気に入られて身柄を買われそうになったこともあるとか」
「なにそれ、プロじゃん!」

 ちょっと見たいかも。
 ピルピルさんが出て行ったドアを見ながらしみじみ思っちゃったよ。

「サトル・ウィステリア君」

 不意に、エルムさんの声が変わる。
 エルムさんはまっすぐ俺を見ながら、ピルピルさんから受け取ったメモを、呪文もなく掌で燃やして灰にした。

「これまで勧誘を受けたパーティのどこかに招かれる意思はありますか?」
「ありません」
「わかりました。すべて断ります。以上で立ち合いを終わります」

 あれ、これでいいの!?
 なんか拍子抜けした…。そっか、終わったのか。
 ……いや待てよ。

「あの、このあとも勧誘されたりとかって……」
「それはあります。ですが君の持つマジックアイテムはSランクであり、絶対固定ハプルーンによって君しか扱うことができない。これが悪用されると厄介ですからね。君への勧誘は原則、ギルドを通す必要があります」
「あ、そうなんですか」

 よかった、それなら大丈夫そうだ。
 だってサイモンさんもおっかないしと気楽に安心したんだけど、それはまだ早かった……。

「表向きには、になりますが」
「裏向きがあるんですか!?」
「当然です。君がこのギルドから離れなければ別ですが、冒険者として依頼を受けて動くなら、いくらでも接触の機会を作れますからね」
「そ…そっかぁあ…!」
「問題のある相手は今回の機会も却下されています。どういう手段に出るかもわかりませんから、十分に用心してください」
「はい…」

 どう用心すりゃいいかわかんないけど、しょうがない…んだろうな。トホホだ。
 俺は平和に楽しくこの世界を生きたいだけなのに。
 とりあえず、もうこの部屋に用はなさそうだ。
 そう思って部屋から出て、恐る恐るマイヤさんともう一人受付らしい女性のいるカウンターの方を覗いたら、今のところは静かだった。
 さっきまでみたいにいろんな人がいるってわけじゃない。
 これなら行っても大丈夫かも。

「あ」

 そう思って歩き出したところで、見覚えのある人がマイヤさんのところに来た。
 昨日オレンジ玉から俺とエルフィーネを助けてくれたパーティの人だ!
 会えてよかった!

「こんにちは!」
「おっ、よう。派手な勧誘を受けてたんだって?」
「はい、まあその、ちょっと…。俺のことより、皆さんが無事でよかったです」
「ゴブリンに負けたりしないよぉ。それより、マジックアイテムの鞄を持ってるんだってぇ? グラスボアを入れたらほとんど埋まるらしいけど、軽いままなんでしょ? 便利だよねぇ」

 剣士の人間ヒューマンのお兄さんと獣人族ガルフのお姉さんが、笑って声をかけてくれた。巨人族タイタンの男性は、バンコで麦酒エールをあおりながらこっちを見たけど、相変わらず無言だ。
 うっ、やっぱり知られてたか。そしてそれぐらいの性能って話になってるんだな。助かる!
 ほかの冒険者もいるけど、怖いほどの熱を込めてこっちを見る人はもういないみたいでほっとした。

「実は皆さんのことを待ってたんです」
「ん? うち、パーティメンバーは募集してないぞ」
「超便利なマジックアイテム持ってる子なんて、ウチじゃ守ってあげる余裕もないからねぇ。もしどっか入りたいなら、うんと強いとこにしなよ?」
「そうじゃなくてですね」

 しかも、勧誘はしてこない!
 どうせなら、こういう人たちが勧誘してくれたらいいのにな…。なんてままならないんだ。

「えっと…これ! 昨日助けてもらったときに落ちてたオレンジ玉のコアです」

 鞄に手を突っ込んで、大事に取っておいたオレンジ玉の小さなコアを差し出すと、二人が顔を見合わせて笑った。え、巨人族タイタンの男の人まで? なんで!?

「わざわざそんな、いいのに!」
「欲しかったらその場で拾ってるよぉ」
「だって、俺たちが倒したわけじゃないから申し訳ないし。こうして拾っちゃったから受け取ってくださいよ~!」

 これは予想外だった!
 パーティ名を知ってたらこの人たちのポイントか報酬に入れてって言えるのに、知らなかったからこうして渡すしかないし。

「素直な子だなあ。じゃあ、ありがたくもらうけど、変なのにひっかかるなよ?」
「ちゃんとしたとこに雇ってもらいなねぇ?」

 ひっこめられなくなって困ってたら、苦笑した二人が折れて受け取ってくれた。

「駆け出しのころはほかの冒険者に助けられることが多い。いちいちこんなことをしなくても、次はおまえが強くなった時に駆け出しを助けてやればいい」
「うう…、わかりました」

 しかも、寡黙な巨人族タイタンの男の人にまで言われてしまった。
 確かにそうかも。依頼でどこかを探索してる最中だったりしたら、次にいつ会えるかわかんないもんな。
 しっかりその言葉を胸に刻む。
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