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すれ違う気持ち
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「……まったく」
馬を走らせながら、シーズベルトはいら立ち紛れに舌打ちをした。
自分というものがありながら、他の人間に目を奪われるアルバートに腹が立つ。そして、それくらいでイライラしてしまう自分にも。
多分自信がないのだ。アルバートが離れずに傍にいてくれる自信が。
馬を走らせているうちに、だんだんとシーズベルトは冷静になってきた。
と同時に先ほどの自分の態度を後悔してしまった。
公爵という一面のほかに、アーテルというアルバートには詳しく説明していない顔がある。誰がこんな怪しい人間と一緒にいたいと思うだろう。
今まで放っておいても嫌になるくらい女が寄ってきた。それはシーズベルトの外見と公爵という肩書のせいだ。そしてそれはアルバートには何の効果もない。
自分から傍に置きたい、絶対に放したくないと思ったのは、アルバートが初めてだった。
なぜアルバートが自分に好意を持ってくれたのか全く分からない。シーズベルトが強引に関係を結んでしまったのもあり、流されただけなのではという懸念が今も心に残っている。「勘違いだった」と言われたくなくて、理由を聞くのが怖い。
アルバートはあまりシーズベルトに執着している様子はない。いつも行為を求めるのはシーズベルトからだし、キスもほとんど彼からしてくれない。
仕事が忙しくて実家に帰したアルバートを迎えに行けなかったため、「彼から会いにきてくれるのでは」という淡い期待はすぐに打ち砕かれた。アルバートはシーズベルトと離れていても全く平気らしい。
久しぶりに会ったアルバートは寂しそうな様子など一切なく、楽しそうに呑気に鼻歌を歌っていた。
「オレの気のせいでしたー☆」
と言ってアルバートは何事もなかったかのように、いなくなってしまいそうだ。
そうされるのが怖くて、できるだけ自分の手元に置いておきたかったのだが、そうではなくアルバートが浮気するのを恐れているから、と思われてしまったようだ。
アルバートと過ごした時間はわずかだが、彼が女好きなのは分かっていた。リディアの姿をしていてなお、見目のいい女性を見れば無意識に目で追っていたくらいだ。
そのこと自体は確かに不快だった。だが、シーズベルトという相手がいながら、並行して女性を相手するなどという良くも悪くも器用な真似が、あのアルバートにできるとは思っていない。
だからシーズベルトが懸念しているのは、アルバートが自分から離れないかということ。それだけだったのに。
自分が言葉足らずだったせいで、アルバートを怒らせてしまった。
特に今日はどうしてもアルバートを連れて行きたい理由があったのだが……。
冷静に話をすればよかったのに、自分も逆上してしまって、思わずその感情のままに、その場から馬を走らせてしまった。
アルバートは魅力的だ。
男にしては小柄な体形も、どちらかと言えば女っぽい可愛らしい顔立ちも。くるくる変わる、魅力的な豊かな表情も。そのくせ最初こそ多少猫をかぶっていたものの、公爵であるシーズベルトにも物怖じしないはっきりした性格をしている。
今まで付き合った女性はいないと言っていたが、そのうち皆きっとアルバートの魅力に気づくだろう。
そうなったとき、シーズベルトの隣にアルバートがい続けていてくれる自信がない。
「おかえりなさいませ」
悶々としながら屋敷に戻ると、待ち構えていたメイド頭がうやうやしく頭をさげ、荷物を受け取る。
「すぐ準備をしてくれ。夜会に行く」
タイをほどきながら自室に向かうシーズベルトの少し後ろを、メイド頭がついてくる。
「かしこまりました」
即座に返事をしたメイド頭が、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「あの……。アルバート様にはお会いできなかったのですか?それとも御用事が?急なこととはいえ残念でしたね」
「アルバートには会えたが。……連れてこられなかった」
「そうですか……」
シーズベルトの自室に着くと、彼は脱いだ上着をベッドに放り投げた。メイド頭が慣れた様子で盛装を着せつける。
「使用人風情が差し出がましいですが、夜会のことをアルバート様にお話になられたのですか?お話になっていれば、アルバート様は特別なご事情がない限り同行されたと思うのですが……」
「アルバートとはケンカしてそこまで話ができなかった」
「シーズベルト様」
メイド頭は深くため息をついた。
「なぜ今日に限ってケンカなどなさったのですか。屋敷に滞在されているときは、あんなに仲がよろしかったのに……。下手したら今夜縁談がまとめられてしまいますよ?」
シーズベルトは八つ当たりなのは分かっていたが、イライラしながらメイド頭の手からタイを引き抜いた。
「どうにか回避する。早く馬車を手配しろ」
馬を走らせながら、シーズベルトはいら立ち紛れに舌打ちをした。
自分というものがありながら、他の人間に目を奪われるアルバートに腹が立つ。そして、それくらいでイライラしてしまう自分にも。
多分自信がないのだ。アルバートが離れずに傍にいてくれる自信が。
馬を走らせているうちに、だんだんとシーズベルトは冷静になってきた。
と同時に先ほどの自分の態度を後悔してしまった。
公爵という一面のほかに、アーテルというアルバートには詳しく説明していない顔がある。誰がこんな怪しい人間と一緒にいたいと思うだろう。
今まで放っておいても嫌になるくらい女が寄ってきた。それはシーズベルトの外見と公爵という肩書のせいだ。そしてそれはアルバートには何の効果もない。
自分から傍に置きたい、絶対に放したくないと思ったのは、アルバートが初めてだった。
なぜアルバートが自分に好意を持ってくれたのか全く分からない。シーズベルトが強引に関係を結んでしまったのもあり、流されただけなのではという懸念が今も心に残っている。「勘違いだった」と言われたくなくて、理由を聞くのが怖い。
アルバートはあまりシーズベルトに執着している様子はない。いつも行為を求めるのはシーズベルトからだし、キスもほとんど彼からしてくれない。
仕事が忙しくて実家に帰したアルバートを迎えに行けなかったため、「彼から会いにきてくれるのでは」という淡い期待はすぐに打ち砕かれた。アルバートはシーズベルトと離れていても全く平気らしい。
久しぶりに会ったアルバートは寂しそうな様子など一切なく、楽しそうに呑気に鼻歌を歌っていた。
「オレの気のせいでしたー☆」
と言ってアルバートは何事もなかったかのように、いなくなってしまいそうだ。
そうされるのが怖くて、できるだけ自分の手元に置いておきたかったのだが、そうではなくアルバートが浮気するのを恐れているから、と思われてしまったようだ。
アルバートと過ごした時間はわずかだが、彼が女好きなのは分かっていた。リディアの姿をしていてなお、見目のいい女性を見れば無意識に目で追っていたくらいだ。
そのこと自体は確かに不快だった。だが、シーズベルトという相手がいながら、並行して女性を相手するなどという良くも悪くも器用な真似が、あのアルバートにできるとは思っていない。
だからシーズベルトが懸念しているのは、アルバートが自分から離れないかということ。それだけだったのに。
自分が言葉足らずだったせいで、アルバートを怒らせてしまった。
特に今日はどうしてもアルバートを連れて行きたい理由があったのだが……。
冷静に話をすればよかったのに、自分も逆上してしまって、思わずその感情のままに、その場から馬を走らせてしまった。
アルバートは魅力的だ。
男にしては小柄な体形も、どちらかと言えば女っぽい可愛らしい顔立ちも。くるくる変わる、魅力的な豊かな表情も。そのくせ最初こそ多少猫をかぶっていたものの、公爵であるシーズベルトにも物怖じしないはっきりした性格をしている。
今まで付き合った女性はいないと言っていたが、そのうち皆きっとアルバートの魅力に気づくだろう。
そうなったとき、シーズベルトの隣にアルバートがい続けていてくれる自信がない。
「おかえりなさいませ」
悶々としながら屋敷に戻ると、待ち構えていたメイド頭がうやうやしく頭をさげ、荷物を受け取る。
「すぐ準備をしてくれ。夜会に行く」
タイをほどきながら自室に向かうシーズベルトの少し後ろを、メイド頭がついてくる。
「かしこまりました」
即座に返事をしたメイド頭が、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「あの……。アルバート様にはお会いできなかったのですか?それとも御用事が?急なこととはいえ残念でしたね」
「アルバートには会えたが。……連れてこられなかった」
「そうですか……」
シーズベルトの自室に着くと、彼は脱いだ上着をベッドに放り投げた。メイド頭が慣れた様子で盛装を着せつける。
「使用人風情が差し出がましいですが、夜会のことをアルバート様にお話になられたのですか?お話になっていれば、アルバート様は特別なご事情がない限り同行されたと思うのですが……」
「アルバートとはケンカしてそこまで話ができなかった」
「シーズベルト様」
メイド頭は深くため息をついた。
「なぜ今日に限ってケンカなどなさったのですか。屋敷に滞在されているときは、あんなに仲がよろしかったのに……。下手したら今夜縁談がまとめられてしまいますよ?」
シーズベルトは八つ当たりなのは分かっていたが、イライラしながらメイド頭の手からタイを引き抜いた。
「どうにか回避する。早く馬車を手配しろ」
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