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第3章 サトル、謡う
3-1-1 旅は道連れ、俺辛い
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三日間、一人ぼっちでこの森を歩いたときは、孤独感が半端なかったなぁ……。
「あ、ねえ。いい匂いがするって思ったら、あれってマーコじゃない?」
このままもう出られないんじゃないかとか、町で上手くやって行けるかなとか。
「ちょっと小さいけどそろそろ食べられるんじゃない?」
本当にいろいろ悩んだのに…って、この子さっきから一人でしゃべってるな。
「あー…うん。たぶん」
夕暮れも迫った森の中、マリーベルが短いクリスタルワンドで指したのは、この季節に森で採れる柑橘類のマーコだ。
大きさは中ぐらいの蜜柑サイズ、見た目と味は甘夏って感じかな。こっちのがもっと酸っぱいけど。
「ねえ、ちょっと取って…無理よね。いいわ」
俺をちらっと見てすぐ諦めたあたり、俺は喜ぶべきなのか?
つーか、結構高いところに実が生ってるから、素手で採れるような人は大人の巨人族ぐらいだぞ!?
「上るの?」
スカートのくせに本気かと思ってちょっと引き気味に聞いたら、「はあ?」とめっちゃ冷たい目で見られた!
「上るわけないでしょ? こんなの、風魔法で一発よ!」
「ちょ、そんなの使ったら」
止める間もないな!
すぐさま小さな風の刃がざくざくっとマーコの木を巡って、ばらばらと実が降ってきた。
「あ…採りすぎちゃったかしら?」
「魔法を使う前にこうなるって思いついて欲しかったよね」
熟してないのも落ちてるじゃないか、言わんこっちゃない! これはもう食べられないんだよね。木が丸坊主にならなくて本当に良かった。
「あーあ、ちゃんと熟してるのだけ採りたかったんだけど、難しいのね」
「それなら威力が低い魔法を一回だけ、狙ったところに当てないとだめだよ」
小さくて未熟な実は、申し訳ないけど残して熟したのだけ拾う。
「わ、わかってるわよ! あたし、広い範囲とか数を増やすのは得意だけど、逆は苦手なの。だから修行しに来たんじゃない」
ぷうっと頬を膨らませてそっぽを向いたマリーベルに、ふと思いついた。
「ちょっとステータス見てもいい?」
「え?」
説明が面倒だし、いいよね。
ステータスを見たらなにかヒントにならないかと思ったんだ。。
「『サーチ・オリジン』」
ぱっと俺の前にパネルが出たけど、マリーベルには見えないらしい。不思議そうな顔をして目をぱちぱちした。
「な、なに?」
「君の力を見てる。……やっぱり魔力が高いね」
十五歳、ジョブは魔女見習い、HPは俺よりちょっと少ないけど、MPはすごいな! もう画面の三分の一の長さまである。
でも、やっぱりわかるのはこれだけか……。力や素早さ、技とかも見られたらいいのに。
「あんた、鑑定もできるの!? 聞いたことない魔法だけど!」
「索敵と鑑定を足したようなやつだよ。でもこれ、俺より強い相手には弾かれるから」
「それは当たり前でしょ! でもすごいじゃない! オウル様に教わって身につけられたものもあるなら、慌てなくてもほかのもきっと覚えられるわよ」
「はは、そうだったらうれしいんだけどね」
わっと顔を輝かせたマリーベルが、まるで姉弟子のように言ってくれるのがおかしい。
ばあちゃんがマリーベルも引き取ってたら、本当にいっしょに教われたかも知れないんだな。
毎日賑やかそうだから、楽しかったんじゃないかな、なんて考えてふと気がついた。
「…あれ」
「なに?」
「あーいや、火の適性がすごくあるんだなって」
前は見えなかったのに、スキルが見えるようになってる。これって俺もレベルが上がったってことかな?
確認してみたら、火の女神の加護と、火魔法、風魔法もあった。
使えるのはどちらも初級の魔法までだけど、この魔力の高さなら威力は十分だろうな。
「火は…うん。そうね。得意ってことになるでしょうね」
「得意な属性があるのはいいことだよ」
複雑そうな表情で頷くマリーベルにそう言ったら、マリーベルは拾ったマーコのうち三つだけ自分の鞄に入れて、残りは俺に押し付けてきた。
「え? いらないの?」
「あんたの分よ。収納がかかってる鞄なんだし、入るでしょ?」
「勝手に突っ込まないでよ。しょうがないなあ」
収納を唱えないと普通にこの中に入るだけだから困る。
仕方なしに収納して行くと、マリーベルが面白がってどんどん突っ込んできてやれやれだ。
歩きながら拾った薪用の乾いた枝も入ってるから、気持ち的にはだいぶぱんぱんになった気がする。
グラスボアと違って重さはないけど、体積があるっていうか。
「こんなにいらないよ。森の動物たちにおすそ分けすればいいのに」
「まだこんなに残ってるじゃない。それに、余ったら皮も実も煮ちゃえばいいのよ。それが傷む前にお砂糖を買わなくちゃいけないけどね」
「うーん…まあ、いいけど」
こちらの世界でも、果物を保存するには干すか煮るか蜂蜜で漬けるかだ。
まあ俺のアイテムボックスの中なら保存を考える必要ないけど、ものによっては手を加えた方が美味しいものもある。
このマーコもその典型で、このままじゃすっぱすぎるから加工したい。
ただ、こっちじゃ蜂蜜も砂糖も高いんだよな。っていうか、塩も高いし、あれこれ全体的に高い。そして味噌と醤油がない。
正確にはあるけど流通していないんだ。ゲームでも中盤以降に行けるところの道具屋で取り扱っていたぐらいだし、貴族なら手に入れて使ってるかもってぐらいかな。
なくても食えるし、今はお酒も飲んでないから二日酔いの心配はないけど、味噌汁は飲みたいなあ。
出会いはあんな修羅場だったけど、ここまでの道中はまあまあ順調だった。
またトレントに襲われたら怖いと警戒していたけど、実際出くわしたのはオレンジの草玉と赤い草玉、ぶちのホーンラビット、ラスルサ。
戦ったら一番強いラスルサは幸い臆病な個体だったらしくて逃げて行ってくれた。
あとは、そろそろ出るだろうと警戒してたゴブリンだ。大きさは俺より頭一つから半分ぐらい小柄で、緑の肌に痩せてずんぐりした体、装備は木の棒と体に動物の毛皮を巻きつけてたり、すっぽんぽんだったり。
大体二体から四体ぐらいで行動していて、共通点は、めっちゃ臭い!
「マリーベル、毛皮がそっち行った!」
「任せて!」
ゲギャギャギャって感じの喚き声を上げて飛び掛かってきた一体は武器もなし! 素手の相手ってやりにくい!!
「ちょ、おいっ! 掴むな!!」
こっちだけ武器を持ってるなんてってジェントルな理由じゃなくて! 殴ろうとした杖をこうやって掴まれたり、そのまま杖の先をガジガジ噛まれたり、行動が読めないからだ!!
「なにやってるの! 離れてよ、あんたにまで当たっちゃうわ!!」
「だって、こいつ意外と力が強…うわっ」
杖を掴んだままひっくり返る勢いで引きずられて、危なく転びかけた!
トレントロッドを取り合いながらなんとか木の幹まで押し込もうとしたところで、「えい!!」と気合一発! マリーベルが木の棒でゴブリンの頭をぶん殴り、力が緩んだ隙に俺もぼこっと前蹴りだ!
トレントロッドは取り返したけど、ヤンキー漫画みたいにかっこよく蹴り倒せないのが悔しい!
「どいて!」
とにかく、とどめを刺さないと仲間を呼ばれる。
ナイフを握ったところでマリーベルの風魔法がずばっとゴブリンを引き裂いて、俺は情けない悲鳴を上げながら目をつぶって飛び退いた!
「こんな時に口開けちゃだめよ! うがいできない時に血が入ったら困るでしょ!?」
「うぅ…ごめん……」
これ、慣れる日が来たらいいんだけど…いや。慣れないと生きていけないよな。
恐る恐る見たら、襲ってきた三体はどれも死体になってた。
「核を取るわよ。半分こね」
「いや…俺はいいよ。ほとんど君が倒してくれたし」
「一体はあんたの弓だったでしょ。じゃあ、自分で倒した分は自分のものね」
「うん…」
こ、この作業にも慣れないと…だ、な。
恐る恐る近づいて、採取用の手袋をつけて作業に取り掛かる。人型に近いやつはきつい! 心臓の場所はわかりやすいけど!!
なんとか核を取り出したら、マリーベルはもう二体目に取り掛かっていた。さすが生まれも育ちもこの世界の子だ。ためらいがない。
誤差の範囲ではあるけど、この中で一番身体が大きくて強かったのは毛皮を巻いてたやつだな。
魔物に関しては、大きいとか太ってるイコール強いことが大半だ。単純に、それだけ餌にありつける機会に恵まれてるってことだからね。
「うーん…」
「どうしたの?」
「いや、せっかく毛皮を身に着けてるのに、もうちょっとちゃんと着ればいいのになって」
言葉を濁したけど、股間が丸出しなのが不思議でさ。マリーベルには申し訳ないけど、雄ばっかりでよかった!
二体はすっぽんぽんだったから、単純に防御のためなのかも。
「ちゃんと着れるようなゴブリンだったら、それはもうホブゴブリンでしょ?」
「確かに…。見たことないけど」
「あたしはナーオットに着くまで何回か機会があったわ。体格が倍ぐらい違うからびっくりするわよ」
「うわぁ、会いたくない」
この毛皮も鞣したりしてない生のままだから、だいぶ…うん。グロい状態のままだし、基本裸で生活してるから肌が丈夫なんだろうな…。
手袋越しにも象とかこんな感触なんじゃないかって皮膚だったし。
「うぅ、臭い!」
「早くふき取っておかないと、匂いが取れなくなっちゃうわよ」
でも今はそれよりも、かじられたトレントロッドが放つ悪臭だ!
あいつらに歯磨きの習慣がないことがよくわかるよ…!
俺は半泣きでそのあたりの柔らかい草やラトリ草でまず汚れを拭って、最後に粉雪っぽい花が咲いてる、ブラシみたいな針葉樹の枝でごしごし拭いて仕上げた。
これは家の庭にも植えてあったさわやかな香りがするやつで、ばあちゃんがよくオイルを作ったり、ハーブティにしてたんだ。
風邪をひいたらオイルをお湯に垂らして部屋に置いてくれたりね。サーチしたら名前はレイツリー。ティーツリーの亜種って出た。殺菌作用があるそうだし、臭いが取れてさわやかな香りになったからこれでよしだ。
これも重宝しそうだし、いくつかちぎって収納しておく。
「こっちも終わったわ」
「あれ、その棒わざわざ持って行くの?」
「さっきみたいな状態になったら必要でしょ? あたしのクリスタルワンドは、魔法の威力は上がるけどこれで殴ったりできないもの」
魔女見習いに肉弾戦させた俺って…いや、シスターのエルフィーネも同じ目に遭わせてたな。
「そ、そうだね。ごめん」
「あんたは気合いが足りないのよ。弓は接近されたら終わりなんだから、殴る時は相手の頭をカチ割るつもりでやらないと、反撃でやられるんだからね」
「わかってるってば」
べつに手加減なんかしてないんだけど、生き物を殴りつけるって思った以上にストレスが大きい。
でも戦わないといけないんだし…だったら、相手に苦痛を与えないようにしたいな。
振り出しに戻って、結局一撃必殺が一番ってことだ。ま、まず弓を極めたい。次は魔法!
へたれでいいよ。できることから一歩ずつってことで勘弁して欲しい!
それからも数回同じような戦闘を繰り返し、だんだんコツが掴めてきた。
距離があるときはまず俺の弓で攻撃! 本当は一撃必殺したいけどそんな腕はないから、胴体でもどこでもとにかく数を当てる! マリーベルは手数を増やすのが得意って言ってたから、上半身か下半身を集中的に風魔法で攻撃!
いよいよ接近戦になったら俺がトレントロッドで囮役、マリーベルが仕留める。
ゴブリンは突進しかしてこないから、これでなんとかなった。
核を取り出すのもさすがに慣れたよ。自分がいっぱしの冒険者になってきたんじゃないか、なんて錯覚しそう!
そうやって少しずつ俺の戦闘力というか、ぶっちゃけ弓の命中率が上がったと実感したころ、やっと森が暗くなってきたことに気がついた。
「え、本当に野宿するの?」
「夜を徹して歩きたいなら止めないけど、一人で行ってね」
遠くでサーベルウルフの遠吠えが聞こえる。あれは群れの家族を呼ぶ声だ。日暮れになったらすぐに真っ暗になるし、そろそろ今夜の寝床を決めないと。
ちょうど俺がナーオットに向かったときに野営したところに着いたから足を止めたんだけど、マリーベルが不満そうに言うものだからため息が出た。
「夜はバンシィが出るかも知れないんでしょ? 無理よ。ちょっとがんばったら着くってことはないの?」
「それこそ無理だね。あの家を出て最初の日は、俺もそう思ってだいぶ歩いたけど町に着かなかった。大体、出発前に三日かかるってちゃんと言ったじゃないか」
そりゃ俺だってバンシィは怖いし、歩き通して着くんだったらそうするよ。でも物理的に無理な距離だからこうしてるんだから。
「もう…わかったわよ」
さて、諦めてくれたところで、火起こしの準備だ。
石の床は前回のをそのまま利用して、薪を並べて行く。これもコツがあるんだよね。
下は空気が入るようにしないと、煙ばっかり出ていつまでも火が点かなかったりして。本で読むのとやるのじゃ全然違う。
「なにをしてるの?」
「え? 火起こしだけど」
今回からは弓切り式の道具を使わなくても札がある。意気揚々と取り出したら、不思議そうな顔をしたマリーベルがロッドの先を薪の中でちょいちょいってさせて火を点けてくれた。
「あ、ありがとう」
「べつに…これぐらい言いなさいよ」
ぷいってされたけど、意外だったんだ。
「小さい火を使うのは苦手かと思って……」
「はあ!?」
うっ、ぐりんっと怖い顔で振り返られた!
「あんた、バカにしてるの!?」
「ええ~…だって、マリーベルが自分で言ったんじゃないか。大きくはできても小さくするのは苦手なんでしょ?」
「そ、それはそうだけど! さすがに火種役はちゃんとできるわよ! 失礼しちゃうわ!!」
「だから声が大きいってば」
今さらぱふって口を押えても遅いっての。
沈黙が下りたら、ぱちぱち…っと焚き火が音を立て始めたのがわかった。さすがに魔法の火は早い。
次はやっぱりこれ。虫と魔物のどっちもよくばり避け。一回につき一掴み分ぐらいの草の束になってて、鞄から出した時点でもうあの刺激臭が漂う。
「臭っ! それなに?」
「ばあちゃんの作った虫と魔物どっちもよくばり避け。よく効くから、煙をしっかり浴びておくといいよ。虫刺されはいやでしょ?」
「オウル様が作ったのね…。そういえば薬師でもいらっしゃったのよね。うう…なんか煙がねばってしてる気がする!」
まあ、ちょっと匂いが着くのは確かだけど。
「あ。魔力が込められてるのね」
「そうなの?」
「うん。凄いわ、ふわって広がって、効果が留まってる。高度な術式が組み込まれてるのね」
そ、そうなのか。俺にはちっともわかんないけど。
「えっと…よかったら一束あげようか?」
「いいの!?」
「うん。作り方は知ってるし……はい」
「ちょっと待って! ええと…入れ物用意しないと」
あ、そうか。このまま入れたら臭いもんね。
わざわざなにかの小瓶を開けようとしてるから、俺は残ったどっちも避けを袋から出して収納して、袋もマリーベルに差し出した。
見た目はただの黒い布の袋だけど、これもばあちゃんが作ったやつで、匂いが漏れないし水除もしてあるんだ。
「これなら大丈夫でしょ?」
でもマリーベルに遠慮された。
「大丈夫じゃないわよ! あんたが困るでしょ?」
「いや、俺はべつに」
「もう、男だからって、鞄からそんな匂いさせたらダメよ!」
「漏れないし」
え、漏れてないよね?
気になって鞄を持ち上げてすんっと嗅いだけど、うん。今焚いてるどっちも避けの煙を抜きにしても鞄からそんな匂いはしない。
「ウソでしょ? あんた、鼻がバカになってるんじゃないの?」
ちょっと引いてたマリーベルがこっちに寄って来て、恐々と俺の鞄に顔を近づける。
「嗅いでみる?」
「う、うん…ん?」
中に生ゴミが入ってるわけじゃあるまいし、なんだよその顔!
ぐいっと近づかせたら一応逃げずに、マリーベルがすん…っと嗅いだ。
みるみるスミレ色の目が大きく、丸くなる。
「しない! 凄いわ!!」
「言っただろ? しないって」
「へえ…! 本当に不思議ね。その鞄、どうなってるのかしら?」
「開けても普通の鞄だってば。ほら」
「財布と水筒と…あれだけ突っ込んだマーコも薪もないのね? 収納魔法って、どこにものを送ってるのかしら?」
しかも勝手に漁るし! 下着を収納しといてよかったよ。
応援ありがとうございます!
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