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第5章 サトル、進む

5-2-1 準備期間ともう一つの旅立ち

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 それからの三日間は、リハビリを兼ねた準備期間になった。
 あとは教会の改築と修繕とか。これはリベリオンのドワーフ夫妻とフォースリントががんばってくれた。
 神父様が「お風呂の増築予定がある」って言ってたし、それでかなと思ったんだけど、ピルピルさんが教えてくれたんだ。
 シャンマさんの片目がだめになっちゃったあとで、月光旅団の二人にいろいろ親身になってもらったからさ、そのお返しなんだって。
 それでどうして教会? って思ったら、月光の二人が俺のことで心を痛めてたから、じゃあ俺が世話になってる教会に返しとくかみたいな。
 子どもたちのことを考えたらすごくありがたいけど、ルーファスネイトとヴィントが困ったときに取っておいて欲しかったって気持ちがあって辛い!
 かくなる上は、あの二人が困ったときに、俺自身が恩返しをできるぐらい強くなっていないとね!
 ……子どもたちがすごく懐いてるから、リベリオンの人たちも時々でもいいからさ、顔を見せに来てくれたらいいな。
 ちなみにこの三日間、寝坊は一回したけど、一番の不安材料だったおねしょはせずに済んだ!
 まあ、仕事の話を聞いた夜はね。ハーブティを飲み過ぎたのが祟ったのか、夜中にトイレに起きる羽目になって、べつの意味でやばくてさ。リビングで寝てたフォースリントを起こしたんだけど。
 いやもう、本ッ当にギリギリだったから! 「何事だ」って起きて「いっしょにトイレ行ってお願い」って言ったら、「シャンマも寝てるんだから静かに来い」って怒られたけど、やっぱり父ちゃんだよなあ。
 俺が股間押さえてじたばたしながらもう一回お願いしたら、すごい勢いでトイレまでついてきてくれたよ。
 でも、しょうがなかったんだ! たどり着く前にあの真っ暗加減がどうにも怖くてさ。
 自分でも一人でなんとかしないとと思って、光魔法リントスペルの明かりを連れて行こうとしたんだけど、だめだった…!
 漏れそうだし、真っ暗でおっかないしで集中できなくて、維持できなかったんだ。
 いやあ、マナが視えるんだし大丈夫だろうと思ってたんだけどね! 夜の森だとちゃんと見えるのに、夜の屋内だと俺の目の性能はちょっと落ちるっぽい。
 トイレからリビングまで戻ったらピルピルさんがシャンマさんと談笑してて、「もっと静かに便所に行け」って叱られちゃったよ。
 起きてたんなら、最初からピルピルさんについてきてもらえばよかった…!
 まあね。盗賊シーフジョブについたら暗闇を怖がってなんかいられないんだけど。
 マリーベルだってエルフィーネについてきてもらってるし、いいじゃん俺だって。
 これで反省した俺は、寝る前の水分を控えるというすごく真っ当な方法で夜のトイレをなくす方向に方針を変えた。
 そして問題の朝練は、思ったよりハードだった。気持ちのいい朝日の中でちょっと歌うだけってのとは訳が違ったよ。
 俺がまだ本調子じゃないからってことで抑えめだったらしいんだけど、ランニングに腕立てに腹筋に背筋だよ? それ、歌に関係ある!? って思わず突っ込んじゃったら、マルカートとプリモに「全身の筋肉いるだろ」っておまえなに言ってんの? って顔された!
 いやまあ、俺も冒険者でやっていくんだし鍛えないとって思ってたからさ、一石二鳥ではあるんだけど、まさか歌でマッスルを鍛えるとはなあ。
 それから、声の出し方から教わった。
 今の俺の歌い方は、呪歌バルドのときは不思議とできてるけど(たぶんジョブ補正だと思うよ!)普段はてんでなっちゃいないって。
 マルカートとプリモも俺からしたら本当にきれいな歌声だし上手いのに、なんで二人は歌い手トゥールで俺だけ吟遊詩人バルドラーなんだろう?
 人前で歌うの苦手なんだけどなあ……。まあ、こんだけシゴかれたらいやとも言ってられなくなったけど。
 それからもりもりとみんなで朝ご飯を食べて、子どもたちは学校へ行ったり、仕事に行ったり。俺以外のパーティメンバーはギルドでお仕事だ。みんなのお姉ちゃん、エルフィーネまで行っちゃうのが残ったメンバー的にはさびしい。
 エルフィーネはギルド職員のプリーストだから、ギルドの救護室で回復系の宝珠を使ったりするんだってさ。お給料付きでいい訓練にもなるし、そりゃ行くよね。
 そして俺も、この三日間みっちりとシャンマさんに弓と宝珠の使い方を手ほどきしてもらった。
 あと、展開スプレッドも! この魔法スペルを使いこなせればマジックアイテムの鞄に直接触れていなくても、もちろん魔力次第だけど、視認できる距離なら中身を取り出すことができるんだって。これは絶対覚えたかった!
 これさえあれば、俺はあのときヴィントに小鳥を飛ばせたんだし、この先きっと必要なときがくると思うからさ。
 ちょくちょく耳にしてた術式がどんなものかも理解できた。……っていうか、なんか受験勉強かって感じだった……。
 こうしたければここにそれを当てはめる、みたいな、決まった書き方があるんだよね。つまりそれ、方程式じゃん! 方程式さえ覚えれば応用も利く。
 数学は得意な方だ。なので、これは思ったよりもスムーズに覚えられて、シャンマさんに褒められた! 上手くすれば、おばあちゃんの魔女の加護みたいな、おまじないかなにかができるようになるかも!
 まあ、方程式を理解できても速度が出るかはべつなんだよね。
 今のところ、慣れてないのもあって空中に複雑な術式を描かないと出せないんだよなあ……。
 頭の中で方程式を一瞬で描けるようにならなきゃダメだ。魔力が上がれば、ぱっと方程式の写真を思い浮かべればできるようになりそう。
 あとは自分の得意分野をしっかり知ることだとも言われた。俺がどんなステータスを伸ばしやすいか、それを考えて訓練しなくちゃ意味がないって。
 でも、そういう成長率っていうの? 調べようがないしなあ……。
 ただ、ステータスを確認したら自分で思ってるよりもMPが上がってたから、後衛ジョブに向いてるんだろうなってことはわかった。
 力と体力がもっと欲しい。これはもう体格もあるから、まず身体を作らないとどうしようもなさそうだな。
 当面の目標は、弓と宝珠を使いこなせるようになること。ただし、乱戦で弓は役に立たないし俺の性格上、仲間が前にいたら「もし当てたらどうしよう」のビビリが発動してダメっぽいから、ダガーを学ぶことも入った。
 遠い目標としては、片手剣を使えるようになることかな。ルーファスネイトほどの腕にはなれなくても、盾を持った敵と戦うときにはこれぐらいの物理攻撃力が欲しい。
 あとは各種魔法の適性だけど、俺はどうやら全属性使える珍しいやつらしかった。
 特に意識せずに魔力を使うときは光が優先されるみたいで、人前で闇魔法ネイトスペルを使わないようにだけ気をつけたら、四大元素魔法エレメンタルスペルのどれを使っても大丈夫ってのは便利だな。
 本当にめったにいないそうで、人間ヒューマンでこれが出現したのはもう二百年も昔なんだって。だから誰にも言うな、またさらわれるぞってシャンマさんにきつく言われた。
 ……怖いから守ろうと思う。
 それこそ偵察サルートとかで探られたりしたらバレるじゃんって問題は、シャンマさんとピルピルさんがそれぞれの隠蔽ハイド絶対固定ハプルーンをかけることで解決してくれた。
 これは二人が死んじゃうか、俺が二人の魔力と技を超えない限り外れないんだってさ。
 これがかかってるうちは二人が無事なんだってわかって安心だな。それに、俺が二人よりも強くなったら、それはそれでもう使えるはずだし、そもそも覗けなくなってるだろうから問題ない。
 宝珠の使い方は、とにかく相手のマナをよく視ること。内臓を治すにはかなりの魔力を要するそうで、今の俺にはまだ無理だなだって。
 と、とりあえず救急箱だけは卒業したい! だって、俺たちはエルフィーネに治してもらえるけど、エルフィーネを治すことができるのは俺だけだもの。
 ポーションは持ってるけど、エーデルポーションなんてとんでもないものは持ってないし、あいつらが持ってたのは取引ルートを探るためにギルドに提出したしさ。
 一本ぐらいくすねておいたら、なんて一瞬思った自分の頭を叩いておいた。泥棒ダメ、絶対!
 だから一生懸命練習したよ。ささくれでも擦り傷でも治させてくれってお願いした!
 近所の人のとこにも押しかけて、包丁で指を切ったとか、転んだ打ち身とか、とにかく治癒ヒールさせてもらいまくった!
 結果、宝珠が一個割れちゃった! こ、壊れるんだこれ…!!
 落ち込んだけど、シャンマさんが「これをやろう」って、新しい弓と治癒ヒールの宝珠をプレゼントしてくれたんだ。
 シャンマさんとお揃いのような白と銀の一回り小さい弓で、弦は深い藍色だった。「これだけいろいろ教えたからには、おれもおまえの師と名乗っていいだろう」って。
 くうぅ、優しい…! フォースリントのお嫁さん? お婿さん?? にするの、惜しいって思ったよね! 特にもふもふの尻尾を見てたら!!
 いや、もちろんシャンマさんの幸せが一番大事なんだけども!!
 そして三日後、俺はようやく高位の回復術士ヒーラーとしてのシャンマさんからお墨付きをもらえて、初任務に出られることになった。
 俺としては初日でもぜんぜん行けると思ってたんだけど、寝込んだ分の純粋な身体の衰えを甘く見るなって言われてさ。
 リベリオンの人たちは、俺たちよりも一足先に出発した。俺は普通にお見送りするつもりだったんだけど、フォースリントが「さあ謡うがいいぞ」なんて言いながら腕を組んでめちゃくちゃ期待して待ってたからね。恥ずかしかったけど「旅立ちの呪歌バルド」を謡ってお見送りしたよ。
 俺としては、ルーファスネイトとヴィントのために謡ったときにこのクオリティを出したかった! って仕上がりだった。
 竪琴の弾き方とかも特訓されたから、なおさら上手く謡えたんだろうな。
 まあシャンマさんはわかんないけど、フォースリントはもちろん、ドワーフのご夫婦もめちゃくちゃ喜んでくれたし、近所中の人も出てきたし、教会の子たちにも「すごいすごい」って初めて褒めてもらえて、正直かなりうれしかったけど!
 俺、この三日間で思い知ったんだけど、実は家事スキルが壊滅的だったんだよね……。
 うん、そういえば料理とか包丁使ってなかったな。なんかほら、下ごしらえまでできてるセットを買ってきて、味付きのソースみたいなのかけるだけでぜんぶ済ませてたツケがここで出ちゃった。はは……。
 掃除も得意とはいえないし、洗濯なんか手でやったことないし。
 寝込んでからどうもいろいろ記憶飛んじゃってるみたいなんだけど、こういうことだけは覚えてるんだなあ。
 マリーベルにまた「オウル様のところであんたどれだけ甘やかされてたのよ! オウル様はご年配で、目上の方でしょ!?」って叱られてしまった。はい、そのとおりです!
 でも、手伝ってはいたんだよ! 言われたことは……言われたことしかできてなかったけど。
 本当は、言われる前にやれなきゃいけなかったんだよね。ばあちゃん、ごめんなさい。俺、気が利かなかったな。
 そういうわけで、作業の一つ一つを子どもたちから教わりながらの三日間だった。
 ちなみに料理の下ごしらえでは二回も指を切って、エルフィーネとシャンマさんに治癒ヒールしてもらうというおまけ付きだったよ。情けなくて涙が出るね!
 そして、いざ出発の前に、ピルピルさんとリチャードにまで思いがけないものをプレゼントされてしまった。
 新しい冒険者用の装束とピルピルさんのお古のダガー、そしてロングチャップスだ! これは乗馬のためでもあるけど、脚を守る防具でもある。
 金属部分は膝のところと足首の補強だけだけど、それでも革が分厚くて俺には少し重い。つけかたもよくわかんないから、それも教えてもらった。
 ピルピルさんもよく見たら同じようなのを装備してるんだよね。でなきゃ茂みの中とかあんな勢いで突っ込めないもんな。
 師匠とおそろいって感じでうれしい!
 ダガーは銀色で植物っぽい綺麗な模様が彫られた鞘と柄で、刃渡りは十五センチ…もうちょっとあるかも。よく使い込まれて何回も研いで小さくなったものだけど、俺のナイフよりは大きくて軽い分扱いやすいから、重宝しそうだ。まあ俺のナイフって実際果物ナイフだったもんな。
 装束は身体にぴったりとした黒の上下のインナーと、上から羽織って腰帯で押さえるタイプの白っぽくて少し長めの上着? シャツ? みたいなやつだ。
 左右で合わせてヒモで結ぶあたりが甚平さんっぽい。生地も厚めで、刺繍がとにかく綺麗だった。銀糸はミスリルの糸だと聞いてびっくりだよ! 見た目以上に守備力や魔法耐性が上がるらしい。黒のインナーの袖が中指に引っかける形になっていて、金具が指輪みたいでおしゃれだと思ったら、魔力を高める石が入ってるんだってさ。
 うん、俺が一番魔力が低いし、これはありがたいなあ。
 ダガーを左腰につけて完成。装備する位置はいろいろ迷ったけど、ピルピルさんの真似をすることにした。練習よりも実戦で自分の抜きやすい位置を探せって言われたし、意識しておくぞ!
 装備をプレゼントしてもらったのは俺だけじゃなくて、もちろんエルフィーネとマリーベルもだ。
 エルフィーネは膝丈のすとんとしたシスターっぽいワンピースの上に、浄化ザカーを付与したフード付きの白いローブ。これも袖や裾の刺繍が見事だった。
 マリーベルはリチャード渾身のピンクを基調としていて、薄いシルクをベースにした生地が何重か重ねたパニエっていうものを使った膝上のワンピースと、黒を基調にしたローブっぽいワンピースを重ねて、頭に同じ素材と魔界のリィレっていうガラスの花を使った髪飾り。
 どちらもしっかりミスリル糸を織り込んでるから、丈夫だし防御力も上がるらしい。
 いやあ、駆け出しなのにみんな外見だけはもうめちゃくちゃいっちょ前過ぎて、びっくりだよ!
 もちろん三人で大喜びして、二人に飛びついてお礼を言いまくった!
 そしてこっそり誓ったよ。いつか、俺たち三人で二人になにか返そうって!
 ……俺はルーファスネイトとヴィント、シャンマさんにも返さないとなんだよな。気をつけないと!
 初仕事に出発のときは、子どもたちがわざわざ総出で見送ってくれた!
 やれ、「お腹冷やすなよ」「寝る前に手洗い忘れるなよ」「やっちゃったら隠さずに誰かに言えよ」って、真面目に言われるの辛い!! からかわれるのもいやだけど、弟ぐらいの子たちにそっちを真面目に心配される俺って!
 ほかの三人には「ケガしないでね」「無理するなよ」とかなのに!!
 しかも、ジュストにはこっそり呼び出されて、なにかと思ったらさ、油紙にしっかり包んだお菓子を渡されたよ。
 バターと卵とミルクのケーキだって。数日寝かせたら美味しいって、あれだ。ちょっとしっかり焼いた感じのパウンドケーキとクッキーの間の子!
 ヴィントがさ、俺が元気になって仕事に行くころに渡してあげてって預けてたんだって。
 教会の中で渡したら、子どもたちみんなに分けちゃって俺の口にほとんど入らないだろうからって。
 もちろん、子どもたちの分はべつにたくさん用意してたし、俺が寝込んでてほとんど食べられなかったからってことらしいんだけど、ヴィントめ…!
 黒くてでかくてかっこいいしかなりたくましいけど、やっぱり俺のお母さんはヴィントで決定だ!
 うれしくてさ、真面目に預かっててくれたジュストにもお礼を言って、ありがたく受け取った。
 これは仕事先でみんなで食べるぞ!
 仕事先は街の西門を出て二、三日ぐらいの近場で農耕と湖の漁業が盛んな村だ。
 西門は南門とちがって大きくて広かった。物流が多いから、大型の馬車が行き違いできるようになってるんだな。
 ゲートの管理の兵士もみんな体格がいい。こちらで運搬用の大型の馬車は、馬の数を増やすんじゃなくて、魔物型の獣馬を使うことになる。これは東門も同様で、あちらも同じように広いそうだ。
 荷下ろし場から出たすぐ先が広場になっていて、ここにも噴水があった。ただ派手な噴水じゃなくて、あれ。チョコレートを上から流すみたいな感じのちょろちょろ具合だ。常に水が入れ替わるようにしてるんだろう。周りには丈夫な鉄の棒が何本も立ててあって、そこに馬を繋いで水を飲ませたりできるようになってる。
 馬車の絵と矢印を使った右側通行の標識もあった。ここはロータリーでもあるんだな。この噴水を中心にして、Uターンできるようにってことか。
 ただの広場だったら導線がぐちゃぐちゃになりそうだし、水場も兼ねられるし、ちゃんと考えて作ってるもんだなあ。
 ふんふん思いながら歩いてたら西門のゲートに着いた。
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