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第4章 サトル、学ぶ

4-3-2 もふもふ要塞

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「わー、ギルドの職員室って初めてだわ」
「ナーオットの冒険者ギルドは穏やかですし、品があって良いですねえ」

 それでも緊張はしてたから、追いかけてきてくれたマリーベルとリチャードが心強い。
 ……よそのギルドって雰囲気違うのかな? ここが穏やかってことは、よそは穏やかじゃないってこと? ちょっと気になる。
 通されたのは、俺が勧誘を受けたあの部屋だ。今日はお茶の用意はない。あっても緊張で喉を通らない気がするけどね。

「どうぞおかけください」
「はい……」

 エルムさんは正面の一人がけ、こっちは三人がけだし、リチャードが大きいから全員は無理だな。

「ありがとうございます。では、遠慮なく」

 ソファは女の子二人に譲ろうと思ったら、リチャードが俺とマリーベルを両手で一人ずつ抱っこしてまず座って、「さ、エルフィーネ嬢も」って隣にエルフィーネを呼んだ。

「はい。ありがとうございます」

 にこっと笑ったエルフィーネが腰を下ろすと、するっとふさふさの尻尾がエルフィーネを守るように腰に回る。
 完璧だ! 完璧な布陣じゃない!?
 ただ難点は、リチャードの毛皮のふかふかが気持ちよすぎて話が頭に入ってこなさそうってところかな…!!

「……ずいぶん警戒されているようですが、悪いお話ではありませんよ」
「さようですか。どうもわたくしは魔界出身のせいか、疑い深くていけませんね。ですが、日ごろから備えておくのはたしなみのうちですから」
「ええ、気にしていません。経験の浅い若年者ばかりのパーティに、あなたのような年長者が加わっているのはとても幸運なことです。聞いていますか? サトル・ウィステリア君」
「は、はい! 聞いてますっ」

 いかん、ついお腹に回ってるリチャードの大きな肉球をふにふにするのに集中しかけてた。マリーベルもはっと顔を上げたけど、俺と同じだったらしい。……わかる!

「それであの、お話って……」

 不安はやっぱりある。きゅっと思わず力を込めちゃったけど、リチャードはなにも言わずに手…前脚? を俺に貸してくれた。

「ナーオットのギルドでは、あなたがマジックアイテムを所持している状況の危険性を鑑み、特別措置が必要であると結論づけました」
「……っ」

 思わず身体が強ばった。エルフィーネが俺の手を、マリーベルも俺の腕を掴む。

「なるほど。それで、その特別措置とは?」

 リチャードだけは変わらず俺に肉球を好きにさせて、落ち着いた口調でエルムさんに問いかけた。

「ピルパッシェピシェール殿と同様の待遇です。通常はSランク冒険者とそのパーティメンバーにのみ適用されるものですが、特殊スキル、またはアイテムを持つ場合はその限りではない。サトル・ウィステリア君とそのパーティを、冒険者ギルドの特別職員として迎えます」
「え……」

 特別職員? なにそれ??

「えっと……」

 あれ、わかんないの俺だけ? エルフィーネとマリーベルを見ても、二人とも俺と同じように首を傾げてた。
 そこに、片足が義足特有の重い足音が近づいてきて、ドアが開く。

「話はまとまったか」

 サイモンさんだ。サイモンさんがずんずんと歩いてきて、エルムさんの隣の一人がけのソファに腰を降ろす。巨人族タイタンの中でも大柄なサイモンさんが座ってちょうどのサイズ感だった。

「特別職員に迎えるという話をしたところですね」
「そうか。契約書を出せ」
「はい」

 あ、決定なんだ……。

「質問をよろしいでしょうか?」
「聞こう」

 リチャードがマリーベルを抱いていた方の右手を挙げて、口を開いた。

「それは決定事項ですか?」
「そうだ」
「こちらの意思は関係ないと」
「ないな」

 サイモンさんの回答はとりつく島もない。
 俺のアイテムボックス……ううん。ソロモン・コアのせいか……。
 よくわからないけど、わけのわからない仕事っていうか役割に、みんなを巻き込むわけには行かない。

「パーティは解散します」

 ぱっとリチャードの肉球を離して立ち上がり、俺は決意を込めて宣言した。

「はあ!?」
「サトル…!」
「サトル君、落ち着きましょう」
「落ち着いてる」

 マリーベルとエルフィーネが左右から俺を見上げる。リチャードがもう一度俺をもふっと座らせたのには、腕力的な意味で逆らえなかったけど。

「特別職員ってのがどうしてもならなくちゃいけないものなら、俺が一人でなります。それでいいでしょう?」
「それは構いませんが……」
「坊主、話は最後まで聞け」

 エルムさんに続いて、サイモンさんにお腹にズシンと響く低い声で言われて、つい身を固くする。
 なるほど、これもトラウマか……。落ち着け。
 サイモンさんは大丈夫だ。俺を殴ったり蹴ったりしない。たぶん。

「リーダーの解散発言については、サブリーダーたるわたくしが保留を宣言します」
「認めます」
「リチャ……むぐ」

 肉球で口を塞がれた!

「失礼、大人同士で話をいたしましょう」

 いや、俺も大人だってば!
 でも手、肉球が離れないし!
 むがむがしても、マリーベルとエルフィーネもリチャードを止めずに、むしろ身を乗り出すようにサイモンさんと、エルムさんに向き直った。

「まず、この場にピルパッシェピシェール殿の同席を願いたい」
「いいでしょう」

 エルムさんが頷くと同時にドアが開いて、ピルピルさんが入ってきた。もう外にいたのか!

「さすがですね。心強いことです」
「よう。エルフィ、前を邪魔するぜ」

 そう言ってにっと笑ったピルピルさんが、「よいせっと」とテーブルを押しやり、俺のそばに立ってくれた。

「うん、話を聞こうか」

 サイモンさんとエルムさんに向かい合って、俺の頭にぽんと小さな手を置いてくれたのが頼もしい!

「じゃあ、まずはもろもろの確認からだな。リチャード、おまえが気になってるのは?」
「待遇ですね。リーダーであるサトル君の持つ鞄をいいように利用したいだけならば断りたい。ですが、どうも断れない状況のようですので、それならなるべくこちらに有利な契約にしたいものでしょう?」

 やっと肉球が離れた。お腹に前脚が戻ってきたから、また肉球を握ったらきゅっと握り返してくれてほっとする。

「ははっ、先にそれを口にするかー」
「いやなに、条件が折り合わなければ、このままわたくしの領地に連れて帰る手もある……などとは、さすがに申しませんが」

 あれ、風のマナがざわめいた?
 リチャードの実家には行ってみたいけどな。奥さんとお子さんにもぜひともご挨拶したいし。

「あー、はは……。魔族ってのはすべからく情が濃かったな。なに、駆け出しのちびっ子の集まりにそんな危ない真似はさせないさ。そうだろー?」

 小さな肩を竦めたピルピルさんがブルーの目を細めてギルド職員の二人を見ると、サイモンさんは呆れた様子で太いため息を、エルムさんは苦笑して眼鏡を押し上げていた。
 うわあ、ちょっとだけど、エルムさんの表情筋が動いたよ。

「利用するもなにも、駆け出しの坊主に任せられる現場はねえぞ。鞄の便利さよりもその坊主しか使えねえ不便の方が大きい」

 うっ、すみません! 俺としても早く強くなりたいと思ってます!!

「まず、待遇についてですが、こちらをどうぞ」

 エルムさんがぺらっと紙を差し出した。受け取ろうとしたら、リチャードにきゅって手を握って止められて、リチャードが受け取る。

「あれ、真っ白?」
「ふむ、まずあなたが触らなければいけないようですね」
「サブリーダーはあくまでも『サブ』ですからね。リーダーが判断できる状況ならそちらを優先します」

 なるほど。今度はリチャードに差し出されて俺が手に取ると、なにもなかった紙面に文字が浮かび上がった。

「へえ、わざわざ封印ケーラがかかってるのね」
「わたしが読んでも大丈夫なのでしょうか?」
「いいんじゃない? ダメなら見えないわよ」
「うん、俺もそう思う」

 というわけで、俺たちは四人でその内容を確認することにした。
 マイヤさんに見せてもらった冒険者用の小冊子みたいなものかと思ったけど、こっちはもっと本格的だ。
 特別職員はギルドの指示に基づく任務を最優先とする。
 所要日数に応じた休暇が与えられ、その間の行動は自由とし、一般の依頼を受けることも制限しない。
 報酬はパーティに対し基本月額二万ダルム、任務報酬及び必要経費は別途支給……か。
 そういやこれって、就職か。冒険者ってフリーターっぽいもんな。
 この報酬が高いのか安いのかよくわからないけど、在籍してるだけで必ずもらえるお金があるのはありがたいよね。

「ずいぶん安く見積もられていますね」
「あなたの加入を計算に入れても、現時点では十分だと考えます」

 あれ、リチャードは納得してない。

「まず第一に、ギルドとしては現時点でサトル・ウィステリア君の持つマジックアイテムに付加価値を認めません」
「理由は、さっきも言ったとおりだ。仮にリチャード・グロウリィ殿がそれを使い、単独で仕事ができるなら相応の価値を認める」
「現時点でそのマジックアイテムを使用できるのはサトル・ウィステリア君ただ一人であり、彼の同行なくしてその恩恵は得られない。そうなると、ギルドとしてはあなた方はリチャード・グロウリィ殿のみが突出した実力を持ち、ほかは単に便利なアイテムを有する駆け出しのパーティでしかないのです」

 うわあ、やっぱり俺のせい……!
 申し訳なくて小さくなってたら、左右からマリーベルとエルフィーネが黙ってぽんぽん肩とか脚を叩いて慰めてくれた。

「それでもこうして特別職員として迎えることになったのは、彼を保護するためです」
「サトル、落ち込んでないでよく聞けー? ボクはあの森でも教えたな? おまえのその鞄の価値とか。持ってる危険性とか」
「うん……」

 ピルピルさんも声をかけてくれて、俺はちょっと顔を上げた。

「さらにもう一つ。おまえは吟遊詩人バルドラーだ」
「はい。なによりもそれが大きい。サトル・ウィステリア君のためだけではなく、あなたの大切にしている仲間のためにも、ここは受け入れてください」
「……たかが紙切れ一枚だが、そのたった一枚があることで、冒険者ギルドはおまえに対するあらゆる権力に対抗する根拠を持つことができる」
「えっと……」

 どっちにしろ、受けるしかない話ではあるんだよな?
 マリーベルとエルフィーネはたぶん意味がよくわかってないだろうし、ここは俺がちゃんとしないとだ。
 こんな大事なとこで、見た目通りの子どものまま流されるわけにはいかない。

「俺がこの話を受けることで、三人が困ることはありませんか? もしあるなら、やっぱり俺はパーティを解散して単独でお受けします」
「ありません。むしろパーティを解散して、我々が彼らに干渉できなくなる方がリスクが高い」
「そうだぞー。ボクみたいに一人で撃退できるならともかく、お嬢ちゃんたちが人質にされたら困るだろ? パーティ単位で特別職員になってたら、普通はそんな危険は犯さないし、仮にやらかしやがっても、即ギルドが強制介入できる」

 エルムさんとピルピルさんの即答が心強い。あとは……。

「リチャード……」
「君が安く見積もられているのは悔しいところですが、駆け出しである以上、実績を積むことで見返すしかありませんね。サブリーダーとして、この契約を締結することを進言しましょう」
「わかった。えっと、俺がサインしたらいいんですか?」
「はい。ではこちらに」

 うーん、断れないって言ってたし、どんなにごねても結果はいっしょって感じだったなあ。
 責任重大だ。ガラスペンを持つ手が緊張で震えそう!

「ねえ、ピルさんも特別職員なんでしょ?」
「まーな」
「もしかして、リベリオンの二人もそうなのかしら?」
「そうだぞ」

 そんな俺の様子を見たマリーベルがピルピルさんに聞くと、ピルピルさんも腕組みして頷く。

「それでは、月光旅団のお二人もなのでしょうか?」
「そうです」

 エルフィーネの質問には、エルムさんが頷いた。

「もしかしてSランクになったら、職員になるのが義務なの?」
「いいえ、義務ではありませんよ。たとえば同じようにSランク冒険者のみで構成されているパーティのうち、『ダルク・ジャッジメント』『悪夢のアルケー』『空蝉』などは、特別職員に名を連ねてはいません」

 聞き覚えがあるような、ないような……。
 あれ、この身体の子どものころにでも、オウルばあちゃんの客が話したのかな?
 首をかしげてそのパーティ名を呟くと、ピルピルさんが補足してくれた。

「ダルク・ジャッジメントは女だけの四人パーティだなー。こいつらはソレイユよりおっかないぞ。リーダーはイザベラって名の女傭兵だ。先代リーダーのダルクが死んで、その名をパーティ名に残して跡目を継いだ」
「へえ、強そう! 知らなかったわ。きっと前のリーダーのこと、尊敬してたんでしょうね」
「尊敬ってより崇拝だろうな。あいつらの出身地は内乱も多かった。女ってだけで憂き目を見ることもある。……いろいろあったんだろうさ」
「………そうですね」

 ピルピルさんの答えに、マリーベルは黙って目を伏せて、エルフィーネも静かに頷く。
 男としてはこういう話題に口を挟みにくい。だから俺はなにも言わなかったけど、リチャードの肉球を黙って握ると、ふにふにと握り返してもらえた。

「悪夢のアルケーは、あー……。うん、変態集団だ」
「は?」

 まって、シリアスっぽい空気が台無しになってない!?

「変態集団ってなによ!? 全員裸でうろちょろでもしてるの!?」
「マリーベル、ほかにも変態の定義を満たす要素はあると思います」

 女の子二人の突っ込みが鋭い! そして俺もそれ以上の発想が出てこない!!

「元は錬金術師の集まりでな。えーと、エルム、あいつら、今何人だ?」
「最大人数の六人となっていますが、毎月更新で入れ替わりますね。この一年のデータでは、おそらく二十人ほどでしょうか。特にこの二年は聖都ジークハースを拠点としてほかに動いている様子がありません」
「ふーん……。ま、いいけどな」

 え、本当に? なんか今、ピルピルさんのブルーの目が暗い色になってた気がするけど。

「空蝉はメンバーの入れ替わりがない中ではかなり古いパーティだぞ。人間ヒューマンだけで構成されていて、今で……何年目だ?」
「三十年になりますね。常に旅をしていて、特に人々の生活に密着した依頼を多数こなし続けています。それぞれが名を残すような大きな討伐や迷宮ダンジョンの攻略をしたわけではなく、純粋に多くの依頼をこなしてSランクに上り詰めたパーティですね」
「本来、冒険者がSランクになるにはギルドのお題をこなす必要がある。空蝉の連中は決して高い戦闘力を持っているわけじゃない。それでもSランクとして認められたのは、ひとえにあいつらが助けた市井の人々の声があったからさ」
「へえ、素敵だなあ……」

 ピルピルさんの言葉を聞いて、俺もそんな風になりたいと思った。
 英雄みたいな活躍とか、そういうのは望まないしさ。
 誰かの生活っていうか、毎日を守ってこつこつ仕事して、そうやって助けた人たちの声でSランク冒険者の栄誉を与えられるなんて、素晴らしいことじゃないか。
 俺は素直に感動したんだけど、残念ながらそう単純な話ではないらしかった。

「いい話ではあるんだけどな。どっこい、経験がいくら長くたって非常時には戦闘力がものを言うのさ」
「持久戦には優れていますから、救援さえ得られる状況に持ち込めたなら……というところでしょうか」
「そーゆうこと! ボクも冒険者生活が長いからなー。三回はあいつらのいる集落なりなんなりに駆けつけたぜ。人々の暮らしを守る、それはもちろん大事だ。けど、人気だけでSランクになれるってのは、あいつらで最後にして欲しいもんだぞ」

 なるほど、そういう側面もあるのか……。現実って厳しいなあ。
 でもさ、自治関係は国ではなく地方の領主の方針とか、住人の自主性って言うの? そこに大部分を依存してる状態なんだから、そういう人たちがいてくれたことでよかったことの方が多いと思うんだけど。

「サトル君。彼らは間違いなく素晴らしいパーティですよ。我々が見習うべき点は大いにあります。せっかくですから、後輩にあたる我々は持久戦だけではなく、打って出られる強さもあるパーティを目指しましょうね」

 しょげた気持ちでもち…っと肉球を握ってたら、リチャードが励ますようにそう言ってくれた。

「そうよ! あたしもがんばるわ!!」
「はい。わたしもです。なるべく皆さんに傷を負って欲しくはないですが、どんな傷も癒やせるよう、精進しますね。もちろんわたし自身も戦いますから」

 マリーベルも、エルフィーネも頼もしい!
 うん、そうだな……。俺も、そういう冒険者になりたい。
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