おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第二章:6年2組の女子生徒

好きなノート

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 「今日もがんばってね」

 そこにいたのは、身長が『美晴』より少し高いくらいの、ポニーテールの女の子だった。
 この子が誰かは知らないが、『美晴』の心臓の鼓動は急激に速くなった。
 
 「……!」
 
 美晴の友達かと思い、あいさつを返そうとしたが、声が出せない。
 
 (なんだ……!? この、寒気さむけは……!)

 身体が拒否している。まるで自分の身体が、そいつの存在ごと否定しているようだった。
 『美晴』は何も言わなかったが、そいつは満足そうにニッコリ微笑ほほえむと、そのまま先に学校へと行ってしまった。

 *

 そして、月野内小学校に到着した。
 『美晴』は校舎内の階段をのぼり、6年2組の教室を目指した。6年2組の教室は、6年1組の教室を通りすぎた先にある。
 
 (下駄箱にくつがなかったし、美晴はまだ登校してないのかな)
 
 『風太』が学校に着いていないことを確認するため、『美晴』はさりげなく6年1組の教室を見渡した。

 「この前さぁ、お父さんと野球を見に行ったんだよ」
 
 滉一コウイチだ。
 
 「なにそれ可愛いっ! どこで買ったの!?」
 
 笑美エミだ。
 
 「ついに買ったぞ、バトルムエタイ2。今日ウチでやろうぜ」
 
 龍斗リュウトだ。

 それぞれがそれぞれのグループで、楽しそうに話をしている。
 みんな、普段は風太ともよく話すクラスメートだ。しかし、今の風太に声をかけてくる友達は、一人もいなかった。
 
 (おれが風太じゃないから、か。今のおれは本当に、風太には見えないんだな)
 
 その教室の風景を見れば見るほど、6年1組から疎外されているような気がして、『美晴フウタ』はだんだん教室を眺めているのが辛くなっていった。

 (行こう……)

 6年2組の教室へと進む。
 美晴の席はもう分かっているので、背負っていた赤いランドセルをそこに降ろした。
 教室の中の雰囲気は、6年1組とあまり変わらず、それぞれが自分の仲良しグループで会話をしている。ここでも、『美晴』に話しかけてくる生徒は一人もいなかったが、『美晴』はあまり気に留めずに教室を出た。

 (今のうちに、美晴に会っておきたいな)
 
 最終目標は、元の自分に戻ること。
 そのためには、入れ替わりの原因を突き止める必要がある。原因について何か知ってそうなのは美晴だが、今の美晴はあまり協力的ではない。美晴が協力的でなければ、「おれが本物の風太だ!」なんて言っても、誰にも信じてもらえない。
 よって、現在のミッションは「美晴を協力させること」。元に戻る気がなさそうな美晴に、やっぱり元の自分に戻りたいと思わせてやればいいのだ。

 (大丈夫。入れ替わったまま生活するなんて、上手くいくワケがないんだ。そのうち、美晴も元に戻りたいと思うさ)

 美晴が『風太』に成り済ましていることに対して、今はそれほど深刻に考えてはいなかった。
 これは、ただの「家出いえで」みたいなもの。美晴の精神が、美晴の身体から「家出」しているだけ。入れ替わり生活が大変になったら、きまぐれに帰ってくるだろう……と、風太は思っていた。

 (よし、ちょっと説得してみよう。おれにはおれの居場所があって、美晴には美晴の居場所があるってことを教えてやれば、気持ちも変わりやすいかもしれない)

 話す時間さえあれば、説得も上手くいくハズだ。
 『風太』が学校に来たことがすぐに分かるように、『美晴』は校門が見える場所を探すことにした。
 
 (この学校で、校門やグラウンドの様子が見やすい場所といえば……やっぱり図書室かな)
 
 *
 
 (美晴、早く来い!)
 
 『美晴』は図書室の窓辺で、『風太』が校門に現れるのを待った。
 しかし15分ほど待っても、『風太』の姿は見えなかった。ゆっくり話ができるような時間はもうなくなっていたが、それでも『美晴』は待ち続けた。
 
 (このままだと、遅刻しちゃうんじゃないか……?)
 
 少し不安に思いつつも、根気こんきづよくじっと校門を見張っていると、そこへやっと待ち人が現れた。

 「え……」

 その姿を見て、『美晴』は言葉を失った。
 6年1組のクラスメートである翔真ショウマソラ実穂ミホ、そして雪乃ユキノと一緒に、『風太』は校門に入ってきた。5人グループのはしっこにいるものの、しっかり会話に参加している。
 
 「なんで……、あんなに……みんなと……仲良さそうに……」

 今、ひとりぼっちなのが『美晴』で、友達と一緒にいるのが『風太』だという現実を、しっかりと突きつけられた。
 美晴の目を通して見る自分は、とてもキラキラしていて、楽しそうだった。かつての自分よりも、『風太』は6年1組のみんなと仲良くしているようにさえ見えた。

 「おれの……居場所……」

 すっかり『風太』と話をする気分ではなくなり、『美晴』はまた6年2組の教室へと戻っていった。
 
 *

 キンコーン。
 起立きりつれい着席ちゃくせきを済ませると、1時間目の授業が始まった。6年2組の担任である陣野ジンノ先生(中年男性)は、教室の電気を消してスクリーンを降ろした。
 
 「はい。じゃあ、道徳どうとくの授業を始めまーす」

 道徳の授業とは、小学生にとってのボーナスタイムだ。
 DVDを見るだけで、一時間の授業がほぼ終わる。しかも、DVD視聴中は教室の電気が消されて暗くなるので、よほど見張りの厳しい先生ではない限り、生徒たちはガッツリ居眠いねむりをすることができる。
 そして今の『美晴』にとっても、道徳は都合がよかった。

 (ふぅ。とりあえず、一時間目は乗り切れそうだな。美晴らしくする必要はなさそうだ)

 軽快な安っぽい音楽と共に、スクリーンに動画タイトルが映し出される。

 チャラッチャララー♪ ババーン!
 「いじめを考えよう」。

 全く興味がないタイトルだ。
 『美晴』は大きなあくびをし、机の上に腕枕うでまくらを作った。
 
 (道徳の時間って、こういうのばっかだよな。学習用の安っぽいドラマを見せて感想文を書かせる、いつものパターン)
 
 所詮しょせんは、どこかの会社が作った道徳教材。『美晴』は、その安っぽいドラマをフィクションだと割り切って、ぼんやりとながめていた。
 
 「あいつ、気持ち悪いよなー」「ほんとだよなー」「気持ち悪いから、仲間はずれにしようぜー」「そうしようぜー」
 
 教室のスクリーンでは、気弱きよわそうな男の子へのイジメが始まっていた。しかしそれでも、『美晴』の退屈そうな目は変わらなかった。
 まるで興味が湧かない理由は、イジメを現実で見たことがないからだ。このドラマみたいなことを、した覚えはないし、された覚えもない。
 
 (いじめてくる相手なんて、パンチでブッ飛ばしてやればいいのに。なんで反撃しないんだよ。男なら戦えよ。情けないな……)
 
 そして『美晴』は、机にして眠りにちた。
 朝からあまり気分の良くない出来事が続いていたが、ここで30分ほどの休息がとれたので、『美晴』は心をリフレッシュすることができた。
 
 *

 1時間目の道徳が終わり、2時間目が始まる前に、『美晴』は6年1組の教室を見に行った。
 しかし残念ながら、『風太』どころか教室内には誰もいなかった。6年1組は理科の授業でフィールドワークをすることになったので、全員外に出てしまっているらしい。

 (昼休みか放課後にならないと、じっくり話せるチャンスもなさそうだな。まぁ、仕方しかたないか……)

 あきらめて、6年2組の教室へ。
 教室に戻った時、5人くらいの女子が美晴の机を取り囲んでいるのが見えた。その中には、今朝けさ出会ったポニーテールの女子もいた。

 (ん? あいつら、おれの席で何やってるんだ?)
 
 『美晴』が不思議に思って近付こうとすると、そのタイミングでキンコーンとチャイムが鳴り、女子たちは机から離れていった。
 
 (あいつらは、美晴の友達なのかな?)
 
 さっきの女子たちのことを気にしつつ、『美晴』は着席し、授業の準備を始めた。
 2時間目は社会科。机の中から社会のノートを取り出し、軽快けいかいにペラッとページをめくっていく。それはまるで、お気に入りの絵本の好きなページを探す、幼い少年のように。
 
 (ちがうぞ。おれは、美晴のキレイなノートが好きなだけだ。美晴本人のことは、むしろ嫌いだぞ。あいつが努力しているところは、ちゃんと評価するってだけだよ)
 
 見えない誰かにわけをして、『美晴』はワクワクしながらページをめくっていった。
 
 (美晴のノートは、文字がキレイで分かりやすいだけじゃないんだよ。小さいイラストとかもいてあって、読んでて楽しい気持ちになれるんだ。なんていうか、勉強を楽しくするためのノート作りをしてるって感じでさ……)

 なかった。

 (あれ……? え……ええっ!? あれっ!?)
 
 その社会科のノートには、文字が書いてあるページが一つもなかった。
 しかし、新品しんぴんというわけでもない。ノートをよく見ると、文字が書いてあったであろうページには、ハサミで切り取られたあとがあった。
 
 (おかしいな。国語や理科のノートには、そんなことしてなかったのに)
 
 意味不明な形跡けいせき動揺どうようしながらも、『美晴』は授業の開始に合わせて、ポーチ型ペンケースからシャーペンを取り出そうとした。
 
 「……?」
 
 不自然に、ペンケースがゴワゴワしている。
 開いて中をのぞいてみると、そこにはぐしゃぐしゃに丸めた紙屑かみくずが、あふれそうなくらいに詰め込まれていた。
 『美晴』は、その屑山くずやまから一つを手にとり、静かにそれを開いた。

 「……!」

 *

 2時間目が終わると、『美晴』は相手をにらころすような目つきで、今朝のポニーテール女の前に立っていた。
 
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